四章 ②
「もういいです! 兄上達に挨拶して来ます!」
「え~。そんな事言わずに、ずっとパパの側に居て良いんだよ?」
名残惜しそに引き止めるグラディアスに構う事無く、アメリはアメリらしく、ドレス姿とは思えない程豪快に歩き去って行きます。
「ああ~……。愛しのアメリちゅわんが……」
良い歳したおっさんがキモい口調で去り行くアメリを見送ります。
その表情はまるで今生の別れの様です。
実際は十数メートル程しか離れていませんし、行先は留学先から祝賀会の為に帰省して来ている兄達の所です。
「では話を戻そうか。超獣の近況についてだが……」
アメリから視線を戻したグラディアスは、一瞬にして王たるに相応しい姿に戻ります。
その余りの落差に、他の王達は分かっていてもつい漏れそうになる笑いを堪えるのに必死です。
「グラディアス殿……くくっ……失敬。いつもながら見事ですな……くっ……!」
「とても同一人物とは思えない変貌ぶりはいつ見ても感心しますな……ふっ……ふぐっ」
「アメリちゃんの可愛さには、サクヤ様でも敵いませんからな」
さも当然とばかりの態度のグラディアス。親バカここに極まれり。
「サクヤ様以上とは、大きく出ましたな!」
「サクヤ様親衛隊が黙ってはいませんぞ?」
「なあに。その時は私自らがアメリちゃんの可愛さを一年でも十年でも語り聞かせてやりましょう!」
「「「はっはっはっはっは!」」」
各国の王が集まってこんな馬鹿な話に花を咲かせていようとは、誰も想像していないでしょう。
「誕生日おめでとう。アメリ」
「おめでとうアメリ。ドレス姿も良いものだな」
「う~んアメリちゃん! 久しぶりのアメリちゃん! とっても可愛いよ!」
順番に長兄、次兄、三兄です。
十歳上の長兄と五つ上の次兄はグラディアスを思わせる顔付で、二つ上の三兄はアメリと雰囲気が似ています。きっと母親の方に似たのでしょう。三人ともタイプの異なる金髪碧眼のイケメン達です。
「はっはっは! ありがとうございます兄上! 見事な着こなしっぷりにもっと見とれても構いませんよ!」
その場でクルリと回って見せるアメリ。ふわっと広がるスカートの裾がとても印象的です。
「どうです! 私のドレス姿も中々の物でしょう?」
これまではずっとパンツ姿で祝賀会に出席していたアメリ。ドレスを着るのは成人を迎える時と決めていました。そしてそのドレスのデザインも、何年も前からデザイナーと一緒に考えた物で、生地には亡き母が最後に着用したというドレスを使っていました。とても思い入れの強いドレスです。
そんな事は兄達には説明していませんでしたが、グラディアス程常軌を逸してはいませんがそれでも、アメリを溺愛してやまない三人の兄達です。初めてそのドレスを見た瞬間にピンと来ていました。
「ああ。とても素敵だ。お母様が私を揶揄いに来たのかと思ったよ」
三人の兄達の中で、唯一生前の母の記憶を持っている長兄がアメリのドレス姿を亡き母に例えます。
「はーっはっはっはー! そうでしょう! そうでしょう!」
その感想に、
ぱあっ!
