三章 その⑤
「いうても、そんな長い時間ちゃうからな」
そう言い残して菊は一人でアリエスの方へ歩いて行きました。
「危ないですよ」
止めるラミナに、菊は笑って応えました。
「大丈夫やって。むしろウチ一人の方が安全や。何でウチがS級なんかっちゅう所を見せたるわ。──でも、心配してくれてんのは、めっちゃ嬉しいで」
ほな、期待しといてなと、気楽そうに無防備でアリエスに近付いて行く菊。
背中にはいつものどでかリュックも背負っています。
当のアリエスは、依然黄泉を警戒しながら一定の距離を保っています。菊に気付いているかどうかは、傍から見ている分には分かりません。ただ、逃げに転じてからは、攻撃態勢の時の様な興奮は収まっているのが分かります。
菊がアリエスにどんどん近付いて行くのを、じじいと黄泉は興味深そうに、ラミナは注意深く、アメリとケインはハラハラと心配そうに見守っていました。
黄泉が近付くと転移してしまう距離を越え、反撃行動を採り出す距離まで近付いても、アリエスは菊に対して何の行動も起こしません。
菊の事が見えていないという訳ではなく、菊に対してだけ一切の害意がない、といった風に見えました。むしろどちらかというと好意──懐いている様にすら見受けられます。
アリエスの目と鼻の先まで近付いた菊は、ゴソゴソとリュックを漁って何種類かの葉っぱを取り出しました。それを一つに束ねて持ち手を付け点火すると、ブンブンと大きな動作で上に向かって振り回し始めました。
「アっくーん! こっちやでー!」
葉っぱの束からはモクモクと煙と匂いが立ち昇り、アリエスの鼻腔をくすぐります。
アリエスは菊の呼びかけに応えるように、足を折って屈みこむと、鼻頭を菊の持つ葉っぱの束に近付け、煙から出る匂いを堪能し満足気な様子です。
「おーよしよし。アっくんはええ子やなぁ」
菊は葉っぱの束を鼻先に置き、全身でアリエスに抱き付きます。
よしよしと撫でている感覚なのですが、傍から見ればアリエスの体毛に埋もれているだけにしか見えません。
実に気持ちよさそうです。
黄泉が近付いた時などは電撃でパリパリしていたというのに、菊が抱き付こうが体毛の一部をここぞとばかりに刈り取ろうが、大人しくされるがままになっています。次第にとろんとして来たアリエスの瞳が、ついには閉じられてしまいました。
それを確認した菊は、アリエスの許を離れて戻って来ます。
「どや。凄いやろ?」
「こんな光景……初めて見ました……」
ケインは目の前の光景を──人と超獣が友のように触れ合い、そして眠っているというこの光景。見た事は勿論、過去の歴史においてさえ聞いた事もありません。
「しっかり寝ておるのう」
「その様ですね。で、如何する?」
ケインにこの状況から次の行動を決める様にラミナが促します。
「この隙ににげ……」
「ていっ」
「ぐふっ!」
黄泉の容赦のない一撃が、ケインの鳩尾を打ち抜きました。
悶絶するケインを、黄泉は満足気な顔で見下ろしています。
「さ、今のうちに角を折ってしまいましょう」
さっさとアリエスの方へ向かっていく黄泉。
「あ、こら! 待て!」
慌ててアメリが追いかけて行きました。
「うう……どうしてこんな事に……」
ただの調査任務だったはずが、ケインにしたらとんだ災難続きです。
「空間転移で追って来たら大惨事だ。ここで叩いておくしかあるまい」
「儂もよい武器があれば混ざる所なんじゃがなあ」
「帝都に戻ったら、上様に頼んでみられては如何か? アメリ様を通せば大抵の事は聞いてくれるはず」
「ふむ。そうじゃなあ。こうして見ておるだけというのは、どうも体が
黄泉の成長振りを眺めるのも悪くはありませんが、やはり自分で戦いたいじじいです。
「げほっげほっ……。はぁ、はぁ……。死ぬかと思いました」
「
「全く……。どういう思考をしていれば、アレと戦おうなんて発想になるんだ」
ブツクサと文句を言いながらも、諦めた様子のケイン。
興味の対象は別のものに移っていました。
菊です。
「しかし菊さんは凄いですね。何をどうやったんですか?」
