二章 その③

 アメトラが戻って来るまでの間、ラミナはいつもの様に帝都を留守にしていた間の事を、面白可笑しくサクヤに語っていました。それをサクヤも楽し気な様子で聞いています。気楽そうな二人とは違い、ケインは何故か嫌な予感に顔をうつむかせていました。

「戻りました」

「うむ。ご苦労」

 アメトラが戻って来ると、サクヤは立ち上がって奥の壁に向かって歩いて行きます。壁に手をあてると、スッと壁が両側に開き、奥に六畳ほどのこじんまりとした、畳敷きの和室がありました。

 サクヤが中へと入り、見るからに上等な座布団が敷かれた高座に腰を下ろすと、三人も中へと入り正座を組んでサクヤに頭を垂れます。後ろの壁は開いた時と同じく、何の音も立てる事無く静かに閉じていました。これも魔導的な何かかと思いましたが、サクヤの肘置きにスイッチが付いていました。

 三人を見下ろすサクヤのかおは、帝国の主のそれでした。

「随分と面倒な事になったものじゃのう?」

「全くですな」

 平身低頭するケインとは違い、ラミナは気楽そうです。

「お主にも言うとるんじゃがな」

「はっはっは。承知致しておりますとも」

「まあ良い。お主はそういう奴じゃからな」

 その態度を咎める様子もありません。アメトラは別ですが。

「そもそもあの魔獣の処理はお主に任せてあったはずじゃろ。まあ今更じゃが」

しかり。それがしを察知すると直ぐ逃げてしまってどうにこうにも。勘の鋭い奴でしたからな」

「お陰でクラ君は魔人になり、代わって処理を任そうと思っておったケインまで魔人化。アメリちゃんを泣かせる羽目になるわ、あ奴のギフトを回収するのにも失敗するわ。散々じゃな」

「魔剣も作らせましたが、失敗でした」

 アメトラの指摘にサクヤは頷きます。

「『神殺し』の魔剣じゃったか。あ奴の望郷と復讐の念に投資をしてみたが、無駄じゃったな。ただ『ばけもの』を殺すだけの剣ではのう」

 グラディアスに魔剣製造の秘法を授けたのは、サクヤでした。法では規制していますが、見込みのある者には時々こうした『投資』をする事がありました。

「この世界を作った『神々ばけものども』はサクヤ様の手で処理済みですからね」

「あんな悪趣味な外道の化物どもなど、生かしておく価値もない。死んで当然じゃ」

「サクヤ様がそう仰るなら、その通りで御座いましょう」

 アメトラは本心からそう思っています。

 この世界を作り、宇宙中から強き魂をかき集め、閉じ込め、競い争わせ、それを鑑賞して楽しむ。そんな事を繰り返していた『かみ』と呼ばれる超存在は、今や一柱も残っては居ません。全てサクヤのギフトによって殺されていました。

 しかし未だにこの世界には魂が集め続けられています。それも『かみ』が居た頃よりも。そして世界も閉ざされたままです。状況は悪化していました。

 『かみ』が死してもなお、未だに魂を集め、この世界に縛り付ける『何か』。それを取り除く事がサクヤの目的でした。

「失敗の責を問う心算つもりはないが、何か次の方策がある者はおるか?」

「サクヤ様。それは少し甘いのでは」

「ラミナはアメリちゃんを連れて来た。ケインはアメリちゃんの良き情報源じゃ。大概の事には目を瞑って構わん」

「はあ……」

 アメトラが大きな溜息を吐くのも無理はありません。

 アメリが絡むとサクヤは大概ポンコツです。何がここまでサクヤ様を惹き付けるのかと、初めの頃は嫉妬心にまみれていたアメトラも、今となってはそっちの興味の方が勝っています。一度思い切ってサクヤに尋ねて見た事もありました。「いやいやいや。だってサクヤちゃん超絶カワイイんじゃもん」という、何とも納得が行くような行かないような、そんな返答でした。

「方策と言う程ではありませんが……」

 恐る恐るケインが口を開きます。

「聞こう」

「黄泉様……ゴホン。黄泉さんですが、彼女を詳しく調べてみたいと考えています」

「というと?」

「彼女は──魔法が使えます」

 これにはサクヤも驚きの表情です。アメトラ、ラミナもケインに視線を注いでいます。

「ん? それはおかしな話じゃのう」

「はい。彼女は私が召喚しました。サクヤ様と同じ、地球からです」

「少なくとも、儂がおった頃の地球に魔法を使う人間はおらなんだが……。儂が知っておる限りではじゃが」

「仮に居たとしても、それはこの世界の魔法とは原理が異なります。過去に現地で魔法と呼ばれる力を振るっていた魔人も、この世界ではやはり魔法を使う事は出来なかったと記録に有ります。魔人である以上、なんであれ魔法は使えないはずです」

