一章 その④
フエットを見送ると、これで全て用は済んだとそそくさとその場を去ろうとするラミナを、アメリはがっしと掴んで引き止めます。
「まあそう急いで行かずともいいだろう。なあ? ラミナ様」
「はて? どこかでお会いしましたかな」
「それで誤魔化せると思っている訳ではあるまい。ラミナ・クシフォス様。サクヤ様の四天王の一角が、何をしていた」
そこまで言われてラミナも観念した様子です。
「はあ~……。アメリ様、奇遇ですね」
凄く、ものすごーく面倒臭そうに応じるラミナ。
「そちらの御老公をご紹介いただいてもよろしいかな?」
「儂か? 儂は──」
「はっはー! こちらにおわすは私の師匠だ! 天下五剣すら下す剣の冴えは正に天下無敵。古今無双の剣の使い手だ!」
「ほう。それはそれは──」
アメリの大袈裟な表現にラミナはテキトウに相槌を打ち、じじいを観察します。じじいを知っていれば、アメリの表現が別段大袈裟でもない事は理解出来ますが、それを初対面のラミナに求めるのは酷というものでしょう。
ラミナがじじいを観察するのと同様、じじいもラミナを観察していました。
「こやつ、出来る」
それがお互いがお互いに抱いた感想でした。
そしてどこか似た波長すら感じ、親近感すら抱いていました。
「アメリ様の言葉も満更嘘では無さそうですな」
「当たり前だ。師匠は最強だ」
「ほほう。ではアメリ様は、その師匠殿が私よりも強い。と、そう
「当然だ。師匠は我が父、グラディアス王に勝ったのだからな」
ペラペラとアメリは調子よく秘密を喋ってしまいます。王殺しの大罪人という自覚はないようです。帝都で指名手配はされていないのは間違いなく、警察に特に動きがないのは先程来た警官たちの反応で明らかです。だからといってサクヤの側近であろう相手に、わざわざばらす必要もないというもの。言うまでもなく既に知っている可能性も高いですが。
そしてじじいも、アメリが喋るのを止めようともしません。むしろこれで一騒動起きてくれれば有難い。とすら思っている様子です。
「それほどの御仁であれば一手願いたいところだが……」
「儂は構わんぞ。是非
「今日は外せぬ用事がありましてな。それはまたの機会に」
「ふむ。残念じゃな」
「誠に」
二人とも心底残念そうです。
「その外せない用とは何だ?」
「分かってて聞いておるでしょう。コレですよ」
そう言ってラミナが指し示したのは、こんな人気のない路地にまでしっかりと貼られた、サクヤのコンサートのポスターでした。一体どれだけの数が帝都中に貼り出されているのでしょう。
「普段は参加せぬのだが、今回はそうもいきませんでな」
「何か特別なコンサートなのか?」
「ええ。
そうしたら偶然駅でコンサートのチケットを取り出しているフエットを見掛け、離れて後を付けていたという事らしい。
「四天王といえばサクヤ様の側近だろう。お側に居なくて良いのか?」
「某は自由人ですからなあ。それを上様もお気に召された様子。時々帝都に寄って旅の話などをするのが某の役目だろうと心得ております。他の二人にはあまり良くは思われておらんようですがな」
はっはっは。と全く気にした様子もなく笑うラミナ。
「ところでアメリ様は、今日のコンサートはどうされますかな?」
「うむ。パブリックビューイングで観覧する予定だ」
「左様であれば、某の方で会場で見られるよう手配いたそうか?」
「うっ……。いや……結構だ……」
喉から手が出るほど、会場で、生で、サクヤのコンサートを見たいアメリでしたが、関係者のコネでその利益を
「そうですか。であれば、これから某は上様に挨拶に参るが、御一緒にどうか?」
「サ……サクヤ様に直接御目通りを……!」
それは年に一度、父に連れられて参加していた帝宮での新年会でだけ叶う、王族の特権でした。帝国中の国のトップとその随伴者一名──ほぼ全員が配偶者──が集められる、帝国の一大イベントです。
直接サクヤから御言葉を頂ける貴重な機会です。こんなまたとない機会を逃す手はありません。他の誰であっても、二つ返事で頷くところです。
「い……いや……うぅ……」
しかしアメリは即答を避けました。しかも断ろうとする気配さえ出しています。
顔と態度は明らかに行きたいと言っているのに、です。何がそこまでアメリを押し留めるのでしょう。
「うーむ。これは困りましたな……」
ラミナの零した呟きに、アメリはビクリと反応します。
