Chapter6-6 因縁
晴翔と影森が宙に消えていくのを見ると、目線を目の前にいる男に向けた。
「籠原二曹。なぜ裏切ったのですか」
目の前に立つ楯山は剣を私に向けた。横目でスカーレットの方を見ると、他の戦闘員を引きつけて戦っている。
「私は陽羽里室長の命令にしたがっているだけ。楯山二曹、あなたこそなぜ影森一尉に従うの」
私は目線を楯山に戻して言った。
「命令だからだ」
剣に風をドリルのようにまとわせ、私に迫る。組手の時もそうだった。いつも様子見で私が壁を築くことを見越して、それを初手でぶち破ってくる。私は正直、楯山と相性が悪い。
ならば、接近戦で敢えて相手の術中にはまってやる。その上で、叩き伏せる。
壁を築きあげる。そのまま楯山のドリルは、まるで掘削マシンのように貫こうとする。彼が風を、大気の力を使うように、私は大地の力を使う。
大鎌が貫通したドリルに触れた瞬間、プレートとプレートが触れる力を再現した衝撃波を発した。互いの力が拮抗する。埒が開かないと思ったのか、後方に大きく飛び退いた。
「こうして、私たちが力を交えるのは久しぶりね」
「……三十五勝三十五敗二分。卒業の日に決着をつけようと約束したのが懐かしい」
「そうね。あの時はまさかいきなり任務に駆り出されるとは思っていなかったわ」
「ああ、それで有耶無耶になった。もう三年も前のことだ」
もう一度、楯山は剣を構えた。
「決着をつけよう」
「望むところよ」
地を蹴り、走り出した。楯山が旋風を巻き起こしても、私が衝撃波で退ける。逆に私が岩盤でブロックしようとすれば、さっきみたいに自身をドリルのようにして突破する。互いの手は知り尽くしている。だが、最初は必ずぶつかりあう。互いに新技があるかいつも探り合っていた。
大鎌を振るうと、楯山は剣を片手で横に構え、受け止めた。そして私の体に向かって、盾で殴りつけようとする。力強く地を蹴った。大鎌と剣が触れ合っている部分を支点にして、私の体はまるでサーカスのショーみたいに逆立ちした。
私が立っていたところから、地中の植物を活性化させて、蔦が飛び出した。彼の両腕を蔦が絡み動きを拘束する。そして力強く大鎌を引いた。車輪のように空中で一回転して、楯山の体を切り刻むように狙う。だが、彼はいつも全身から放つ疾風で蔦を切り裂く。
そう。彼が全身から疾風を放ち、剣で大鎌をいなす。この時、彼は隙が大きい。
思いっきり、足を胴体めがけて蹴り込む。だが、彼の鎧は簡単にダメージを通さない。私は彼の足元から柱を生成する。十センチ四方くらいの、岩石と同じくらいの硬さのものだ。
楯山はそのまま、勢いよく伸びる柱に押し出されて吹っ飛ぶ。そして地に落ちた、五メートルくらいの長さになった柱を拳で叩くと、まるで彫刻ような石の槍となる。私はそれを掴んで、思いっきり楯山に向かって投げた。
本当はスカーレットのように、炎でロケット推進をつけて、加速させたかったが、今では私の力しか使えない。
放物線を描き、宙をいく。推進力がなくとも、楯山の盾はこれで貫通できる。
彼は剣を縦に構えた。刃をこちらに向け、大きく振り下ろした。槍先から切りつけ、まるで矢を斬り下ろす侍のようだ。
すかさず、私は距離を詰める。楯山は強い。遠距離ならば風の魔法術で嵐を起こし、近距離は剣と盾で攻防一体のスタイルを見せる。訓練生の中で、魔法術ならば私と肩を並べる、いや私より上の実力を持っている。
質実剛健、と言う言葉を体現しているのが彼のファイトスタイルだ。
