Chapter6-5 混戦
暖かい。体の芯から、おれと言う存在自体が熱を帯びている感じだ。光が晴れると、佐世保の街が見える。船のシルエット、消灯した駅までもが見える。線路の脇を走る高速道路は何も走っていない。
飛んでいるのか。下に降りようと思えば体は下がり、逆に上がろうと思えば上昇する。
わかる。これが《神火》だ。全身に力が、エネルギーが溢れ出す。手を広げると、掌で火が踊りだす。そうか、こうやって火を、光をもたらしていたんだな。
さっき、おれたちがいた赤レンガ倉庫があった場所に目を向けると、何かが見えた。見たい、そう思った瞬間にそれは明確に眼に映った。
影森が、横たわる恵の体に馬乗りになり、その光る右手を肉体に突き刺していた。
「……っ、影森迅!」
おれは飛行機みたいに、エネルギーを後方に噴出させた。一瞬で体は空を裂く。空気抵抗など、存在しないようだった。
右手を握りこんだ。拳は輝く。そして、そのまま影森の顔面を殴りつけた。おれが突き進むエネルギーごと、制動の為に発した逆噴射ごと、思いっきり打ち付けた。
その体は後方に吹き飛ぶ。直前に抵抗する様子もなく、拳には手応えがしっかりとあった。転がった跡、まっすぐと地面が燃えている。
ハッとした。恵だ。倒れ込んだ姿はぐったりとしている。腹部には拳ほどの大きさの傷口があり、口からは血が流れている。魔法術士としての姿は保っているようだった。だが黄色い服装は赤く染まっていた。
「恵!」
「……あ、……晴、翔」
か細い声だ。
「喋るな!」
なんとかしなければ。かろうじて心臓の鼓動は感じる。だがこのままでは失血死してしまうのか。それに魔力は血液で全身に循環する。その血が無くなるのであれば——いや、そんなことを考えるな!
確か、カバンに恵が持ってきていた緊急キットがあったはずだ。いや、カバンはどこだ、影森の一撃に巻き込まれて燃え尽きたのか。
「ごめん」
「……何を言っているんだよ!」
おれは恵に救われた、次はおれが救う番だろ!
ふと目線をずらすと、奥に横たわっているスカーレットがいた。彼女の心臓は動いている。気絶しているようだ。
——オレと恵の魔力のチューニングをやってくれ——
スカーレットの言葉が脳内で反芻する。そうだ、おれは恵の魔力の波長を知っている。それに恵は魔力を使っておれの体の欠損した箇所を直した。
おれにも同じことができるはずだ。魔力はおれのものだけで足りるのか。いや、あるじゃないじゃないか。七十年もこの地脈に貯まっているものが!
掌を地面に当てた。意識しろ、奥深くに眠る魔力を。頼む、恵の魔法術のように、おれにも大地の力を貸してくれ!
きた、感じる。奥深くから溢れ出してくる。地中から青白い光が噴出した。おれはその光を掴んだ。まずは、おれが一度これを吸収するんだ。膨大な量が体に入ってくる。
負けるものか。おれは声を上げて、この魔力を受け入れる。
まるで全速力で走ったように息が切れてしまう。これからだ。思い出せ、恵の波長を。
初めて出会って、まだ三日だ。それでも、ずっと一緒にいたような気がする。
恵、今すぐ助けるからな。
両手から恵の波長に合わせた魔力を解き放つ、曙色の光だ。傷口にそれを流し込む。大丈夫だ、拒絶反応は起きていない。
傷は塞がった。だが、体の欠損が治っても、原動力となる魔力が枯れそうになっている。
魔力を流し込むにしても、時間をかける余裕なんてない。ならば、一気に行くしかない。おれは恵の胸に手を当てた。心臓の鼓動が弱々しい。AEDみたいに瞬間で魔力を撃ち込むしかない。
恵の身体は、その衝撃に耐えるだろうか。いや、耐える。おれを救い、大地の力を扱う魔法術士である彼女が、そんなヤワではない。もし耐えられないのならば、今ここにはいないはずだ。
頼む……目を覚ましてくれ。
ドンっ! と地響きのような音がした。青白い光が地表を放射状に走っていった。
聞こえる。ドクン、ドクンと生命の力を感じる。
微かに、指先が動くように見えた。そして、大いなる眠りから覚めるように恵のまぶたが開く。
「……晴翔、なの」
「ああ、おれは大丈夫だ」
恵は手を伸ばして、おれの頬をさすった。
「暖かいわ」
「ああ」
「私、信じていた。晴翔が助けてくれるって」
「……ありがとう」
恵が起き上がり、自分の体を確認する。大鎌を取り出して、大丈夫みたい、と呟いた。
「そうだ、スカーレットがまだ伸びてる」
恵が指差した方を見ると、仰向けで倒れたスカーレットがいた。彼女に近づき、同じように魔力を与えた。
「うおおお⁉︎ なんだなんだ⁉︎」
起き上がって周囲を見渡すと、おれたちに気がついた。
「は、晴翔なのか? ……お前、見ない間に真っ赤っ赤になっちまったな」
「おれもびっくりしてる」
彼女が立ち上がり、自分の服をはたいた。
「お前の力を感じるよ」
「……おれも、できることをしたいんだ」
ふと、遠くから何かの音が近づいている。飛行機、にしては軽い。
音の方を見ると、光が点滅している。目を凝らすと高速で回転する何かが見えた。
「あれは……ヘリコプターか」
「……SH‐60K、海自のヘリね」
「敵の増援か?」
白い機体だった。自らが発する光の反射が、海上自衛隊の文字を照らしていた。側面の引き戸のようなドアが開くと、サーチライトのようなものが照らされる。眩しい、思わず手で覆ってしまった。
「気をつけろ! ブラックホークならミニガンでも積んでいるかもしれんぞ!」
「シーホークはそんなもの無いわ!」
ヘリから地上に向かって風が押し付けられる。二人はそれに声をかき消されないように大声をあげていた。
開かれたドアから何本かロープが降り、それを伝って人が降りてくる。全員で五人くらいいる。出雲で遭遇した連中か。おれの背中を斬った西洋風の騎士みたいな格好をした男がいた。
「お前は、楯山っ!」
彼は、自らの剣を構えた。
「もう一度だ。私は私の任務を全うする」
すると、楯山の横に影森が現れた。
「楯山、任務続行だ」
「はっ」
二人と、戦闘服に身を包みライフルを構えた四人が迫る。
「行くぞ、おれたちのために」
恵が大鎌を、スカーレットが赤い拳銃を、おれは両手に曙色の光を纏う。
「おれは影森を叩く!」
恵とスカーレットより先行しておれは走り出した。戦闘服の連中がおれに向かってライフルを向ける。そして、銃口から炎と弾丸が飛び出てくる。
影森は、黄昏を使って自分に向かってくる攻撃を撃ち落としていた。そもそも黄昏は陽神火を派生させて生み出したはずだった。ならば、今のおれでも同じことができるはずだ。
そして今は目を凝らせば全てが見える。弾は四十七発。初弾がおれに命中するまであと二秒はある。光る右手を左から右に振るう。射出した光は、正確に全ての弾を空中で爆発した。
影森に迫ろうとすると、剣と盾を構えた楯山が立ちはだかる。
「邪魔だ!」
全身の力を集中する。おれの体が曙色に包まれ、そのまま楯山に突っ込んだ。
「甘い!」
彼の左手にあった盾は二メートルくらいの大きさになり、それを地面に突きつけた。構うものか、おれはまっすぐ、正面突破を狙う。
しかし、おれの体は止まった。
「何っ⁉︎」
目の前の盾はびくともしない。寧ろ、押し負けている。おれが方向を変えようと力を弱めた瞬間、後ろに吹っ飛んだ。
「私の力は、風を応用した魔法術。受けたエネルギーを跳ね返すのです。私はただ、立っていればいい」
クソっ、今のおれは力をぶつけることはできるが、ああいう変化球は対応できるのか。
「晴翔! 私がやる!」
大鎌を持った恵が現れた。
「籠原二曹!」
睨み合う二人、一触即発の空気が漂う。おれは、自分の相手を改めて見る。おれと同じように両手を光らせた影森の姿だ。
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