と顔を明るく綻ばせて、アメリが大はしゃぎしています。
流石長兄。アメリの喜ばせ方を熟知しています。
この三人の兄達がアメリを褒めない事などないのですが、そんな事は些細な事です。
アメリが
それこそがたった一つの、大切な事なのです。
「さ。アメリ。まだやる事があるだろう?」
「こればっかりは自分がアメリと
「分かる! 俺が他の国のボンボンなら、絶対アメリの事お嫁さんに貰うのにな!」
「兄上達は本当に口が達者でいらっしゃる! そうやって帝都でも多くの女性を口説いているのでしょう! 全く。未来の姉上達に言いつけてやらなければいけませんね!」
「はっはっは。これは一本取られてしまったな」
兄達はにこやかにアメリの背中をトンと押します。
「さ。いつまでも待たせては悪いからな。お前をダンスに誘おうと手ぐすね引いている連中の相手をして来てあげなさい」
「お前の魅力で骨抜きにしてやると良い」
「アメリちゃんなら選り取り見取りだよ!」
そう言って送り出す兄達に、アメリはクルリと一度振り返ると、
「当然です! 私に掛かれば有象無象の男どもなど、一撃でメロメロにしてみせましょう!」
周囲に響き渡るほど、声高らかに宣言します。
周囲の大人たちは苦笑を浮かべています。
有象無象扱いされた当の若者たちは……、良くも悪くも、半々といった感じでしょう。
アメリの宣言に出鼻をくじかれた若者たちの許へ、アメリは構う事無くズンズンと歩み寄ります。そんな微妙な空気漂う中、勇気ある若者が我こそはと名乗りを上げます。
「アメリ様! 是非、私と踊って頂きたい!」
場の雰囲気に呑まれているのでしょう。ぎこちない手付きで差し出された手を、アメリはそれまでの態度が嘘だったかの様な優雅な所作で受けました。
「アメリ・ピースメイカーです。お誘いとても嬉しく存じます」
空いている手でスカートの裾を軽く摘まんで、優雅に一礼。まるで良いトコのお嬢様の様な振る舞いでした。いや、そういえば王女様でした。
そのギャップにやられたのは手を差し出した若者だけではありません。一番槍を果たした若者とアメリの遣り取りを参考にしようと見物していた後続達もまた、心の臓を、アメリの宣言通りに一撃で撃ち抜かれていました。
たどたどしいながらも誠実さと男気を感じさせる一番目の彼とたっぷり二曲踊ると、その後は我も我もとダンスの誘いが引っ切り無しです。その全てを疲れた様子も見せず見事に踊りきって見せると、アメリはダンスの締めに最初の彼を、今度はアメリの方から誘いました。
その明らかな特別扱いに、他の若者達は「こんな事なら俺が一番に……」と後悔していました。他人の様子を見てからなんて言う打算的な男はアメリの好みではありません。その点、
他の賓客たちも最後のアメリのダンスを見ようと輪が出来、全賓客の視線が集まる中で二人きりのダンスが始まりました。
初めは女性らしく優雅に、優美に。男性のリードに身を任せながら踊ります。全視線が集まっている事に緊張した彼の動きは最初に踊った時よりも固くなっていましたが、常にアメリをケアする一つ一つの所作から、その誠実さが伝わって来ます。そんな彼に段々と興が乗って来たアメリは、ついつい悪い癖が出てきます。
地が出始めて来たのです。
曲が進むにつれてアメリの踊りは大胆に。かつ力強いものへと変化して行きます。
そして遂には男性をリードし出し、男女が入れ替わって踊っていました。
「はーっはっはっはっはっは!」
思わずいつもの調子で笑ってしまっていました。
これには流石の兄達も呆れた様子で、「あちゃー」と顔を覆っていましたが、その顔は笑みに溢れていました。グラディアスの方はというと、アメリのダンスパートナーの彼を、呪い殺さんばかりの目付きで睨んでいました。
彼の緊張の九割くらいは、グラディアスの所為ではないでしょうか。
振り回されている彼も、そんな地のアメリも可愛く見えてきて、何故だか楽しくなってしまっていました。
「あはははははは!」
「はーっはっはっはっは!」
楽しそうに笑いながら踊る一組のダンス。
「決まりだな」
周囲の誰もがそう思っていました。
二人のダンスが終わると、まるで二人を祝福するかのような万雷の拍手が贈られます。
上気した顔で二人は手を取り合って、周囲の拍手に応えました。
この後起きる大事件の事など、当事者達以外誰も知る由もありませんでした。
華やかな要人達との祝賀会が終わり、晩餐会までの間しばし休憩をとるために皆ホールから宛がわれた部屋へと移動していきます。アメリの兄達も「じゃ、また後で」と言って、何処かへ出かけて行きました。
晩餐会はこことは別の広間を使うため、片付けも後回しです。使用人達は皆、次の晩餐会の準備に大忙しの最中で、ガランとしたホールに残っているのはグラディアスとアメリ、そしていつの間にかちゃっかり現れ
「お待たせしてしまったかね?」
「いや。楽しませて貰っておったよ」
アメリの前だというのに王様モードのグラディアス。じじいを前に既に本気モードの様です。
それに対してじじいは椅子に腰かけたまま、テーブルに置かれたままのグラスを手に取り、中身をグイと飲み干します。
