三章 その④

 一同の心配を余所に、さっさと一人で行ってしまう菊。

「あんたらがおると、またアっくんが暴れ出すやろからな。一人の方がええ」

 と言われては付いて行く訳にも行かず、アメリとケインが遠視の魔法で危険がないか見張っています。

 特に危険な事はないまま、暫くすると菊が戻って来ました。

「聞いて来たったで」

「ど、どうでした……!?」

 ケインがかぶりつく様にして菊に詰め寄ります。

「ちょちょ……! はなれ……離れんかいボケェ!」

 ボグゥ!

 見事に菊の右フックが、ケインの顔面をえぐり抜きました。

「急に抱き付いてくんなや。びっくりするやろ!」

「すみません……」

「超獣は人語も解するのかの?」

「そんな訳あらへんやろ。少なくともウチはそないな話聞いた事はないな」

 じじいの素朴な疑問を、菊は否定します。

 ではどうやって話を聞いて来たのでしょう。

「ウチがちょっと特殊なだけや。ウチはな、ある程度知能の高い動物とは意思疎通ができんねん。何でか知らんけどな。向こうさんもそれが分かる様でな、魔獣や害獣にも襲われた事あらへんねん。超獣もしかりや。友達も結構多いんやで」

 アっくんもその友達の内の一人(一匹?)でした。

「それで、アリエスは何と?」

 ラミナがケインに代わって尋ねます。

 すると菊はケインを殴り飛ばした右手を恥ずかしそうに後ろ手にして隠し、もじもじとしだします。

「ア、アっくんが言うにはな、『セカイへの脅威を排除する』みたいな事を言うてたで。あんたら一体、何をしたんや? こんなん初めてやで」

 ラミナ以外を、少し責める様な目で見ています。

 そしてラミナには、恥ずかしそうにしながらも、両腕を前に突き出しています。

 そのポーズの意味が直ぐには分からなかったラミナですが、ピンと閃きました。

 ハグの要求です。

 ラミナは菊をギュッと、力強く抱擁すると、そのまま頭を撫でて菊を褒めちぎりました。

 この予想外のラミナの行為に、菊はもうとりこになってしまっていました。

 重要な情報を得てくれた菊の事はラミナに任せておくとして、主にアメリとケインは今の菊の言葉について思考を巡らせます。

『セカイへの脅威の排除』

 とはどういう事か。

 セカイとはこの星の事か、はたまた宇宙全体の事か。

 脅威とはどの程度の物を指すのか。

 そしてそれが、どうして自分達なのか、と。

 サクヤからの情報では、アリエスが異常行動を起こしたのはここ最近の事だという事です。となると……。

「原因はあんたね」「原因は黄泉様ですね」

 黄泉とケインが同時に結論に達しました。

「「は?」」

 本来あるべきではない存在。魔法とギフト、両方を使う事が出来る二人が、セカイへの脅威と捉えられていると考えていました。

「ふむ。そういう事なら、それぞれ反対方向に分かれて移動してみればいいじゃろ。アリエスとやらがどちらに向かうかで、誰を狙っておるか分かるじゃろう」

 じじいの案が採用され、二人は逆方向に離れた位置へ移動し待機します。

 そしてアリエスの様子をアメリが観察しています。

 かくしてアリエスは……、二人の中間地点で停止しました。

 右見て、左見て、右見て、左見て……。

 悩んでいる様にも見えます。

 しばしその場でそうした後、右方向──黄泉の居る方へと歩き出しました。

「なっ!?」

「ほれ見ろ!」

 お互い声が聞こえる距離ではありませんが、その反応に明暗がくっきり現れました。

 ただ他の面々からすると、

「二人ともか」

 というのが本音でした。


 さて問題は、これからどうするかという事です。

 合流した一同はアリエスと一定の距離を保ちながら話し合います。

 意見は二つ。

「帝都に戻りサクヤ様に処理して頂きましょう」

 というケイン派と、

「ここでアリエスを倒しましょう」

 という黄泉派です。

 ケイン派は、ケインを筆頭に、アメリと菊が。

 黄泉派は、黄泉、じじい、そしてラミナです。

 両極端に別れました。

 お利口派と脳筋派に別れたと言ってもいいでしょう。

 お利口派はお利口なだけに、口も達者です。理路整然と捲し立て、脳筋派の反論を封じ流れを持って行きます。これに対し脳筋派は、「やだ! 戦う!」と感情論を振りかざして対抗します。

