二章 その②

 サクヤが案内した場所は帝宮にある謁見の間……ではなく、比較的こじんまりとした応接室でした。一行以外は部屋の中には居ません。流石に部屋の外には警護の者が立っています。

 こじんまりとした部屋ではあっても、そこはやはり帝宮です。床に敷いてある絨毯からして、それと分かる高級品です。大きな一枚板のテーブルと椅子が六脚。部屋を飾る調度品は最低限ながらも効果的に配置されていますし、その一つ一つが目の玉が飛び出す程の最高級品ばかりです。大きく切り取られた窓からは、美しい帝宮の庭が良く見える事でしょう。残念ながら現在は夜の為、暗闇に包まれて何も見えませんが。

 椅子にはじじいを挟む形で左にアメリ、右に黄泉よみが。向かって扉に背を向ける側に左からラミナ、ケイン、アメトラが座っています。サクヤはというと、アメリの膝に座っていました。

「ではまず儂から聞こうかの」

 サクヤの視線はケインに向けられています。

「遅れた理由を」

「ふむ。まあ当り障りの無さそうなソレで良いか」

 アメトラの提案をサクヤが承認します。

「あ、それは私にも原因があるので、先に謝っておきますね」

 そう言ってペコリと頭を下げた黄泉に対して、ケインが苛立ちもあらわに声を荒げます。

「『にも』? 今、『にも』と言ったか! 全部お前のせいだろう!」

「『お・ま・え』?」

「ヒィッ! 黄泉様です……」

「よろしい。あと、口の利き方には気を付けなさい。まだ魔導の研究、したいのでしょう?」

「は……はヒっ!」

 一体何をされたんでしょうか。完全に女王様と下僕の関係になってしまっています。

 仮にも帝国の四天王の一角が。

 それを見て呆れるアメトラと笑うサクヤ。興味深げに黄泉を見定めるラミナ。

「分かった。もう良い。遅れた理由は何んとなし察しがついたわ」

「恐れ入ります……」

「儂が聞きたい事はこれくらいじゃが、次は誰が──」

「はい!」と元気よくアメリが手を挙げるのと同時に、スッと静かに黄泉も手を挙げています。そして始まる静かなる戦い。「貴様が譲れ」「あなたが譲りなさい」と視線でバチバチです。

 放って置くといつまでもバチバチやっていそうなので、じじいが古来より伝わる伝統の方法で順番を決めてしまいます。

「アメリと黄泉じゃから、名前の順でアメリからじゃ」

 名簿順です。

「やった!」「なっ……! 師匠!」

 後塵を拝した黄泉はしかし、納得がいきません。

「師匠! この女のフルネームは!」

 黄泉は諦めません。それにはアメリが自信満々、胸を反らして得意気に答えます。

「アメリ・ピースクラフトだ! はーっはっはー!」

 大分調子が出てきましたね。サクヤも、「おおおおおお! アメリちゃんの生高笑いじゃ!」と興奮する事しきりです。

「平坂黄泉……ひらさか よみ。ぴーすくらふと あめり……」

「じゃからアメリじゃと言うとろうが」

「ぐ……。いえ! 『ひ』と『ぴ』なら『ひ』が先でも良いのではないでしょうか!」

 往生際が悪いですね。

「ひもぴも扱いは同じじゃ。諦めい」

 じじいから再度裁定が下され、黄泉は渋々しぶしぶと受け容れました。

「では、私からだ!」

 名簿順で先になっただけだというのに、得意満面なアメリに、サクヤは「こんな下らん事で勝ち誇ってるアメリちゃんもかわゆいのう!」と、そんなアメリの姿を脳裏に焼き付けています。カメラがあれば連射で撮っていた事でしょう。

「先生。今までどちらに?」

「……場所は秘密ですが、私の幾つかあるセーフハウスの一つに隠れていました。グラディアス陛下に狙われていましたので。ところでグラディアス陛下は?」

 グラディアスの名を聞きアメリの表情に影が差しますが、一つ首を振って振り払います。

「父はこの手で。師匠がお膳立てをしてくれたのだ」

「うむ。中々手強い相手じゃったぞ。最後は少し残念じゃったがな」

 じじいは事も無げに、クラディアスとの戦いを総括します。

「だから言ったでしょう。師匠ならとっくにそんな相手は倒している、と」

 黄泉も、さも当然とばかりに頷いています。

 しかし、にわかには信じられないケインはサクヤとアメトラの方へ視線を向けます。

 それに気付いたサクヤはケインの疑問に頷きで答えます。

「では、私は何のためにこのア……ゴホン! 黄泉様を……?」

 つい本音が出そうになて慌てて修正しました。

「骨折り損のくたびれ儲けでしたね。まあ、私は師匠の居るこの世界に来られて助かりましたけど。その点だけは感謝しています」

「では、私の評価をもう少し上げていただいてもよいのでは?」

「私から師匠を取り上げた罪で本来なら死刑ですが、罪一等を減じて一生下僕で許してあげた私の優しさが分からない、と?」

「いえ! 黄泉様の聖母の如き慈悲深き御沙汰に感謝の念に堪えません!」

 ドゲザー。

 流れる様なケインの土下座振りに、ここに来るまで相当土下座してきた様子が窺えます。それにほだされた訳でもないでしょうが、少し呆れた様子で黄泉はケインを責めるのを止めます。ケインはケインで、「所詮小娘。私の土下座に掛かればチョロイもんよ」と内心ほくそ笑んでいましたが、単なる強がりなのは言うまでもありません。そこまで黄泉に見透かされている事にも気付いていませんでした。

