一章 その⑤

「みんな~! お待たせー!」

「うおおおおおおおおお!」「サクヤちゃあああああん!」「神……降臨っ!」

 普段の着物姿とは一転、学生服風のアイドル衣装に身を包んだサクヤがステージに立ち、観客の皆に挨拶をしています。

 今回の観客の数は、コンサートの目的に合わせて全部で八十人です。そこにプラスして四天王とゲストがそれぞれ数名ずつ、という計算になっています。ホールは優に五百人は入れる広さなので、スペースにはゆとりがあります。ホールの壁や天井、床には、音の反響が良い様に魔導建材の上に特殊加工の施された壁紙が全面に施され、音響効果もバッチリです。

 ホールの端にはドリンクコーナーがあり、軽食とドリンクがスタッフによって常に用意されています。実は採算度外視の高級品ばかりですが、もちろん無料です。

「今日は~! サクヤのお友達の~! 二十周年記念コンサートに来てくれて、本当にありがとー!」

 そうです。

 今回のコンサートの主旨、それはサクヤ四天王の一人、その就任二十周年記念なのです。

「四天王の二十周年なのだから、お客さんは八十人で良かろう」

 鶴の一声で決まりました。

 コンサートをやるのも同様です。

 それにしても……ステージ上のサクヤは、普段のサクヤとは別人かと言う程に違っています。表情一つとっても眩しい程の笑顔を振りまいていますし、何より普段の年寄くさい口調が完全に消えています。

 じじい達三人は観客席の中央最前列に居ました。最前列は四天王プラスα用、その後ろが一般の観客用です。全席指定(指定不可)となっています。サクヤのコンサートにつきましては、他のお客様のご迷惑にならない様、立ち上がっての応援はお控えください。

 アイドルとクラシックのコンサートを足して二で割った様な状態です。

 最前列の席に座っているのはじじい達入れて六人です。内二人はじじいより少し若い、五十代くらいの中年夫婦です。四天王の内の誰かの身内でしょうか。どこからどうみても普通の人です。

 とすると、残りの一人が四天王の一人と仮定しても数が合いません。

 二人、居ませんね。

 そんなじじいの疑問に答えるかの様に、ラミナが解説します。

「あの夫婦に挟まれているのが四天王の一人、アルムム。今年大学校を卒業して即四天王に抜擢された逸材。両隣は両親であろう。で、あそこで忙しく指示を出している気難しそうな男がおるでしょう?」

 ラミナが示す先には、観客席とステージの間に立っている警備のスタッフや、観客席からは見えませんが裏で準備をしているスタッフに、インカムで指示を出し続けている男が居ます。ラミナの言う通り、ラフな格好の他のスタッフとは異なり、スーツをビシっと着込み一切の乱れなく整えられた黒髪。細身で背が高く、眼鏡の奥から周囲を見下すような態度からは、独特の人を寄せ付けないオーラが出ています。

「あれが上様──おっと。ここではサクヤちゃんですな」

 コンサートの間は帝国皇帝サクヤではなく、アイドル躑躅ヶ原咲夜つつじがはら さくやなのです。なので、決してサクヤ様だとか上様だとか陛下だとかぬかしてはいけません。禁句中の禁句です。ここでは愛をこめて「サクヤちゃん」と呼んであげましょう。

「サクヤちゃんの右腕にして現ブレーン。四天王筆頭のアメトラです」

「一人足りん様じゃが」

「その様ですな。今日のコンサートはその居ない男の記念コンサートなのだが、何をやっとるんでしょうな」

「主賓がおらん事には?」

「そりゃあ気付いておるでしょう。特にアメトラとアルムムはサクヤちゃんに心酔しておりますからな。まあこの二人は両極端で、水と油みたいな感じですが。このままコンサートに顔を出さないようであれば、二人に殺されても某は何も疑問に思いませんな」

「同じ四天王じゃろうに」

「同じ四天王だからでしょう」

「そういうもんかのう」

「そういう物みたいですよ。ちなみに某もあの二人には大層嫌われておりましてな」

「ほう。その心は」

「一番サクヤちゃんの言う事を聞かない某が、一番サクヤちゃんに気に入られていると思われておる様で、それが気に入らない、と」

「それは嫌われても仕方がないのう!」

「はっはっ。確かに!」

 少し声が大きくなった二人をアメトラがジロリと睨みます。正確にはラミナを睨み付けていました。明確に「黙れゴミが。廃棄決定だ」と書いてありました。

「おっと。くわばらくわばら。これ以上はあの怖いおじさんに怒られ……」

「横の御仁も凄い顔で睨んでおるしな」

「おう!? くっく。本当ですな。こういう所は息が合ってるのだから面白い」

 ラミナは声を潜めて静かに笑っています。

「さて、これ以上は本当に摘まみ出されかねんので、コンサートの方を楽しむとしましょう」

「そうじゃな」

 それ以降は、大人しくサクヤのコンサートを鑑賞していました。


「それじゃ~みんな~! まず最初の曲は~! いつもの~?」

宣戦千閃せんせんせんせん☆ぷれりゅーど!』

 観客の息の合った返しに合わせて音楽がホール一杯に鳴り響きます。

 録音ではなく、生演奏です。

 ポップでアップテンポな曲調に合わせて、サクヤがステージ上をくるくる可愛らしく踊りながら歌い上げます。

 踊りも歌もとても小学生とは思えない完成度──いえ、小学生じゃなかったですね。よわいうん百歳のお婆ちゃんでした。それはそれでどうなのよと思う所がないではないかもしれませんが、本人は実に楽しそうです。

 歌の内容はというと、千閃という二つ名を持った地人の戦士と、この世界に来たばかりの幼き──今も見た目は幼いですが──サクヤが戦う。そんな内容です。サクヤの体験談を基に、アメトラが作詞作曲をしました。

 その後は、フリートークの時間やミニゲームの時間などを挟みながら合計十曲を歌い上げ、コンサート中盤からは結局観客総立ちで歓声を上げていました。コンサート後の物販……もとい。お渡し会ですね。映像記録やらグッズやらを無料で頒布しています。

 一人一人にサクヤが直接手渡ししてくれるという事で、中には感激しすぎて意識を失う人が出るのもご愛敬です。

 これらの費用は全てサクヤのポケットマネーから出ているとかいないとか。帝国の予算とサクヤのポケットマネーに明確な区分けはありません。見方によっては税金の無駄遣いにしか見えませんが、サクヤも国民も楽しみにしているので特に問題になった事はありませんし、文句を言うような人間は帝都で暮らしていけません。直ぐにアメトラみたいな奴らに粛清されてしまいますからね。

 コンサートの全行程を終えて、サクヤが楽屋に戻って来たのは夜の十時を少し回った頃でした。

 サクヤの楽屋にはじじいとアメリ、ラミナとアメトラが待っていました。アルムムも本当は居たかったのですが、両親をホテルに送って行くようサクヤに言われ、久しぶりの親子水入らずの時間を過ごしていました。

「おぉ~。アメリちゃん。どうじゃった? 儂のコンサートは!」

 ハグ。

「最高でした!」

 ぎゅー。

 お互い、大分遠慮が無くなって来た様で、満足いくまでハグし合っています。満足いく事などあるのでしょうか?

 アメトラが普段から険しい表情を更に険しくさせていますが、黙っています。

「野暮な事は言いなさんなよ?」

「フン。貴様に言われずとも分かっている」

「それはそうと、結局あいつは来なかったな」

「次会ったら殺しておくとしよう」

 ガチです。この人はガチで殺す人です。全く目が笑っていません。

「アメトラ」

 ジロリとサクヤが睨みます。ただし、アメリに抱き付いたままなので傍目には大して迫力はありませんでしたが、それでもアメトラはギクリと背筋を伸ばします。

「アメリちゃんの前じゃぞ。それと──」

「側近間での私闘禁止。申し訳ありません。ついカッとなってしまいました」

「ははは。怒られてしまったな」

「誰のせいだ誰の」

 少し空気が張り詰める場面があったものの、アメリとサクヤの会話は弾んでいました。

「そうじゃアメリちゃんや。儂と喋る時は普段通りが良いぞ。ほら、例の」

「と、仰いますと?」

「あの自信たっぷりの口調と高笑いがとてもキュートなのじゃ」

「ど……どこでそれを……!」

「どこでも何も、いつも見──ハッ! いや、何でもない! 何でもないのじゃ!」

 慌てて取り繕いましたが、事情を知っている二人は苦笑と目を背けています。アメリはじとっとした目をサクヤに向けています。

 サクヤはここからどうすればアメリに嫌われない様に言い訳、もしくは誤魔化せないかと頭をフル回転させています。

 と、そんな時でした。

 廊下の方から、人が走って近付いて来る気配がします。

 殺気などは感じないので、暴漢や刺客の類ではなさそうです。スタッフか、悪くて隙を見て忍び込んだファン、といったところでしょう。

 その気配は迷う事無くサクヤの楽屋に向かって来ます。

 じじい、ラミナ、アメトラの三人は、一応それとは分からない程度に警戒をしています。

 気配が楽屋のドアの前で止まると、一拍置いて、

 コンコンコン──

 とノックされました。

「構わぬ。入って来るがよい」

 サクヤの返事を待って、ドアが開くと同時でした。


「遅れて申し訳御座いませんっ!」


 男が流れる様な華麗な動作で土下座を決めていました。

 それはコンサートに来ていなかった、四天王最後の一人でした。

 全員の意識がそちらに向き、サクヤは心の中で「でかしたっ!」と喝采を上げていました。

「何。事情があったのであろう? 構わぬ。さあいつまでもそうしておらんで、しゃきっとせい」

 サクヤに促され顔を上げた土下座男。その顔は、じじい達にも見覚えがあるものでした。

「うん? お主は……」

「あ……」

 そしてそれは土下座男も同様です。

「へ……?」

 何故ここにこの二人が? 現実に頭が付いてきていませんでした。

 そしてそこにもう一人。

 少女が後からひょっこり顔を出しました。

「邪魔です。ケインさん」

 そう、この土下座男こと召喚者にしてアメリの魔法の先生、ケイン・ドクトゥスマギこそ最後の四天王でした。

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