三章 ②
堂々と街中を歩くじじいとアメリ。やはり追手や手配などは掛かっていない様子です。
王邸が爆破された事は周知のようでしたが、街の人の反応は「ああ、また姫様ね」といった具合で、誰も大して気に留めてはいませんでした。
「師匠に会って貰いたい者達がいる」
そう言ってアメリはじじいを案内していました。
「そうじゃ。アメリや」
「うむ?」
「儂はこちらに来てまだ日が浅い。お主は魔法に長けておるそうじゃな? 一つ儂に手解きをしてくれんか? 魔術士とやらとは流石の儂も戦った事がないからのう」
「はっはー! そう褒められると照れてしまうな! 確かに魔法に関して私の右に出る者はそうはおらん! ただ、教えるのは構わんが、師匠は魔法を使えんぞ?」
「む。何故じゃ? 儂は割と戦いに関する事は大体得意じゃぞ」
「これは師匠だけが使えないという事ではなく、魔人という転生者達は皆、魔法を使う事が出来ないのだ。正しくは、魔人は
「魔力……魔力か。ふむ……」
「魔力はあらゆる生命に宿る。魔導学に照らせば、魔力は有機物にのみ宿り、蓄積する事が出来る。無機物には自身の魔力を纏わせる事は出来ても、溜めておく事は出来ない。勿論師匠にも魔力はあり、しかし師匠はそれを感じてはいない。そうであろう?」
「確かに。あると言われてもサッパリじゃな」
「私達地人も、何か特別な訓練をして魔力を扱えるようになるわけではない。生まれたその瞬間から、呼吸をするのと同じレベルで当たり前に魔力を知覚し利用しているのだ。魔法とはそれをより顕著にしたものの総称に過ぎない」
「それでは修行のしようもないか。残念じゃな。魔法が発動する瞬間の気配は掴めるのじゃがなあ」
「それは師匠が見た魔法が、世界の
アメリはくるりと振り返り、後ろを付いて来ていたじじいと向かい合います。歩く足は止めていません。
「私が
そう言うとアメリはピっと立てた指の先に小さな水の塊を作り出します。
「これは空気中の水分を集めて水の塊を作り、それが分解しない様に『操作』している状態。超常の様にも見えるが理の範疇に収まっている現象だ」
今度は少し
「そして今度は──」
アメリがカッと目を見開いたかと思うと、水塊の中で炎が燃えています。
赤く燃える炎は、消える事無く水の中で燃え続けています。
「ハッ!」
パァン! とアメリが水塊を弾けさせると、水の中で燃えていた炎は燃料が尽きたかの様にアッサリと消えてしまいました。
「これが『上書き』した魔法です。世界の法則を文字通り上書きして、新たな法則を作り出す。『ヒトの意思』が世界の法則を変える。これこそがまさに真の『魔法』よ! はーっはっはっはー!」
真なる魔法に関して饒舌に語るアメリは実に楽しそうです。じじいの理解度とかは気にしていませんでした。
勿論この間もアメリは後ろ向きのまま歩き続けています。交差点では正確に曲がり、他の歩行者があれば道を譲り、障害物があれば適宜避けています。
アメリはじじいに実演を交えた魔法の説明をしながらも、光を屈折させる『操作』の魔法で前方を確認していたのです。
「まあ今ぐらいの事であれば、『操作』の魔法でも似た様な事は出来よう! だが! しかし! 今の炎は『水の中でしか燃える事が出来ない炎』! こういった真の超常を発現する事が出来るのが『上書き』の凄いところなのだ!」
アメリの熱弁に、周りの通行人から拍手が贈られています。それにアメリは「ありがとう!」と手を振って応えています。
「とは言っても、『上書き』は扱いが難しくてな。仮にでも扱える者も僅か。魔力も集中力も莫迦みたいに必要とあっては、効果が凄くても今の所実用性は低いと言わざるを得ん。が、これから発展させていきたい分野ではある! いや。させる! この私がな!」
アメリは腰に手をあて「あーっはっはっはー!」と自信満々の表情で声高らかに笑います。その姿はきっとその夢を実現するだろう事を予感させました。
じじいはそんなアメリを眩しそうに見つめていました。
「うむうむ。やはり夢を持った若者は良いものじゃ」
どうしても発言に年寄臭さが出てしまいます。
「師匠! 私からも聞きたい事がある!」
魔法についての話が一段落したところで、今度はアメリがじじいに質問を投げ掛けます。
「師匠はどうやって魔力障壁を纏った近衛達を倒したのか。やはりギフトの力であろうか?」
アメリにとってこれは一番の疑問でした。
魔力障壁は、あらゆる物理攻撃を無効化します。魔力の篭らない攻撃は一切通じない──ただし、ギフトによる攻撃は除く──性質があります。魔力を操れないじじいには攻略不可能なハズでした。
「そうじゃのう。……そうじゃな。どれ儂も一つ実演を交えて教えようかのう」
そう言うとじじいは、ポンとアメリの肩に手を乗せます。
その事に何の疑問もアメリは抱きませんでした。
が、次の瞬間──
ぐるりん!
とアメリの視界が回ったかと思うと、あわや地面に頭から叩きつけられる寸前という所でじじいに支えられていました。
「とまあ、こういう事じゃな」
さもこれで分かっただろうと言わんばかりのじじいでしたが、アメリには何が起こったのかさっぱり理解できていませんでした。
「?????」
明らかに何も理解出来てないアメリの顔を見て、じじいは「いきなりは、ちと難しかったかのう?」と呟き、今後の弟子の指導方針を脳内で再検討しながらアメリの体を起こしてやっています。
「ふーむ。どこから説明したものかのう」
じじいは少し考え、考え、諦めました。
「儂は魔力を操作出来んが、お主に触れる事が出来た。ここまでは良いな?」
「うむ。魔力障壁は一定以上のエネルギーを保有した現象に対して作用する。であるから、普通に触れる分には問題はない」
「この時に毒物などを用いるのもありかもしれんが、その辺の対策はしてあるのじゃろ?」
「勿論だ。魔法障壁は人体に害を及ぼす類の成分を無効化する。仮に毒物を盛られたとしても、魔力を操る事で容易に解毒は可能だ」
「おお。それは凄いのう。うむ。まあ毒に関しては良い。儂の趣味ではないのでな。大事なのは、触れる事が出来るという事じゃ。触れる事が出来れば、相手を殺す程度の事は難しくないという事じゃな」
「触れただけで!?」
「そうじゃ。まあ誰でも出来るという訳では勿論ないがの。じゃが想像して見るとよい。手が触れられるという事は武器も触れる事が出来るという事じゃ。そして相手に触れた状態で刃を引くなり突き刺すなりすれば──」
「──っ!? 確かに!」
「とはいえ、じゃ。魔力障壁に反応せぬ様、ソロソロ動かしていたのでは話にならん。魔力障壁に触れる直前で寸止めし、敵に添えて斬る。それだけの事じゃ。魔力障壁も万能ではないという事じゃな」
守衛にあれこれと試していたのは、それらを確かめるためでした。
「もっと簡単な方法は、相手が握ったままの剣で斬る事じゃな」
常人にとってはまさに机上の空論。言うは
「むしろ何故今までこの程度の方法に気付いておらなんだのか。その方が疑問じゃ」
「言われて見れば確かに……。だが魔人の絶対数は少なく、強い魔人とは即ち強力なギフト持ち。武器で戦うという流れにならない事が殆ど……。地人同士の戦いであれば魔力障壁はそれほど気にする物でもないのが原因かと」
「それもまた一つの驕りじゃな。ヒトが操る力に絶対な物などない。常に己を磨く事を忘れてはならんぞ。結局のところ最後に頼りになるのも己自身の力なのじゃからな」
「肝に銘じておこう」
その後も二人は魔法とその戦い方について語り合いました。
時を忘れる様にして語り合った二人でしたが、実際に話したのはほんの三十分ほど。話の内容は年頃の乙女と良い年こいたじじいがするような可愛げのあるものではありません。
本当なら一晩でも二晩でも語り明かした挙句、実際に検証なんかもしてみたいところでしたが、アメリの目的の場所に着いてしまったのでこの話はそこで終了となりました。
「少々話し込んで時間が掛かってしまったが、ここに師匠に会って貰いたい者達がいる」
そう言ってアメリが示したのは、繁華街から一本道を外れた──それでも人通りは多い──所にある開放的なオープンテラスのあるカフェでした。
席の半分ほどが埋まっていて、一人静かにドリンクを楽しむ者、
とても武闘派のじじいに会わせるべき人物が居る様には思えません。
しかし、自信満々にアメリが店の中へと案内するので、ここで間違いないのでしょう。
(どれ……)
じじいは試しにと、特定の人物に向けなていない微量の殺気を周囲に放ちます。
カフェにいる客たちの殆どには何の反応もありません。僅かに、敏感な客が不思議そうな顔で周囲を一、二度振り返っていましたが、何事もないと悟ると元に戻りました。
そんな中、少し離れた位置から強く殺気に反応した気配が二つ。それとアメリが振り返っていました。
「師匠!」
「なんじゃ?」
「とぼけないで戴きたい!」
「さあて、何の事かのう」
じじいは白々しくもすっとぼけて見せました。
今のに反応出来ない程度であれば会う必要もなし。と思っていたじじいですが、それなりにデキる相手のようじゃなと考えを改めます。
「ここからは余計な事はせんように!」
「分かっておる分かっておる」
アメリは店主と何言か話すと、カードを一枚受け取ります。
「こっちだ」
店内を奥へと進み、入り口の反対側へ抜けるとそこには小さな中庭がありました。
そこは飲食スペースではないようで、椅子やテーブルは置かれていません。手入れの行き届いた観賞用の庭です。四方をぐるりと建物で囲われ、上は雨が入り込まない様にでしょうか、屋根が付けられています。屋根には明り取りの窓が付けられているので、暗く感じる事はありません。
アメリが中庭へのドアのスロットに、店主から受け取ったカードを差し込んでノブを回します。
開いたドアの先は──
先程まで見えていた中庭ではありませんでした。
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