三章 その③
じじいと黄泉がほぼ同時に足付リュックに駆け寄りました。
「ほあっ!? な、何や何や!?」
リュックからは可愛らしい女の子らしき声が聞こえて来ます。
「ここは危険じゃ。早く移動した方が
「あなた、あれが見えてないの?」
「へ? アレ? って、アっくんの事か? アレが見えてへんかったら、目か頭の病気やで病院行った方がええな」
少女(?)は突然現れた二人組に驚きはしたものの、アっくんと呼ぶアリエスの存在には全く驚いた様子も、怯えた様子もありません。
そのままブチブチと周囲の木や草から何かを採取して、リュックに詰め込んでいます。
「おい! 早くしろ! こっちへ向かって来ているぞ!」
アメリが上空から危機を報せます。
「ほえー。あんな所にも……って魔導具もなしにとんどるっ! あの嬢ちゃんすっごいなぁ」
さらっとアメリは魔法の力だけで飛行していて、確かに凄いのですが、今はそれどころではありません。というのに、リュックの少女(?)はまるで何も危険な事はないかの様に
「うむ。こうなったら仕方あるまい」
「はい。師匠。さっさとこうした方が良かったですね」
じじいと黄泉は両脇からリュックがガシっと掴むと、息もぴったり、強引にリュックの少女(?)をアリエスの進路上から移動させます。
「ちょちょちょちょちょー! 何すんのや! まだ採ってる最中やろ! あーっ! 放せ! 放せや! この人攫いどもが!」
散々喚き散らしながら手足を振り回して暴れますが、何分リュックの少女(?)の体はリュックの体積の半分程もありません。リュックを掴んでいるじじいと黄泉には、全くと言って良い程に無駄な抵抗でした。
それまではのそりのそりと歩いていたアリエスが、突然駆け出したのには驚きましたが、その進路上からは無事に退避出来ていました。
少女(?)の抗議には一切耳を貸さず、一旦そのままアリエスから距離を取ると、アリエスは落ち着きを取り戻したのか、再び歩行に戻りました。
先程いた丘とは別の高台に着地すると、追って来たケインとラミナも遅れて合流します。
「はあ。心配させないで下さい。アメリ様」
「済まなかったな。まあ皆無事なんだから、許してくれ」
「まあアメリ様が突っ走るのはいつもの事ですから、慣れてますけどね……」
そうは言いつつも、ケインはくどくどとアメリにお説教をしています。アメリは「また始まった」と思いつつ、神妙な振りをして聞き流していました。そんなアメリに救世主が現れます。
「人の仕事の邪魔しくさって、何のつもりやジブンら!」
助けた少女(?)が、一行の中では真面そうに見えるアメリとケインに絡んできたのです。
リュックの少女(?)は、肩まで伸びた緑の髪を無造作に後ろで括っただけのボサボサ頭。前髪もヘアピンでテキトウに上げてあるだけという、お洒落を鼻紙に
背はアメリの肩程しかなく、通りでリュックに隠れるはずだと納得の低さでした。
やたらとポケットの多い茶色のツナギ姿は、その着慣れた雰囲気が無ければ、子供の職業体験にしか見えません。
「活動期の超獣は珍しいねんぞ! ちゅーことはや、レアなお宝がぎょーさんあるっちゅーこっちゃ! さっきかて、ウチかて滅多に見掛けんレア素材を採っとる最中やったっちゅうのに……」
ぐわしっ!