 ぐるぐると議論は踊り、ぐるぐるとアリエスの周りを移動し続けていると、アリエスに変化が起き始めました。それに気付いたのは菊でした。

「おい! アっくんの様子が何やおかしいで?」

 見れば、アリエスの体毛が白から赤に変わっていっていました。

 そしてその体毛からは雷撃が放たれているようにも見えます。

 これらは菊も見た事がない変化でした。

「何やら怒っているように見えるのう」

 じじいの言葉が腑に落ちます。

 まさに「それだ!」といった様子です。

 そうこうしている間に、アリエスの体毛が真っ赤に染まると、暴走状態を超える速度で突進してきました。

「来るぞ!」

 十分に距離を取っていたのが幸いし、初激の突進を危なげなく回避します。

 アリエスは赤い残像を残しながら、木々を薙ぎ払って走って行きます。

 そしてそのままの勢いを維持したままUターン。直ぐ様じじい達──黄泉とケインを狙って突進してきます。

「面倒な事になってしまった! どうしてくれるんだ! アリエスの魔力の影響で長距離通信は出来ないんだぞ!」

 脳筋組を非難するケイン。

「流石にこの状態のアリエスを引連れて町に戻る事はできないな」

 諦め顔のアメリ。

「カッカッ。良いではないか。一戦交えればよいだけの事!」

「腕が鳴りますね! 師匠!」

「怪獣とは流石の儂も戦った事はないからのう。たのしみじゃな」

「はい!」

「こうなった以上、やるしかない……か。諦めて覚悟を決めろ先生。でないと死ぬぞ」

「ああ! 何か嫌な予感はしていたんだ! くそっ!」

 二度目の突進も躱し、アリエスの動きを観察します。

 今の所は単調な高速移動による突進しかしてきませんが、それだけで終わるとは思えません。

「お菊殿。何か弱点などはご存じではないか?」

「弱点ってわけやないけどな、アっくんの角を狙うとええんちゃうか!」

「角を?」

「アっくんの魔力は角に集中しとるさかい、折れれば結構なダメージやと思うで」

 とは言うものの、アリエスの角はそこらの大木よりも太いです。

 その上鋼の様に固く、元から莫大な魔力を持つ超獣の、その多くが集中している箇所ともなれば、魔力による障壁も相当な物でしょう。

 つまり、アリエスの部位で最も堅固な部分と言っても過言ではありません。

 そんな事が果たしてできるのかは、はなはだ疑問が残る所です。

「アメリや」

「何だ師匠」

「魔法でズバーンと角が折れたりせんか?」

「それが出来たら超獣などと呼ばれておらん。超獣は常に魔法障壁を纏っている。生半可な攻撃では傷一つ付かん」

「魔法障壁とな。お主達の魔力障壁とは違うのか?」

「似たものではあるが……、そうだな。魔力障壁を鎧だとするなら、魔法障壁は建築物だと考えると良い。そして超獣が纏う魔法障壁は城だとな」

「ふむ。厄介じゃな」

「師匠。ここは私にお任せ下さい。師匠と離れていた間の修行の成果、見ていて下さい」

 手近な枝を折り両手で二刀流の様に構える黄泉。

 その枝を極々自然に魔法で強化します。

「中々便利ですね。これは」

「何をする気だ!?」

 驚きの声を上げるアメリに、黄泉は不敵に微笑みます。

「あの角を斬ります」

「馬鹿を言うな! 出来る訳がないだろう!」

「さあ? それはやってみないと分からないでしょう」

「師匠もあの馬鹿を止めろ!」

「うん? まあ何とかするじゃろ。流石の儂も、素手ではあれには対抗できそうにないしのう。何か良い武器があればいいのじゃがなあ」

 頼る相手を間違えた!