「秘密や。悪用されたら困るさかいな。まあ、他の連中じゃ超獣には近付かれへんやろけどな……。と今日まではおもっとったんやけどなぁ……」
「ああ……」
先程までの黄泉の戦いぶりを見てしまっては仕方がありません。
自力で超獣を攻撃を掻い潜り、取り付いて攻撃を──効きはしませんでしたが──当てる所まで行く人物が居ようなどとは思いもしていませんでした。
超獣との戦いとは、魔王がその強力なギフトで制圧、ないしは抹殺するか、A級が束になって持ち前の趙火力の力押しで何とか倒すものと相場が決まっていました。
「
「言われてみれば確かに」
「ここだけの話やけど、それはな──」
突然の間に、とんでもない秘密が明かされるのではと、緊張に唾を飲むケインとラミナ。
「ウチもほんまに知らんのや。これが」
見事な肩透かしに、ズルっと足を滑らせそうになっています。
「昔っから害獣にも襲われんかったし、何かそういう体質みたいやで? ほんで、これを生かして採取専門で食うとったんやけどな。気付かんうちに超獣のテリトリーに踏み込んでたことがあってん。どこも帝国みたいにしっかり管理されとるところばっかやないからな。そん時は流石のウチも『あ、これ死んだわ』と思ったんやけど、何とその子ぉも仲ようしてくれてなぁ。それでウチは気付いたんや」
「何にです?」
「これは銭になる! ってな。なんせ超獣領域から素材を集めて来ようなんて命知らずは、まあ
おーこわと菊は大袈裟に身体を震わせます。
「それは実体験で?」
「せや。ウチもあの頃は若かったわ。調子乗り過ぎとった。犯罪組織に掴まって監禁されてた時はほんまエラい目におうたで」
今では笑い話の様に振舞っていましたが、菊の体が小刻みに震えている事にラミナは気付いていました。
ラミナはそっと菊を抱き、菊が落ち着くのを待ちました。
何故ここまで菊の事が気になるのか、ラミナも不思議に思っていました。ですが、嫌な気はしていませんでした。
「おおきに……。ラミナはん」
ラミナと菊。二人が世界に浸りかけたその時、二人の仲を引き裂く様な雷鳴が轟きました。
憤怒の形相を浮かべたアリエスが、片角を折られた状態で目覚めていました。
僅かに時間を戻し、眠るアリエスの許へ向かった黄泉とアメリは、何の苦もなくアリエスの角に辿り着きます。
あの戦闘の苦労は何だったのかというほど、それはもうあっさりと。
「さて、この子が起きてしまう前に、さっさと済ませてしまいましょう」
「本当に出来るのか?」
「愚問ですね。あなたには出来なくても私には出来る。ふふん。何せ私は師匠の一番弟子ですから」
「それは関係ないだろ!」
「あまり五月蠅くすると起きてしまいますよ。私は構いませんが、黒焦げにされてもしりませんよ」
「うぐ……っ」
黄泉とは違い、アメリにはアリエスの雷撃雨を回避する事は出来そうにありません。
全力で魔法障壁を展開したとしても、こう近距離では威力が違い過ぎて防ぐ事も適わない事は、アメリには分かり過ぎるほどに分かってしまっています。
「ではいきますよ」
黄泉は菊から預かったナイフに魔力を纏わせ、硬く、鋭く、何処までも強化していきます。
自分の魔力とアメリからの魔力、全てをナイフの強化に回しています。
「本当に斬れるんだろうな?」
「しつこいですね。あなたたちは面の防御に対して面で対抗しようとするからダメなのです。どんな強固な防御も、線や点で攻撃すれば小さな威力でも防御を突破できる事もある。ましてこの魔法障壁でしたか? これは完全に均一に出来ている訳ではないですし、弱い所を突けば十分いけるはずです」
言いながら黄泉は強化したナイフの具合を目視で確認しています。
「これでいいでしょう」
納得のいった黄泉はナイフを腰だめに構えます。
アリエスの魔力障壁の隙を見逃さないよう集中し始めました。
ゴクリ。
アメリは自分が飲み込んだ唾の音すらも、黄泉の邪魔になるのではないかと思うほど、黄泉の集中状態には気圧されるモノがありました。
