二章 その①
「先生!」「師匠!」
「元気そうじゃな」「ジジイ! それにアメリ様までっ!?」
四者が一斉に喋るものですから、何を言っているのかさっぱり分かりません。
「心配していたぞ!」「やっぱりこっちに来て正解だった!」
「黄泉も元気そうで何よりじゃな」「どうしてこんな所にっ!?」
「えぇい! 一斉に喋るでない! 何を言っとるかさっぱり分からんじゃろ!」
サクヤの一喝で
じゃあ誰から喋るかとなった空気など一切気にする事なく、最後に現れた少女がじじいに深々とお辞儀をします。
「師匠! お久しぶりです!」
「よもやこんな所で会おうとはのう黄泉や。最強には至れたのかの?」
「はい! 後は師匠に勝つだけです。後で手合わせしましょう!」
「うむ。愉しみじゃな」
ぎゅー。
と黄泉とじじいに呼ばれた少女がじじいに抱き付きます。
それをじじいも優しく抱き留め、頭をよしよしと撫でています。
「お主もそろそろ成人じゃろうに、まだまだ甘え癖が抜けんようじゃな」
「師匠にだけですぅ。それにすっごい久しぶりなんですから、いいじゃないですか」
そう言って抱き付いまま離れようとしません。
この少女こそじじいが日本で取った唯一人の弟子、
じじいの住んでいた山に捨てられていたのをじじいが見付けて拾い、育てました。
背丈は一七〇程あり、女性としては高い方です。身体は良く鍛えられていて引締まっているので、スタイルも抜群です。艶やかな黒髪は、邪魔にならないよう短く切り揃えているのが勿体なく感じます。伸ばせば相当な美女になる事でしょう。
ただ一つ残念な点を上げるとすれば、出ることろが出ていない事でしょう。
身体を動かすという点においてはメリットではありますが、やはり一女性としては気にせずにはいられません。
いわゆる、つるペタです。貧を通り越して無です。
ショートカットと合わせて、良く男と間違えられていました。
動き易いように、男物の服を好んで着ていたのもその一因でしょう。
じじいと黄泉。師弟であり、親子でもある二人の再開の抱擁を、何処か面白くなさそうな表情で見つめる人物が一人──アメリです。
「ゴホン!」
まず軽く咳払いなどしてみて牽制してみましたが、効果はありません。
「ゴホン! ゴホン!」
今度は強調しながら露骨にアピールしています。
「あ、病気の人は離れて貰えますか? 師匠にうつったら困りますので」
しっしっ。とアメリに手を振る黄泉。
その態度にアメリの我慢は限界を越えました。
「師匠は私の師匠だっ! は・な・れ・ろ!」
遂に実力行使に出るアメリ。黄泉を引っ張って無理矢理引っぺがそうとしています。
しかしそこは、魔法は得意でもお嬢様育ちなアメリと、山育ちでじじいに徹底的に鍛えられた黄泉では、筋力も全く違えば身体の使い方も圧倒的に黄泉の方に軍配が上がります。
アメリが引っ張ったくらいでは、黄泉は地に根が張ったかのようにビクともしません。
そんなアメリに「フフン」と挑発的な笑みを浮かべる黄泉。
「この程度で師匠の弟子を名乗るとか、
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……。こうなれば……!」
「アメリや。止めなさい」
魔法を使おうとしたアメリをじじいが制止します。三人だけなら止めはしませんでしたが、ここには他の人も居ますし、物も多く暴れるのには向いていません。
「うっ……。はい……」
じじいに注意されしゅんと
「これで分かった? 師匠の弟子は私だけでじゅうぶ──きゃん!」
黄泉の頭にはじじいの拳骨が落ちていました。
「お主もアメリを挑発するでない。アメリはまだ弟子にしたばかりじゃからな、姉弟子のお前が良くしてやらんでどうする」
「はい……ごめんなさい」
じじいに怒られた黄泉は素直に謝りました。じじいにだけ。
アメリに対してはこっそり「あっかんべー」をしていましたが、それに気付かないじじいでもありません。先が思いやられるのう、と今後の事を考え頭を悩ませたいところでしたが、取り敢えず今は、取っ組み合いの喧嘩をしそうになっている弟子二人を何とかするのが先でした。
