三章 ④

「という訳でじゃ、儂が勝ったから王と戦うのは諦めて貰おう」

「はあっ?」

「なにを……っ!」

 じじいの一方的な宣言にアレク達は抗議の視線を、じじいではなくアメリに向けます。

「師匠!」

「ん? そういう事じゃろ? 違ったのかのう?」

「いや……まあ……、最終的には? そういう事にはなるだが……」

「どういう事だ姫様。王と戦うのは俺達のハズだ」

「約束をたがえる気か?」

「吠えるな負け犬ども。アレは儂の獲物じゃ。納得いかんと言うのなら、今度こそ命を賭けて勝負してやってもよいぞ? 今度は魔法も使って掛かって来るが良い。それで儂に勝てると思うなら、じゃがのう!」

 自身の勝利を疑わないじじいの凶悪なまでの笑みに、二人は言葉を詰まらせます。

「お主達の事情は小耳に挟んでおる。おっと、アメリから聞いた訳ではないぞ。とある冒険者から聞いたのじゃ」

 シーカーの名を伏せておいてあげたのは、じじいなりの配慮でした。

「仲間だった女子おなご達を殺されたのはさぞ悔しかろう。復讐のために血の滲む修練を繰り返した事じゃろう! じゃが、儂には関係ないからのう!」

 カッカッカッ! と笑い飛ばします。

「王と戦うのは、儂。これは決定じゃ。じゃが、お主達がどうしても手伝いたいと言うのであれば、周囲まわりの邪魔者達を相手にするくらいはさせてやってもよい」

 ポンポンと話を進めていくじじいに、慌ててアメリが口を挟みます。

「ちょっと待ってもらっていいか? 師匠」

「何じゃ?」

「私としては皆で協力して父を倒してもらいたい……。仲良くとは行かないであろうが、失敗は出来ないからな」

「儂とお主がおれば十分じゃろ。足手纏いは必要ないくらいじゃ」

「誰が足手纏いだとっ!」

 アレクが反発しますが、シーザーにさとされます。

 じじいの持つ技術は自分達の遥か先にあると。

 忸怩じくじたる思いはシーザーも同じです。しかしシーザーはアレクとは違い、目的の為なら手段は選ばない。そういう選択も出来る男でした。

 アレクは自分達の手で彼女たち──二人はそれぞれ恋人同士でもありました──の仇を自らの手で討つ事に拘っていました。シーザーも勿論その拘りはありましたが、一番大事なのはにっくき仇であるグラディアス王の死であると考えていました。

 その最善の手段がじじいに戦いを譲るという事であるのなら、それも辞さない覚悟です。

 アメリはアメリでじじいの説得に掛かります。

「私の事を評価してもらっているのは嬉しいが、父──グラディアスには魔法が一切効かん。私の力は父の前では無力だ。だからこそ、勇者達と協力して確実に父を、グラディアスを仕留めて欲しい!」

「ほう。そうか。なら問題ないの。奴と戦うのは魔法など使えん儂だけじゃし? アメリは邪魔が入らん様にしておいてくれればそれで良いのじゃからな」

「師匠は父を甘く見過ぎだ!」

「と言われてものう。今朝戦った感じからすると──」

「「はあ!? 今朝戦っただとっ!!」」

 アレクとシーザーの驚愕の叫びがじじいの言葉を遮ります。

「何じゃ!? びっくりさせるな。王を倒すために召喚されよばれたのじゃから、そりゃ戦いもするじゃろ」

 じじいの返答に更なる驚きが、アメリも含めた三人を襲いました。

「あいつと戦って無事だと……」

「この方であれば確かに……、納得出来る所はある。しかし……」

「召喚とはどういう事だ師匠!」

 じじいには三人が何に驚いているのかさっぱりです。

「どうもこうも、ケインとか言う……ほら、何じゃっけ……? 宮廷ま……ま……?」

 アレク達がケインという名にピクリと反応します。

「宮廷魔導師長、か?」

「そう、それじゃ! アメリは物知りじゃのう」

 頭をなでなで。

「えへへー。ハッ! そうではなく! ケインは私の魔法の先生で、仲間を探すように頼んでいたのだ」

「それで儂が呼ばれたわけじゃな。何もおかしい所はないじゃろ」

「いやいや。天下五剣を倒す仲間を探しに行って、じじいを連れて来るとかおかしいだろ。まあ今問題なのはそこじゃーねぇけど」

「実力は折り紙付きだ。その点は結果オーライという奴だろう」

「先生は確かに魔法に秀で、科学に対する造詣も深く、魔導学研究においては世界でも屈指の人物だ。だが、召喚魔法というのは理論上だけの物だ。なぜなら絶対的に魔力が足りないからだ。召喚に必要となる魔力は召喚物の質量と距離に比例する。つまりどことも知れぬ異世界から人間一人を召喚するのに必要な魔力は、即ち無限大だ」

