四章 ①

「今年の警備、やけに多くないか?」

「は? お前知らねぇのか? 良くそれでこの業界やってけるな」

「何だようるせぇな。知らねぇもんは知らねぇんだよ。俺は情報屋じゃないんでな」

「ったく。俺だって知ってるレベルの話だぞって言ってんだ」

 黑いスーツに身を包んだ二人の男が、王邸の壁際に立ってヒソヒソと喋っています。

 直立した姿勢から、視線を左右に油断なく走らせながら、隣に立つ本日限りの相方との暇潰しの会話にも余念がありません。

 最も忙しい正門付近や、ワケありの人物が訪れる裏門付近だとこうは行きませんが、二人が担当している場所は王邸を囲むだだっ広い壁の中ほどです。十メートル間隔ほどでまた別のペアが警備にあたっています。

 時刻はお昼を回り、招待客たちとの昼食会を済ませ、いよいよメインであるアメリの誕生祝賀会が始まろうとしていました。

 正門付近にはカメラを構えた報道陣が所狭しと押し掛け、アメリの登場を今か今かと待ち構えています。王邸の中で撮影が許可されているのは国営の放送局の報道陣のみで、それも必要最低限です。

 そんな喧騒も二人の居る所までは届きません。実に平和なものです。

「で? アメリ様が成人になられるからって訳でもないんだろ?」

「それも全くないとは思わんがな。グラディアス陛下は大層親馬鹿でいらっしゃるからな」

「ちげぇねぇ」

 二人は声を出さずに笑い合います。

「こないだ王邸で爆発があっただろ? それくらいは知ってるだろ」

「アメリ様がまたやらかしただけだろ?」

「それはそうなんだが、その原因がな──」

 急遽二人は談笑を中断して警備モードに、一瞬にして切り替えます。

 視界に、こちらに向かって歩いて来る一人の老爺を捉えたからです。

「あのー、すいませんのう」

「どうしましたか? 今日はアメリ様の誕生祝賀会で、王邸周辺は関係者以外立ち入り禁止になっていますよ」

「おうおうそれなんじゃがな、招待状を貰ったんじゃが、道に迷ってしまってのう。何処へ行けばよいか教えて貰えんかのう……」

 体付きはしっかりしている様ですが、身なりは極々普通のお爺さんです。

 どう見ても王族の祝賀会に呼ばれる様な人物には見えません。

 一人がお爺さんの対応に当たりながら、ペアのもう一人は自然な動作でお爺さんの死角へ移動すると、剣の柄に手を掛けます。何か不審な動きが有れば即座に抜き打つ構えです。そしてその様子を両脇のペアが横目で監視していました。

「招待状、拝見出来ますでしょうか?」

 万が一という事もありえるため、警備の男はお爺さんをぞんざいには扱いません。

 本当に迷子で困っている招待客として対応します。

「おうおうそうじゃな。大事なもんじゃから、ちゃんと仕舞ってあるんじゃよ」

 お爺さんは内ポケットに手を突っ込んでゴソゴソと、何かを取り出そうとしています。

 その後ろでは、剣に掛けている手に、ギュッと力が篭ります。

「おお! あったあった。これじゃこれじゃ! 忘れておらなんだ」

 そう言って取り出したのは、デイジーの花の意匠が施された印が押された一通の便箋でした。紛れもない、アメリからの祝賀会への招待状でした。

「確かに。私はここから離れられませんので、申し訳ありませんがこの壁沿いに──」

 そう言って裏門がある方向を指さします。

「向こうへ回って下さい。裏門がありますので其方そちらから。正門は報道陣でごった返していますので。それではお気を付けて」

「御親切にありがとうございます」

 お爺さんは何度もお辞儀をして、教えて貰った方へと歩いて行きました。

 勿論そちら側にも等間隔に警備の黒服が居ますので、もう迷う事は無いでしょう。

 お爺さんの背中を見送りながら、

「こういう事もあるんだな」

「絶対怪しい奴だと思ってた」

 ははは、などと呑気に談笑の種にしつつ二人は再び退屈な警備へと戻りました。

 そのお爺さんとは言うまでもなく、二人が排除すべき──排除できるかは別問題──怪しい奴ことじじいです。


 そんなじじいの様子を遠くから眺める二つの視線。

 アレクとシーザーです。

「じいさん、何やってんだ……?」

「潜入ごっこだそうだ」

「……それに一体何の意味が……?」

 正式な招待状があるのですから、当然堂々と正面から王邸に入る事が出来ます。

 じじいが襲撃した時の近衛達は皆、病院送りでこの日は警備に付いていません。その上顔写真などの手配も、グラディアス王の指示により出されておらず、今日の警備の担当者でじじいの顔を知っている者が居ない事は、アメリが事前に確認していました。