対して、私は遠距離が苦手だ。攻撃手段の中で最も威力が出るのは衝撃波だが、離れれば離れるほど威力が弱まる。だから、否が応でも大鎌の射程に迫るしかない。攻撃は壁で防ぎ、大鎌から放つ衝撃波で相手を攻撃する。それが私のセオリーだ。
近距離では楯山も、私と同じだ。盾で攻撃を防ぎ剣で攻撃する。まるで、もう一人の私と戦っているようで苦手だ。そして、風の決定力は羨望を抱いていた。
だから、彼を超えることは、私を超えることだとずっと感じていた。他の訓練生は誰も私に追いつけなかった。全力で張り合える彼を、私は——信じていた。
真正面から向かい合う。
「籠原二曹!」
「楯山二曹!」
私は、まるでバッターボックスに立つ打者のように、大鎌を振るった。楯山の構える剣と再びぶつかりあう。風の力を螺旋状にまとう彼の剣と、衝撃波を放つ大鎌が空を裂いていく。
ここで負けてたまるものか。腹の底から声を出し、魔力を放出する。楯山も私と同じように力を振り絞る。
ふと、手応えがなくなった。剣は大鎌を切り裂き、大鎌は剣を砕いた。その衝撃の余波で、私たちは大勢を大きく崩した。地に転がったんだ。
全身の力の感覚がない。魔力の放出量が限界に達して、元のスーツ姿に戻っていた。同じように倒れ込んだ彼も、全く同じように紺のスーツに、緑のネクタイをしている。
すぐさま起き上がって構える。魔法術がなくても戦う。私たちは相手を撃破するまで戦うように叩き込まれている。
楯山の拳が私に迫る。彼のほうが頭一つ背が高い。高低差、体重差を生かした重い一撃。あれは痛かった。だから私は右手で拳を払い、膝蹴りを懐にねじ込む。
彼は、わざとだ、一歩引いた。そして私の胸ぐらを掴み、体をひねった。彼の体に沿って、私は投げ出される。だが、逆らわずに、そのまま引く力に敢えて乗る。
地に叩きつけれる瞬間、右足で踏みとどまり、足を軸にして回転した。そして遠心力を乗せて右足で彼の脇腹を狙う。
しかし、左腕と体で挟まれ、受け止められる。即座に、さらに体を回転して彼の首元にかかとでキックした。ガクンと体勢を崩す。
動きは迅速だ。私が着地した瞬間に綺麗に姿勢を低くしたままでローキックをかました。同じように、私も倒れこむ。楯山は、その隙を逃さない。即座に馬乗りになり、私の両腕を掴む。
「肉を切って骨を断つ、ね」
「ああ、陽羽里室長の教えだ」
「まるで訓練生に戻ってようだわ」
「驚いたな。お前もそんなことを言うんだな」
「なんだかんだ、あなたとの付き合いは長いわ。少しくらい感傷に浸るわよ」
「そうだな。初めて会ったのは私が十七の時だった」
「私は十五だったわ」
「あの頃のお前は生気がなかった。だが、変わったな」
「あなたもよ。これも陽羽里室長のおかげね」
「陽羽里室長は残念だった……室長の命令とはなんだ」
「陽羽里晴翔を護ることよ」
「あの少年か」
「陽羽里室長は、殺されたのよ」
「影森室長代理も、同じことを言っていた」
「そうだったのね……楯山、あなたこそなぜ影森に従うの」
「命令、だからだ」
「影森は治安維持部隊を乗っ取り、市ヶ谷を、日本を牛耳るつもりでいるわ」
楯山は、腕くらい簡単にへし折れる優位なポジションにいながら、無言で私の言葉を聞いた。
「おかしいと思わないかしら。市ヶ谷が一少年の持つ本を狙い、ノーマークだった出雲に部隊展開して、今は同盟の在日米軍基地をこんな滅茶苦茶にして」
「そんなことは、そんなことはわかっている!」
「じゃあなぜ!」
「籠原二曹、私はお前に勝ちたかった」
「勝ちたい?」
「ああ。訓練生時代、お前は総合一位、ずっと最前線を駆け抜けて行った」
「あなたもずっと二位だったじゃない!」
