Chapter6-7 決着

 おれは二人の前に走った。

「恵、スカーレット、オリジンウェポンを貸してくれ」

 おれは息を切らして、肩で呼吸をした。


「落ち着け」

 スカーレットに促さられるまま、深呼吸をした。

「相手はどうだ」

「強い。おれと同じような力だ」

「だから私たちのオリジンウェポンを、ね」

「ああ、さっき恵の大鎌を持った時がヒントになった。おれには神火しかない。でもあいつはおれより経験も、魔法術の技量も上だ」


「わかった、ただ一つ条件がある」

「必ず、生きて帰ってきなさい、晴翔」

「……もちろんだ!」

 おれは恵から大鎌を、スカーレットからは赤い拳銃を受け取った。

「晴翔、あなたなら大丈夫」

 恵は、おれの目をまっすぐと見つめて続けた。

「飛び立って、晴翔」




『晴翔が生まれた日も、こんな綺麗な青空だったんだ』

 どこまで続く蒼天。

『あの青い空を見てると、苦しいことがあっても、父さんは頑張れたんだ』

 幼いおれの頭を撫でた大きな手。

——飛び立て、晴翔——




「父さん、おれは飛べるよ」

 おれは、静かにつぶやいた。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 おれは、海の方を向いた。

「影森!」

「仲間への遺言は済んだか」

「第二ラウンドだ!」

 おれは地を蹴った。そして宙を行く。右手に大鎌を、左手に赤い拳銃を構えた。


「何度やっても無駄なことだ!」

 影森は閃光を放つ、だがおれは大鎌を振るってそれを受け止めた。そして、閃光を切り裂き、そのまま地上にいる影森を上から狙う。

 だが、大鎌の刃は避けられ、茜色の拳がおれを狙う。すかさず、スカーレットの拳銃を向ける。彼女の魔力を思い出せ、そして、おれの力を混ぜて解き放つんだ。


 火の魔法術は、暴れ馬のようなもので、自分の力に呑まれないようにしろと言っていた。

 感じる。絶大な力だ。これをそのまま使えば、影森を撃破できる。だが、それでは影森と同じだ。力を欲し、己が欲望のために振るう。


 おれは違う、この力はおれのためであり、おれのためじゃない。

 もし、できるなら、恵を、スカーレットを護りたい。幼い頃に訪れた出雲を、恵と一緒に乗った電車も、おれたちが住む東京も、おれが通う高校を、護りたい。そのために、おれは力を振るう。


 おれが放った弾丸は茜色の大きな腕に命中した。すると、そこを中心に火柱が上がる。これはスカーレットの力だ。

 だが、影森はすぐに黄昏の輝きを発した。火を消すのに別の火で焼き払うような感覚だ。


「そんな付け焼き刃が俺に通じると思うな」

 影森には隙がなかった。だが、黄昏は彼の体に馴染んでいないはずだ。無理やり魔法術で制御しているに過ぎない。

 おれが大鎌を振るい、恵が衝撃波を出していたように、神火の熱波を放出した。影森はそれを拳で叩きわり、すぐさま光線で対応してくる。


 敢えて、おれはそれを大鎌で受けた。爆発はしない。刃に光が宿る。これは神火の光ではない、黄昏の光だ。

 黄昏は、沈む太陽の力。闇をもたらす破滅の光。

 神火は、昇る太陽の力。光をもたらす創造の光。


 そしておれは同系の力は吸収できた。さっきの大男から炎の一撃をくらった時だ。あの時、おれはダメージを受けず、全身の力がみなぎるのを感じた。

 いける。何も恐れることはない。この光は暖かい。まるで、幼い頃、母さんに抱きしめられた時を思い出すような感じだ。


 赤い拳銃から放たれる光は、おれが望めば空中で分裂し、宙に逃げる影森を追い回す。

 恵の魔力も思い出すんだ。そして、彼女は冷静でいることを言っていた。落ち着け。おれはまともに使える魔法術はヒートアッパーしかなかった。だが教科書に書いてある説明がなくとも、今は恵が使っていた魔法術がなんとなくわかる。彼女の波長がそれを教えてくれる。


 足元から岩石を生成し、影森に足枷のように纏わす。彼の動きが止まった瞬間を逃さない。瞬きする間に影森に迫る。力いっぱい振り下ろした大鎌は彼の体を左肩から右の脇腹に向けて切り裂いた。いや、彼の肉体は刃に触れる瞬間に光に変換して、やり過ごしたに過ぎない。


 だが、恵の大鎌が切った、その結果があればいいのだ。彼の体から突如、岩石の塊が飛び出てくる。大鎌が切ったコースに沿うようにだ。そして瞬く間に影森の姿が見えなくなるほどの塊になった。

