終章
「それで、どうじゃった?」
帝都に戻ったラミナはその足で、帝宮のサクヤの私室を訪ねていました。
今この部屋に居るのは、サクヤと四天王の五人だけです。
黄泉は帝都の病院で緊急入院となり、サクヤ肝入りの名医による集中治療が行われています。じじい達はその付き添いでこの場には居ませんでした。
「負けました」
「うん?」
思っていたのと全然違った答えが返って来たので、サクヤが戸惑いの表情を浮かべます。サクヤが聞いているのは勿論、アリエスの事についてです。ですがラミナは気付いた様子もなく続けます。
「師匠殿と一戦交えたのですが、いやはや……。まさかまさかあれほどの御仁だとは。完敗でありました。魔人化したグラディアス殿が敗れる筈ですな」
「んん? 何の話を……って、師匠殿と何じゃと?」
「激しく、熱い戦いでした。久しぶりに全力で戦うことが出来ました」
「……儂はお主にケインの護衛を頼んだハズじゃが? 違ったかのう?」
サクヤの額に血管が浮き出るのが見えるようです。
何かを抑えるようにこめかみをぐりぐりしています。
「違いませんな。ケイン殿は
「お主たちの任務はアリエスの調査。間違いないの?」
「それについてはケイン殿から聞いてくだされ」
「それがどうして客人である師匠殿は大怪我、お主は致命傷を負うような戦いになっとるんじゃと言うとるのじゃ!」
サクヤの雷に、四天王最年少のアルムムがビクリと肩を震わせます。
ですが当のラミナはどこ吹く風。気持ちいいくらいの笑顔を浮かべています。
余程じじいとの一戦が満足いくものだったのでしょう。その勝敗は別として。
「運命……でしょうか」
キメ顔でそう語るラミナの顔に、サクヤの投げた扇子がスコーン! と命中していました。
「痛いですぞ。これが『ぱわはら』というやつですかな」
「ぬかせ。……はぁ。もうよいのじゃ。兎に角、任務は果たせたのじゃな? ケイン」
それまでとばっちりが来ませんようにと下を向いて押し黙っていたケインは、サクヤの問いに直ぐに反応が出来ませんでした。
「ケイン?」
「え? あ──はいっ! 勿論です!」
慌てて顔を上げたせいか、その拍子にポロリと懐から何かが落ちました。
「あ!」
「ん? 何じゃ……?」
それはアリエスの角の欠片でした。
ちゃっかり拾って来たようです。
それを報告もせず懐に忍ばせている。完全に着服ですね。
全力でそっぽを向くケイン。冷汗が凄い事になっています。
そんなケインをじ─────────っと見つめるサクヤ。
「アリエスの角を拾ってきて、帝都でも調査しようという事じゃな。感心な事じゃ」
「──っ! そうなんで──」
「などと言うとでも思うたかっ!」
「あいたっ!」
新たに取り出した扇子を、今度はケインに投げつけました。
これまた小気味よく、スコーンとケインの額に命中しました。
サクヤの意識がケインに向いている今がチャンスと、
「それでは某はこれからお菊殿とデートの約束をしておりますので、これにて御免!」
そう言い残してラミナはさささーっと風の様に去って行きました。
「あ、コラ待て! ……ってしまった!」
今度はケインがラミナに注意が向いた隙を付いて逃亡を図っていました。
「それでは私も研究の続きがありますのでっ! では!」
ビューンと魔法で飛んで行ってしまいました。
ちゃっかりアリエスの角の欠片も回収しています。
「はあ……。全く、あやつらと来たら……」
「後でシメておきましょう」
「おう。それならアタシに任せな」
「構うな。あやつらはああいう奴らじゃと分かっていて引き込んだのじゃ。むしろあれくらい図太くなくては困る」
「「はっ」」
「それに……思わぬ手土産もあった事だしのう」
サクヤの横にはバスケットボール大の巨大な輝石が置かれていました。
◇
