二章 ③

「という訳じゃ」

「いや、あんたの武勇伝はええねん。肝心のトコが出て来てへんやん」

「はて? 何じゃったかのう」

「ええっちゅうねん。それは」

「カッカッ。まあそう怒るでない。軽い冗句じゃ、冗句」

「全っ然笑えへんのやけど……!」

 と怒りもあらわなシーカーとは対照的に、ねえさんは「うふふふ」と笑っていました。

「姐さん。わらっとらんとこのじいさん何とかしたってぇや」

「ここまで聞けば大体後は察しが付くでしょう? それともおバカな振りでもしてるんですか?」

「いやまあ、そうですけど……」

 何か納得いかないシーカーです。

 少し揶揄からかいすぎたかなと感じた姐さんは、シーカーの代りに遠回しに訊きます。辿り着く答えは分かっています。

「おじいさん。何処まで行かれました?」

「そりゃあ勿論……」

 じじいと姐さんは目を合わせると、

「「一番てっぺんまで」」

 息もぴったり、台詞もぴったり合わせて来ました。

「カッカッカッ!」「うふふふふふ」

 二人は楽しそうに笑っています。シーカーは一人憮然とした表情を浮かべています。

「ですよね! ふふ。支部長の困った顔が思い浮かぶようです」

「ああ。あの豚みたいな能無しの事じゃな」

「ブフッ!」

 じじいの余りにも的確な酷評振りに思わずシーカーが吹き出していました。

 王都の支部長は冒険者組合内の派閥政治でのし上って来たタイプで、争い事に関しては全くのド素人でした。何なら、冒険者達の事についてさえ碌すっぽ理解していません。そのため冒険者はおろか、組合員からの評価も地を這う程に低く、中身の無さとその容姿、更にいつも高い所に居たがる性格──他人を見下ろすのが大好き──も相まって、『空豚そらぶた』と陰で呼ばれていました。勿論その渾名を姐さんとシーカーも知っています。というか、その渾名を付けたのは他でもない姐さんでした。

「ふふ……。それで、その後どうしました?」

「邪魔そうじゃったから腹の肉を削いでやろうとしたら、小便漏らして失神しおったわ。可哀想じゃったからな、職員を呼んでおいてやったわ。あ奴が唯一役に立った事と言ったら、ここの事を直ぐにベラベラと喋ってくれた事だけじゃな」

「じいさん……やるやんけ……ブフッ!」

 身体を小刻みに震わせ必死に笑いを堪えているシーカーが、じじいを褒め称えていました。


「そんでじいさん。こんなトコに何の用や?」

「おおそうじゃった、そうじゃった。肝心の用を忘れておった。ホレ。お前さん言うておったじゃろ」

「何の話や?」

「A級の何とかの何とかがー……ホレ。あー……何じゃったかな」

「あーあー! A級冒険者、元聖剣の勇者の事か?」

「それじゃ!」

「あの二人がどうかしましたか?」

「A級というのは強いのじゃろ?」

「成る程。確かに、彼等ならおじいさんより強いかもしれませんね」

「ほうほう! それは実に良いのう!」

「ちょっ……姐さん! 教えてええんですか?」

「最初に彼らの事を話したのはシーカーさんでは?」

「マジで探しに来るとは思いませんやん」

「次からは気を付けて下さいね」

 ニコ。

「ヒッ! すんません!」

 即座にシーカーは机に額を擦り付けて謝罪の意を表明していました。最早条件反射の域に到達しています。

「二人が何処に居るか知っておるか?」

「王都に来ている事は確かなようですが、詳細までは不明です。一悶着ありまして……。どこかに潜伏しているらしいという事は聞いていますが……。お力に為れずすみません。代りと言っては何ですがコチラを」

 そう言って姐さんがじじいに指輪を一つ手渡します。それはシーカーが付けている物と同じ形をした指輪でした。

「これは?」

「通信用の魔導具です。何か情報が入ればお知らせします。また、聞きたい事がありましたらそちらから連絡していただいても構いません。こことの通信専用になっていますので」

 簡単な使い方をじじいに教えると、じじいの指に嵌めておきます。指輪は、指を通すと自動的にサイズ調整を行い、じじいの指にピッタリフィットしています。

「こんな物をお借りしても良いのか?」

「そちらは差し上げます。とても気分が良いので。それに大して高価たかい物でもありませんし。どうぞお持ちください」

「えぇっ!?」

 シーカーの反応を見るに、それなりに高価な物の様ですが、

「ではお言葉に甘えて頂いておくとしましょうかのう」

 くれると言うならじじいは遠慮なく貰っておきます。

「まあ急ぐ用事もない身じゃし、潜伏しておるという事は何か後ろ暗い目的があるという事じゃろ。動きがあるまで気長に待つとしようかの」

「やられた仲間の復讐や。ってそんな話した気がするんやけど」

「んん? そうじゃったか?」

「そうや!」「そうか?」「何で信じへんねん!」「鏡を見れば分かるじゃろ」「うわ! めっちゃ胡散臭いヤツがおる! ってなんでやねん!」

「ふふふ……」

 姐さんが顔を逸らして肩で笑っていました。

「お。やったで。姐さんにウケたで!」

「お主の顔を見てれおれば、笑いもこみ上げてこよう」

「誰の顔がおもろい顔やっちゅーねん! まあまあええ男やろ! ねえ、姐さん!」

「ふふ……ノーコメントで」

「ホレ見たことか」

「ええ加減にせんとほんまに泣くでジブンら……」

 ヨヨヨ。と泣き真似をするシーカーは、ふと気になった事を尋ねます。

「そや。ところでじいさん。王都ココに来てからちぃとは観光してきたんか? まだやったら案内くらいしたるで」

 じじいの案内を口実に、この書類地獄から逃げ出す気です。

 姐さんにはそんな見え透いたシーカーの思惑などモロバレでしたが、見逃してくれそうな気配です。じじいと姐さんの気が合ったのが良かったのでしょう。

「おお、それは助かるのう。王とやらと一戦交えただけで、街の方はあまり周れてないんじゃ。ああ。じゃが、ここまで乗せてくれた魔女タクは新鮮な体験じゃったなあ」

「おお。ええやん。魔女タク乗ったんか。拘りの魔女服に美人の魔女さん。そして見えそうで見えない裾の中……。くぅ~! 堪らんで!」

 シーカーは風でヒラヒラと揺れる魔女さんのスカートを思い浮かべニヤニヤとしています。「んで王様と……何やって?」

「死合うて来た」

「ハア!?」

 これにはシーカーだけではなく、姐さんも驚きを隠せませんでした。

「アレは中々の剣豪じゃな。もう少しで──」

「こんの──ドアホ!」

 シーカーの怒声がじじいの言葉を遮ります。

「ココの王さんはなぁ! 天下五剣っちゅーどえらい剣豪やねんぞ! A級の勇者がパーティで挑んでも負けたバケモンや! 何一人で戦って生きて帰って来とんねん! 超獣の生まれ変わりかっちゅーねん!」

「そこまで褒めれると照れてしまうわい」

「褒めとるかい! いや……凄いのは凄いんやけども!

 せや! 追手はどうしたんや追手は! 王さん襲ったんやさかい、そりゃーもう厳重な検問が敷かれとるやろ!」

「そう思うて街を暫くウロウロしておったのじゃが、追手はおろか手配さえ回っておらなんだ。解せぬ」

 じじいの顔には「暴れたりませんでした」とハッキリと書かれていました。

「は? そりゃどういう事や……? 第一級の犯罪者やろこのじいさん……」

「恐らく、陛下のめいでしょうね」

 眼鏡をキラリと光らせた姐さんが状況を推測します。

「おじいさんは陛下と戦える程の強さです。そんな相手に捜査や追手を差し向ければいたずらに被害が増えるばかりです。一軍を以て取り囲むならいざ知らず、薄く広くなってしまうやり方は避けたい所です。どうせ犯人の目的は分かっているのですから、万全の態勢で待ち構えるのが最も被害を抑えられる方法だと、私は考えます」

「なるほどのう」

「もう一歩踏み込んで陛下の心情を推察するなら、近衛も引き下がらせておじいさんを一対一で迎え撃つ。これが最善と考えていらっしゃる事でしょう」

「あー……せやな。王さんくらい強けりゃそれが一番かもしれんなあ」

「それならそれで良し。儂も望むところじゃ。先程の一戦は途中で謎の爆発に邪魔されてしまってのう。アレが多分魔法とかいうやつじゃろ? 凄まじい威力でのう。屋敷が半分ほど消し飛んでおったわ。流石にあの王様を相手にしながら姿の見えぬ魔法使いを相手にするのは無茶が過ぎるのでな、こうして逃げて来たわけじゃ」

「あの大きな邸宅を半分も……そんな強力な魔法が使える魔術士といったら……」

「せやろなあ……」

 その人物に姐さんとシーカーは思い当たる節があるようでした。

 その時でした──。

 室内に居た三人はほぼ同時に机の影に身を隠しました。

 そしてその一瞬後──

 ドカーン!

 と豪快な爆発音と共に部屋のドアがブッ飛びました!

 ヒュルヒュルと回転しながら飛ぶ金属製のドアが、部屋の入口の直線上にある姐さんの机に激突。けたたましい金属音を室内に撒き散らしました。

 ひしゃげたドアとは違い、見た目の簡素さとは裏腹に机には激突の際の傷が付いただけでビクともしていません。S級用の部屋に置いてあるだけの事はあるという事でしょう。

 もうもうと立ち込める煙の向こう側に少し小柄な人影が確認出来ました。

 鍵も掛かっていないドアをいきなり魔法でぶっ壊してくる頭のおかしい人物が、声高らかに宣言しました。はなからこの程度でどうにかなる奴などここには居ないと知っているかの様でした。

「あーっはっはっはっはっはー! 話は聞かせてもらったぞ!」

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