一章 その①
「彼の地より最も強き者を此の地へと
前の隠れ家から離れる事およそ百キロ。元宮廷魔導師長のケインは別の隠れ家で新たな召喚の儀式を行っていました。
新たな隠れ家も前と同様、必要最低限の殺風景な部屋です。
魔法陣の光が徐々に薄れ、中に人影が確認できます。背丈はケインと同程度、全体的にほっそりした輪郭ですが、首より少し下──胸の部分に、男にはない膨らみが、僅かですが確認できます。
召喚された人物はどうやら、女性の様です。
魔法陣の光が完全に失せ、その姿をハッキリと確認したケインは叫びました。
「女の子じゃねぇか!」
召喚された女性は、十代半ばから後半くらいの年の頃の、女の子でした。
◇
晴れ渡る空の下、じじいとアメリの二人は帝都観光に
アメリにとっては久しぶりの帝都です。年に一度、サクヤの誕生記念パーティの時に訪れるのを楽しみにしていました。王都とはまるで違う帝都の独特の街並みは、まさに異国情緒に溢れていました。
じじいから見た帝都は何とも馴染み深い景色です。とは言っても
「これで街の中心に天守閣でも
少し残念そうに呟くじじいの声に、前を意気揚々と歩くアメリが振り返ります。
「天守閣とは何だ?」
「お殿様が仕事をする所じゃ」
「お殿様……?」
「いわゆる王様みたいなものじゃ。天守閣はのう、城の本丸に聳え立つ権威の象徴みたいな物じゃ。それはもう立派な物で中々見ごたえがあるのじゃが……ここにはそもそも城の跡すらなさそうじゃな」
「うむ。帝都は『護らずの都』として有名なのだ。サクヤ様が帝都を造られた頃は、各都市は城壁、城郭、そして敵の侵入を阻む巨大な堀で囲われていた。そんな中、帝都は今のこの形で造られた。勿論当時の規模はこんなに広くはなかったそうだが、当然世界中の王様、権力者達は当時の帝都を
まるで自分の活躍の様に得意気に語るアメリ。実の姉の様に慕い、憧れるサクヤの事を自慢出来て嬉しい気持ちが溢れていました。
そして自分の好きな事を喋り出すと話が長くなるのがアメリです。じじいもまさか天守閣の話がサクヤに繋がろうとは思っていませんでした。踏んでしまった地雷を、踏まなかった事には出来ません。出来る事は、アメリの言葉の礫が尽きるのを待つのみです。
アメリの話によると、その後帝都に攻め込んだ各都市、各国は、
帝都にはサクヤという最強無比の存在が居るため、不要な物一切を取り除いた、軍事的に全く無駄のない都市として完成していたのです。
そんな平和な街並みを眺めながら、二人はブラブラと散策していました。
道行く人々の顔は活気で溢れ、多くの人々が
帝都は公共交通網が発達している事と、飛行系の魔導機の使用が法で禁止されているため、歩いて移動する人の姿が多く見受けられます。
地上の路を我が物顔で走る路面魔導車に、景観と馴染み過ぎてパッと見ではどこが出入口か分かりづらい地下鉄は、帝都の名物となっています。
華やかなりし商業区の一画を抜け、観光客やビジネス客を目当てにしたホテル街にさしかかると、そこはまた商業区とは違った賑わいを見せています。
その中心には、各国から繋がる魔導列車の超巨大ターミナル駅が存在しています。初めの頃は地上に敷かれていた線路は、数が五十を超えた辺りで景観と、「邪魔じゃな」というサクヤの鶴の一声で地下に移設されました。現在では地下を走る線路の数は百にも及びます。
駅に出入りする人の数は、一日で百万を超えるのもそう遠くないだろうと予測されています。それだけの人と物が動く帝都セントラルターミナル駅ですから、商売人達が見逃す筈がありません。
駅の出入り口から直ぐの場所にはホテルが乱立し、鉄道客の奪い合いに奔走しています。ただ、帝都のホテルは独特で、これも景観保護のためですが、他都市にあるような高層のホテルは建てられません。なので、建設費と維持費が跳ね上がるのを承知で、商人達は魔導建築を取り入れて内部空間を亜空間化して拡張し、高層ホテル以上の集客性を確保していました。
そしてその周囲には、鉄道客はもとより、鉄道客を目当てにした施設に務める人間の腹を満たすための飲食店が無数に存在し、次々と潰れては新しく出来、日々目まぐるしく入れ替わっています。
「ここが帝都で最も盛んに人が行き交う場所だ! 凄いだろう!」
「……うむ。これは確かに凄いのう」
二人は今、地下の広大さに比べて非常にこじんまりとした──それでも結構な広さではある──ターミナル駅の駅舎から、エレベーターで地下に降りた所に立っていました。
地下に線路を移設してからは、地下街も急速に発展していきました。地下道も整備され、地下からそのまま直結している施設も多くあります。そのため、地下道には随所に案内看板と地図が用意されています。更に少し魔導機器に強い者であれば、最新のナビ機能で仮想の矢印を投影し、正確に目的地へ辿り着く事が出来るようにもなっています。
じじいが訪れた事のあるどの都市よりも進んだ帝都に、素直に感心していました。地上の外観はどう見ても一昔、いえ、二昔も三昔以上も前の日本の様なそのギャップが、じじいの中に残る子供心をくすぐっていました。
そして、じじいが感心したのは駅の先進性や広さだけではありません。構内に入ってから、壁のあちこちに映し出されているサクヤのコンサートイベントの告知の多さにも驚いていました。とある通路など、あっちからこっちまで、百メートル以上の距離の壁面が全てサクヤ一色で埋まっていました。今二人が立っている地下広場の正面にも、三六〇度何処から見ても平面のポスターに見える特殊な映像機器で、コンサートの巨大広告が映し出されています。
その広告を最初に見つけた時のアメリの反応も、それはそれは凄まじいものでした。
「な……なん……だと……っ!」
アメリは突進の様な勢いで壁の広告に張り付くと、舐めるように全体を見回します。
(そういえば、あやつは元気にしておるかのう)
今は遠くに離れてしまった、弟子の事を少し思い出していました。
少し周りの目も気になったじじいが周囲を見回すと、じじいの予想に反して、アメリの奇行を笑う者も、気味悪く思っている者も居ないようでした。無関心が半分程で、残り半分は、「分かる分かる」とでも言うように、温かい目で見ていました。
「そうだ……っ! 開催日は! 参加条件は……っ!」
大事な大事な日取りという存在に気付いたアメリの目に飛び込んで来た日時は、今日の夕方十八時でした。当日券なしの完全予約制でした。ただ、有料のライブ中継があるとも書かれていました。
アメリは膝から崩れ落ちました。
見ている方が感心する程に、それはそれは見事な崩れ落ち方でした。お手本として残しておいてもよいのではないか? とじじいが場違いな事を考える程に。
その様子を見守っていた人達も、これまた「分かる!」とでも言うように、うんうんと頷いていました。何なら、自分と重ね合わせでもしたのか、泣いている人まで居ました。
「さあ……師匠……。たのしい、たのしい……帝都かんこうのつづきだぞ……」
死人の様な顔で何とか言葉を紡ぐアメリの目からは、涙が滝となって溢れていました。
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