骨付き肉に、かぶりつきたい。
湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)
第1話愛とロマンの肉祭り
ガキくさい、なんて言われてしまうかもしれないけれど、骨付き肉にかぶりついてみたい。
フライドチキンとかスペアリブとかではなくて、漫画とかアニメに出てくるマンモスみたいなやつ。
小顔な人の頭くらいにでっかくて、「見てください、こんなに大きいんですよ~」なんて、一般人ですら食リポしたくなっちゃうやつ。
まぁ、でもそんなもの売っていなくってさ。
いや、売っているのかもしれないけれど、俺は見たことなくってさ。
だから夢なんだ――骨付きのどでかい肉塊。
売ってないなら作ってやろうかと思ってみたことはあるけれど、いい具合に太くて長い骨がない。
イメージしているのは肘から手首くらいの長さの骨なんだけれど、そんな物騒な骨、ないじゃんか。手に入る最大の太さと長さの骨って、フライドチキンのドラムの骨かなって思うんだけれど、ニワトリの骨使って足掻いたところであまりテンション上がらないよね。
それでさ、俺、閃いたんだ。
フランスパンを骨にするってどうだろう。
バゲットは太すぎるし長すぎるけれど、あるじゃんか、明太フランスとかそういう小ぶりなやつ。
あれに肉巻き付けて焼いたらさ、骨まで食えるマンモス肉、出来そうだと思わない?
肉とパンがくっついたところにさ、肉汁ジュワって染み込んでさ、最高だと思うんだ。
別に料理研究家じゃないし、料理上手名乗るほどの者でもないけれど、作れっかな?こんな平凡すぎる学生でも。
やろうとする人が一万人いてさ、その中で始める人が百人で、それを続けられる人は一人だ、みたいな話あるじゃんか。
たぶん、その一人になれたら作れるんだよ、マンモス肉。
それでさ、正直その一人に聞いてちゃちゃっと作って食いたいよね。まぁ、自分が楽したいだけなんてこと、誰に言われなくても分かっているけど。
さて、とりあえず。ノリと勢いで百人の中の一人になってみようか。
まずはフランスパンを買いに行く。
バゲットはやっぱりでかすぎる。マンモス感はあるけどさ、さすがにこれはやりすぎだよね。っていうか、仮にこれに肉を巻いたところで、焚火以外で焼ける気がしない。
やっと見つけたいいぐらいの大きさのやつ。けれど商品名を見れば、そこに書かれているのは「シュガーバターフランス」の文字。
あぁ、無駄に甘いもの挟みやがって。誰だよ、こんな甘いやつ買うの。そんなに甘いパンがいいなら、あんぱんとかクリームパン食っときゃよくね?いちいちフランスパンに甘いクリーム挟むなや。たんまり積まれているあたり、そもそも需要なさそうだしさ。
イライラしながらシンプルな骨候補を探し続ける。もう、骨から自分で作るしかないのだろうか。
ぐるぐる見回し、歩く店内。思わず立ち止まった、ガーリックフランスの前。
良くね?ガーリックフランスとか最高じゃね?だってこの後、肉巻くんだぜ?
肉にニンニク擦り込んだり、漬け込んだりしたらクソ美味いんだからさ、ニンニクパンに巻き付けたら美味くないはずがないんだってば。
シャリーン。
電子マネーが溶けた音がひとつ。
減った額面。代わりに抱える骨役、ガーリックフランス様。
さぁ、骨を手に入れた。次は、肉だ。
やっぱり、食いちぎる感が欲しい。でも、いくらサイズを妥協したとはいえ、焼けるのか?
ろくに詰まっていないだろう脳みそを、くるくる回す。
そうだ、あれか!バームクーヘン方式!肉を巻いて、焼いて、巻いて、焼けばいい?
って、だる……。
なるほど、ここか?たった一人の続ける人になれるか否かを左右する分岐点は、ここなのか?
この怠さを乗り越えたら、選ばれし一人になれるのか?
うむ、選ばれたい気もするが、面倒くさい。
誰か知識人様、この突破方法をこそっと教えてくれねぇかな。
だいたいさ、肉巻きおにぎりとか、巻き終わりから焼きましょうとか言うじゃんか。
それつまりさ、バームクーヘン方式の難しさを物語っている気がするよね。
焼けちゃっている肉に、焼かれていない肉ってくっつくの?調べろって話?やってみろって話?
