四章 ③
「──ふふっ」
じじいの全く空気を読まない発言に、思わず年相応の少女の様にアメリは笑っていました。憎悪に曇っていた目と頭を、ふわりと優しく晴らしてくれていました。
「あーっはっはっは!」
再び高らかに一笑い上げたそこには、普段通りの燃える様に輝く眼差しのアメリが戻っていました。
「然り! 師匠の言う通り、貴様との問答などに意味はない! やる事はもう決まっているのだからな! ただ、仇である貴様を討つのみ! そこに正義も悪もなし! 私は……」
一度目を閉じ、そして──
「私の正義を貫く!」
カッ! と目を見開いて、グラディアスに宣言しました。
「仮に私を討てたとして、それでどうする? 尊属殺しの大罪人となるだけだぞ」
対してグラディアスは至って平静な様に見えました。
しかし、そう言う口許は、どこか微笑みを浮かべている様にも見えました。
「そんな後の事は知らん!」
「知らんって……。アメリちゃん、王族の一員としてそれは良くないと思うなパパは。ちゃんと言い訳出来る材料は揃えて置かないと……。後死んだパパの引継ぎをどうするかとかね? ちゃんと考えてる?」
「うっさいバーカ!」
喋ってる内容とは裏腹に、やってることが親子喧嘩の様相を呈して来ています。
「そんなのは兄上達に押し付けておけば良い! それで例え帝国で暮らしていけなくなっても、世界は帝国だけではない! そうだ! そうすれば良い! しち面倒臭い社交界などともおさらば出来る! はっはー! 良い事だらけではないか!」
喋っている内にもう、アメリはその気になってしまっています。
「はあ~……」
余りに考えなしのアメリに思わず溜息が零れてしまいます。
とは言え、あながち悪い案でもないとグラディアスは思っていました。
アメリが元気で、幸せであれば、アメリに関しては何も心配はありません。
アメリの魔法の知識と業があれば、どこででも不自由なく生きていけますし、そんじょそこらの兵や冒険者ではアメリをどうこうする事も出来はしないでしょう。その事を親の贔屓目込みで疑いもしていません。
「まあ良いだろう。アメリちゃんも覚悟は決まった様だし、これで私としてもこの世界に思い残す事はない」
グラディアスが床に手を添えると、床に切れ目が入り小さな扉が現れます。
それを無造作に開けると、中には無数の剣が収納されていました。
その中から一本を選び抜き取ると一旦扉を閉じ、じじいに向かってシュッとスライドさせます。すると、扉は床の中を滑るように移動し、じじいの所で止まります。
「中から好きな
「お主はこの間持っていた剣ではないようじゃが?」
じじいは遠慮なく中から武器を選びながら、聖剣とは打って変わって至って普通の長剣を手にしたグラディアスにその意図を尋ねます。
「あれは天下五剣たるグラディアスの剣術に相応しい武器を選んだまで。しかしそれでは貴公に勝つ事は出来そうにないのでな。『私』の剣術にはこちらの方が向いているというだけの事だ。手加減とは真逆の理由だから心配は無用だ」
「『
そう言いながらじじいが選んだ剣は、片刃の両手剣。綺麗な波紋が特徴的な、いわゆる刀でした。
「ふむ。ま、剣の中ではこれが一番しっくりくるかのう」
一、二度軽く振って感触を確かめると、鞘に納めます。
「さて、儂の方はもう良いがお主はどうじゃ?」
「ふむ……そうだな……。勝負の結果がどう転ぼうと、この世界で剣を振るうのもこれで最後になるだろうからな。何か私に聞いておきたい事はあるか?」
むしろ何か語りたそうにじじいを見ますが、
「いや。全くないのう」
戦いたいだけのじじいには通じません。
それならばとアメリの方にも視線を向けてみますが……、
「断末魔ならば聞いてやろう!」
こちらもまるで興味なし!
「そうか……。じゃあ始めるか」
酷くしょんぼりしたグラディアスが、覇気のない声で戦闘を開始しようとします。
『ちょ……! 待て待て待て! 俺は聞きたい事があるっ!』
この場に居る三人以外の声が、ホールに響き渡ります。
声の主はアレク。声の出所は、アメリが持っている通信端末からでした。
外で軍や警察、警備の動きを見張っているアレク達の為に、中の状況を中継していたのでした。
『むしろお前ら何でそんな簡単にスルーできんだ? 滅茶苦茶話したそうにしてただろ! 絶対今から核心を話しますよ的な空気流れたじゃん! 俺はもう逆にお前らの方がコエーわ!』
「だって興味ないしのう」
「師匠に同じく」
『もういい! お前らは黙ってろ! 仲間を魔剣の材料にされた俺らにも、お前に話を聞く権利くらいはあるだろう? なあ! グラディアス王よ!」
アレクの怒りの声に、グラディアスは少し違和感を覚えました。
仲間を奪われた時の憎悪と怨嗟が、薄れて感じられたからです。
しかし今はそんな些細な事よりも大事な事がありました。そう! 話を聞きたい奴がいるという事です!
「はっはっは! 良かろう! 勇者達も無関係ではないからな! 何でも聞くが良い!」
さっきの覇気のなさから一転、目を輝かせんばかりに意気揚々とアレク達のホロ映像と向き合います。
そのアレク達の映像の向こう側では、グラディアスの話に全く興味を示さない師弟が「結局話すようだ!」「ふう。まああ奴らが聞きたいというなら仕方あるまい」などと話しながら、そうは言いながら実は……という事もやっぱりなく、話が長くなりそうな気配を感じて中庭の散策に出て行ってしまっていました。
通信端末はアメリがじじいの傍に行く前に手近なテーブルに置き、グラディアスと会話がしやすい様にしてありました。
そんな二人を気にする事なく、グラディアスとアレク達は話を進めます。
「魔剣を作った目的は何だ!」
「ふふふ。やはり気になるのはそこか。良いだろう。答えてやろう!
私が作った魔剣は、『神を殺す』ためだけの魔剣だ。この意味が分かるか?」
「神を……殺す……。そうか!」
アレクの横で聞いていたシーザーは閃きます。
「え? 何? お前ら神様とか、今時信じてるの? 頭大丈夫か?」
アレクが頭の悪そうな台詞を口走っていたので、シーザーは一発頭を叩いておきました。
「ってーな! 何だよ! 本当の事言われたからって怒んなよ!」
「頭の心配をするのはお前の方だ。馬鹿。この星に『神』は居るぞ。正しくは、『神』と称される高位の存在が、だがな。まさかそんな事も知らん奴がこんな身近な所に居るとは」
「これは義務教育の見直しが必要かもしれんな」
「何だ二人して俺を馬鹿にしやがって! 仲良しかお前ら! 神さま知ってることがそんなに偉いってーのか!」
「偉くはないが、知らない奴はカスだな」
「カッ……カ……」
流石にそれは言い過ぎでは、とグラディアスは思いましたが、相棒であるシーザーは遠慮がありません。
「その上知ろうともせず、逆切れまでする様な奴は人間のクズでもある」
「ク……クズ……ぐす……」
シーザーに心をズタボロにされたアレクは画面の隅で膝を抱えてしまいました。
自業自得だと、シーザーは相手にもしません。
「良いのか? あれ……」
「構わん。こちらの問題だ。話を続けよう。貴様の目的は元居た
シーザーはズバリ核心をついて行きます。
「正解だ。この
「どんな魔法、どんなギフトを使っても、未だこの星から出られた者は居ない。確かにそうだ。『神』の作ったシステムに穴はない。だからその大元の『神』を殺そうというのは理解しよう。しかし、何故それに魔剣を使う? 魔剣で出来るのならば聖剣でも出来るのが理屈だろう。元を
「お前の言う通り、魔剣も聖剣も”輝石を嵌めた武器”という意味では同じ物だ。だが、自然に生み出された輝石とは違い、魔石には人工物ならではの利点がある」
そう言うとグラディアスは再び床の扉を開き、武器庫から一本の剣の柄を取り出します。
それには聖剣に嵌め込まれた石の半分程の大きさの石が嵌め込まれています。しかし、柄だけです。敵を斬る為の刀身はどこにもありませんでした。
「これがその魔剣だ」
その柄を持ち、シーザーに良く見える様に画像の前に掲げます。
魔剣のお目見えに、落ち込むばかりだったアレクも流石に戻って来ました。
変わり果てた仲間の姿を目の当たりにし、流石の二人も冷静ではいられませんでした。
「貴様……!」
「気持ちは分からんでもないが、これも命の取り合いの結果だろう? 一方的に私だけが恨まれる筋合いではなかろう? まあ、お前達に恨まれ様がどうしようがどうでもいい事だがな」
グラディアスの言い分は確かに一理がありました。アレク達は、理由の善悪はともかくとしてグラディアスを討つべく襲撃し、返り討ちにあいました。命を奪おうとした以上、逆もまた然り。理屈は頭では分かっていても、仲間を殺された憎しみとは理屈で消え去る様な物ではありませんでした。
そこまでグラディアスは理解した上で、アレク達の憎悪など些末事として切り捨てていました。とはいえ、別段アレク達を不必要に煽る意味もありません。かつての仲間の末路を見せてやって用は済んだと、再び床の武器庫へとしまってしまいました。
「今のが『神』を殺すためだけに作った魔剣だ。そしてこれこそが、人工的に生み出された輝石の利点でもある」
「それが何だってんだ!」
「輝石の特化」
アレクの激昂に、シーザーは静かな怒りの篭った声で正解を言い当てます。
「そちらの戦士殿は中々に博識の様だ。聖剣に使われる程の巨大な天然輝石はその秘めたる力の総量は魔石の比ではない。何せ元となっているのが超獣級の生命だからな。あらゆる力を発揮する輝石は逆に、一つの事に割り振れる力は全体から見れば僅かだ。しかし、地上の敵と戦う分にはそれで何も問題はない。いや、むしろその方が総体として聖剣を振るう者の生存率は高まるだろう。しかし、それでは倒せない相手──『神』を相手取る場合はどうすればいいか」
グラディアスは生徒に教える教師の様に語ります。
「輝石の全ての力を、唯一つの目的の為に集約する。これは現在の魔導技術の根幹をなす、基礎技術でもある。魔導製品に使われている植物由来の極小の人工輝石は全て、用途特化の加工が施されている事は知っておくと良い」
「理屈は確かにそうだろう」
アレクにもシーザーにも、グラディアスの語った理論は理解できます。しかし、一つ疑問が残ります。それは──。
「誰があんたに、『神』とやらの殺し方なんてものを教えた? いや、教えられた?」
シーザーが言おうとした事を、アレクが先にぶつけました。
「勇者殿の頭も飾りではない様だな」
その揶揄いの言葉に、
「何だとっ!」
「いちいち挑発に乗るな!」
直ぐにムキになるアレクをシーザーが実力を以て修正していました。
「はぐらかそうとしても無駄だ」
「はっは。バレたか。とはいえ、それは教えてはやれん。想像にお任せする。とだけ言っておこう」
この件に関して、グラディアスの口は堅そうです。
「他に聞いておく事はないかな? おっと。少々待たせ過ぎた様だ」
「どういう事だ?」
「まだ終わらんのか?」
シーザーの声と被せる様に、中庭の散策から戻って来たじじいが声を掛けます。
「あ……。いや、すまない。一番聞きたい事は聞けた」
「そうか。それならば良い。
「ああ。感謝する」
「それでは、外の事はお主等に任せたぞ」
「おう。任せとけ」「そちらの方こそ、任せます」
二人はそう告げると、通信を切りました。
「さて。では始めるとしようかのう!」
