二章 その④

 ケインは「支度をしてきます」と言って買い出しへ。ラミナはそれに付いて行きました。

 じじいと黄泉とアメリはアメトラに呼ばれ、一緒にサクヤが居る部屋へ移動していました。

 そこは帝宮におけるサクヤの私室です。普段は帝都にある家の方にいて、帝宮にはあまり居ないのですが。サクヤにとって帝宮はあくまでも仕事の場、という事の様です。ただ、何か用があるなどして帝宮に滞在している時に良く使うのがこの部屋です。

 部屋は畳敷きの和室です。広さは六畳。欄間らんまには目を見張る龍の彫り物が施され、とこの間に飾られた掛け軸には達筆な字で、

駑馬十駕とばじゅうが

 と書かれていました。

「あの軸物はサクヤ殿が?」

「うむ。儂の好きな言葉じゃ。そして戒めでもある」

 じじい達三人は、机を挟んでサクヤの正面に腰を下ろします。座布団も一級品です。

 じじいを挟む様に腰を下ろしたアメリと黄泉は、こそっとじじいに訊ねます。

「どういう意味です?」

 それにじじいが答えるより先に、サクヤが笑顔で答えました。

「あまり聞かん言葉じゃからな。意味としては慢心せず努力せよというような事じゃ。兎と亀の童話があろう? あれの事じゃな」

 二人は感心した様子で聞いていました。

 その言葉は二人にとっても非常に共感できるものだったからです。

「改めて、先程は急な茶番に付き合わせてしもうた事に、謝罪と感謝を」

「アメリ憧れの御人の為とあらば、御安い御用」

 サクヤとじじいは深々と礼をし合います。

 その後は実に和やかな雰囲気で話が弾み、じじいが暫く帝都に滞在する旨を告げると、サクヤはホテルのワンフロアを直ぐに手配させました。勿論帝都でも一、二を争うと評判のホテルです。

 腕の立つ人物についても色々と訊ねました。

 これに答えたのはアメトラです。

 主だった名前が次々と挙げられ、それをアメリがメモしていました。挙げられた名前の中には四天王の内、三人の名前もありました。なかったのはケインです。アメトラは黙っていましたが、こと戦闘において四天王最強はラミナだとサクヤがバラした時は、アメトラは苦々しい表情を浮かべながらも、渋々といった様子でそれを認めていました。

 気付けば時計の長針が二周ほどしていました。

「随分と盛り上がって居られますなぁ」

 ケインの準備が整ったのでしょう、ケインとラミナが旅装でサクヤに出立の挨拶に来ていました。

 とっくに解散しているものと思っていた様です。

 ケインはラミナの影に隠れようとさえしています。黄泉が居るせいです。

「もうそんなに時間が経ったか。歳を取ると時間の感覚が曖昧になっていかんな」

 そう言って、じじいとサクヤの年寄二人は頷き合っています。

「そ、それでは行って参ります」

 一刻も早くこの場か去りたりケインが、慌ただしく出て行こうとすると、黄泉が呼び止めました。

「ヒッ!? な、ななな、何でしょうか。黄泉様」

「私も行きます」

「へ?」

 ケインのその「へ?」には、絶対嫌です。という強い意志が篭められていました。いましたが、黄泉には通用しませんでした。

「超獣ですか。強いのでしょう?」

 黄泉の言葉に驚愕の表情を浮かべるアメリとケイン。感心する様子のラミナ。探るようなアメトラと愉快そうなサクヤといった反応です。

 じじいはというと、勿論。

「うむ。儂もそう思っておった」

「じゃあ決まりですね。師匠」

「ああ、決まりじゃな」

 行く事に決まったようです。

「ちょっと! ちょっと待て師匠!」

「何か問題か?」

「相手は超獣だぞ! いくら師匠でも無茶だ! A級の冒険者が束になっても勝てるかどうか分からない相手なんだぞ! 魔人でさえ真面な頭をしていれば超獣は相手にしない! この世界の最強種。ヒエラルキーの頂点。それが超獣だぞ!」

「それは重畳ちょうじょう」「じつに愉しみですね」

 アメリの言っている事は脅しでもなんでもなく、紛れもない事実です。

 そしてそれを聞いたじじいと黄泉は実に嬉しそうな顔をしています。師弟揃って頭がどうかしています。

「サクヤ様!」

 この二人に言ってもらちが明かないとサクヤに助けを求めますが、

「なに。倒してこいと言うておる訳ではない。様子を見に行ってくるだけじゃし、構わんじゃろう」

 ダメでした。

「う~……分かった! では私も付いて行こう!」

「え?」

「師匠が心配だからな! あとオマケの姉弟子もついでに助けてやらん事もない! はーっはっは! 私にドーンと任せるが良い!」

「え? いや、あの」

 誰も付いて来ないで欲しい。

 そんなケインの言葉は三人の耳に届く事はありませんでした。

 唯一人、

「賑やかになりそうだな」

 同情するような振りをしてケインの肩を叩くラミナも、結局向こうのお仲間でした。

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