「因みにだが、じいさんはどこから召喚されたってんだ?」

「地球という星の日本という国からじゃ。ここと比べるとそうじゃな、文明では少し劣り、科学技術では先を行く。そんな所じゃ。ここの様に魔法みたいな便利な物がないからのう」

 じじいが出した国名に三人はまたも驚きます。さっきから驚きの連続です。

「日本だとっ!」

「サクヤ様と同じ国だな」

 帝国の王たるサクヤは、いつの時代かの日本人であるようです。

「ここは日本語が通じるので大変助かっておるよ」

「サクヤ様に不便を掛けないため、帝国に所属する国は第一言語を日本語にしなければならないからな。それに伴って通貨は円に、度量衡どりょうこうもサクヤ様に馴染みのある物へと統一されている。まあ当然の事だな」

「今はそんな事は良い!」

 ドヤ顔でサクヤについて語るシーザーをアメリが押し退けます。

 シーザー、サクヤの公認ファンクラブの会員なのかもしれません。

「先程も言ったが、異世界からの召喚などという物はそれこそ神の所業だ! 人間に為せる業ではない! 今までの実験で同じ星の上からですら出来もせんというのに、この宇宙のどこともしれん星から……下手をすればこの宇宙ですらない可能性だってある! そんな場所から人を召喚するなど出来る筈がない!」

「しかし、異世界からの転生者は居るじゃろ?」

「あれは神の御業だ! 一緒にしてもらっては困る!」

「そういう物か。というか、おるんじゃな。神」

「当たり前だろう。神が居るせいでこの星からは何人なんぴとも外に出る事ができないのだから」

「あー、それであ奴『帰す術はない』と言うて謝っておったのか」

 帰る気などさらさらないじじいはまるで気にした様子がありませんが。

「まーその辺はどうでもいいじゃろ。実際儂はこうしてここにおる訳じゃし? 難しい話をされても儂にはよう分からんのでな」

「う……うむ……。熱くなりすぎたな。悪い癖だ。うーん……しかし、一体どうやって……」

 アメリはやはり納得がいかない様で、「ギフトなら……いやしかし、先生は魔法を使う。即ち魔人ではないという事で、ギフトはない。しかし……うーん……」と思考が堂々巡りしていました。

 じじいは暫くアメリは放って置くしかないなと判断しました。

「で、お主等、どうする?」

「……もし、あんたがやられたら、次は俺達が戦わせて貰うぞ」

「儂が死んだあとの事は好きにすればよい」

 アレクの最大限の譲歩案に、じじいは即答しました。

「決まりだな。それまでは邪魔が入らないように協力させて貰おう」

「お主等にとっては、儂が負けた方が良いのではないか?」

 揶揄うような調子でじじいが問えば、

「ハッ! 老い先短いじじいの死を願うほど腐っちゃいねーよ!」

「『止めを刺される前に助けてやる』と言いたい様だ」

 と、どこか吹っきれた様な、少し表情が明るくなった二人が返します。

 真剣にやりあい認め合った結果、仲良くなるというアレでしょうか。揃って脳筋ですし、きっとそうでしょう。

「カカッ! 言いよるわ!

 しかし、お主達程の実力があって、しかも何じゃっけ? 聖剣とかいう何ぞ凄い剣を持っておったんじゃろ? 勝敗については時の運もあるじゃろうが、仲間を殺られる程に実力に差があったとは思えんのじゃが」

 じじいが、両者と一手交えたからこそ分かる疑問を投げ掛けます。

「あいつ──グラディアスには魔力自体が意味をなさなかった。恐らく奴の使うギフトのせいだろうが……」

 アレクがその時の戦いを、苦い記憶と共に振り返ります。

「俺達は聖剣の力と魔法による身体強化ありき、というかそれらを如何に上手く使いこなすかっていう戦い方を磨いて来ていた。その根底を崩された時、自分達でも驚くほどに戦えなくなってしまった。そして相手は剣の達人だ。まともな戦いにすらならなかった」