「二人とも良く聞きなさい。今後、儂の許可なく弟子間での私闘があった場合、原因を作った方を破門とする。どちらにも原因があると判断した場合はどちらも破門じゃ。良いな?」
「待つんだ師匠!」「待ってよ師匠!」
「よ・い・な?」
「「はい……」」
じじいにギロリと睨まれた二人に、抗う術はありませんでした。
「ウチの弟子たちが
「よい。構わん。それにアメリちゃんのやきもち顔も見れて……グフフフフ」
「気持ち悪いですよサクヤ様」
だらしない顔で笑うサクヤに、アメトラが釘を刺します。
「あの~……」
それまで所在無げにしていたケインが、頃合いと見ておずおずと手を上げます。
「そうじゃな。次はお主の事を済ませんといかんな」
「ケイン。貴様、よもや今日が何の日か忘れていた訳ではあるまい? このラミナでさえ来ていたと言うのに……。何か言いたい事があるなら言って見ろ」
「おや。これはとんだとばっちりが」
「勿論覚えているとも! 忘れる訳がないだろう! ただ、これには訳が──」
「言い訳をするなっ!」
えー。
どこのパワハラ上司だろうか。アメトラとケインは役職的には対等で上司部下ではありませんが、実質的にはアメトラの方が立場が強いので、完全にパワハラ案件ですね。
周りの反応を見てみると、サクヤまで「何それ酷い」といった感じで、若干引いています。
流石にその言い分には納得いかなかったケイン。
「お前が言えと言ったんだろう! 私だってな、こんな事にさえならなければ……っ!」
「おや? ケインさんは私のせいだとでも言いたいのでしょうか?」
ビクッ!
黄泉の心の芯から凍り付きそうな冷たい口調に、ケインの肩が震えます。いえ、全身震え上がっています。何があったのでしょうか。
「あ、いえ。全然、全く、そういう
何故か自分の歳の半分にも満たない少女に対して敬語です。しかも凄く挙動不審で、しどろもどろになっています。本当に何があったのでしょう。
「そうじゃな。ではその辺の事から聞かせてもらうとしようかのう。ただ、いつまでもここを占拠していると迷惑じゃろう。取り敢えずは……ふむ。帝宮に場所を移そうかのう」
「それがよろしいかと」
一行は、既に用意が済んでいた車に乗って、帝都の──いえ、帝国の政治の中心である帝宮へと場所を移しました。
「ほほう! これが帝宮か!」
帝都の中心地に突如現れる、どこまでも続くかに見える壁、壁、壁!
正門からは左右の曲がり角が分からないんじゃないかという程です。
高さだって馬鹿に出来ません。民家の屋根よりも高い壁のお陰で、中の様子は全く見る事が出来なくなっています。帝都では飛行魔導機は禁止されているので、帝宮の中がどうなっているのか、一般市民は全く知りません。
重厚な門が開かれるのを待っている間、じじい達は帝国の技術と美術の粋が施された正門の意匠を眺めていました。帝宮の門は帝都の観光スポットとしても有名で、夜間もライトアップされているため、少なくない観光客が今も居ます。
「あ、あれって……」「え? ほんとだ!」「サクヤ様だ!」
突然現れたサクヤとその一行に、観光客たちは騒然。
アメトラが一報を入れていたものの、突然のサクヤの
「ここからは歩きじゃ。案内は儂がしよう」
「いえ、そのような事は私が」
「儂がアメリちゃんを案内したいというのが分からんか?」
「そのままどこの怪しげな部屋に連れ込むお積りですか? 私が案内します」
「ぐぬぬ……」
帝宮には、他には知られていないサクヤの為だけの部屋が幾つもあります。その一つに『アメリちゃん部屋』という怪しげな部屋があり、サクヤ自作のアメリグッズや、拡大した盗撮写真などがベタベタと貼られている、ドン引き必至の仕様となっています。
そこで何をする気だったかはさておき、アメトラが一行の先頭に立って歩き出します。
当のアメリはじじいを挟んで黄泉と水面下の争いを繰り広げていて、二人の会話など聞いてもいません。
アメトラとサクヤに続いて歩き出したじじいに付いて、一緒に歩いているだけです。何なら、今自分達がどこに居るのかも分かってない可能性があります。
その後ろ、最後尾をラミナとケインが続きます。