「お主の様な例外もおるがのう」

「私の例は特殊過ぎてまた別とお考え下さい。それに私の例はあくまでもこの世界の法則にのっとっています。特殊ではあってもイレギュラーではありません。しかし彼女は違います」

「そう言い切れる根拠は?」

 アメトラの追及に、

「召喚した直後、彼女と戦闘になった。魔法で応戦したところ、この未知の攻撃に彼女も初めは戸惑いと驚きで防戦に徹していた。しかしそれも僅かな時間。彼女は私の魔法を、魔法で相殺して見せたのだ。私の魔法を見て学んだのだろう。そうとしか考えられない。その時の私の驚愕振りが如何ほどだったか想像出来るか。あまりに驚きすぎて、彼女が戦闘を中断する程だったぞ」

 お陰で命拾いをしたとケインは締め括りました。

「お主の言う事じゃ。そうなのじゃろう。しかし、本当にそんな事が可能なのかの?」

「魔力を扱える魔人……か。にわかには信じがたいですね」

「本当に魔法が使えるかどうか、それは明日にでも頼んでみればよいでしょう。黄泉殿も丁重にお頼みすれば断ることもございますまい」

「確かにの」

「ケイン殿。そのような魔人が生まれるには、如何様な可能性が考えられようか」

「それは私もここに来るまでの間考えていた。そして一つの可能性を結論付けた。彼女は異世界に渡った地人ではないか、と」

 ケインの答えにサクヤとアメトラは懐疑的な様子です。ラミナは何か考え込んでいます。

「確かに、それなら一応の説明はつく。が、じゃ……」

「はい。御疑問は最も。この仮説には最大の壁があります。そもそもこの世界から出ることが出来ないという問題が。ですが、それを可能とするギフトがある、もしくはあったのかもしれません」

「空間転移系や次元超越系のギフトも見て来たが、誰一人としてこの世界から出る事はあたわなんだ。一体どのようなギフトであれば可能なのじゃろうな?」

「その辺りも含めて、そもそも彼女が私の仮説通り地人であるのかどうかも含めて、詳しく調査してみたいと思っております。御許可を」

「うーむ……」

 いつも即断即決のサクヤにしては珍しく考え込んでいます。

「どこか問題が?」

「うーむ。いや黄泉ちゃんはアメリちゃんのお師匠様のお弟子じゃろ。それも相当な間柄の様じゃった」

「はい。黄泉さんを拾い育てたのがあの師匠様らしいですから」

「アメリちゃんも大変あのお師匠様に惚れ込んでおるようじゃ」

「──っ! 御懸念、理解いたいしました」

 黄泉に嫌われる。師匠に嫌われる。即ちアメリに嫌われる。という流れをサクヤは恐れていたのです。

 本懐を差し置いてまでアメリを優先させようとするその姿に、アメトラも呆れた様子を隠そうともしていません。

「黄泉さんに直接関わる事に関しては、必ず本人の同意を得て行う事を誓います」

 誓うまでもなく、本人の同意なしにどうこう出来るとはケインは微塵も思っていませんでしたが、こう言う事でサクヤが納得してくれるなら安い物です。

「うーむ。まあそういうのであれば、許可しよう。但し、くれぐれも、手荒な真似はせんようにな。急く必要はない。事は慎重に運ぶ様にの」

「はっ。ありがとうございます」

「うむ。では当面はその線を軸に進めて行くとしよう。では今日はお開きじゃ」

 三人が立ち上がり、部屋を辞去しようとしたところでサクヤが思い出した様に声を掛けます。

「ケインにラミナ。お主達に、それとは別に任務を命じる。詳細は明日じゃ。良いな」

「はっ」「承知」

 今度こそ本当に解散し、そして夜が明けました。


 翌朝、朝食を終えた一同は昨夜とは異なり、謁見の間に集められていました。

 玉座に着いたサクヤとその脇に控えるアメトラ。居並ぶお歴々はサクヤから見て右が選挙で選ばれた平民出身の大臣たち。左が貴族たちです。

 そしてサクヤの前に居るのは、じじいと黄泉、アメリとケインとラミナの五人です。前者の二人は立ったまま、後者の三人はじじいと黄泉の前でひざまずき最上位の礼を取っています。

 二人の態度に対する周囲からの批判的な囁きは、大きなざわめきとなって謁見の間を埋めています。当然その言葉の一つ一つを、じじいと黄泉は聞き分けています。が、全く動じた様子もなくただそこに立っていました。

 その様子を冷めた目でサクヤが見つめている事に気付きもせず、尚も囁きは収まりません。勘の良い者達はサクヤの様子に気付き口をつぐみましたが、その分を補おうとでも言うのか、愚かな者たちは益々声を大にして批判し始めました。