 今だ。スカーレットの拳銃の引き金を引くと、吹き出た炎が岩石の塊を貫く。そして、大鎌の刃にも炎を纏わせ、おれは斬りつける。

そして、神火の光をトドメに解き放つ。


「リング・オブ・ファイア!」

 一帯が火の世界に変わる。地面は溶岩のように赤く溶融し、拘束している影森を襲う。恵とスカーレットの技に、今のおれの力を合わせれば、突破できるはずだ。

 あたりの火が静まり、焼け野原になった。影森の姿はなかった。だが魔力をほのかに感じる。まだヤツは倒しきれていない。


 どこだ。光になって逃げ出したか。いや、だとそれば炎の中から茜色の光が見えたはずだ。おれが思考をしていると、地中からその光があふれ出した。

 魔力の反応が強くなっていく。そして地響きまでしてきた。まるで噴火前の火山のようだ。


 そして、地面をぶち破って影森が現れた。両手を胸の前で交差させ、全身が茜色の光で輝いている。今までで一番のエネルギーを纏っている。大技がくる。おれを仕留めるための一撃だ。

「チェックメイトだ!」

 影森の声が聞こえると、視界は真っ白になった。破滅の光だ。おれは大鎌を前に突き出して、真正面から受け止めた。五感が狂いそうになる。全てが無のような世界だ。


 音も聞こえない。大鎌の柄を握る両手の力を意識しなければ、自分が存在しないようだ。かろうじて、地に足がついている感覚はある。前方から衝撃波に耐えるため、下半身に自然と力が入る。まるで台風中継で飛ばされまいと耐えるリポーターのようだ。


 指先の感覚がなくなりつつある。だが目の前にある恵の大鎌は、その形を維持している。

 このまま、やられてたまるものか。おれは大鎌に魔力を込めた。自分のオリジンウェポンではないが、恵の魔力の波長がおれを導いてくれる。


 恵が使っていた魔法術を思い出すんだ。空中に壁を築き上げていた。どんな術式なのか、検討もつかない。だが、彼女が使っていた魔法術を想像すれば、おのずと形成されていく。

 意識するんだ。恵のように壁を作る。魔力を体外で固形化していく。すると、何もなかった世界に少しずつ影が生まれた。光によって徐々に消され、それでもなお実像として固まっていく。


 そして十秒くらいかけて壁を生み出した。恵のそれよりひとまわり小さいが、立派に形を保っている。

 そして、世界の形が戻っていく。暗いが、月明かりに照らされた色が戻っていき、しっかりと呼吸ができる。肺が酸素で満たされる感覚がする。


 手足も、肉体の感覚もある。大鎌もしっかりと手にしている。周りを見渡すと、おれが立っていたスペースだけ残っており、他の部分は大きくえぐれていた。そして、海水が流れ込み始めていた。

 壁はまだ残っていた。それを無に還すと、正面にいた影森が見えた。彼はさっきのように全身に光を纏っていなかった。


 彼の表情は驚きそのものだった。目を見開き、だが声を上げずにいた。後退りはせず、じっとしていた。さっきの一撃で全てを決するつもりだったのだろう。

 おれは全身に力を入れる。さっきの影森みたいに、魔力の濃度を上げていく。一人では格上の影森には勝てない。だが、おれはもう一人じゃない。恵が、スカーレットがいる。俺たちの力を合わせるんだ。


 おれは大きく地を蹴った。そして、五十メートルくらい跳んだ後、ブースターを展開した。足元は、舗装されたコンクリートも、巨大なタンクも、係留された小型船も消えていた。両手でしっかりと大鎌を構え、地上にいる影森めがけて、流星のごとく真っ直ぐ落ちた。


 おれは魔力を神火として放出させ、同時に恵の土属性と、スカーレットの火属性を展開した。大鎌からは曙色と黄色の光、そして燃え盛る炎を纏い、夜闇に三本の跡を引きながら影森を狙う。