 結果、仲間二人はグラディアスに連れ去られ、アレクは聖剣を、シーザーは利き腕を、敗北の証として奪われていました。

「復讐を誓った俺達は、それから魔力に頼らない、剣本来の腕を磨く事に注力した。そして奴を倒せる自信をつけ、こうしてここへ戻って来た」

「んだが、まさかじいさん一人に負けるとは思ってもみなかった。という訳だ」

「なるほどのう。ところで今更の様な事を聞くかもしれんが、そもそもお主等は何故王と戦う事になったのじゃ?」

 じじいの質問にアレクは「それはこっちのセリフだ」と返します。

「儂か? 儂はそもそもその為に召喚ばれた訳じゃし? 強そうな奴とは取り敢えず戦っておこうと思うじゃろ。それ以外の理由などないぞ」

 さも当然の様にじじいは言います。

 美味いものは食べるじゃろ? そのくらいの感覚の様です。

「とんでもねぇじじいだ」

 流石にアレクもシーザーも呆れていました。

「まあいい。何かじいさんらしい理由で逆に納得した。

 俺達は組合所属の冒険者だからな。勿論依頼があって、それを受けたんだ。A級指定のな」

 アレクの話で、一人悶々と思考の海に沈んでいたアメリがガバッと顔を上げたかと思うと、アレクの話を勝手に引き継ぎます。

「はーっはっはー! そこからは私が話そう!」

 腰に両手をあて胸を反らすアメリ。調子が戻ったようで何よりです。

「何やら考え込んでおったようだから邪魔せなんだが、もう良いのか?」

「ああ! 師匠! 後で先生を絞り上げれば良かろう。という結論に達しした!」

 考えても考えても結論を得られなかったアメリが導き出した、これがその答えでした。

「アレク達が王と戦う事になった原因は、そもそも私にあるのだ!」

 アメリは当時の事を語りました。


 そしてじじいは寝ました。

「師匠! 起きろ!」

「──んん? 何じゃ、もう朝か?」

「今、私が重要な話をしていたであろう!?」

「そうか。済んだら起こしておくれ」

 スヤァ。

 じじい再度寝る!

「師匠~!」

 アメリはゆっさゆっさとじじいの体を揺すって再度起こします。

「大事な話なのだ! ちゃんと聞かんか!」

「というてものう。儂は好きに戦えればそれで良いからのう。原因がどうちゃら、目的がなんちゃらとか、正直いうて興味がない」

 じじいは心底興味が無さそうな態度を隠そうともしません。

 そこで、アメリの話を聞いていたアレクが助け舟を出しました。

「俺達は姫様を助けに行って返り討ちに合った」

「グラディアス王は魔剣を使って何か企んでる」

「魔剣の材料は人間」

 じじいが寝る間もない程簡潔に纏めてしまいました。

「本当は私が材料になるはずだったのだが、元の父の記憶たましいが邪魔したのであろう。踏ん切りが付かなかった様だ。その隙に奴を討取ろうと先生に相談を持ち掛けたところ、先生が一計を案じて呼んだのが彼等勇者一行と言う訳なのだ!」

「でまあ、一月程前にリベンジしに来たら色々あって、姫様に捕まってここに匿われて今に至ると。助っ人が来るからそれまで待って欲しいという事でな」

 その助っ人というのは、勿論じじいの事です。じじいだとその時は知る由もありませんでしたが。

「まあ俺達が堂々と王邸の前で名乗りを上げたもんだから、俺達をけしかけたのがバレて魔導師長殿が追われる羽目になった訳だが」

 はっはっは。とアレクは笑っています。

「あるあるじゃな」

 じじいも愉快そうに笑っています。

 ケインにしたら全くもって笑い事では無かったでしょうが。

「つまり、あ奴を倒せば万事解決という訳じゃな」

「分かり易くていいだろ?」

「うむ。実に儂向きじゃな」

 二桁を越える法に抵触し、何回極刑に処せばいいのか分からない程の罪状になろうかという行いですが、そんな事を気にする様な真面な神経を持った者は、ここには一人もいませんでした。

「では善は急げじゃ。早速倒しに行くとしようかの!」

 る気満々で立ち上がったじじいを、アメリが慌てて制止します。

「気が早すぎる! 今朝戦ったばかりだろう!?」

 現在時刻は夕刻。

 仕事を終え帰宅の途につく人で街が賑わう時間帯です。

「決行の日取りには目星が付けてある。王の警備が手薄な日を狙うつもりだ」

「厳重な方がやりがいがあって良くないかのう?」

「良くないわ!」

「良くねぇな」「良くはないな」

 アメリの反対は勿論のこと、アレクやシーザーからも否定されました。

「これがやりがい搾取という奴かの……?」

「絶対ちげぇ……」

 やりがい搾取という言葉は知らないアレク達でしたが、じじいが言っている様な意味ではないだろう事は察していました。

「では、それはいつごろじゃ?」

「今から一か月後──」

 に開かれる剣の大会が、と続けようとしたアメリの言葉より早く、

「遅い!」

 とのじじいの一喝が飛びました。

「いや……しかし、この日が最も……」

 しどろもどろになりながらも何とかじじいを説得しようとするアメリでしたが、じじいにそんな理屈は通用しません。

「そんなに待てんぞ! 体が疼いて仕様がないのでな! 儂は今からでも構わんのじゃからな!」

 なんと迷惑なじじいでしょう!

 しかしそうまで言われてはアメリが折れるしかありません。

 あらかじめ考えていた訳ではありませんが、次善の案は直ぐに浮かびました。

「では、今日より三日後ではどうだ?」

 これ以上は無理です!

 という強い、力の篭った目で見つめて来るアメリに、今度はじじいが折れました。

「分かった。では、その日にしよう」

「感謝する!」

 じじいの了承を得られたアメリは、深々とお辞儀をします。

「因みにその日は何の日なのじゃ?」

「私が十六せいじんになる誕生祝賀会の日だ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る