アメリとしてはラミナの誘いを無下に断った事を、サクヤへの侮辱として捉えられる事が何よりも恐怖です。父王殺害の件でお咎めがあるんじゃないかとか、そんな事が頭を
ラミナはラミナで本当に困っていました。
アメリの事が好きで好きで仕方がないサクヤの事です。アメリが今帝都に来ている事くらいは掴んでいる筈です。アメリの行動に干渉する事を嫌っていつもサクヤの方から来て欲しいと誘う事はありませんが、アメリが会いに来てくれずに帝都を離れると泣く程寂しがるのが常です。だったら誘えば良いのですが、「そうじゃないのじゃ! アメリちゃんが儂に会いたいと思うて会いに来てくれるのが良いのじゃ!」と言って譲りません。そしてサクヤに直接会うのは畏れ多いと思っているアメリは、年一の新年会以外でサクヤに会う事はないのです。
その割に──
「何故アメリちゃんを誘わなんだ?」
アメリに会っていた事がバレると詰められるのは確実です。
自分が誘うのはダメですが、誰かが誘うのはオーケーという、何という曖昧ライン。自らボーダーを下げに行く意志の弱さ。
そしてほぼ間違いなく、アメリに会っていた事はバレます。
アメリの匂いであったり、帝都の中であればほぼ二十四時間アメリの事を監視しているからです。虫より小さい超小型ドローンが常にアメリを見張って──見守っています。この為だけにこのドローンは開発されました。権力を握っているストーカーは恐ろしいですね。
さてこれは本当に困ったぞとラミナも頭を捻っています。
「何を遠慮しとるんじゃ。駅でポスターを見た時に泣き崩れるほど見たがっておったじゃろうに」
「し、師匠っ!」
顔を赤くしてじじいを睨むアメリですが、可愛いばかりで迫力は皆無です。
そしてアメリとは別の理由でラミナもじじいを振り返っていました。
良いのじゃよ。
二人は目と目で通じ合っている様でした。
「お師匠さんもこう言われておる事ですし、是非にも」
ここぞとばかりにラミナは再度コンサートをプッシュします。
「それは……勿論、私だってサクヤ様のコンサートは……その、生で見たい……。見たいが、ズルをするのはな……」
「ズルではありませぬ。某ら用のスペースは必ず用意されておるので、そこに一緒にどうかと。それに、お師匠さんに上様のコンサートを生で体験頂く機会など他にはないでしょう」
「う……む……。それならば、確かに……。いや、しかし……」
「折角の御好意じゃ。有難く受け取っておけば良かろう。儂も少し興味が湧いて来た」
「し……師匠がそこまで言うのなら、まあ……仕方がないな……!」
流石にここまで来ると、アメリの顔にも抑えきれない喜びが溢れて来ていました。
本人はあくまで師匠のため、師匠のため、と自分に言い聞かせて平静を取り繕っているつもりでしたが、全く隠せていません。
「では、そうと決まれば早速会場へ参ろう。今なら準備の様子やリハーサルなども見学出来ますぞ。上様の楽屋に挨拶に行かれるのも良かろう。大変お喜びになられると思うのでな」
「い、いや……。流石にそこまでは迷惑だろう」
「いえいえ。
「ラミナ様がそうまで言うなら、折角の機会だしな……」
「
「うむ!」
ウキウキ、ワクワクした様子のアメリの姿は大変微笑ましいものです。
コンサート会場まで案内するつもりだったラミナでしたが、ポスターで完璧に会場を把握済みのアメリが先陣を切って、意気揚々と歩いていました。
そのアメリの後ろを、じじいとおっさんが並んで後を付いて歩くという構図です。
「助かりました」
「何の。お主に恩を売っておいて損は無さそうじゃったからのう」
「では今回は、一つ大きな借りとしておきましょう」
「借りは手合わせで」
「それならば、某も願ったり叶ったり」
じじいとおっさんがニヤリ、と不敵な笑みを交わし合っています。
やっぱりこの二人、思考回路が脳筋な所、良く似ています。
地下は百人くらい入れそうな広めのホールと、小さな部屋が幾つか。地下とは思えない程に天井が高く、二階分ほどの高さがあり、地下特有の圧迫感が軽減されています。その地下への階段は一つだけで、警備員が常駐して見張っています。
一階の待合室に居るのは全員チケット持ちの幸運なお客様達です。チケットは屋敷に入る前に確認済みで、ここではスタッフにどこの御貴族様かという程の歓待を受けながら、今か今かとその時を待っています。ラティとフエットの姉妹の姿もその中にありました。
じじいとアメリはラミナと共に一足先に地下階へと降りていました。警備の方には連絡が行っていたのでしょう、軽く会釈をされ通してもらえました。