 アレク達の顔は流石に割れているため、事が起きるまでこうして外で待機しているという訳です。

 警備の黒服たちではありませんが、この二人も時間を持て余しているため、王邸へと向かうじじいを呆れた様子で観察していたのでした。


          ◇


 一方──その頃の王邸の中はと言えば……。

 丁度祝賀会が始まり、アメリが壇上に上がった所でした。

「はーっはっはっはー! 本日は私の誕生祝賀会にお越しいただき、感謝の極みである!」

 アメリがいつもの調子で、声高らかに口上を述べます。

 マイクも設置してありましたが、アメリが壇上に上がる前にスイッチはオフにされています。アメリの声はマイクなど通さずとも、会場の隅々にまで響き渡っています。こうなる事を事前に予測していた音響係がキチンと仕事を果たしていました。

 参列する各国代表、団体代表、各著名人等々。三桁を超す招待客を前に、堂々たる姿勢でお決まりの挨拶を一通り並べ立て終えると、普段のアメリからは想像も出来ない様な豪奢なドレスを──溌剌はつらつとしたアメリらしく──豪快に「バサァッ!」とひるがえしながら壇を下り、主賓席へと戻って行きます。

 アメリの纏うドレスは、アメリを産んで間もなく息を引き取った母が送った、三色のデイジーになぞらえた物でした。青と紫で彩られたドレスに、ピンクのヘッドドレスをあしらっています。青のデイジーは『幸福』を、紫は『健康』を、そしてピンクは『希望』を意味します。母の願いが伝わって来ます。

 アメリ登壇の一部始終はカメラを通じて全国にライブで中継されていて、多くの人がその様子を家のテレビや量販店の展示品で、または個人向けの携帯端末などで、一時仕事の手を止めて眺めていました。

 そしてそのいつもと変わらぬ様子を微笑ましく、「お元気そうで何よりだ」と暖かく見守っていました。

 アメリに続いて父であるグラディアス王が登壇し挨拶を済ませると、後は歓談の時間となり中継はここで終わります。会場では成人を迎え、これから本格的に社交界にデビューする事になるであろうアメリの前に、名前と顔を売り込んでおくための順番待ちの列が出来ていました。

 良くも悪くもその名を轟かすアメリは、今後の社交界の台風の目になる、と多くの者が予想していましたし、あわよくばこの機会に自分ならず息子を売り込んでおこうとする者も多く居たからです。

 そんな下心に塗れた挨拶の列を、アメリは豪快にして不敵な笑みを浮かべながら受けて立っていました。

 こうなる事は初めから分かっていた事なので、別段今更慌てる様な事はなし。話して来る内容も予想の範疇から逸脱するような物もありません。事前に作成した想定問答集に沿ってそつなくこなして行きます。

 本人はそつなくと信じて疑いませんが、そこはアメリです。彼女の態度は相手を選んで変わったりはしません。となると、客観的な評価はどうでしょう。

 少し離れた場所で、帝国所属の他国の王と情報交換しながらも、アメリの様子をチラチラと伺い、聞き耳まで立てているグラディアスの様子は全く落ち着きがありません。

「グラディアス殿は娘の事が気になって仕方がない様ですな」

「あの様子なら放って置いても大丈夫だと思いますがね」

 そう言って笑う王様達。

 実際、アメリはその態度を除けば何の問題もなく、順調に挨拶の列を捌いて行っていました。

「しかしだな! アメリちゃんに変な虫が付いたらどうする! 私は認めん! 断じて認めんぞ!」

「いや、どちらかと言えば、変な虫を探すための社交デビューだろう?」

「良い変な虫を探すためのな」

 アメリも成人した以上、王族として政略上の結婚をし、子を為すという役目が待っています。それは当のアメリも、グラディアスも分かっています。自由恋愛など望むべくもありませんが、それでも出来るだけ良い相手を……とグラディアスがやきもきするのも致し方ないでしょう。

「ぐぅぅぅぅ……。やはりアメリちゃんをめとろうというのなら、まず私に勝つ事を条件に加えるべきだろう。私にも勝てん様な軟弱な男に、アメリちゃんを任せられるはずもなし!」

「おいおい。それじゃあアメリちゃんは一生独身じゃないか」

「世界最強の剣士でも連れて来ないといかんな」

 はっはっは! と至って真面目な顔のグラディアスを笑います。

 そんな可愛い娘の婿候補談義に、王たちが花を咲かせていると──

「父上!」

 挨拶の列を捌き終えたアメリが、グラディアス達の所へやってきました。

「おお! アメリちゃん! あのクソブタ共に変な事、言われたりされたりしなかったかい? もし何かあったら直ぐパパに言いなさい。直ぐに斬って捨てて来るからね」

 デレデレ顔のグラディアスが、猫撫で声でアメリを甘やかしていると、当のアメリからキツイ返事が返って来ます。

「たった今非常に気持ちの悪い話を聞かされました!」

「何っ!? どこのどいつだ! 今日この場から生きては返さんぞ」

 スッとアメリは目の前のグラディアスを指さします。

 グラディアスはその指の指す方向を振り返りますが、それらしき人物は見当たりません。

 皆それぞれに、お目当ての相手と情報交換という名の歓談に勤しんでいます。

 通り一遍の挨拶を終えて、更にアメリに売り込みを掛けようという熱心な者達の視線がチラチラと向けられてはいますが、流石に王たちと話している所を邪魔しに行くほどの勇気はない様です。