と少女(?)はケインの胸倉を掴み上げ……ているつもりなのでしょう。
背伸びして胸倉を握っている姿は、怖いというより可愛いです。顔は鬼の形相でしたが。
「この落とし前、どう付けてくれるっちゅうんじゃ!」
睨み上げて来る少女に、ケインもどうしたものかと困った様子です。
「コラ。先生を放せ」
アメリが少女(?)を後ろから抱き上げ、ケインから引き剥がします。
リュックはじじいが邪魔だと脇に置いてしまっていました。その事も少女(?)の怒りに油を注いでいたのですが、ここにそんな事を察してくれる人は居ませんでした。
「子供とちゃうんやぞ! ガキみたいな扱いすんなや!」
「どう見ても子供だろう」
「どこがやねん! どう見たって大人のレディ……」
アメリに抱えられたままの少女(?)も流石に自覚があるのでしょう、視線をつと明後日の方向へ向けます。
「──レディには見えんかもしれんが、常識で考えたら分かるやろ。こんな所にガキが一人で居るわけないやろ」
「だが、こうして現に居るだろう」
「だ・か・ら! ガキじゃねぇっつってんだろが! むしろお前の方がガキじゃねぇか!」
「私はガキではないぞ。れっきとした十六歳。大人のレディだ」
「なぁにが大人のレディや。十六やて? ウチの半分も行っとらへんやん!」
「は?」
これにはアメリだけでなく、他の面々も驚きを隠せません。
どう見ても少女は十代前半。サクヤと同じくらいの見た目です。サクヤと同じ様に、この少女も何か不老の秘儀でも持っているのでしょうか。
「もうええっちゅうねん。そのリアクションは。ウチの歳聞いたらハンコ押したように同じ反応しくさってからに。見飽きたっちゅーねん」
「その訛りと方言は
声を掛けながら近付いて来るラミナを見た少女改め自称大人のレディは、それまでの態度から一変。途端に恥ずかしそうに
そのレディの前でラミナは膝を付き、手を取って顔を覗き込む様にして目を合わせます。
するとレディの顔は一瞬で、茹蛸の様に真っ赤に染まりました。
「
桜花は帝国の東端に位置する小国です。太華は西に一つ隣の大国。桜花とは歴史的な繋がりの深い国です。
「ウチは
「「S級!?」」
アメリとケインが驚愕の声を上げます。
それを
「他の奴らが採ってこれんようなモンを採って来るんがウチの仕事や。超獣関連の採取依頼はええ
菊は少し早口でラミナに返します。
ラミナを見ていると、頬が熱くなり、胸の高鳴りが抑えられません。
菊も見た目はこんなですが、それなりに歳を重ねて来ています。恋の一つや二つ、酸いも甘いも経験して来ました。特に見た目が見た目ですから、進んで寄って来るよう男には碌な奴が居ませんでした。
そして今回のそれは、今までのどれよりも興奮し、他の一切がどうでも良くなりそうな程に頭が沸騰しています。「これはマズい」という自覚がありながらも、片時も傍から離れたくないと思ってしまっていました。
「やさかい、まあ……なんや。ラミナはんが頼むんやったら引き受けんでもないし、さっきの事も大目に見たる。まあ、報酬次第やけどな」
「何でもとは申せぬが、御希望を窺っても宜しいかな?」
「そんな大したもんやあらへん。……その……アレや。町に戻ったら一回、飯でも付きおうてくれへん……か……?」
それは菊からのデートのお誘いでした。
「喜んでお供いたしましょう。お嬢様」
「絶対やで!」
「ええ。約束です」
上手く話が纏まったのをみて、少し遠巻きにしていた面々も集まって来て簡単に自己紹介を済ませます。
「桜花の人間は特殊な技能者が多いのか? お菊殿以外で話した事があるのはシーカーくらいのものだが、奴もS級だったしな」
「シーカー……? ああ!
それで、ウチらみたいなんが仰山おるんか言われたら、流石にそんな事はないで。特に国元離れて冒険者なんかになる、いうのはな。ただ、一つの事を極めたがるっちゅー所はあるかもしれんな。お国もあれこれやるより、一つの技を追求する方を奨励しとるし」
「S級が生まれやすい素地はあるという事か」
「まあそうなんちゃう。よう知らんけどな」
「儂からも一つ良いかのう?」
アメリの話が終わったのを見計らいじじいが尋ねると、菊は露骨に嫌そうな顔をします。
黄泉と一緒にリュックごと運ばれたのが、軽くトラウマになっているのかもしれません。
「な、何や?」
警戒心も露わに、ですが一応は応えてくれます。
ラミナに引っ付いているお陰かもしれません。
「菊殿はシーカーと仲が良かったりせんかのう? あ奴と一度手合わせしてみたいのじゃが、断られてばかりでのう」
じじい、まだ諦めていませんでした。シーカーも災難ですね。
「ほう。師匠殿が……。それほど出来る御仁で?」
じじいが固執する相手と知り、ラミナの食指も動きます。
「中々面白い動きをする奴でのう。随分と楽しい相手になると、儂は踏んでおる」
「ほっほう! それはそれは……。実に興味深い」
いたく感心するラミナ。シーカーが聞いたらとても嫌な顔をしそうです。
「ウチとあのボンが仲ええかって? そんなんないない。長谷部家は元は守護を務めとった武家の家系やさかいな。今でも華族っちゅう、こっちでいう御貴族様や。ウチは只の一般庶民やさかいな。まあ同じS級の冒険者やさかい、組合で顔を合わせた事はある程度やな」
「そうか。残念じゃな」
「なんやじいさん。強い相手を探しとんのか?」
「うむ。心当たりが?」
「おう。あるで? 腕にかけては桜花一って噂されとる奴や。ウチの客の一人でな、そいつで良かったらこの仕事が片付いたら紹介したるわ」
「おお! それは有難い」
「師匠。盛り上がっているところ申し訳ないのですが……」
「どうしたんじゃ、黄泉」
「超獣がこっちに向かって来てます」
黄泉の落ち着き払った報告に、じじいはピクリと眉を動かします。
「どうしてだ! ここは予想進路上からかなり外れた場所だぞ!」
驚き慌てふためいているのはケインだけでした。
「さて、私に言われても知りませんよ。貴方が超獣に聞いて来れば良いのでは?」
「私を殺す気か!」
「そのつもりならとっくに首と胴体がお別れしていますよ。それに、私はそんな回りくどい真似はしません」
「ヒィッ!」
首を押さえながら黄泉と距離を取ります。
「んー? あー? おー! 確かにこっちに向かって来とるな!」
菊もこちらに方向転換したアリエスの姿を認めます。
「今までに見た事ないパターンやなぁ。う~ん……。どういうこっちゃ?」
「と言いますと?」
ラミナが菊に先を促します。
「アっくんはな、まあ見たまんまなんやけど、羊やねん。『そんなん言われんでも分かるわ!』っていうのはなしやで? やさかい、まあ基本的には羊と同じ様な行動パターンやねん。そこら辺うろつきながらエサ喰うて、寝て、動いて寝る。まあ、そんな感じや。特に超獣の中でも大人しい奴やねん。なんならウチ、アっくんの毛ぇの中で寝た事もあるんやで。あ、今度ラミナはんも良かったらどや?」
「はは。機会があれば是非」
これには流石のラミナも苦笑を浮かべています。
「話が逸れたな。そんな訳でや、こんな風に一直線に走るって事は、や。何かに追われとる時か、何かを追っとる時くらいやな。ふん……。とすると、今のアっくんは何かしらの興奮状態にあるっちゅー事かもしれんな。何ぞ、あんたらの中に追われる理由のあるモンが居ったりするんちゃう?」
一同は菊の言葉に顔を見合わせますが、特に思い当たる節はありません。
「まあウチの勘違いって事もあるかもしれへんしな。あんま本気にせんでええで」
「いや、この急な方向転換は儂らに何かしらあると考えた方が良いじゃろう。取り敢えず今は一旦退避じゃ!」
皆、全速力でアリエスの進路から離脱しました。
アリエスの進路をぐるりと回り込む様にして進路の反対側に移動すると、アリエスは駆けだした勢いのまま、Uターン。じじい達に向かって突進してきます。
「これで確定と言っていいじゃろう」
どういった理由かは分かりませんが、アリエスの狙いはじじい達の様でした。
「師匠。ワクワクしますね」
「うむ。あれほどの獣は初めてじゃな」
何故か戦闘準備を始める二人に、アメリと菊が驚愕の叫びを上げます。
「何をしてる!」
「何考えとんや!」
「「羊狩りじゃ(よ)」」
さも当然といった表情を浮かべる二人に、菊とケインは顎が抜けそうな程あんぐりと口を開けていますし、ラミナは大爆笑しています。アメリは……プルプルと震えていました。
「馬鹿な事言っていないで、さっさと逃げるぞ!」
アメリの咆哮が轟き、周囲の動物たちが一斉に逃げ出しました。
まだ距離のあるアリエスの表情も、何故か叱られた犬みたいな顔になっている様な気がしないでもありません。
アメリは二人を引っ掴んで強制的に運んでしまいます。
慌ててケインもその後を追い、菊はラミナがそっと抱いて付いて行きます。
向かう先はどこの町からも最も遠い、超獣の巣です。
一行を追って来ているのは、理由は不明ですがほぼ確実だと判明した以上、町に近付くわけには行きませんでした。
十二分に距離を取った事でアリエスの興奮状態は収まり、またゆっくりとした歩みで、やはり一行の方へと向かって来るのが見て取れます。
「何で戦おうとした! 馬鹿なのか!?」
「あれほど見るからに強そうな相手じゃぞ」
「戦うなって言う方が無理があるでしょ」
「戦えって言う方が無理だ!」
アメリの真っ当な発言に、首を捻るじじいと黄泉。
「それにそもそも、アリエスの討伐が目的ではありませんから」
ケインもアメリの意見に同調します。
「アリエスを討伐するのなら、サクヤ様にお願いすれば済む事ですしね」
いざという時の超獣への対処。それは魔王が、魔王として君臨できる本来の理由でもあります。
「今回は超獣アリエスの異常行動の調査が目的です。戦う必要はないでしょう」
「原因は儂らの内の誰か、もしくは何か、じゃろ」
「じゃあ調査は完了という事で、戦って来ましょう」
「「どうしてそうなる!」」
二人のコンビ同士の遣り取りに、ラミナは只々笑っています。
見かねた菊が、
「ウチが聞いて来たるわ」
と提案してしまうほど、呆れていました。
「聞いて来るって……? 誰に?」
驚く一同を代表する様に、アメリが尋ねました。
「あん? そんなん、アっくん以外におらへんやろ」
菊は当然の様にそう答えました。
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