「では次だ。師匠とこのお邪魔虫を此方に呼んだのは、先生、あなたで間違いないのだな?」

「そうじゃ」「そうよ。あと、お邪魔虫はあんたね」

 ケインがアメリの言葉に答えるよりも早く、じじいと黄泉が答えていました。

 それに頷いて応え、ケインに詰め寄ります。

「と二人は言っているが、間違いないな?」

「……ええ。はい……。私が、異世界から召喚しました……」

 ケインはアメリから視線を外しながら、消え入りそうな声です。この後何を聞かれるか。同じ魔導を究めんとする者として予想がついていたからです。そしてそれは、ともすれば最もアメリに聞かれたくない事でもありました。

「どんな魔法を使ってだ?」

「……」

 予想通りの問いに、ケインはただ沈黙を返します。

「今更先生に言うまでもない事だが、ここには魔法の素人も居る。簡単な説明も交えてもう一度聞くぞ。魔法には大別して二種類ある。物理法則を自由自在に制御するコントロール系の魔法。これが普段私達が使っている魔法だ。そしてもう一つはより高次元の魔法。宇宙の法則を上書きするオーバーライド系だな。この魔法は制御が非常に困難で、帝国広しと言えど、使える者は私が知っている範囲では、私と先生だけだ」

「……」

「前者の魔法で召喚を行うには異世界──いえ、ここは正確に、遠く離れた異境の星と言い直す。そこから何かを召喚するには天文学的数値の魔力が必要となる。具体的には一天文単位──およそ一億五千万キロ──につき超獣一匹分程度の魔力が必要になる試算だ。これは指で摘まめる程の小石を召喚したと仮定したときの魔力消費量だ。人間サイズの質量となると、桁違いに必要魔力は膨れ上がる。師匠の星がどの程度離れているかは分からないが、星の並びが違う程度には離れているらしいぞ? 一体どれだけの魔力が必要になる事か。

 後者の魔法でならばどうか。距離と質量は無視できるな。何せ世界の法則を無視できるのがオーバーライドの良い所だからな。制御の難しさも問題だが、やはり問題になってくるのは消費する魔力の量だ。詳しくは省くが、書き換える法則が増えれば増えるほど必要な魔力量が膨れ上がる。こちらも超獣クラスの魔力量でも、書き換えられる法則はとおが限度。異世界召喚には、さて、幾つ法則を塗り替える必要があるか、答えられますか?」

「…………」

 ケインは大量の脂汗をかき、顔面が蒼白になりつつあります。

 アメリは言外に、「異世界召喚は現代の魔法では実現不可能」だと断じているのです。

 つまり、ケインの行った異世界召喚は魔法ではない。そこまではアメリには直ぐに分かった事でした。

 では、魔法でなければ何か。この世界には魔法にらない不思議な力があります。魔人が扱うギフトです。

 しかしここで矛盾が発生します。魔人は等しく魔法を扱う事が出来ません。これは、魔人が魔力を感知する力がない事に起因しています。そしてそれは訓練等で身に付けることも出来ません。

 そこでアメリが得た結論は、二つでした。

 即ち、ケインが──

『魔法の使える魔人』

『ギフトの使える地人』

 のどちらかである。という事です。

「先生。私から最後の質問だ。あなたは一体何だ?」

 それまで黙ってアメリの話を聞いていたケインが、自嘲と共に口を開きます。

「私が何か、か……。中々面白い質問の仕方をしますね」

 少し考える素振りを見せるケイン。

「そうですね。まず一つ言える事は、私は帝国のスパイとかではありません。御安心下さい。私が帝国を離れた理由は一つだけ。魔導研究のためです」

「だろうな。普段の先生を見ていれば分かる」

「帝都の研究所はどこも旧態依然とした老人たちに支配されていて、私のしたい研究が出来なかった。色々調べた結果見付けたのが、ピースメイカー家が運営している魔導研究所でした。グラディアス陛下は私に潤沢な資金と設備を用意してくれました。その恩にむくいる為にも研究に没頭し、様々な成果を挙げて見せました。気付けば私は、初の宮廷魔導師長なるものに任命されるまでになっていました」