「ここに来るのも久しいな。一年振りくらいだろうか」
「私は帝都を出て以来だからな。丸二十年は来てないぞ」
「お主は四天王に選ばれて直ぐに帝都から出て行ったからなあ」
「逆だ。帝都から出て行こうとしたら、何故か四天王にされたんだ」
「それは初耳だ。しかし、上様らしい」
「ああ……。まあ、確かに。らしいと言えばらしいな」
四天王らしからぬ会話をしている二人。
滅多に帝都に来ない男と、全く帝都に来ない男。殆ど会う機会のない二人でしたが、持ち前の見識の広さから、話題には事欠きません。前の列の低レベルな争いとは異なる、ディープな会話を楽しんでいました。
広い帝宮の前庭を歩く事はや三十分。建物は大分前から見えているのですが、中々辿り着きません。
「無駄に広いのう」
じじいの素直な感想でした。
アメリや黄泉、ラミナとケイン、そしてサクヤまでそう思っていました。なので、
「全くじゃ!」
サクヤの全力肯定に苦笑を浮かべていました。
「せめて敷地内の移動に乗り物を使えばいいのでは?」
素朴な黄泉の疑問に、
「儂も何度かそう提案したのだが、その度に議会で否決されるのじゃ。『良い運動になります』だの、『我々ほど体が資本な仕事もありませんからな』などと一丁前の事をぬかしおって! 昔からの慣習をなくしたくないだけじゃろうがっ! 時代に合わせんか、時代に!」
ご立腹の様子でサクヤは地団太を踏んでいます。しかしその顔はどこか笑っているようにも見えました。
「サクヤさんは帝国で一番偉いのでしょう? なら、御命令されればよいのでは?」
「確かに。儂の言葉は法に優先する。憲法すら儂の下に位置しておる。が、じゃ。儂はそういうのは好かん。折角皆で話し合って決めた決まり事じゃ。守らんでどうする」
「そもそも、どうしてこんなに広く造ったんです?」
「儂が頼んだ訳ではない。まだ帝国が帝国になる前の事じゃ。当時一緒に国を立ち上げた仲間たちがな、儂は建物とそれを囲う塀があれば十分じゃろうというたのじゃが──」
当時を思い出す様に遠くを見つめるサクヤの顔は、本当に当時を思い出したようで呆れた表情になっていました。
「『後で色々欲しくなるかもしれないだろ。広い方が良いって』だの、『然り。大は小、広さは狭さを兼ねますからな』だの、『駄目だよサクちゃん! 王様のお家はおっきくないと! 世界で一番おっきくしよう!』だのと……」
語りながらしまいには、体をわなわなと震わせ始めました。
「あやつらは加減というものを知らんのか! 頭がパーなのか!」
絶叫し、ゼエゼエと肩で息をしています。
「結局その後何も建てとらんし! 馬鹿みたいな空間が余っただけじゃ! あと儂は小さい家の方が好きじゃ! これでも強権を発動して半分くらいにしたんじゃぞ!」
サクヤは半分と言いましたが、面積としては縦横を半分にしたので、四分の一程になっています。元がどれほど広大だったか……。そりゃ、サクヤもキレ散らかしますね。
「勿論中には儂の意見に賛同してくれる者もおったが、あまり押しの強い性格ではなくてな……。いつもおどおどしておる様な奴じゃった。じゃが、芯にある勇気は一番強い奴じゃったな……」
「仲が良かったのですね」
「ああ。そうじゃな。あ奴らとはいつも馬鹿みたいことばかりしておったわ」
「初代四天王の方々ですね」
眼鏡をキラリと光らせて、アメトラが解説します。
「まだ駆け出しの魔人だったサクヤ様を支え、共に戦い、帝国の礎を築き、そして散って行った。偉大なる先人です。同じ四天王として是非とも見習いたいものですね」
「見習わんで
「私は恥ずかしいと思った事はありません」
「儂は常々恥ずかしいと思うておる」
「あ、それは某も」「私も」
ラミナとケインもサクヤに賛同しています。
「貴様ら……」
刺すどころか、貫く様な視線で二人を睨み付けますが、二人はどこ吹く風です。
「歴史ある四天王の座を──」
「ふぅ。ホレ。着いたぞ」
何か言い募ろうとしていたアメトラを遮って、サクヤが到着を告げました。
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