「アメリちゃん。離れていなさい」
グラディアスはアメリがじじいとの戦闘に巻き込まれないよう、避難を促します。しかしアメリがそれに応じる様子はありません。
アメリの卓越した魔法の腕は承知していますし、何処の誰を相手取ったとしてもそう
ただ、優しく真面目で正義感の強い──グラディアス評──アメリの事、父と賊の戦いを前に黙って退くなどという選択をする筈もない事も分かっていました。
グラディアスはアメリがこの場に留まっているのは、自分と一緒にあのじじいと戦う為だと勘違いをしていました。
ですので、
(さて、どう言ってアメリをこの場から下がらせるか……)
などと、傍から見れば全く無駄な事を考えていました。
グラディアスが何を言った所で、今、この場を、アメリが離れる事など決してないのですから。
「弟子の晴姿も見られた事だしのう」
アメリの説得に頭を悩ませていたグラディアスは、じじいのその一言に敏感に反応します。
「……誰の事を言っている?」
「誰も彼もないじゃろ。今日の晴れ舞台の主役は、アメリに決まっておるじゃろ?」
じじいはグラディアスに向けていた視線をアメリに向けます。
「のう。アメリや」
そう振られたアメリは、満を持して高らかに叫びます。
「あーっはっはっはっはっはっはー!」
「この日、この時をどれほど待ったか……っ! 父上。……いや。『魔人グラディアス』! 父上の仇、討たせて貰おう!」
「──っ!?」
アメリの断罪の言葉にグラディアスは強い衝撃を受けました。
「……いつから気付いていた?」
アメリの真っ直ぐな瞳を見れば分かります。
己が魔人である事を確信している事が。
誤魔化して見たところで無意味であるという事が。
「二年前。父上がとある魔獣討伐へ赴き、あくる朝帰って来た時に」
「……はっは! 何だ。そうか。魔人となったその日に、もう気付かれていたのか。知らぬは私だけだったという事か?」
魔人だとバレていた事に気付かず二年もの間父親を演じていた滑稽さに、思わず笑いが込み上げて来ます。
「いや。気付いていたのは私と先生だけ。父上は元から余り魔法を使われない人だったのでな。貴様は良く知っているだろうがな。私や先生ほど魔法に精通した者でもなければ気付けない程にな」
「私の記憶と経験から、魔人と成った事に気付くとすればケインしかおるまいと思っていたが……。だからこそ奴は排除せねばならなかったのだが、まさかアメリちゃんがそこまでの実力を身に付けていたとはな」
魔人バレしてもまだグラディアスはアメリの事を『ちゃん』付で呼んでいました。
もう癖の様なものでもあり、魔人グラディアスの素直な愛情表現でもありました。
魔人と成ってからの二年。アメリに注いだ愛情に嘘偽りはありませんでした。
「私を『ちゃん』付で呼んでいいのは、私の認めた者だけだ! 貴様にそう呼ばれる事には憎しみしか湧かん!」
この二年。この父親面した魔人に『アメリちゃん』と呼ばれる度、怨嗟の炎がアメリの心を焼き続けていました。最早押し込める必要もなくなった炎は、今この時とばかりに業火となって燃え盛っていました。
「そうか──」
アメリからぶつけられる剥き出しの憎悪に、グラディアスは寂し気な、悲し気な表情を浮かべます。しかしそれも束の間の事。
「しかし、一体何の正義があって私を討つ? 父の仇と云うが、帝国法で魔人の人権は保障されておる。それは成り上がりとて例外ではないぞ。帝国法上において私は未だアメリの父である事に変わりは無い。そして私は魔人と成ってから、帝国法に反した行いもしておらん。アメリよ、己の正当性を示してみよ! 如何な正義で私を討つ!」
王たるの威厳を纏ったグラディアスが、厳しい態度でアメリに詰問します。
しかしそれは──どこかアメリを教え導く様にも見えました。
「魔剣の製造──。帝国法に於いても禁忌とされる邪道に手を染めた事! その犠牲になった二人の女性の事!
「はっはっは! 片腹痛い! そも、奴らは罪なき私を襲った賊! 王族を武力を以て害そうとした以上、その場で処刑されても文句は言えんぞ!
更に、此度の魔剣の製造。帝国の主たるサクヤ様から直々に許可を頂いている! 誰からも文句を言われる筋合いはない!」
「なっ……!?」
魔剣の製造を禁忌指定としたのはサクヤ様本人。だというのに、その本人が許可を出したと言う。
小さい頃に父に連れられ、幾度かサクヤ様と直接お話をさせていただいた事もあった。決して魔剣の様な、非人道的な物をお認めになる様な方ではなかった。
アメリはそう──記憶していました。
だからそこアメリは、グラディアスの言葉に「そんな莫迦な」と衝撃を受け、言葉を詰まらせてしまっていました。
緊迫する二人の空気。それを微塵も察しない人物がこの場には一人居ました。
「あ~……お二人さんや。盛り上がってる所悪いんじゃが、そのしょうもない話はまだ続くんかの?」
じじいが酷く退屈そうに、テーブルに残されている軽食を摘まんでいました。
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