「私の魔法の先生も、大分断っていたらしいな」

「時間の無駄だと思っていましたからね。アメリ様に会うまでは。まあそれはいいでしょう。私はアメリ様の才に触れ、教師となる事を了承し、魔法を教えながら魔導について、私の研究も余すところなく学ばせました。実に優秀でしたね」

「あの頃は楽しかったな」

「そうですね。確かに、あの頃は楽しかった。──事態が急変したのは一年前。グラディアス陛下がとある魔獣討伐に向かってからです。戻って来たグラディアス陛下は……」

「魔獣に敗れ、魔人となっていた」

「そうです。そしてアメリ様は復讐を願われた。とは言え私は研究者であって、戦闘は得意ではありません。まして、グラディアス陛下が敗れた魔獣のギフトは魔法を無効化する事が判明していました。とても私の手に負える相手ではありません」

「それであの勇者達を使ったのじゃな」

 じじいの断定の言葉に、ケインは頷きを返します。

「ええ。そうです。幸い私は宮廷魔導師長という肩書を得て居たので、協会に依頼を出すのは簡単でした。しかし、結果は御存じの通りです」

「いえ。私は御存じではないですけど」

「今は大事な所じゃから、黙っていなさい」

 茶々を入れる黄泉をしかるじじい。

 それに目礼してケインは続けます。

「それと時を同じくして、私にグラディアス陛下から刺客が送られて来ました。誰だと思いますか?」

「あのド派手なにいちゃんかの?」

「いいえ、彼ではありません。彼が送られて来ていたら私はもうここには居ません。来たのはグラディアス陛下、御自身でした。まさかの事に私は何の抵抗も出来ないまま、殺されました。その時です。私もまた、魔人となったのは」

「ケイン……っ!」

 流石にサクヤ達は知っていたのでしょう、驚いた様子はありません。口止めしようとしたアメトラをサクヤが制止しています。

「よい」

「しかし……!」

「よい。といっておる」

「はっ……」

 不承不承ふしょうぶしょうながら、アメトラは引き下がりました。

「アメリ様。覚えていらっしゃいますか? 私の研究所に居た犬を」

「シロの事か? それが──」

「それが今の私の元です」

 ケインの告白にアメリは驚きで目を見開いています。

「ただ、今の私はシロであってシロではありません。今でも私はケインです」

「どういう事だ?」

「シロが魔獣だという事は分かって飼って居ました。幸い私には懐いてくれていましたので、研究用ではなく本当にペットとして可愛がっていました。そんなシロが死んだ私を喰い魔人となったのち、自らの魂を消しました。どこでそんな方法を知ったのやら……。結果、残ったのは私だけ。そして私はシロの持っていたギフトを受継ぎました。そんな事をして貰うために飼っていた訳ではないのですがね」

「そうか……。しかし、なぜ父様は……」

「私が邪魔だったのでしょう。私なら直ぐに陛下が魔人になった事に気付きますからね。結局直ぐにアメリ様にバレてしまって、全くの無駄でしたが」

「そうか……」

 何とも言えないしんみりとした雰囲気をぶち壊す様に、黄泉が変わらぬ調子でケインに訊ねます。

「つまり貴方のギフトは、召喚系のモノという事ですか?」

 ケインは首を横にだけ振ると、目線でサクヤにお伺いを立てます。

 アメトラはどう見てもノーです。

 サクヤは……少し考えた後、こちらも首を横に振りました。ノーです。

「私のギフトの詳細に関しましては、黙秘とさせてください。ただ──」

 再びチラとサクヤを見ます。コクリ。

「召喚は確かにギフトです。しかし、それは私のギフトではない。そういう事です」

「どういう事?」

「これが今は限界です。これでも少し喋り過ぎたかと思っているくらいです。ホラ」

 とケインが促す先には、凄い渋面をしたアメトラが居ました。

 お客様が居る所でして良い顔ではありません。

「その様ですね。まあ、ここはあのお二方に免じて、それで許しましょう」

「ははー。有難き幸せー」

 何とも言えないこの小芝居じみた遣り取りに、アメリは自然と笑っていました。

「他に聞いておきたい事がある者はおるかの?」

 サクヤがグルリと見回すと、

「儂はないのう」とじじい。

「私はここに来るまでに聞きたい事は大体吐かせましたから」と黄泉。

「アメリちゃんはもういいのかの?」

「……はい。どうしても気になっていた事は聞けたので」

「うむ。では今日の所はこれで解散としよう。今日はここに泊って行くとよい。アメトラ」

「はっ」

「案内は任せたぞ」

 じじい達三人はアメトラの案内で客室へ。男女で二部屋案内しようとしましたが、アメリと黄泉の強い反対を受け、一部屋で三人寝られるように手配し直しました。

「ではそれがしも」「失礼致します」

 そう言って辞そうとするラミナとケインをサクヤが引き止めます。

「お主達とはもう少し話がある」

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