終章 ①

 グラディアス王暗殺。犯人は第一王女アメリと謎のじじい! 聖剣の勇者達も協力か!?

 との報が王都を駆け巡る──事はありませんでした。

 事が事だけに、報道各社には緘口令が布かれ、一切の報道が禁止されていました。

 当然夜に予定されていた晩餐会は急遽中止。翌日には各国の代表者達は帰路に就きました。王邸に残ったのは、アメリの兄達だけでした。

 突然の晩餐会の中止、それに伴っての急遽の帰国となれば、地元の報道機関が黙っている筈もありません。しかしどこの国からもその情報が漏れて来る事はありませんでした。

 公式発表は

「王は急な体調不良のため療養中。アメリ様はそれに大変ショックを受けられ、塞ぎこまれている。ご兄弟は王の代行を務めるため、国に残られた」

 という物でした。

 それを信じた人が、さてどれ程居た事でしょうか。

 逆に噂というものは恐ろしい物で、面白可笑しくまことしやかに囁かれる噂は瞬く間に王都中──いえ、王国中に広まって行きました。

 曰く、王とご兄弟のアメリ様を巡る確執の末──だとか。

 曰く、早逝された王妃の死の原因が王で、今度はアメリ様を狙い返り討ちにあったとか。

 曰く、実は王は偽物で、アメリ様が王の仇を討った──だとか。

 様々な憶測が、さも真実かの様に語られていました。

 そんな国中を騒がせている当の本人達はと言いますと……。

 

「はっはー! 師匠! これからどうする積りだ!」

「別にどうもせんよ。折角の異世界じゃ。世界中を旅して周りながら……」

「周りながら?」

「色んな相手と戦いたいのう!」

「はーっはっはー! だと思ったぞ!」

 二人はアメリが操る魔導バイクに乗って、ハイウェイをかっ飛ばしていました。

 向かう先は王都より北、目的地は帝国の首都にして帝国そのもの。帝都キョウです。

 今でこそ最大版図を誇る帝国ですが、元々はこの帝都のみがその領地でした。現在も直轄地はこの帝都のみで、後は帝国に帰順した国々で構成されています。

 帝都に向かっている理由に深い理由はありません。じじいが希望したから。その一点だけです。

「世界最大の国家の中心地。それはもう色んな面白い奴らがおりそうではないか」

 というのがじじいの主張でした。

 アメリとしては帝国外の国へ行った方が良いのでは? という真っ当な思いもありました。それもそのはず。二人は言い逃れのしようもない、帝国法上何の非もない成り上がりの魔人──しかも在位中の王──をしいするという、帝国法の中でも極刑確定の罪人です。

 国では情報統制が布かれているものの、帝都では──特に帝国中枢部が、事情を斟酌しんしゃくしてくれている保障はどこにもありません。むしろいつ帝国中に指名手配されても、いえ、もうされていてもおかしくないどころかされていて当然と考えるべきでしょう。

 そんなアメリの懸念にじじいは一言──

「むしろ望む所じゃ」

 と、バッサリ。

「こちらから探さずとも向こうから戦いに来てくれるんじゃぞ。しかも入れ食いじゃぞ。まるで極楽のようじゃろ?」

 断じてじじいと戦いに来ている訳ではありません。

 どこまでも変わらずマイペースなじじいに、アメリは感心するやら呆れるやら。

 ふと、地平線の彼方に消えた王都を振り返ります。

「あそこまでする必要はあったかな?」

 何となしに零れた独白に、じじいが答えます。

「何でも中途半端が一番いかん。やるなら徹底的に、じゃ」

 今も煙が立ち昇る、王都のとある施設。そこで一体何があったのか……。


          ◇


 時はグラディアス王暗殺の直後に戻ります。

 その場で殺されても文句の付けようもない状況でしたが、現場にはグラディアスの死体と、その傍で泣きじゃくるアメリ、そして腰を押さえながら苦しみ悶えているじじいという、何だか良く分からない状況です。。二人に抵抗する素振り──じじいもギックリ腰でそれ所ではありません──がなかったので、取り敢えず重要参考人として身柄を確保。アメリは王女という事もあり王邸の一室に実質軟禁。じじいは警察管轄の病院へと連れて行かれました。