その状態のまま十秒が過ぎ、一分が過ぎ、アメリが感じているプレッシャーがピークに達しようという頃、ついに黄泉が動きました。
「はあっ!」
最もアリエスの魔法障壁が弱まっている箇所が、角の位置に重なる瞬間。その一瞬。その僅かな線を逃さず捉えました。
一切の過信なく、一分の無駄なく、一片の疑心もなく放たれた黄泉の一撃は、宣言通りに易々とアリエスの魔法障壁を斬り裂き、その角に突き刺さりました。
僅かでもその線から逸れれば、平均値以上に強固な魔法障壁に阻まれ、黄泉の刃は弾かれていたでしょう。弱い部分の周囲は、その分より強固になる。ムラがあるという事はそういう事です。
しかし黄泉の一閃は、アリエスの角を断つまでには至りませんでした。
角の半ばまで、深く斬り込んではいましたが、そこで止まっていました。
「Meeeeeeeeeeeeeeeeeeee!」
角に激しい痛みを覚えたアリエスが覚醒し、纏わりつく二匹の『虫』に大して激しい雷撃を浴びせようとします。
その内の一匹は、セカイに害をなす凶悪な『虫』とあっては見逃す事は出来ません。
「おい! どうす──」
「危ないですよ」
スコンと綺麗に足払いを掛けられたアメリは、突然の事に受け身も取れずにアリエスの上に突っ伏しました。その刹那、激しい雷鳴と共にアメリが立っていた空間を、アリエスの雷撃が
「せいっ!」
黄泉は慌てる事無く雷撃を躱します。
そして強化したもう一本のナイフによる二撃目を、反対側から滑りこませました。
「Beeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!」
悲痛なアリエスの絶叫が、不可侵領域を震わせます。
絶叫は衝撃波となり、意図せず黄泉たちを吹き飛ばしました。
その際も忘れずに、角をたったの二撃で断ち切ったナイフを回収しています。
ゴロゴロとアリエスの体の上を転がって行く黄泉とアメリ。
そのままの勢いで「ぽーん」と尻尾の方から飛び出した所を、アリエスの雷撃が襲い掛かりました。
「チィッ!」
「あ──」
一瞬の出来事。
空中を飛べる二人でしたが、最早回避は不可能でした。
黄泉は超人的な反応で強化した二本のナイフを振るいました。
自分一人だけなら魔法障壁と組み合わせれば、避け切ることも可能でした。
しかし今回の雷撃は、二人を一度に飲み込む極太の雷撃。確実に二人を仕留めるつもりの一撃でした。
黄泉もアメリも為すがままに転がされたせいで、
(世話の焼ける妹弟子ですね)
二本のナイフで雷撃を引き裂き、その余波を魔法障壁を傘の様な円錐状に展開して逸らします。
そこまでしてなお、アリエスの雷の衝撃が黄泉とアメリの体を貫きました。
それほどまでに桁違いで、圧倒的威力を、アリエスの雷撃は秘めていました。
雷撃に貫かれた二人は瞬間意識を失い、地面へと落下して行きます。
その二人を素早く空中で受け止める姿がありました。
じじいです。
意識を失った二人を両脇に抱えたまま、木の枝をクッションにして着地します。
じじいは二人を地面にそっと寝かせ、容体を確かめます。
アメリは軽傷でしたが、黄泉の方は全身の至る所に火傷を負っていました。かなりの重傷です。それでもまだ命があるのは、咄嗟の対処と、日頃から鍛えられた強靭な肉体のお陰でしょう。
その黄泉の、態度に似つかわしくない献身的な対処と、何も反応出来ず自分だけを守っていた魔力障壁があったお陰で、アメリには目立った外傷はありませんでした。
「フゥッ!」
じじいがアメリに『気』──エネルギー波的な物ではない──を注入すると、アメリは意識を取り戻しました。
「ああああああああああああああああああ!」
雷撃の衝撃から抜け出せていないアメリは、目覚めると同時に絶叫を上げます。
「落ち着かんか」
「痛い!」
少し強めに頭を叩かれたアメリは、涙目でじじいを抗議します。
「何をする師匠!」
「言うとる場合か。お主には黄泉の治療を任せる。頼んだぞ」
「え? ──あっ!」
あの一瞬。アメリには何が起きたのか理解は出来ていません。
ただ、アリエスの雷撃に打たれた事しか覚えていませんでした。
そして今、酷い火傷を負った黄泉の姿と、殆ど無傷にも等しい自身の姿を見て、聡明なアメリは理解しました。
(姉弟子……)
「必ず……。必ず、傷一つなく治してみせる!」
「うむ。任せたぞ」
くるりと二人に背を向けたじじいの、ズボンの裾を掴む手がありました。
「……流石。儂の子じゃ。ようやった」
「起きるな! 死ぬぞ!」
「……ごめ……なさい。失敗……ちゃい……まし……」
「よい。二人とも生きておる。ならば何も問題ない」
「そう……で……か……。よか……た……」
碌に動かない手で二本のナイフを取り出します。
「それは……!」
「これ……を……」
じじいは黄泉の手から、ナイフを受け取りました。
「確かに受け取ったぞ。安心して休むがよい」
そのナイフにはまだ、黄泉が掛けた持ち手の魔力を吸い上げ強化する魔法が生きていました。
じじいの全く使われる事のなかった魔力が注ぎ込まれ、更にその威力を増しています。
「それではアメリや。黄泉の事はしかと任せたぞ。儂はこれから──」
猛り狂う猛獣の様だ。
アメリはじじいの表情、溢れ出る気配の余波にすら、知らず恐怖を覚えていました。
もしあんなものを直接向けられたら、間違いなく乙女としての尊厳を失いかねない様な失態をしでかしていた事でしょう。
「弟子たちを傷付けてくれよったあ奴を、仕置きせねばならんのでな!」
アリエスは突如現れた無比なる脅威を敏感に感じ取っていました。
アリエスの本能は、直ちにこの場から逃げ出すように促していました。
しかし、アリエスの視覚、鋭敏な嗅覚、そしてそれ以上に絶対的な魔法による知覚。その全てが、脅威の元が只の一匹の虫けら──人間であると示しています。
先程角を折った『虫』とは全く別の、真に只の人間です。
超獣たるアリエスが怯える必要がある相手ではありません。
それはアリエスの持つ知性の、正しい理解でした。
本能による警告を、知性が否定する。
アリエスは困惑していました。
「Meeee……?」
どう見ても只の人間から、絶対的捕食者の気配を感じる。
元が羊であるアリエスの、被捕食者としての本能は警鐘を鳴らし続けています。
じじいは急ぐでもなくただ無造作に、アリエスに近付いて行っている様に見えました。
しかしアリエスには、じじいが一歩近づくたびに、距離が縮まる以上に獣の気配が強まって行くのを感じていました。
じり……。じり……。
「アリエスが……怯えている……?」
そう
アリエスはじじいの殺気に圧され、次第に後退るようになっていました。
しかし背を向けて逃げる事は出来ませんでした。
じじいに背を向けた瞬間、食われる。
アリエスはもう、そうとしか思えませんでした。
かといってこのままでは、結果は同じです。
「Me……Meeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!」
それは恐怖に駆られたアリエスの、猫を嚙む一撃。
角を片方折られ半減した魔力ながらも、それでもなお人間とは比較にならない絶対的威力の雷撃です。
しかしそれをじじいは、
「これはもう見飽きたわ!」
右手に持った一本のナイフだけで、容易く彼方へと弾いてしまいました。
「いつ、どこから来るか分からん自然の雷ならば避けようもないが、お主が放つ雷撃など、全てお見通しじゃ! 所詮は家畜の浅知恵よ!」
周囲の木々を利用して、一気にアリエスの頭上まで蹴上がります。
狙いは残されたもう一本の角。
それはアリエスも感じ取っていました。
ですが、先程までの様に空間転移を使って逃げる素振りもありません。
アリエスにとっては、足で移動するのも空間転移で移動するのも同じ事。じじいから空間転移で逃げるという事は、即ちじじいに背を向ける事に等しいのです。つまり、空間転移をする。イコール、食われる。これがアリエスの中での絶対なる答えです。
逃げる事も抗う事も諦めたアリエスに出来た事は、「食べないで」と祈るような気持ちでじじいを見ている事だけでした。