あれ、もしかして今、百人からこぼれ落ちて、一万人の中の一人になってる?
ついでに言うとさ、巻いただけってどうなんだろうね。
それって薄い肉が熱で縮れて巻き付いているだけのトルネードミートになったりしない?
まぁ、とりあえず。せっかくガーリックフランスを手に入れたんだし。
一旦家に帰って、一番身近な料理人に助けを求めてみよう。
†
「母ちゃん、マンモス肉にかぶりつくにはどうしたらいい?」
「は?」
ガーリックフランス片手に相談を持ち掛けてきた息子に、母は困惑を隠さない。
「まぁ、あれよ」
「なにさ」
「ペットコーナーで骨買ってきて、肉巻きゃいいでしょ」
「俺は犬じゃねぇっつの」
「ははは!で、なんでパン持ってるの?」
「骨にしようと思って」
「ほぉ……」
面白がっている顔だ。くるりとキッチンへ向かったかと思えば、冷蔵庫をがさがさと漁りだす母。
「我が家の肉を、授けよう!」
言って、ありったけの肉をドンと調理台に乗せた。
「は?」
「作ってみるのだ、マンモス肉を!」
「え?」
「やる気があるうちにやらないと。あんたのやる気なんてろうそくの火みたいに弱っちいんだから。今やらないと、そのパンは骨になれないただのガーリックフランスよ?」
鬼教官なんだか、何なんだか。
ちょこちょこ口出しをしてくれる指導者の下、肉を捏ねる。
「なんで捏ねるの?肉巻くだけで良くない?」
「かぶりつきたいんじゃないの?」
「かぶりつきたいけどさ」
「じゃあ巻くだけじゃダメだと思うな。ペロペロ剥がれて、がぶって齧った感じでないと思うけど。あ、これは主婦の勘」
「……はぁ」
ハンバーグの生地を作って、パンにペタペタくっつける。それを薄切り肉で巻いて、折ったスパゲッティで刺して止めた。
一旦、焼く。
「なぁ、これ、端っこのパン焦げたりしない?」
「アルミホイルでも巻いとけ、小童」
焼けたらまた、ハンバーグの生地をくっつけて、薄切り肉で巻いてスパゲッティで刺し止める。それをひたすらに繰り返す。
「なぁ、こんなに刺したらスパゲッティが肉感の邪魔しない?」
「え、スジ感出ていいんじゃない?勘だけど」
分からないことをやっている手前、対案を出せるわけでもない。素直に言うことを聞いて、バームクーヘン方式で焼いて、焼いて、育てていく。
ドーム型の蓋を使っても、蓋に接するほどに育成された肉塊。押し上げられた蓋とフライパンが接することはない。
これがマンモス肉かと言えば違う気もするが、ロマンはぎゅうぎゅうに詰まっている。
「おお、なかなかじゃない。あとで肉代、お小遣いから引いておくね」
「いやいや、肉授けるって言ったでしょ?」
「ふざけただーけ。ほれ、あっついうちにかぶりつけ、若人よ」
「……うっす」
アルミホイルを外した持ち手部分。両手でつかんでかぶりつく――つもりだったが、悲鳴をあげる骨ことガーリックフランス。
肉汁が染みたこともあってか、肉自体の重さに負けてか、ぐにゃりとひしゃげそうで持ち上げられない。強引にそれをすれば、おそらくこれまでの努力がパーだ。
その様子を見ていた母が、
「菜箸をこう、突っ込んでおけば?」
言って骨に骨を刺す。おかげでどうにか持ち上げられた。
ずっしりと重たいマンモス肉。
滴る油がキラリ輝き、口の中には唾液がとめどなく溢れてくる。
今度こそ、がぶりとかぶりつく。
「うわっ、肉!」
「食リポ下手にもほどがあるわ!」
「いやっ、肉!」
「あんた、語彙力なさすぎ!」
んなこと言われたって、こんなにどでかい肉塊にかぶりついて、気の利いたことを言えるほどに冷静でいられるか。
こちとらリポーターでも選ばれし者でも何でもない、平凡な学生だ。
貪るように、食っても食ってもなかなか減らない肉。
やっとたどり着いたガーリックフランスには、肉汁が染みに染みていた。
骨粗鬆症と言えばいいのか、骨の硬さを失ったジュワジュワなそれがまた、たまらなく美味い。
「はぁ、食いきれん」
「っていうかこういう時ってさ、『映え~』とか言いながら写真撮ったりするもんじゃないの?」