「ふむ?」

 と振り返ったグラディアスの前に、アメリの指があります。

 試しに横に避けてみると、指がグラディアスを追って来ます。これを繰り返す事数度。

 どうやらこの指は私を指している様だと、やっと気付きました。

「はっはっは。冗談までこんな上手にこなせるなんて! 流石アメリちゃんだよ!」

「はあ~」

 これ見よがしにクソデカ溜息を吐いて、呆れた様子でアメリは指を降ろします。

 グラディアスのアメリに対する態度は、魔人に成る前から変わっていません。物心ついた頃には『こう』でしたので、嫌な意味で慣れてしまっていました。きっと死ぬまで変わらないのだろうと確信を持って言えます。

 そんないつもの父娘おやこの遣り取りを、二人を良く知る王様達は楽し気に眺めていました。


          ◇


 グラディアスがアメリをでろんでろんに甘やかすのには理由があります。

 アメリは母から類稀なる魔法の才と魔力を受継いでこの世に生を受けました。それは偶然ではありません。あまり体が丈夫ではなかったアメリの母は、アメリを出産する力が残されてはいませんでした。自分の命か娘の命か。選ぶまでもありませんでした。

 弱い体と反比例するかの様に、アメリの母の魔力は膨大でした。

 その全てをアメリに託し、命尽きると知りながらアメリを出産。グラディアスも医者も手を尽くしましたが、アメリを産んで一週間後には満足気な表情で静かに息を引き取りました。

 悲しみに暮れる間もなく、グラディアスは最期に託されたアメリを立派なレディに育て上げる決意を固めます。この頃はまだ、グラディアスも真面でした。

 しかし口さがない連中は噂します。

「あれが母喰ははぐいの娘か」

 と。

 そんな陰口を叩く大人連中はまだましでした。

 アメリに物心が付き外で遊ぶようになると、同世代の子供達との関わりが出来て来ます。子供達は時に残酷なまでに容赦がありません。

「お前、自分のお母さまを喰って生まれて来たんだってな! エセ魔人だ! エセ魔人」

 母の死因を知らされていなかった当時のアメリは、その言葉に深く傷つき、心を閉ざしてしまいました。

「おかあさまにおかえしいたします」

 そう言って死のうとした事も何度もありました。

 この頃からです。グラディアスがおかしな言動をし始めたのは。

 心を閉ざし、いつ命を絶とうとするか分からないアメリにどう対応するか。グラディアスは真剣に、それはもう真剣に悩み抜きました。

 そして一つの結論に達しました。

「アメリが呆れるくらいの愛を注ごう」

 それがグラディアスの出した答えでした。

 グラディアスはアメリに、望まれて生を受けた事。母がアメリに贈ったデイジーの花の意味。それらを飽きる事無く、何度も何度も、いい加減アメリからウザがられる程語りました。愛しているよと、欠かさず語りました。全てにおいてアメリを優先させました。そのせいで政務が滞る事もしばしばありましたが、グラディアスは一切気にしませんでした。

 アメリの三人の兄たちもグラディアスにならい、アメリを馬鹿みたいに甘やかしました。愛しました。アメリの事を「母喰い」だの「エセ魔人」だのと呼ぶ輩には、一切の容赦をしませんでした。

 一家揃って、アメリ至上主義ともいうべき体制が築かれて行ったのです。

 その結果──

「ヤバイ。この国滅んじゃう」

 アメリが悟るのにそう時間は掛かりませんでした。

 それからのアメリは見違える様でした。

 父や兄が心配しないよう、兎にも角にも強く、そして明るく元気に振舞いました。

 魔法の勉強にも力を注ぎ、当時既に宮廷魔導師長だったケインに師事。ケインが目を見張るほどの才と努力に裏打ちされ、十歳を迎える頃には世界的権威のある魔法賞を受賞するまでに至りました。

 しかしそれでも、父兄かぞくの過保護っぷりが改善される事はありませんでした。

 アメリの活躍振りに、ますます気合が入ってしまった様にも思えます。

 父兄かぞくに心配を掛けたくないアメリと、アメリを常に心配し続けたい父兄かぞくの熾烈なせめぎ合いの結果が、今の傲岸不遜とも言えるアメリを生み出したのでした。

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