三章 ③
「誰か来た様だぞ?」
「殺気を飛ばして挑発してきた奴だろう」
二人の男は油断なく、必ず手の届く範囲に置いてある剣を手に取ります。
「ココを知っているのは姫様くらいだったはずだが?」
「いよいよバレたのかもしれんな」
姫様ならそんな事をするはずもない。二人もその程度の事は理解しています。即ち、今ここに姫様以外の人間が来ている事を意味していました。
「まあそれならそれで構わん。邪魔する奴は全部倒して行くだけだ。そして──」
「ああ。アイツだけは絶対に──」
「「俺達の手で殺す!」」
二人は直ぐにでも応戦出来る態勢でその時を待ちます。
隠す気もない足音が、二人の居る部屋へと近付いて来ます。
コンコンとノックの音に続いて、
「はーっはっはー! 私が来たぞ! 二人に会わせたい人物を連れて来た! 入るぞ!」
相変わらず元気が溢れ出た姫様の声が、部屋の中まで響いて来ます。
二人はまだ警戒を解かないまま、
「どうぞ」
と外のアメリに答えます。
「では失礼するぞ!」
バーン! と元気良く扉を開け放ちアメリ本人が姿を見せると、続いて見知らぬ初老過ぎの男が一人入って来ました。もちろんじじいの事です。
このじじいが姫様が言っている人物だというのは分かるのですが、何故こんなじじいを引き合わせたのかが二人にはとんと見当が付きません。
当のじじいは無遠慮に二人を繁々と眺めると、「ふむふむ。なるほどのう」と一人何か納得しています。
二人が居る部屋は十畳程の広さのリビングで、ソファーやテーブル、テレビの様な映像を投影する機械も置いてあり、それなりに寛げる空間になっています。奥には寝室へ、手前には水場に繋がっているドアがあります。
「姫様。こちらのご老人は?」
「私の師匠だ!」
何も伝わってこない解答ありがとうございます。
「じじい・G・ジジーじゃ。お初にお目に掛かる」
堂々を通り越してふてぶてしい様な態度で、じじいは二人に名乗ります。
何だそのふざけた名前は! と二人は思いましたが、口には出しませんでした。
「アレク・ファベルだ」
金髪碧眼の長身イケメンが名乗ると、
「シーザー・フェッラー」
黒髪黒瞳の、こちらも長身ハンサムが不愛想に名乗ります。
両名とも鍛え抜かれた体付きが、服の上からでも分かります。
「アレクが聖剣の勇者で、シーザーは仲間の戦士だ!」
「元……だがな」
「ああ! 王様に負けたとかいうアレか! 通りで負け犬臭がすると思ったわい」
ビキッ!
じじいが放り投げた爆弾で、一気に空気が固まります。
分かり易すぎる程の挑発に、二人は我慢などしませんでした。
「ししょ──」
じじいを嗜めようとしたアメリが言葉を発し終わる前に、アレクの目にも留まらぬ怒りの剣がアメリの眼前を通り過ぎて行きました。その切先の向かう先は、じじいの首でした。
問答無用で放たれた致命の一撃を、じじいは「ひょっ!」と驚いたフリなど交えつつ、一歩踏み込んで剣速が最大になる前に躱します。
まさかこんなじじいに躱されるとは思いもしなかったアレクでしたが、その動揺は一瞬。突いた剣を横に薙いでじじいを追撃します。しかしこれも、アッサリと躱されます。
二度の剣激を躱され大きな隙を見せたアレクでしたが、その隙を埋めるシーザーの剣閃が横からじじいを襲います。
戦うには決して広くない部屋で上手く連携して見せる二人に、じじいは胸を躍らせていました。怒りに目がくらみ荒い剣筋になるかと思いきや、二人から感じる剣は冷静そのもの。詰将棋の様にじじいを追い込んで仕留めようとしているのが伝わって来ます。
「楽しくなって来たのう!」
じじいの本音が思わず口をついて出てしまっていました。
おもちゃを貰った子供の様に目を爛々と輝かせるじじいに、二人は苛立ちも露わに舌打ちをします。
攻撃の手を一切緩める事無く攻め続けますが、中々どうして決定打が決まりません。
これで詰みだ! と思って放った剣が全て空を切っているせいでした。
常に一方がフォローをしているお陰で躱された隙を突かれるという事はありませんが、何度も何度も躱されれば、何かがおかしいと感じるのは当然でしょう。
二人は同時に一旦じじいから距離を取り、じじいが攻撃を躱し続けられる種を見付けようとします。
「何じゃ。もう終いか?」
呼吸を整える二人とは対照的に、じじいの呼吸に乱れはありません。
激しく攻撃を繰り出していた二人と、それを最小限の動きで躱しているだけのじじい。体力の消耗具合に大きく差が出るのは当然です。しかしそれでも圧倒的に勇者達の方が体力でも勝っています。
「抜かせ。これからだ!」
「自分が吐いた言葉の責任は取ってもらうぞ」
二人はじじいの一挙手一投足も見逃すまいと、全神経を集中させます。
「では、今度は儂から行かせてもらうとしようかの!」
じじいが一歩、二歩。前へと踏み出します。向かう先には油断なく剣を構えたアレクが居ます。じじいの動きは決して速くはありません。見た目から考えれば十分以上のキレとスピードでしたが、勇者達二人にとっては『遅い』と感じる程と言っても過言ではありません。
しかしどうした事か、アレクの身体は金縛りにでも合ったかの様にじじいの動きに反応しません。いえ、出来ずにいました。
じじいの拳が、がら空きのアレクの鳩尾を打ち抜こうとしているのを、ただ見ている事しか出来ませんでした。
(ぐ……ク……動け! 動けっ! くそっ! 一体何をされたっ!?)
アレクの目はしっかりとじじいの拳を捉え、アレクの意識ははっきりとじじいの拳を躱すよう体に命令を送っています。
しかし現実は、じじいの拳を前にしてアレクが棒立ちになっている状態です。
「ハアアアアアッ!」
このアレクの窮地を救ったのは、相棒のシーザーでした。
正対するじじいとアレクの横から、狙いすましたシーザーの鋭い剣撃がじじいを捉えんとしていました。
攻撃の動作に入っている以上、回避する事は不可能! 確実に捉えた!
しかしそのシーザーの確信は、次の一瞬に崩れ去ってしまいました。
そう──全てはじじいのシナリオ通りに。
「そこまでだっ! もう決着はついたであろう!」
頃合いを見計らったアメリの一声を切っ掛けに、じじいは攻撃の手を止めました。アメリが止めなければ、そのままじじいは止めを刺していた事でしょう。じじいにとって白黒を明確にする方法がその生死であるだけで、殺す殺さないに特に拘りはありません。じじいは戦闘狂であって殺人狂ではないからです。ただ、勝負の結果として相手を死に至らしめている事が多いのも否定できない所です。
床に座り込んだ状態で壁にもたれて気を失っているシーザーと、床に組み伏せられているアレク。組み伏せているのは当然じじいです。勝敗は誰の目にも明らかでした。
「一体何をした……? いや、何をされたんだ……? 体が全く動かなかった。あんたのギフトか?」
「ギフトなぞ使っておらんよ。それと、何故儂が魔人じゃと?」
「魔力を全く使っていなかった。分かる奴には直ぐ分かる。とは言っても、俺達ぐらい魔力の流れに敏感な奴じゃないと無理だろうがな」
「成る程のう。そういうものか」
そう言いながらアレクを解放したじじいは、シーザーに喝を入れて叩き起こします。
「カハッ! ……はあ……はあ……。一体何が起こった……?」
「そこのじいさんに二人して負けたんだよ」
「まだまだ若いモンには負けてはやらんよ!」
カッカッ! とじじいは快活に笑っています。
「俺がじいさんの側面から斬り付けた所までは覚えているんだが……そこから先が思い出せん」
「お主がそう来ると読んでいた儂の強烈なカウンターを喰らって、一発ノックダウンじゃ」
じじいはシーザーが横から斬り掛って来るしかない様に立ち回っていました。更にじじいは先の二人の猛攻を躱しながら、攻撃の間合い、呼吸、癖を既に掴んでいました。ただのらりくらりと躱していただけではなかったのです。アレクへの一撃はシーザーを誘うための罠でした。
じじいはシーザーに肩からぶつかる様にして接触。その瞬間に爆発的な『
その時の『勁』の凄まじさを物語る様に、謎のつるんとした魔導素材の頑丈な床が、その部分だけ凹んでいました。
じじいの攻撃がシーザーに向いた事によって体の自由を取り戻したアレクは、即座にじじいへと剣を繰り出しました。しかしそれよりも早く、じじいとシーザーの攻防が決着したため、アレクの剣は先程までと同じ様に無人の空間を斬り裂いただけでした。
再びじじいの術中に嵌ったアレクに為す術はなく、じじいはまた動けなくなってしまったアレクを投げ飛ばして制圧したのでした。
そして今のこの現状である。
「くそっ。結局一体全体俺は何をされたんだ?」
「分からんか? 分からんかー。まだまだ修行が足りんのう!」
ぐぎぎぎぎ!
と音が聞こえて来そうな貌でアレクがじじいを睨みつけていますが、じじいはどこ吹く風。
「お主はどうじゃ?」
じじいがシーザーに話を振ると、シーザーには何か心当たりがあるようでした。
「……一つ、思い付いた事はある。かなりあり得ん話だが……」
「マジかっ!?」「言うてみるがよい」
「反射を利用する方法だ」
シーザーはじじいの技の正体が、ヒトの脊髄反射を利用した物だと推察していました。
「ほう! お主は、お主は! 見込みがあるのう!」
「うるせぇじじい!」
見当も付かなかったアレクはじじいに八つ当たり気味に怒鳴ります。
「正解した褒美に少々解説してやろうかの。
ヒトは通常頭で考えて体を動かすより反射で動かす方が早い。これは危機に対応するためのヒトとして必ず持っているメカニズムじゃ。これを徹底的に利用するために行うのが修行じゃな。何も考えずとも、あらゆる動作に対して反射で対応出来る様にするためにのう。
それがお主達程の手練れであればある程、その深度は深い。故にこの技が良く効くのじゃな。どんなに強い人間も、右と左に同時に動く事は出来ん。当たり前じゃな」
「じゃあ何か? 俺に反射的にあらゆる方向にでも動く様に仕向けてたって言うのか?」
馬鹿馬鹿しい。とアレクはじじいの話を一笑に伏しました。
だからシーザーも「あり得ない」と口にしました。
ヒトが全くの同時に左右に動けないのと同様、二本の腕しか持たない魔人のじじいが、全く同時に繰り出せる攻撃は二方向、蹴りなどを加えて良くて三方向まででしょう。
それを全方向。前後左右に加え、上下方向からも全くの同時に攻撃が来るとアレクの無意識に錯覚させるなど、どんな達人といえども可能な事だとは思えなかったからです。
あくまでも理論上は可能。そういう
シーザーも一度は考え、そして諦めた技の一つでした。だからこそ、もしかしてと思い至ったのでした。
「百聞は一見に、
「ぐっ……」
実際にその身で体験した──してしまったアレクは、自身が馬鹿馬鹿しいと切り捨てた考えを認めざるを得ませんでした。
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