「……え」
言われてようやく気付いた、すっかり失念のリポーターごっこ。これだけ齧ってしまってはもう撮る気にならないけれど、気付いてしまうとできなかった悔しさがジュワっと滲む。
「今言うなや」
「えぇ、じゃあまた作れば?一回作ったんだから勝手分かったでしょ?もっと映え映えに作れるって」
「はぁ」
「次に骨買う時、ついでに母ちゃんにシュガーバターフランス買ってきて」
「はぁ?」
「あれ好きなの~。今日の講習料ってことで、ヨロシク~」
リポーターごっこをするために骨と肉を買いに行く。今度、友人とテーマパークに遊びに行くためにと取っておいたお年玉が肉となって消えた。
「この前のやつ、肉使いすぎたね。作り直すからって肉買い漁ってやっと気づいたわ。ごめん」
「ん?私も楽しかったし、晩御飯作る手間省けたし。別に気にしなくていいよ」
「そう?肉使いまくられて、挙句食いかけの肉が晩御飯とか、嫌じゃない?」
「息子が焼いた肉なんざ、食いかけだって美味いわ」
「そんなもん?」
「そんなもん」
にっこり笑って、母はシュガーバターフランスを齧る。
この笑顔のためにパン屋は小ぶりなフランスパンにシュガーバターを挟むのか、とひとつ学んだ。
「あのさ」
「あいよ」
「お年玉、使いきっちゃった」
「ははは!ウケる!」
「ちょっと苦しいので、今度遊びに行くときにお助けいただきたいのですが」
「うむ。じゃあ、毎週日曜日に晩御飯作ってよ。材料費あげるから、おつり貰って~。上手いこと作ればガッポガッポだぜ!?」
「えぇ……」
「男だって料理できなきゃ。ついでに言うと、あんた上手だから」
「は?」
「続けてみな。ゆるりでいいからさ」
本当に、ゆるりだった。
予定があれば拒否できる。お小遣いチャンスであるだけで、強制ではない。
お金欲しさにほぼ毎週作ったけれど、不格好だろうが焦げていようが、いつだって美味しいと言いながら頬張ってくれた。
無事に遊びに行って、お金に困らなくなってもそれは続いた。
一年くらい続けていたら、野菜やら肉魚やらの底値がだいたい分かって、よりたくさん儲けられるようになった。
今日はチーズハンバーグ。予算の半額で作ってやったから、ガッポガッポだ。
一口大にした肉塊を口に運んで、母は急に胸を張って言う。
「よし、これでいつでも嫁にやれるな」
「いや、俺男だから」
「あぁ、言い方が悪いか。価値観アップデートできてない人が『嫁仕事だ』っていうような家事をできる男の方が、嫁からするとありがてぇんだわ」
「は?」
「聞いてくれるか?息子よ!」
母の愚痴は、焼きたてのハンバーグが冷めるほどに長かった。
「――だからね、父ちゃんなんて料理できない、ただ愛おしいだけのマスコットなわけ。そうじゃなくってさ、料理もできる人だったら、もう愛が肉汁の如くブワーッと溢れて止まらなくなるじゃない?」
「うん」
「家事もできる男なら安心して病気にもなれるじゃない?」
「うん?」
「気が張るのよ、役に立たないって思うと。この人は何でもできるって思えたら、それだけで落ち着くの。病気になっても大丈夫~って気楽に過ごせるの。だから何でもやりなさい。女にツノ生やさないためのハックよ!」
「……うっす」
「あ、でもやりすぎはダメだからね」
「は?」
「女には女のプライドってもんがあってだねぇ――」
聞けば聞くほど、結婚ってものは難しそうだ。
けれど、父が母を選んだ理由が、なんだか少し、分かった気がした。
なんだかんだ言ってもこの人は――どでかい愛から優しさが溢れて温かい。
「そうそう、私、一昨日のロードショーに出てきた、ミートボールがゴロゴロしたパスタ食べたい」
「は?」
「今度ヨロシク~」
母の角を隠して、キラリ輝く笑顔を見るために――次の日曜の晩御飯は、ミートボールパスタに決まりだ。
骨付き肉に、かぶりつきたい。 湖ノ上茶屋(コノウエサヤ) @konoue_saya
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