「フフ。そうだな」
二人は剣を構え対峙します。
グラディアスは上段に、じじいは納刀したまま腰だめに。抜刀の構えです。
張り詰める空気の中、その体勢のままグラディアスが口を開きます。
「貴公には私のギフトを教えておこう」
「別にいらんが?」
「そう言うな。今まで誰にも教えて来なかったからな。最後の好敵手たる貴公くらいには語っておきたいのだよ」
「……アメリもおるが良いのか?」
「アメリちゃんは別腹だからな」
「そういうのがキモイと言っている!」
辛辣なアメリの批評ですが、何故かグラディアスは嬉しそうです。
それを見て、益々アメリが嫌そうな顔をしていました。
「アメリちゃんきゃわいいぃぃぃ……。ゴホン。話が逸れたな」
勝手に逸れて行った本人が言うのですから説得力が違います。
「私のギフトは、『お化けなんてないさ』だ」
「随分と可愛らしいギフトじゃな」
「私もそう思う。が、効果は名前とは裏腹に中々凄いぞ。自分で言うのも何だがな」
「魔法の無効化。そうだろう?」
アメリが自信をもってグラディアスのギフトの効果を言い当てようとしますが、
「惜しい。が、違うな」
グラディアスによってあっさりと否定されます。
「効果は魔法の無効化に留まらない。私に対して行使される、ギフトも含めたあらゆる超常による因果を無効化し、更に私の視界に映る全ての超常をも無効化する。それも、私が意識する、しないに関わらずな」
「それにしては、さっきの床の武器庫なぞは使えていた様じゃが? あれも十分儂には超常現象みたいなモンじゃったが」
「あれは魔導技術によるもの。魔導には科学が取り入れられているからか、私に害が無ければ無効化はされないようでな。お陰で助かっている。この事から、このギフトの『お化け』とは私にとって脅威となりえる超常的なモノ、という事ではないかと認識している」
グラディアスの考察にアメリが絶句します。
「そんな……馬鹿なギフトがあるとは……」
しかし、じじいには何の痛手もありません。
「まあお主のギフトの効果が何にせよ、儂には関係のない事じゃな。魔法など使えもせんしな」
「はっは。だからこそ貴公の様な者を見付けて来たのだろう。私を倒したくば、純粋な武の力で私を超えるしかないのだからな!」
ただし、とグラディアスは続けます。
「『私』の剣の腕は、私を超える。つまり、『私』こそがこの
「カッカッ! 最強とは大きく出たのう! じゃが、その意気や良し! 男に生まれたならば、やはり最強には成っておかんとのう!」
グラディアスの最強宣言を、じじいは馬鹿にする事無く、むしろ褒め称えます。
「最後に、貴公のギフト、良ければお聞かせ願いたい」
「聞いた所でどうだという程の物ではないぞ?」
「『私』には分かる。前世を含め、今まで戦って来た中で貴公が一番の強敵であると。勝敗の読めない相手はいつ振りだろうか……。そんな相手に一切の容赦や手加減など出来よう筈もない。であれば、聞く機会は今この時しかないと思ってな」
「出任せかもしれんぞ?」
ニヤリと笑ってじじいが
「そういう手合いではあるまい?」
グラディアスもニヤリと応じます。
「然り。なあに、隠す程の物でもなし。良かろう。儂のギフトを教えてやろう」
「師匠!」
ギフトは魔人に取って切り札となるもの。それを相手が無効化するギフトを持っているからとはいえ、
アメリがじじいを制止しようとするのは当然の事でした。
しかし、じじいはアメリの制止の声など意にも介しません。
じじいは一度だって、この
いつだって頼りになるのは、この、己の身体唯一つ。
それがじじいの信念でした。
「儂のギフトはな──」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます