三章 ①
「あーっはっはっはっはっはー! 話は聞かせてもらったぞ!」
魔法でドアをブチ壊して意気揚々としている頭のおかしい犯人は、少女の声をしていました。
「姫様! いつも言ってますが、は手で開けて下さい!」
姐さんがふんぞり返っている姫様を叱っています。姫様? そうです。この頭のネジがぶっ壊れた少女はこの国のお姫様です。こんなのでも。
「はっはー! 姐さんは面白い事を言うな! ドアは手で開けるより魔法でぶっ壊した方が早いのだぞ?」
「そんな人は姫様だけです!」
「あーっはっは! 当然だ! 私は世界でオンリーワン! そして、ナンバーワン!」
バッ! バババ!
自称カッコイイポーズを決めて──
「私が! 私こそがっ!」
ビシっ! と壊れた扉を指さすと、金属製──鉄板と呼んで差し支えない──の大の男でも一人では持ち上げる事も出来ないだろう重さのドアが、ふわりと浮かび上がります。
「最強の魔術士なのだからっ!!」
その指をドアが元あった場所へと動かすと、それに合わせて浮かび上がったドアが巻き戻しの様に入り口へと飛んで行き、何事もなかったかの様に元通りに修復していました。
「こんな器用な魔法まで使いこなして見せる私……。マジ凄すぎではないか? あーっはっはっはっはっはー!」
自画自賛が凄いですが、実際に魔法の腕も知識も凄いので自信過剰という訳でもありません。
「……この魔法? とやらの気配……」
「ああ。タブンやけど、魔法で屋敷ブッ飛ばした犯人はあの姫さんやと思うで」
じじいとシーカーはまだ机の影に隠れたまま、ボソボソと会話していました。
「姫様! またお屋敷を吹き飛ばしたとか! これで何回目ですかっ!」
「はっはー! 今回は止むに止まれぬ事情があったのだ! 屋敷の一つや二つ消し飛んだところでどうと言う事はない!」
「ほらな?」
「その様じゃな」
姐さんと姫様の会話の影で二人は頷き合っています。
「で、姫様。今日は何の御用でこちらに? 話は聞いたと仰っていましたが、いつから聞かれていたのですか?」
「せや。いつからおったんや。全然気付かへんかったで」
スッと立ち上がったシーカーも姐さんと同じ問いを投げ掛けます。
その二人に問いに姫様は胸を張って答えます。
「そんなものは決まっている! 『屋敷が半分ほど消し飛んでおった』の辺りからよ!」
「今来た所じゃないですか!」
「今来たトコやんけ!」
二人のツッコミが綺麗な
「そこな魔人に用があって来たのだ! 居るのは分かっているぞ!」
二人のツッコミなど意に介さない姫様は、隠れているじじいを指さします。
「儂に気付かれずにここまで尾けて来るとはやりおるの」
じじいもバレているなら仕方がないと、机の影から姿を見せます。
その姿を見た姫様が一言。
「お爺ちゃんじゃないかっ!」
「はっはっ。そういう決まりでもあるのかの?」
皆が皆、同じリアクションをするのでついそんな感想が零れてしまいます。
「そりゃしゃーないで……。こんなじいさんやと思わへんやろ誰も」
「うむ! まあ歳など関係はあるまい!」
あっという間にショックから立ち直った姫様が、ズカズカと無造作にじじいの前まで歩み寄ります。
「私の名はアメリ・ピースメイカー! ピースメイカー王家の末子にして長女! 私の父上、グラディアス・ピースメイカーを襲撃したのは貴殿で間違いないな!」
アメリの言葉には犯人を追求する様な色はなく、実に愉快痛快だと言わんばかりの表情と声音でした。
「うむ。それは確かに儂に相違ない。あと一歩で──」
「やはりそうか! 貴殿も相当な達人の様だが、一人で挑むなど無謀に過ぎよう! 私の援護がなければ今頃は死んでいたかもしれんぞ!」
人の話を聞かん娘じゃなと、じじいは思いましたが黙っていました。
それよりもアメリの発言の方に興味を引かれたからでした。
「そうか。あの爆発はお嬢ちゃんの魔法であったか。それにしてもあの凄まじい威力を良くも見事に制御したもんじゃ。流石の儂もダメかと思ったぞ」
「はっはー! あの程度、私にとっては朝飯前よ! 感謝はいらんぞ。貴殿ほどの実力者を助ける為ならば、屋敷の一つや二つ惜しくもない!」
「それにしても、先程からお嬢ちゃんの言葉には気になる所があるのう。まるで王様が敵の様に語っておる」
「そうとも! 大きな声では言えないが、父上──今のグラディアス王は私の父上ではない!」
地下に響き渡る
アメリ的には、公に発表するのでなければ声の大小は問題ではないという事でしょうか。
アメリの大胆発言に、姐さんとシーカーは驚きを通り越して笑っています。
「姐さん……。また姫さんがとんでもない事言い出してるで……ハハハ……」
「はぁ~……。嘘や冗談は言わない子だから……。本当にその可能性は高いわねぇ」
アハハ、フフフ、と二人は顔を見合わせ乾いた笑いを零しています。
「つまりどういう事じゃな?」
「私の父は地人であった! 今は……」
今までの快活さが嘘だったかのように、アメリは口を
「魔人に成り代わられた。ちゅー事か?」
シーカーがアメリの後を補完するべく、確信の言葉を投げ掛けます。それにアメリはコクリと、一つ頷きを返しました。
「ふむ。……つまり、敵討がしたい。そういう事じゃな?」
「それは──」
姐さんが何か言おうとしましたが、シーカーが姐さんの口をそっと塞ぎます。
そしてじじいの問い掛けに、アメリは力強い眼差しで「そうだ!」と、ハッキリと答えました。
「奴は必ず私の手で、討つ!」
「うむうむ。良い心掛けじゃのう!」
このまま「じゃあ今から殺しに行きましょう!」とでも言いそうな二人を、シーカーが慌てて止めに入ります。
「ちょい待て待て、お二人さん。相手は天下五剣のグラディアス王やぞ。ちゃんと仕留める算段は立ってんのか? やるんなら、キチンと仕留めんといかんで?」
ちょっと思っていた方向とは違いました。
「うむ! シーカーの言う事は
「それはまたどうしてじゃ」
「私に剣を教えて欲しい!」
どう見ても剣など握った事もない華奢な身体つきのアメリが、堂々たる態度でじじいに弟子入りを志願しました。
先に結論から言うと、じじいはアメリの弟子入りをあっさり、すっぱり、きっぱりと断りました。「そこを何とか」と粘り強く交渉するアメリでしたが、取り付く島もありません。
「弟子は取らない主義なのじゃ」
という訳でもないじじい。
問題はアメリがじじいから剣を教わり、グラディアスを討ちたいのだという事です。しかしじじいは、奴は儂の獲物じゃ。という考えを譲りません。
だからと言って「ハイそうですか」と諦めるアメリではありません。取り付く島がなければ、島を作ってでも取り付いてやる。との決意でアメリはじじいに食い下がります。
あまりの圧に先に「まいった」をしたのは、じじいの方でした。
「奴と戦うのは譲らん。これは絶対じゃ。そも、お主が今から鍛えて奴に勝てるまでになるには、早くても十年は掛かると見よ。それでも勝てる保証はない。そこでじゃ、まず儂が奴と戦い勝つ。そして止めはお主が刺す。これでどうじゃ?」
これはじじいなりの譲歩でした。
「──ふぅ……。貴殿もそう言うのか」
じじいから譲歩を引き出したアメリは、ボソリと零します。
「承知した! それで構わぬ! だが、それとは別に剣は教えてくれぬか?」
「ふむ。それならば構わんぞ」
懸案事項が解決されたじじいは、打って変わってアメリの弟子入りをすんなりと許可しました。
「うむ! 宜しく頼むぞ、師匠!」
アメリは実に嬉しそうな笑顔で、じじいを早速師匠と呼んでいました。
「ところで師匠。師匠の名は何と申す?」
「ふむ。儂の名か……」
じじいは中空を見つめ、しばし思案します。
ここは本名──日本名──を名乗るべきか、はたまた王邸で名乗った仮の名を正式採用するか。意外と気に入っとるんじゃよなあ。それにここは異世界じゃし、今更過去に縛られる必要もあるまい。とかじじいは思っていました。もう結論は出た様なものでした。
他の三人が「どうしたのだろうか?」とじじいを見つめている中、じじいは一つ手を打つとアメリと目と目を合わせ、ハッキリと自身の名を告げます。
「じじい・
「「「???」」」
その名を聞いた全員の頭に上に、ハテナが出ているのが見える様でした。
「明らかに今考えた名前やろソレ!」
真っ先にツッコミを入れたのは、やはりシーカーでした。
「今ではないぞ? 今朝考え名前じゃ。この世界での儂の名は『じじい・G・ジジー』で決まりじゃ!」
そうハッキリと断言するじじい(二人称)改め、じじい(固有名詞)──何も改まってない──に、姐さんは苦笑し、シーカーは「別にかまへんけどもっとマシな名前があったやろ」と、至極尤もな事を言っています。
「そうか! 師匠の名はじじいか! 分かり易い良い名だ!」
アメリの反応は二人とは違います。この姫様は馬鹿なのか大物なのか判断に困ります。
「ふふん。そうじゃろそうじゃろ。流石儂の弟子じゃ。良く分かっておる」
「はーっはっはー! 名前は分かり易い事が一番であるからな!」
早くも意気投合し始めた出来立ての師弟は、がっちりと握手を交わしています。
アメリはそのまま姐さんの方へ顔を向けると、
「師匠をこのまま借りてゆくが構わんな? 師匠も宜しいな?」
決定事項を告げる様にアメリは二人に話しかけます。
「ええ。構いませんよ」「儂も問題ない」
二人から了解を得たアメリは、最後に懐から一通の便箋を取り出しシーカーに手渡します。受け取ったシーカーが確認したその便箋は、封蝋がしてあるしっかりした物でした。押された刻印はアメリを象徴するデイジーの花を模した物でした。
「今開けてもええ奴か?」
「いや。それは勝手に開く様に仕込んである。開いた時に中を見ろ。それ以外の方法で開けようとすれば燃えてなくなるから気を付けるのだぞ!」
「ぶっちゃけ嫌な予感しかせんのやが……。まあ姫さんから直々のやしな。しゃーない、確かに受け取ったで」
そう言ってシーカーは便箋を服の内ポケットへと仕舞いました。
「それでは邪魔したな!」
S級用の隔離部屋から去って行く二人の背中を、姐さんはどこか心配気に、シーカーはほっとした表情で見送っていました。
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