 とはいえ、黄泉を止められるのはこの脳筋師匠しかいません。

 とりもなおさずそれは、黄泉を止める人が居ない事を意味しています。

「ああもう!」

 アメリの心配を余所に、黄泉はピョンピョンと樹上を奔り抜けながら──魔法を使わずに──猛るアリエスへと肉薄します。

 接近する黄泉に気付いたアリエスの体が、強く光を放ったかと思うと、アリエスの体を包み込む様に激しい雷撃の嵐が巻き起こります。

「だから言わん事ではない!」

 雷撃に打たれたであろう黄泉を治療すべく、アメリは落下予想地点へと急ぎます。

 生きてさえ、いえ、心臓が止まっていたとしても、原形さえ留めていればまだ、アメリの魔法を以てすれば蘇生は可能です。

 それも時間が経って脳に損傷が及べばその限りではありません。

 急いで黄泉を探しますが、一向に黄泉は見付かりません。

 何故なら黄泉はまだ、戦っていたからです。

 じじいと培った危機察知能力は人智を超え、ピンポイントで魔法障壁を小さな盾の様に展開してアリエスの雷撃の嵐を全て逸らしていたのです。

 アメリがアリエスを見上げるのと同時、黄泉は角へと取り付き、手に持った二刀と化した枝を振り下ろしていました。

 ぶつかり合う枝と角。

 落雷でも起きたかのような轟音が鳴り響くと、黄泉の持つ二刀の枝がポキリと折れてしまっていました。

 アリエスの角には傷一つ付いてはいませんでした。

「なるほど。想像以上ですね。ですが……」

 武器を失った黄泉は、一切躊躇する事無くアリエスの角から離れます。

 神業の様な回避術で取り付いた事を、何とも思っていないようでした。

 黄泉にとってあの程度の雷撃、回避する事は何ら難しい事ではないという事でしょう。

 黄泉の無事を確認し、思わずホッと安堵のため息をついたアメリは、「違う違う。心配などしていない」と自分に言訳しながら、黄泉の傍まで飛び上がります。

「何ですか? 近くに居ると危ないですよ?」

「本当に斬り付けるとは驚かされたが、これで分かっただろう」

「ええ。次はいけます」

「そうそう。次は──って、何だと?」

「次は斬れる。そう言ったんです」

 ただ、もう少し丈夫な武器が欲しいですねと言って、周囲を物色していました。

「これ使えへんか?」

 そう言って菊が取り出した二本の、採取用のナイフをラミナが投げて寄こしました。

 それを器用に受け取った黄泉は感触を確かめ、頷きます。

「ありがとうございます! 使わせていただきます!」

 素直、且つ、丁寧に御礼を述べる黄泉の姿に、アメリは憮然とします。

 自分に対する態度とはあまりに違っていたからです。

「は? 尊敬に値する方に敬意を払うのは当然でしょう。馬鹿ですかあなたは。いえ、馬鹿なのですね。知っていました」

 と、これだ。

「そんな馬鹿な妹弟子は、何かおかしいと思いませんか?」

「? 何がだ? おかしいのはお前の頭だろう?」

「はあ。ヤレヤレ。本当に使えない……」

「ムッ! 何だと──!」

「本当に気付いていないのだとしたら、底抜けの能天気さですね。あの超獣──アリエスでしたか。この世界に来たばかりの私にでも分かるほど、尋常ではない魔力を纏っています。それなのに、やっている事が先程からひどく矮小だとは思いませんか? あれほどの魔力ならもっと色々と出来るんじゃないですか?」

「──っ!?」

 黄泉の言う通りでした。

 実はその点はアメリも薄っすらと気にはなっていたのです。

 超獣が保有する莫大なまでの魔力は、人間のように魔法という形で行使せずとも、周囲に多大な影響を与える移動する天災、思考する災禍、自然からの裁きとも言えるほどの代物です。