 両者共に真面に事情を訊ける状態ではなかったので、一先ず詳しい聴取は明日以降という事になりました。

 流石に事態が事態ですので、三兄弟が呼び出され現場を確認しました。

 三者三様に強いショックを受けていました。長兄は警察から「手を下したのはアメリ様のようです」と聞かされると、一言「そうですか」と酷く感情の篭らない声で答えました。

 王子達を担当する警察のお偉いさんは、「王族ってのは身内のゴタゴタじゃ慌てもしないってか」と内心毒づいていました。

 三兄弟が考えている事は共通していました。


「死んだ父より生きているアメリだ」


 確認など必要もありません。

 伊達に家族そろってアメリを馬鹿可愛がりして来た訳ではありません。

 父も「私の事よりアメリちゃんだ!」と言うに決まっていると、そこに疑問を挟む余地すらありません。

 長兄は三男をアメリの許へ行かせます。様子見兼元気づけ兼、万一の事態がないか見張っておくのが目的です。

 次男には警察やマスコミ関係への対応を任せます。

 そして自身は……各国要人への挨拶回り。一番嫌な役回りだからこそ、長男にして王の後継たる自身が買って出ました。

 一通りの対応が済んだ頃には日付が変わっていました。

 明日には緊急の議会を招集したり、事件の本格的調査に乗り出したり、暫くは寝る暇もない程の大忙しになる事が決定しています。寝られる内に寝ておこうと、長兄がベッドに横になると、窓の外に人の気配がします。

 特に警戒もせず暫く黙って様子を窺っていると、長い逡巡の後に、凄く遠慮がちに窓が外からコンコンとノックされました。因みにですが、長兄の部屋は二階で窓の外に足の踏み場などはありません。

「兄様。起きていらっしゃいますか……?」

「ああ。起きているよ。それに、もし寝ていても遠慮なく入って来て構わないよ」

「失礼します……」

 キィと静かに窓を開けて入って来たのは、アメリでした。

 いつもとは全く違うその振舞い。まるで別人の様です。

 宙に浮いたままアメリは部屋の中を進むと、起き上がってベッドに腰掛けている長兄の横にチョコンと座りました。

「アメリに『兄様』と呼ばれるのはいつ振りだろうね?」

「今日……いえ、今だけです。また、明日からは……いつもの元気な……」

「別に無理はしなくて良いんだよ。私はどんなアメリでも可愛く、大切に思っているからね」

「……はい」

 そう言ったきり、アメリは俯いたまま無言でした。

 長兄も何かを促したり、急かしたりする事はありません。ただそっとアメリの頭を優しく撫でてやっていました。

 どのくらいそうしていたでしょうか。

 長かったような、案外そうでもなかったような気もします。

「父上は……魔人に……成っていました……」

「そうか」

「父上の仇が討ちたくて……でも父上は父上で……でも父上は魔人で……でもやっぱり父上で……」

「うん。そうか」

「先生や師匠、それに関係のない人達まで巻き込んでしまいました……。全て私の我儘です。私はどうなっても構いません。どうか私の我儘の犠牲にされたあの人達は……」

 先生とはケインの事だろうと直ぐに察しがつきました。

 師匠……はちょっと思い当たる節がありませんでしたが、巻き込まれた人達というのは恐らく勇者達の事だろうと、これも凡そ見当が付きました。

「ああ。任せておくといい。悪い様にはしないさ」

 長兄はアメリを安心させるように、迷いなくそう答えます。

「お前の事もどうもしないさ。今まで通り、好きにすると良い。誰が何を言おうとも、私達は誰よりもお前の味方だ」

「……兄様は酷い人です」

「そうか?」

「そうです。いつもは馬鹿みたいに甘やかす癖に、こういう時は優しくないです」

「何の事か分からないな」

 すっ呆けて見せますが全く効果はありません。

「いっぱい……いっぱい怒られたかった。叱って欲しかった。この馬鹿! って引っ叩いて欲しかった!」

「誤解を招く様な事を言うんじゃない。私がいつもそんな事をしているみたいじゃないか」

「うう……兄様のイジワル……」

 グリグリと長兄の胸に頭を押し付けます。

「痛い痛い。止めなさい」

 グイっと長兄はアメリを引き離し、アメリとしっかり目を合わせます。

「お前は自分が何をしたのか、ちゃんと理解している。だったらそれでいい。私からお前に言うべき事はない。それだけの事をお前には教えて来たつもりだ」

「兄様……」

「それに、ここに来たのはそれだけじゃないのだろう?」

「──流石兄様……。お見通しですね」

「いつ、発つつもりだ?」

「これから、直ぐにでも……。兄様がいじわるなので」

「そうか……。寂しくなるな。──二人には?」

小兄ちぃにい様には部屋を抜け出す前に。中兄ちゅうにい様はお忙しそうだったので……」

「そうか。何か当てはあるのか?」

「いえ。取り敢えず適当に色んな所をウロウロして見ようかと思っています」

「そうか。まあ好きにすると良い。困った事があれば……いや、何もなくても連絡は寄越しなさい。良いね? 私達はいつだってお前の事を心配しているんだという事を忘れないようにね。返事」

「はい。必ず近況報告は欠かしません」

「よろしい」

 その遣り取りにアメリは幼い頃、三人の兄達と先生と生徒ごっこをしていたのを思い出していました。

「ふふ」

 それは長兄の方も同じだったようで、

「あははは」

 二人仲良く笑い合っていました。

 そこにもう、涙はありませんでした。

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