 振り下ろした大鎌が影森と接触した。直前の攻撃のように黄昏のエネルギーを放出した。拮抗する光と大鎌。影森の顔はびっしりと汗が噴き出している。


 おれは地中の中にある土を意識する。それから、火山の噴火のように吹き出す炎のシークエンスを脳内で浮かばす。すると、地中から火柱が上がり、背後から影森を襲う。

 だが、影森は構うことなく、おれの方を向いたままだ。彼が大声を上げると、黄昏の光はより強くなる。ここで決着をつけるつもりだ。


 おれも、負けてはいられない。腹の底から、喉が枯れそうになるほど叫ぶ。

 魔力が底を尽きそうだ。だが今全力を出さなければ、今度こそおれがやられる。空に逆立つ三つの輝きは、夜空を染めていった。全ての力を両腕に集中した。

 徐々に黄昏の光を押していく。大鎌は震え、だんだんヒビが入っていく。頼む、もう少し耐えてくれ。


 そうだ、スカーレットの赤い拳銃があるじゃないか。おれは片手で大鎌を持ちつつ、懐から赤い拳銃を取り出した。そして、拳銃を大鎌に押し当てると、それは一つに合体した。

 見た目は大きく変わらないが、濃い黄土色だった持ち手がスカーレットの炎のような真っ赤になった。


 おれ達は、一つだ!

 すると、拮抗している感覚がなくなった。

 ついに、黄昏の光をぶち破った。光は砕け、まるで雪の結晶のように宙を舞った。そしておれの体は、勢いを殺しきれず、そのまま真っ直ぐ、着地に失敗して転がった。


 うつ伏せになっている。すぐに起き上がろうとしたが、体に力が入らない。影森は、どうなっている。何とか首を動かして彼の姿を探すと、少し離れたところに見つけた。

 直立している。動きはない。


 おれの体はどうだ。なんとなく足と両手の感覚はある。全身が痛む。だが、物理的な痛みではない。無理に筋肉を動かした、筋肉痛に近い感じだ。

 右手の指先に何かが触れている感覚がある。ああ、大鎌の柄だ。

 足音がふと聞こえた。音の方を見ると、影森だ。こちらを振り返っている。クソっ、おれたちでは力不足だったか。


 動け、動くんだ。魔力は、ほんの少しだけあるような気がする。大鎌を掴んで、杖代わりに体重を預けて立ち上がろうとする。

 だが、体が動かない。あと少し。動いてくれ!

 少し、ほんの少しだけ力が入った。


「晴翔!」

 恵の声がした。後ろだ。振り向くと、恵とスカーレットが走ってくる。二人とも、ボロボロだ。

「大丈夫? 晴翔」

 かろうじて恵の肩を借りて起き上がると、影森がこちらを向いている。


「陽羽里晴翔、貴様がここまでやるとはな」

 影森の声が、冷たく心臓に刺さる。一瞬、ほんの一瞬だがおれの鼓動は確かに止まった。どうする。もう神火を使えるくらいの魔力はない。また、さっきみたいな一撃が来れば、耐え切れない。冷や汗がどっと吹き出す。心臓の鼓動は今までの人生で一番早い。


「てめえ! まだやろうってのか!」

 スカーレットがおれの前に出て、両手を広げる。

 影森は胸の前で両手を交差させた。開いた目と、両手両足が光りだす。とても強い魔力の反応だ。


「逃げろ」

 おれは、声を振り絞った。大声を出したつもりでいたが、掠れた声だった。

「晴翔、私たちは一緒でしょ」

「ああ、その通りだ! オレたちは助け合ったじゃあねえか。今度はオレの出番だ!」


 頬を、一筋の雫が流れた。

 スカーレットは赤い拳銃を両手に構え、周囲に炎を走らせた。背中しか見えないが、苦しそうだ。

 影森の光が、より強くなる。ダメだ。破滅の光が来る。


 だが、体が光っているだけで、こちらに攻撃は来ていない。さっきは数秒でエネルギーが放出されているはずだ。

「うぐあああああ!」

 影森の叫び声が聞こえる。目と口から光を放出し、腹から、肩から、胸から、腕から、足から、光が漏れ出す。いや、肉体をぶち破って光が外に出ようとしている。もがき苦しみ、エネルギーの暴走が起きている。

 そして、周囲に閃光が駆け巡った瞬間、轟音を立てて、爆発した。天を焦がすほど火が上がり、爆風で吹き飛ばされそうになる。


 だが、すぐに爆風は収まった。恵が、壁を築き上げていた。

 風が静かになるころ、影森の姿はもうなかった。魔力の反応は、一切なかった。

「黄昏を使えば強大な力に耐えきれずに絶命する、か。陽炎のじいさんが言った通りじゃねえかよ」


 静寂の中、スカーレットの声だけが聞こえた。

 おれは、全身の力が抜けた。

「晴翔!」

 そのまま、後ろに倒れた。仰向けになって群青色の空が見えた。

「ごめん、恵、ちょっと疲れた」

 ふと、山の方から、光が見えてくる。もう朝になるのか。

 恵とスカーレットが何かを言っているが、よくわからない。

意識が薄れていく。少しだけ、目を瞑った。

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