「ここは……? あ、ぱぱ……?」
「ん? 起きたか?」
黄泉が目を覚ましたのはアリエスとの戦闘から三日後の事でした。
アメリが馬鹿二人の手当を済ませると直ぐに町に戻り黄泉を病院へ担ぎ込むと、余りに酷い状態のため直ぐに帝都への移送準備に入り、その日の夜には帝都の病院の集中治療室に放り込まれていました。
アメリの魔法と、何より本人の尋常ではない生命力がなければ助からなかったでしょうとは、サクヤが用意した名医の言です。
集中治療室から出された黄泉は、見た目は傷一つないすっかり綺麗な体になっていました。臓器もすっかり治っていましたが、失われた体力までは直ぐには戻りません。今しばらくの療養が必要でした。
黄泉は政治家や王族ですらおいそれとは利用できない、サクヤ用の個室を宛がわれていました。何もかもが帝国の最上級品が揃えられた個室は、最高級ホテルのスイートルームをも上回ります。
「畳と布団で十分じゃ」
とはサクヤの言でしたが、誰も首を縦に振らなかったのは言うまでもありません。
そんな豪奢な病室の、これまたフカフカすべすべのベッドで目覚めた黄泉の視界に映ったのは、いつもと変わらぬじじいの顔でした。
「ぱぱ……私頑張ったよ。ぎゅーしてぎゅー」
「何じゃ。寝ぼけておるのか?」
しょうがない奴じゃなと言いながらも、じじいは優しく黄泉をぎゅっと抱きしめます。
「えへへへへへ……」
じじいに抱かれた温もりに安心感を覚え、ついつい頬が緩んでしまいます。
そうして暫くじじいに抱かれていると、段々と黄泉の意識がハッキリとしてきました。
するとどうでしょう。
黄泉の視界には、顔を真っ赤にして必死に笑いをこらえている奴が居ました。
黄泉の顔が一瞬で真っ赤になったかと思うと、今度は真っ青に急降下です。
「いつ……? どこから……?」
黄泉は顔を俯かせ、体を小刻みに震わせています。
じじいが黄泉を抱く腕に、少し力が入ります。
「『ぱぱぁ~ん。ぎゅってしてぇ~ん』なとこ……ブフッ!」
クネクネと体を捻りながら黄泉の物真似でしょう。
大げさに物真似をしていたら、とうとう堪え切れなくなったアメリが噴き出してしまいました。
「う……ふふ……あーっはっはっはっはー! ゲフッゲフッ……苦し……ヒィ……ヒィ」
「……コロス……」
吹き上がる殺意。
立ち昇るドス黒いオーラが目に見えるようです。
目が覚めたといっても、とても立ち上がれる様な状態ではないはずでしたが、黄泉はゆらりとベッドから降りようとします。
「コレ。じっとしておれ」
「しかし師匠!」
「そうだぞ。ぱぱの言う事は聞いておけ……ブッ」
「ぐ……やはり今すぐ殺します!」
「寝ておれと言うとるじゃろ」
「あっ……」
「あーっ!」
じじいが自然な動作で黄泉の頬に口づけをしました。
黄泉が幼いころに良くねだった、おやすみのチュウでした。
黄泉はアメリの事など全て忘れたように、大人しくベッドに横になりました。
アメリの方は、羨ましいような狡いと非難するような、何とも言い難い表情を浮かべています。それもこれも、自分が黄泉を煽ったのが原因なのがまたやるせなさをアップしていました。
「アメリも、そういう事はお互いが元気になってからやるようにの」
「──うむ……」
しゅんと項垂れるアメリの頭をぽんぽんと叩いてやり、病室の窓から外を眺めます。
やはりまだ体力が十分に回復していないのでしょう。黄泉は程なくして再び眠りに就きました。それを見届けると、じじいがアメリに提案します。
「ふむ。儂らも少し出かけるとしようか」
「え……? それは……」
晴れ渡る青空。
絶好の
じじい、異世界へ往く はまだない @mayomusou
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