 アメリの読んだ事のある記録では、A級冒険者達と超獣の戦いは十日に渡って続き、人口数百万を抱えた大きな島が、海の藻屑と消えたとありました。

「それならそれでやり易くて助かりますが、少々物足りなくもありますね」

 この間も放たれ続けているアリエスの雷撃を、ヒョイヒョイと難なく躱しています。

 傍にいるアメリは強力な魔法障壁を展開し、何とか防いでいます。

「先程の手応えからして、もう少々魔力が欲しいですかね……」

 魔法でナイフを強化していた黄泉が漏らした呟きを、アメリは聞き逃しませんでした。

「これをベルトにくくり付けろ!」

 と言って投げて寄こしたのは、特殊な糸でした。

「導魔力線だ。私が足りない分を補う!」

「では、ありがたく使わせていただくとしましょう」

 案外素直に受け取った事にアメリは少し驚きました。

 アメリと黄泉が一本の線で繋がれ、アメリから黄泉とは比べ物にならない程の魔力が供給されて来ます。

 これには黄泉も内心舌を巻きました。

「これは……」

「行け!」

 導魔力線はアメリの魔法で、自由自在にその長さを変化させることが出来ます。黄泉の動きを妨げる事はありません。絡まらないようにだけは注意しなくてはいけませんが、万一絡んでも線の形状を変化させる事で簡単に解く事が可能です。

 黄泉は魔法で宙を滑る様に滑らかに移動し、アリエスに最接近していきます。

 そこらの地人の魔術士よりも余程上手く魔法を扱うさまに、アメリはもう感心するのを通り越して呆れてしまっています。笑いすらこみ上げて来そうでした。

(これが才能というモノか)

 黄泉が魔法を使って戦闘を行うのは今回が初めてです。武器や肉体の強化と違い、身体制御は魔法の中でも難しい分野です。それを一発で完璧に制御してのける黄泉の才覚は、まさに天才のそれでした。

「はは! これは悪くありませんね!」

 再び接近してくる黄泉を警戒したアリエスは、今度は雷撃で黄泉を迎撃せず、短距離空間転移を繰り返しての回避行動を取り始めました。

「そう来ましたか。小賢しい獣ですね」

 逃げるアリエスと、それを追う黄泉。

 それは超獣を知る者達にとって、一種異様な光景でした。

 それは例えるなら、台風が団扇うちわの風で進路を変える様なものであり、

 それは例えるなら、津波が人のバタ足で押し返される様なものであり、

 それは例えるなら、地震が人の飛び跳ねた衝撃で静まるのを見た様な、

 そんなあり得ない光景だったからです。

 そしてそれとは別に、やはり超獣だなとアメリやケインを震撼させるところもありました。

 先程からアリエスが当たり前の様に行っている、空間転移です。

 アリエス程の巨体が素早く、自由自在に移動しようと思うのなら確かにその方法しかありません。ありませんが、アリエス程の巨体を魔法で空間転移させるには、それだけ膨大な魔力を消費します。地人の中では破格の魔力を持つアメリでさえ、一回アリエスを移動させただけで恐らく魔力が底を突く事でしょう。

 そんな空間転移を、アリエスは事も無げに何回、何十回、と連続して繰り返しています。そしてそれで魔力の量が減ったという感じすらありません。常人が体を少し動かしたくらいで疲れ切ったりしないのと同様に、アリエスにとってそれは当たり前の単なる移動手段にしか過ぎないという事なのでしょう。

 このまま追いかけっこを続けてアリエスの魔力切れを待つ。

 というのが一見して良さそうな作戦にも思えますが、それは黄泉の性格ではありません。その上、追いかける黄泉も魔力を消費し続けています。確かに、アリエスの方が遥かに魔力消費量は多いのですが、保有している絶対量と回復量が桁違い過ぎました。このまま追いかけっこを続けた場合、先に魔力が尽きるのが黄泉の方なのは確実です。

 それを黄泉も、そして恐らくアリエスの方も分かっているようでした。

「どうにかして動きを止める必要がありますね……。さてどうしたものでしょうか」

 黄泉は油断なくアリエスを追いかけながら思案します。

 アメリからの魔力支援により、当分は魔力切れの心配はありませんが、いつまでもこうしていてもらちがあきません。

 反撃する心算で背後を取るように転移するなどしてくれれば、先読みで不意打ちをする事も出来たのですが、アリエスは常に黄泉から離れた場所に転移を繰り返すので、全く攻撃のチャンスすらありません。

 黄泉は一旦アリエスを追いかけるのを止め、様子を窺います。

 アリエスも黄泉の追撃が止んだのを察し、一定の距離を保ったまま黄泉に狙いを定めています。

 次の手を考える黄泉の前に、思わぬ救いの手が現れました。

 ラミナに抱えられた菊です。

「アっくんの動きを止める方法、あんで?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る