「せぃやぁっ!」
じじいの気合一閃。
強化されたナイフの一刀は、減退したアリエスの魔法障壁を易々と斬り裂き角に切り込みを作ると、そこに残るもう一刀を続けざまに叩き込んで一息に斬り飛ばしてしまいました。
「meeeeeee……」
両の角を断たれたアリエスは、魔力の大半を失ったせいでその巨体を支えられず、地面に
そして断たれた角からは、アリエスの天文学的量の魔力が宙へと流れ出ていました。
「やりましたね!」
逸早く意気揚々と駆け付けたのはケインです。
「いやー私はあなたならやれると信じていましたよ!」
などと、調子の良い事を言いながら、
その時のケインの目は、既にいち研究者のそれでした。
そんなケインの様子には気にも留めず、じじいは黄泉とアメリの許へ駆け付けます。
「どうじゃ?」
そこでは魔法による懸命な治療が施されていました。
「うむ。命には別状ない。外傷も……目立った傷は残らんだろう」
アメリの言葉通り、全身の至る所が焼け焦げていた黄泉の体は、この短い時間の間でも随分と人間らしい色を取り戻して来ていました。
「感謝するぞアメリや。これもお主の魔法の腕があったればこそじゃ」
「いや……。勿論それを否定はせんが、この……姉弟子の生命力が凄まじいのだ」
「伊達に儂の下で育って来てはおらんよ」
「ただ問題は……」
口ごもるアメリをじじいは促します。
「……アリエスの雷撃は姉弟子の体内までも焼き尽した。神経や臓器までズタズタになるほど。もうこれまでの様には戦え……いや、それどころか真面に動く事すら……。それと……、それと……子供は……! 私の……私のせいで……っ!」
アメリは黄泉を治療するにあたって、徹底的に黄泉の体を調べ上げていました。
そして今も、治療を施しながら経過を観察し続けています。
だからこそ誰よりも、それこそ本人よりも黄泉の体について理解している自信がありました。そしてその、絶望的なまでに破壊された黄泉の体の事も。黄泉の体は女性としての機能であり、幸福の形の一つであるものを、失ってしまっているであろう事も。
アメリは同じ女としてその哀しみ、苦しみを想像せずにはいられず、また、自分の不甲斐なさに涙を止める事が出来ませんでした。
流石のじじいにも、こればかりはどうしようもありません。
そんなアメリの涙を拭う手がありました。
「無用な心配は……止めていただきましょう……」
「姉弟子っ!」
「今更……そんな風に呼ばれると……気持ち悪いですね……。黄泉、で……いいですよ……」
「今はそんな事どうでもいい! 私のせいで! すまない……!」
「言ったでしょう……。無用な、心配です」
「しかし!」
「私を誰だと……思っているんですか? ……当然の様に……治りますよ……」
そんな訳がない事は、アメリが一番良く分かっていました。
しかしそう言い切る黄泉の顔には、自信も不安もありませんでした。まるでそうなるのが当然であると分かっている様に。
「じゃが、今は治療に専念するようにの」
ポンポンと優しく二人の頭を叩きます。
そこには先程まで、鬼もかくやという雰囲気を纏っていたじじいはすっかり消え失せていました。
「大丈夫……ではなさそうですね」
一先ずアリエスの観察に満足したケインは、黄泉とアメリの様子を見て沈痛な表情を浮かべています。
「あなたは喜ぶんじゃないかと思っていましたが……少し、意外です……」
「私には女性を傷付けて喜ぶ趣味はありませんよ。それに、万一そんな事で喜んだりしようものなら、私の命が危うい」
「当たり前だ。私が絶対に許さん」
「さ。そんな事より早く移動しましょう。早く帝都に戻ってしっかり治療しなくては。私も手を貸しますよ」
「ああ! 助かるぞ先生!」
これにて一件落着。あとは帝都に帰るだけと安堵しているアメリ、ケインの魔導士コンビとは違い、じじいは何か尋常ではない気配を感じ取っていました。
じじいが振り返った視線の先には──。
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