「違うんだ、私はずっとお前に勝ちたかった! 一度でいいから、お前を超えて見せたかった!」
楯山の声は、魂がこもっているようだ。嘘ではない、本心の言葉だと感じる。
「私にとってお前は、追いかけても追い越せない、大きい存在だった。座学も実技も。だが魔法術だけは、お前に並んでいた。だから魔法術だけでもと思って、ずっとお前に挑み続けてきた!」
「……あなたは私と似ているわ」
一瞬、深い間があった。
「なぜだ」
「私もあなたの魔法術はすごいと思っていたわ。私と並ぶ実力があって、ファイトスタイルも近いと思っていた。だから、私はあなたと戦うのは、本当は好きだった」
「あの時、そんなことを一言も言っていなかったじゃないか」
「そうね……恥ずかしかったのよ、面と向かって言うのは」
楯山が口を開こうとした瞬間、海の方から轟音と光が炸裂した。楯山は、その方向を見た。でかしたわ晴翔。ちょうど、魔力も安定してきた。
「
私が声をあげた瞬間。全身に力が駆け巡る。いける。地面から壁を生成しながら、勢いよく上昇させる。
「クソっ!」
後方に吹き飛ぶ楯山も、一瞬で魔法術士の姿になった。
私は、壁をジャンプで飛び越え、楯山の元に迫る。ワンテンポ、私のほうが早い。
「スカーレット! 戦意を奪う程度でいい!」
私の声に呼応するように、後方からスカーレットが現れる。
「あいよ!」
私は大鎌を大地に突き刺した。そして、岩石を生成し、蔦も高速で這わせて楯山の動きを封じる。今までの私はここまでしかできなかった。そして楯山がカウンターをしていた。でも、今日は違う。
「リング・オブ・ファイア!」
腹の底から声を出した。そして、スカーレットが即座に赤い拳銃を構え、炎が宙を走り、巨大な火柱が拘束した楯山を襲う。
炎が消える頃、楯山は倒れ込んだ。私が近づくと、彼の視線が私の方に向いた。
「まさか、ずっと一人だったお前が、他人の力を使うとはな」
「使える要素は全て使う、よ」
「ふっ、そういえば、陽羽里室長はそんなことも教えてくれたな」
まただ、懐かしいような雰囲気が漂っていた。
「……これで、三十五勝三十六敗二分だな」
楯山は続けた。
「一思いにやってくれ」
「あなたはこんなところで死ぬには惜しいわ」
私は彼の目を見て続けた。
「私はもう市ヶ谷には戻れない。でも、あなたは違う。任務を全うしただけよ。だから、あなたはまだあそこでやるべきことがあるわ。必ずあなたの聡明さと実力を必要とされる時がくるわ」
私は腰を落とし。楯山に手を差し出した。
「……三十五勝三十五敗三分、そういうことにしておこう」
彼は私の手を取って立ち上がった。
「ここは陽羽里室長に免じて鞘に納めよう」
彼は普段のスーツ姿になった。
「籠原、必ず、いつか決着をつける」
「ええ、約束するわ」
私は楯山の握手に応じたあと、去っていく背中を見送った。彼は振り返らず、そのまま闇に消えて行った。
「いいのか?」
スカーレットが近づく。
「いいのよ。彼が未来の市ヶ谷を支えるから」
「なるほどな。でも、まさか合図が『私が言わないこと』とはね」
その部分だけ、クールな感じで言った。誰の真似をしているんだか。
「それが一番わかりやすいでしょう」
「まあ、嬉しかったぜ。オレたちの魔法術の名前を言ってくれて」
「……それにしてもあなた、ボロボロじゃないの」
「そういう恵もな、連戦はやっぱキツイわ」
海の方から、もう一度爆発音と閃光が響く。
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます