Chapter6-4 神火

 だが、火柱の中から茜色の閃光が煌めく。そして、一瞬で距離をとって着地しようとしたスカーレットに距離を詰める。

「その程度なのか?」

 首を絞め上げられ、彼女は持ち上げられる。全身を炎で包み、影森の腕を掴んで対抗するが、茜色の巨腕が出てきて、更に締め上げる。


 おれが走り出した瞬間、恵も走り出した。拳銃の弾数はあと六発。弾は無駄にしたくはないが、スカーレットの弾丸が撃ち落とされたところをみると、なかなか骨が折れそうだ。

 恵は大鎌を地面に突き立て、魔力を放出させる。足元から衝撃波が影森を襲う。しかし、再び茜色の光線がそれを阻む。繰り返し、手を休めずに恵は衝撃波を浴びせ続ける。


 無駄な攻撃なのか。いや、恵の行動に無駄なものはなかったはずだ。何か意味がある。よく見るんだ。衝撃波すべて撃ち落とされているようだが、すべて同時ではない。少しタイムラグがある。ほんの数秒だが、違いがある。なんなんだ。なぜ差があるんだ。


 もしや、優先して自分の脅威になるような目標を叩くようにしているのか。処理能力の限界、もしくは出力の限界によるものなのか。いずれにせよ、この隙は突破口になりそうだ。

 見極めろ。影森の対応攻撃の隙を。やつも同じ人間だ、必ず、付け入る隙が出るはずだ。それにスカーレットを締め上げていることにも力を使っている、マルチタスクゆえのほころびがきっとある。


 約二秒だ。一つの迎撃から、次の迎撃まで最大で二秒ほど、隙が生まれている。おれの放つ銃弾はどれくらいかかる。思い出せ、これまでの戦いを。

 いける。恵のタイミングに合わせれば、できる。おれは恵を信じる。恵もおれを信じているはずだ。


タイミングを見計らうんだ。その瞬間は、突然来た。ここだ。おれが込めた一撃は、まっすぐ宙を進む。

 影森の背中に命中した瞬間、茜色の腕は消え失せ、スカーレットが解放される。そして、恵が放った衝撃波も当たった。彼は大きく体勢を崩した。


「……っ! クソガキが!」

 影森が眼前に迫る。この瞬間移動も黄昏がなせる技なのか。同じようにおれの首を掴み上げた。

「ぐっ、離せ!」

「やはり陽羽里の血を継ぐお前から消すべきだったな」


 そのまま空に飛翔する影森。恵やスカーレットが一気に小さく見えていく。吹き荒れる風の音が聴覚を染め上げる。おれの体重が首元にかかり、苦しい。頭がぼーっとしてくる。振り払おうとせずに、彼の腕に掴まることに全力を出した。


 突然、おれの体が宙に浮く。いや、重力を感じる。下にそのまま落ちているんだ。足元には街灯と微かな街の灯りが見える。そして、波でうねる海の表面だ。今はまだ近くの山より高い。

 確か、海の表面に落ちると、コンクリートより強い衝撃で打ちつけられるはずだ。このまま死ぬのか。


 満月の中から、茜色の光が見えた。直後、視界が、世界が光に包まれる。

 音もない。

 色もない。

 まるで自分の存在がかき消されるような無の空間にいる。

 ここまでなのか。頭では望みがないことをよぎるが、体は逆だった。力が漲る。全身に力が入る。なぜだ。まだ動けるぞ。


——それは神火だ——

 陽炎の言葉が脳裏をよぎる。神火、おれに力を貸してくれ。

 そう思った瞬間、脳内にヴィジョンが浮かぶ。神主のような格好をした人が、最前線で戦う武士が、将軍に使える侍が、畑の中にいる農家が、火を生み出している。彼らが、おれの、陽羽里のご先祖様たちなんだ。


 おれも彼らのように、やってみせろというわけか。

 やってやる。おれのために、親父のために、ここまで共に来た恵と、スカーレットのために!




 ***




 海面で爆発が起きて光が消えたあと、海が五十メートルくらいのクレーターのようにえぐれていた。そして、轟音と共に海水がそこの流れこみ、大きい渦潮ができていた。係留している小型船が飲み込まれ、大型船はぶつかり合っていた。

 ついに、ついにこの時が来たのだ。俺の邪魔をした陽羽里不知火も、俺の前に立ち塞がった忘れ形見も、この俺の手で殺した。これで陽羽里の血は途絶えた。


 更にその陽羽里も、アメリカもなし得なかった黄昏の支配をこの俺がやったのだ。もう、誰も俺に敵わない。この力で誰にも邪魔はさせない。これからすべてが俺の思い通りに進むのだ。

 これまでの目的の為に地を這い泥水をすする俺は死んだ。生まれ変わったのだ。絶大な力で日本を、この世界を真の意味で支配し、頂点に君臨する男になったのだ。


 まずは、あの忘れ形見と同行していたあの二人を始末するか。

 俺は地に降り立った。最初に使った黄昏に巻き込まれたアスファルトの表面は蒸発し、跡形もなく消し飛んで凸凹している。


「てめえ! 晴翔をどうした!」

 赤髪の女が俺の前に立つ。その後ろには籠原二曹もいた。

「忘れ形見は黄昏の、俺の生贄になったのだ」

 赤い目を見開いている。見える。見えるぞ、彼女は残っている魔力を集中させ、次の一撃に賭けるのだろう。籠原二曹はあの赤い女と違ってずっと決定力不足に悩んでいたからな、補助に徹するんだろう。


「この野郎!」

 彼女の両手に握られた赤い拳銃が、文字通り火を噴く。

「ヴァレー・オブ・ファイア!」

何度も俺を囲うように弾が襲いかかる。だが、隙だらけだ。刹那、背後に気配を感じる。背中に意識を集中させると、巨大な腕が現れる。そして、迫る籠原二曹のボディを殴りつけた。


「クソっ! デス・ヴァレー!」

 周囲が炎に包まれる。真っ赤に燃え上がり、俺の動きを封じようとしてくる。だが——

「黄昏の前では全て無力だ!」

 俺が解き放った光は、その炎すらも焼き払う。炎が燃え尽きると、その奥で赤い女が力なく倒れた。


「お前たちは、じっくりと殺してやる」

 俺は右手に黄昏の力を集中する。倒れ込んだ籠原二曹の腹部に、手刀を突き刺す。

「いくら訓練を積んだとはいえ、これは苦しいだろう」


 彼女は奥歯を噛み締め、苦痛に耐えようとするが、声が漏れ出している。表情は苦痛に満ち、呼吸も乱れている。俺は手刀を動かし、臓物を掻き乱す。生暖かい。妙に弾力があり、まるでゴムの塊を触っているようだ。

「いつも平静を装うお前が、こんな表情をするとはなぁ」


 目元に涙を浮かべているようだ。ああ、たまらない。この征服感。この女が、俺の手で蹂躙されているのだ。

 感じる、戦うための魔力はほとんどない。自分の姿を維持するので精一杯のようだ。

「どうだ? 苦しいだろう? お前はもうすぐ死ぬ」


 耳元で囁いてやると、体が震えている。さあ諦めろ、絶望しろ。お前は俺には勝てない。俺がこの世界の頂点に君臨するのだ。

 自然と笑えてくる。もう、何者にも怯えない日々。俺の力を知らしめる時が来た。

 ふと背後で、轟音がした。爆発音か。いや違う。地鳴りのような、地震か?

 その方を向くと光の柱が海中から立っている。まるで朝日のような、暖かい光だ。


 なんだ、あれは。

 そうだ。黄昏は陽羽里が作り出した、落日を体現した力だ。それに対して、陽羽里の神火は、朝日を体現した力だったはずだ。

 ありえない。陽羽里の力は文明開化と共に消え去ったはずだ。魔法術は血で遺伝しない。目覚めるか、自ら勝ち取るものだ。


 陽羽里晴翔は高校で初級の魔法術を学んでいたはずだ。そんなガキが、黄昏と並ぶ魔法術を使えると、自身の窮地で目覚めたと言うのか。

 光が晴れると、宙に人の姿があった。髪は曙色に染まり、舞っている。

「……っ、陽羽里晴翔!」




 ***

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