 そして遂には、

「貴公ら、その態度、陛下の御前で不遜であろう! 跪かんか!」

 と、直接怒鳴り散らす者まで現れました。

 しかし当の二人は聞く耳を持たないどころか、そちらを見向きもしません。

 サクヤはアメトラを傍に呼び、何かを囁いています。

 心配になったアメリですが、流石に御前で後ろを振り返る訳にもいかず、跪いたままそっとサクヤの方へ視線だけを向けると、それに目敏く気付いたサクヤは一瞬だけ、アメリに笑い掛けました。

 何かお考えあっての事と察し、任せる事にしました。

 どれだけ罵っても何の反応も見せない二人に益々苛立ちを募らせた者達は、御前であるという事も忘れ、二人に詰め寄ろうと一歩踏み出そうとしました。

「貴様ら。先程から誰に向かって咎め立てしておるつもりか」

 サクヤのその声は決して大きな物ではありませんでした。

 しかしその一言は謁見の間の隅々まで行きわたり、先程まで耳をつんざかんばかりに喚いていた一同を、たちどころに黙らせてしまいました。

 特に、二人に詰め寄ろうとしていた者達など、恐怖で震え上がっていました。

「先に、異邦よりのお客人じゃと伝えたはずじゃが。お主達には難しい言葉じゃったか?」

 それは異邦人である故、礼儀を知らなくても仕方がない。という意味ではありません。

 異邦人であるから儂の臣民ではない故、臣下の礼は不要。という意味であり、直々に招いた客人である故、儂と同等、ないしはそれ以上の態度を以て歓待すべし。という意味でもありました。

 その程度の事も理解しようともしない人間は、帝宮に足を踏み入れる資格はありません。

「御待ち下さい陛下! 私は決してそのような……っ!」

「そうですとも! 私達はこの異邦の野蛮人どもに……ヒッ!」

 サクヤに睨まれた男は悲鳴を上げて腰を抜かし、それ以上続ける事は出来ませんでした。

 そうこうしている内に、アメトラから密かに連絡を受けた衛兵達が静かに謁見の間に姿を現し、じじい達に批判的だった貴族、議員を拘束していきます。

 拘束した彼らを、衛兵たちが連行しようとするのをサクヤが止めます。

「貴様らからは貴族位ならびに、被選挙権を永久に剥奪する。二度とこの帝宮に足を踏み入れることも許さん。生きてこの帝宮を出られるだけありがたいと思え」

 彼等に向かってサクヤが告げた内容は過酷な物でした。

 絶望を浮かべながら、ここで更に抗弁すれば今度は命すら亡くすとあっては、黙って受け容れるより他ありませんでした。

 居並んでいた貴族、議員の凡そ三分の一程が拘束され連行されていました。

 最後の一人が謁見の間か連行されて行くのを見送ると、サクヤは途端に険しい表情が崩れ、ズルズルと姿勢を崩して玉座の上でだらしない姿を晒していました。

「サクヤ様。まだ終わっていませんよ。シャキっとして下さい」

「疲れたのじゃから仕方がないじゃろう。はー、ヤレヤレ。お主はいつも儂にこんな役をやらせよるんじゃからな!」

「お陰で帝宮に相応しくないクソ共を大分処分出来ました。ありがとうございます」

「どうせ証拠も揃えてあったんじゃろ。普通に逮捕すればよいではないか」

「ああいう連中は法を掻い潜る事にかけてだけは智慧が回りますからね。サクヤ様に永久に処分していただくのが手っ取り早いのですよ」

「全く。お主は儂を便利な道具か何かと勘違いしとりはせんか」

「サクヤ様も客人に対しての無礼な振舞いに、心底お怒りでしたでしょうに」

 そこだけは確かに、演技ではありませんでした。

 残されたお歴々の反応は様々です。肯定的な者、呆れている者、騙し打ちに怒りを覚えている者などです。ですが共通してサクヤに対して批判の声を上げる者は居ませんでした。

「まあ良いがの。お客人方。こちらの面倒に付き合わせて済まなんだのう」

「というても、儂らは黙って立っておっただけじゃしな」

「まあ。一宿一飯の礼としては安い物です」

「そう言ってもらえると助かる。さて、ここからが今日の本題じゃ。ケイン・ドクトゥスマギに命じる」

「はっ」

「超獣アリエスに動きがあると報告があった。現地へ赴き、調査せよ」

「はっ! ……って、え? 私がですか!?」

「遅れた罰じゃ。なに、まだ警戒区域内じゃ。ただ監視員からの報告じゃと、いつもとは様子が違うという事での、詳細をお主に探って来て欲しい。超獣の活動域に入れる者はそうおらんしのう。別に戦って来いと言っておる訳ではないから安心せい。警戒区域を出そうならば直ぐに儂に報せよ」

「まあ、そういう事でしたら」

「ラミナ」

「はっ」

「お主にはケインの護衛を命じる。万一の時は助けてやってくれ」

「承知つかまつりました」

「うむ。両名、しかと任せたぞ」

 これで儂の用は済んだとサクヤが謁見の間から退室していき、それを以て解散となりました。

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