「折角ですし、サクヤ様に挨拶されては如何か?」
「いいのか! いや。駄目だ! それは流石にお邪魔が過ぎる!」
「いえ。お気になさらず。是非にも」
「いや、そうは言うがな。気にするなと言う方が無理がある! コンサート前だぞ! 私などが押し掛けて集中を乱すような事があってはダメだ!」
「まあ確かに集中は乱れるでしょうが」
「ほらやっぱりそうだろう!」
「いえ。良い意味でなのですが──」
気配を察したラミナが小部屋の一つを振り返りました。じじいも同じ場所に視線を向けて居ました。アメリだけはそれどころではないようです。単に気付いてないというか、気付いているこの二人がおかしいのですが。
──ガチャリ。
小部屋のドアが開き、可愛らしい少女が顔を覗かせました。話題のサクヤです。
「
ちょっと騒ぎ過ぎた様です。
部屋のドアまでは防音ではなかったようですね。
慌てて頭を下げるアメリ。どこ吹く風のじじいとラミナ。この二人は本当に怖いもの知らずです。
「お久しぶりです上様。偶然お会いしたので、お連れ致しましたよ」
お茶目にサクヤにウインクを一つして、スッとアメリの前から身を退けます。
「ん……? お……おお……っ!」
サクヤはその視界にしっかり、はっきりと、アメリの姿を捉えました。
「ア……アメリちゃん? アメリちゃんではないかっ!」
突然のサクヤの叫びに、アメリの肩がビクっと震えます。
「は、はいっ! グラディアス・ピースメイカーが末子、アメリ・ピースメイカーに御座います。この度は──」
「アメリちゃんじゃー!」
「はわっ!?」
もう辛抱堪らんとばかりに飛び付き、抱き付いて来たサクヤにアメリは目を白黒させています。
憧れであり、全帝国民の頂点に君臨し続ける皇帝。世界でも並ぶ者なき絶対王者。その存在に生でハグされ、あまつさえ頭をグリグリと甘えるように擦り付けられ、更にはくんかくんかすーはーすーはーと……。
「ちょ……サクヤ様? サクヤ様!」
流石にそれはと思うアメリでしたが、しかし相手は遥か雲の上の存在であるサクヤです。サクヤのご機嫌一つでアメリの命はおろか、王国民の命すら消えてしまうかもしれず、どうすれば? と助けを求める様にじじいとラミナに視線を向けます。
しかし二人はただニコニコと、微笑ましい物を見守る様な態度で全く役に立ちません。
ここはもう、サクヤの気が済むまでじっと我慢するしかない。アメリは覚悟を決めました。
そうとなればアメリだって、負けず劣らずサクヤの事が大好きです。敬愛と畏怖と立場の違いからどうしても遠慮がちにならざるを得ませんでしたが、この機を逃す手はありません。
「ぎゅー」
「はわっ」
アメリは思い切ってサクヤをハグし返しました。あまつさえ、頭を撫でてもみました。
これはサクヤも予想外だったのか、顔を真っ赤にしてアメリの腕の中で震えています。
子供の様な扱いに、流石に怒らせてしまったのでしょうか。
「──ラミナ……」
「なんでしょう」
「ぐっじょぶじゃ」
蕩ける様な恍惚の笑みを浮かべています。
「うえへへへへへへ……」
アメリの方も大分イっちゃってます。
しばし、やべぇ顔した二人の少女が抱き合い、それをじじいとおっさんが眺めているという異様な空間が出来上がっていました。
「サクヤ様。そろそろお時間で……ってうわっ!」
会場のスタッフが廊下で声がするサクヤを呼びに現れ、状況の異様さに引いています。
「ああ、うむ。もうそんな時間か。名残惜しいが、行かねばならん」
キリっとした外行きのサクヤの表情に戻っています。
ですが、戻ったのは表情だけで、アメリに抱き付いたままなので何の恰好も付いていません。
「上様」
「アメリや」
ラミナはサクヤを、じじいはアメリを、それぞれ注意して現実に引き戻します。
「アメリちゃん……」
「サクヤさま……」
抗えぬ力に引き裂かれる二人。どうして世界はこうも不条理なのか。
「サクヤ様。本当に時間がないので、早く準備をお願いします。ね!」
「あ、うむ。本当にすまぬ」
ガチ目に怒られてしまいました。
「では儂は行って来る。アメリちゃんも楽しんでくれると嬉しいのじゃ。ラミナ」
「はっ」
「任せたぞ」
「承知」
「アメリちゃん。また後での」
そう言うと、サクヤは今度こそ本当に会場裏へと姿を消して行きました。
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