四章 その③
ラミナの眼は何が起こったのか、
じじいが左右それぞれの手で投げた
「ほれ。どんどんゆくぞ」
「くっ……!」
じじいが次々と放ってくる礫は、どれも正確にラミナを狙って来ます。
避けた先から軌道を変更し、再びラミナに襲い掛かってくる礫は厄介極まりない代物でした。
形も大きさも違う礫を、こうも正確に狙い通り弾いて来るじじいには、感嘆と畏怖を覚えずにはいられません。
それでもギリギリで躱し続けながら、じじいに立ち上がる隙を与えないラミナも相当な化物です。
「一つでは足りんか」
そう漏らすとじじいは、一度に放つ礫の数を二つに増やしました。
別々の方向から飛んでくる二つの礫を躱し、更にそれらがじじいの任意の位置で軌道を変更して再び襲って来る。それをも躱しても、直ぐに次の二発、更に次の二発と、次々と放たれてくる礫に、流石のラミナも回避が追いつかなくなりました。
「チィッ!」
遂にラミナは刀を使って礫を弾きました。弾かされました。
そしてその隙をじじいが逃すはずもありません。
「カァッ!」
立ち上がると同時、ラミナに猛攻を仕掛けました。
間合いを詰めればそこはじじいの手の届く距離。じじいの領域です。
攻守は逆転し、防戦に追い込まれるラミナ。
何とか間を離そうとしても、その動きを読まれているのか、吸い付いた様に離れません。
ラミナほどの達人がどんな
じじいの真に恐るべきは、戦いに特化したその観察眼、そして洞察力でした。
ラミナの持てる技で、じじいの読みを超えられる技。それは
それはお互いが理解している事実。
故にじじいはラミナに
ラミナに余り時間は残されていません。
(動の技を新に編み出すか、突拍子もない技で意表を突くか……)
どちらも奇策とも呼べないような策しか思い浮かびません。
だというのに──。
(ははっ! 楽しくて仕方がない!)
その窮地をさえ楽しんでいました。
じじいの攻撃を躱し、防ぎ、時には反撃しながら凌ぎ続けますが、徐々に追い込まれて行くのを感じていました。
ラミナはじじいを振り払おうと、激しい移動を繰り返していました。
じじいはそれに僅かも遅れることなく、ピタリと付いたまま離れません。
しかしその時、ある物の存在に気が付きました。
偶然足に触れたそれは、一本のナイフ。
そうです。じじいが投げ捨てた二本のナイフの内の一つでした。
ラミナは大きな隙が生じるのを承知で、大上段に構えます。じじいの意識を上へと向ける為でした。
その誘うような大胆な構えに、じじいは一切の躊躇なく一撃を加えに来ます。
(見事! 刹那の
振り下ろされるラミナの刀より、じじいの一手が勝る。
それはラミナも百も承知。本命は──。
攻撃の動作に移ったじじいの眼下から、突如一本のナイフが襲い掛かって来たのです。
ラミナが足先だけで蹴り上げたナイフは、狙いとタイミングを誤ることなく、じじいの胸に吸い込まれ──
「ぬうっ!」
ようとしたところを、寸でのところで回避します。
しかし、かなり無茶な避け方をしたため、じじいの
そして目の前には、大上段に振りかぶったラミナの姿があります。
「何かあるじゃろうとは思うたが、案外器用な事も出来るのじゃな」
「そう思ったのであれば、僅かばかりでも躊躇して貰いたいものですな」
無防備を晒すじじいに、無情にもラミナの刃が振り下ろされました。
「「ぐっ……!」」
苦鳴が両者から同時に出ました。
振り下ろされたラミナの刃はじじいの体を斜めに斬り裂きました。
真っすぐに振り下ろすはずだった刀が、僅かに逸らされた結果でした。
そして、ラミナの背中に一本のナイフが突き立っていました。
「いつの間に……」
「勿論投げる前からじゃよ」
二本のナイフには視認することが困難な程に細い糸が付けられていました。それはじじいの手袋にも使われている非常に強靭な特殊繊維です。
その糸の
勿論糸の端をずっと握っていた訳ではありません。激しい攻防の最中、ラミナの移動に合わせて密かに拾っていたものでした。ラミナの注意も、流石に捨てられたナイフにまでは向いていませんでした。
そしてそれが、勝負の行方を大きく分けました。
僅かに力を流されたラミナの一振り。じじいが致命傷を避けるにはそれで十分でした。
かなりの深手ではありますが、じじいにはさして気にした様子もありません。
傷の大きさにしては出血は少なく、内臓を傷付けるには至っていません。
しかし根元まで突き刺さったナイフは肺にまで届いていたのです。
「ガハッ!」
血を吐くラミナ。
呼吸は浅く、乱れ切っていました。
万全に刀を振るうことが不可能な事は明らかです。
じじいの方は筋肉を引き締め、出血を最小限に抑えています。
両者共に戦意は未だ衰えず、意気軒高ではありましたが、勝負は見えました。
「ハア……ハァ……ハァ…………ハァ…………──」
ラミナは刀を鞘に納め、抜刀の構えを取りました。
呼吸に既に乱れはありません。
じじいはラミナが抜刀の構えを取るのを邪魔しませんでした。
あのまま畳みかければじじいの勝利は確実でした。
ですがじじいは待ちました。
「
「ゆくぞ」
じじいがラミナの間合いに入った瞬間、ラミナの電光石火の一刀がじじいを襲います。
じじいはその一刀の、タイミング、軌道、共に読み切っていました。
振り抜かれた刀はじじいの頭上を通り過ぎ、空を切り裂くだけに終わりました。
刀を上方に逸らしながら体を
「ガッ……ガハッ! ゲフッゲフッガハッ……!」
「無理をするからじゃ」
「ハァハァハァ……。完敗ですな……。抜刀まで躱されるとは」
「よう言うわい。あの状態で打てるだけで大したもんじゃが、まるでキレが無かったわ」
じじいの言う通り、ラミナにもそれは分かっていました。
それでも並みの達人相手であれば、何の反応も出来ないままに一刀両断できるだけの技だったと自負しています。
並みの達人ではないじじいには、まるで通用しなかったというだけの事でした。
じじいにはラミナの僅かな体の動きが見て取れていました。達人ですら気付かぬソレでも、じじいにとっては明白な動の要素。静の極致に至れなかったラミナの抜刀を読むことは、じじいには然程難しい事ではありませんでした。
「魔力での身体強化を使っておれば、勝負は分からんかったぞ?」
「御冗談を。まだまだ本気ではありますまい?」
「それをお主が言うか?」
「只の手合わせとしては十分、全力の本気でありましたが」
「そんな事なら儂とてそうじゃ」
お互い、今回は試合であって死合ではないと割り切っていたようで、秘中の技などは一切使っていませんでした。奥の手は隠しておいてこそという事でしょう。見せる時は『次がない』時でしょう。
それにしては
彼らにとっては「これで死んだりはせんだろう」という位の攻撃だったようです。
もしくは「これで死ぬ様ならそれまでの相手」という考えもあったのかもしれません。
「しかし……ふぅ……。あーどっこいしょ……」
急に爺臭くなったじじいが、ラミナの横に腰を下ろします。
「今回は流石に
「そうは見えませんでしたがな」
ラミナは背中に刺さったナイフを抜いて、血を綺麗に拭いています。
戦っていた時とは打って変わって、全然平気そうです。
「何じゃ。お主こそ元気そうではないか」
「流石に今は魔力で傷を塞いでおりますからな。戦っている最中はこうはいきませんからなあ」
「出来んわけでもなかろうに」
「それは
試合が終わり、談笑する二人の視界には、血相を変えて向かって来るアメリの姿が映っていました。
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