二章 ②
王邸を襲撃してから間もなく、じじいは人目を避ける様に細い路地ばかりを選んで歩いていました。大都市でありながらも人気が殆どない、建物の隙間を一応道にしておいたといった風情の裏も裏の路地。追手の気配があれば直ぐにでも分かります。
直ぐにでも追ってが掛かるじゃろうと期待して周囲の気配を探っていましたが、引っ掛かるのは非合法の輩ばかり。妙齢の婦人を
それら全てをじじいは「少し小遣い稼ぎでもしておくとしようか」と言ってボコボコにした挙句、金目の物を全て強奪していきました。何ならそのままゴロツキ達の事務所まで押し掛けて荒稼ぎしていました。
そうやって王都の平均年収分ほどを稼いだところで空腹を覚えたので、時計に目を遣ると針は丁度十二時を指していました。
(アラビア数字で一周十二時間の時計……か。随分と分かり易くて助かるが、まるでまだ日本に居るみたいじゃな。何故か皆日本語が通じるしのう……。それともそう見え、聞こえる魔法でも掛けられておるのじゃろうか? まあ何でも良いか)
何せここは異世界じゃからな!
さもありなん。とじじいは自己完結していました。
その辺の事情にはさして興味がないようでした。
腹が減っては戦は出来ぬと、早速じじいはまだ意識のあったゴロツキを一人捕まえると食事が出来る場所を聞き出します。
「安くて美味い店が良いのう」というじじいの要望に応え、ゴロツキは王都でも評判の店を紹介しました。場所から何から嘘偽りなく伝えました。早くじじいに立ち去ってもらいたい一心でもあり、嘘を教えてまた来られたら堪らないという恐怖心からでもありました。
じじいは教えられた通りに店を訪ね、満足いく食事を済ませると店主に尋ねます。
「ここらで腕っ節の強いのが集まっているような場所はありますかのう?」
「ん? あーそれなら、冒険者組合にでも行けばいいと思いますよ。あそこなら大体何でも引き受けてくれますから。良かったらタクシー呼びましょうか?」
「おお。それは助かりますわい。御親切にどうもありがとうございます」
「いえいえ。それじゃ少し待ってて下さい」
そう言って奥に引っ込んだ店主が何処かに連絡を入れて直ぐに戻って来ました。
「直ぐ行けるそうですので、お店の前で待っていてください」
じじいは会計とは別に少し多めに包んだ
すると店主の言った通り、直ぐにソレと思しき人が空から現れました。
「お待たせ致しましたー! 魔女タク(株)をご利用いただきありがとうございまーす!」
そう言って空飛ぶバイク──の様な物。タイヤはなく浮いており、客席と思しき後部座席は、落下防止でしょう。透明なシールドの様な物で覆われている──から降りて来たのは、名前に違わず見るからに魔女! といった風情の若い女性でした。
黒のトンガリ帽子に黒のローブ。古式ゆかしき魔女スタイルです。
車ではないだろうとは予想していましたが、まさかコスプレタクシーが来るとはじじいにも想定外でした。
目をパチクリさせて呆気に取られているじじいにも笑顔を絶やす事なく、運転手の魔女さんは愛想良く接します。
「あ! 魔女タクは初めてですか? 皆さん驚かれますよねー。御安心下さい! こう見えて私、エリート魔女ですから!」
日々の練習の成果が窺える、ビシっとしたポーズをバッチリ決めています。
思わず拍手をしながら感心するじじい。完全に楽しんでいます。
「さ。どうぞこちらへ」
魔女さんに促されるままじじいは後部座席に乗り込み、クロスになったシートベルトでしっかりと身体を固定します。安全対策はバッチリですね。
「行先は冒険者組合と窺ってますが、お間違いないでしょうか?」
「うむ。宜しく頼みますぞ」
「はい! 任されました!」
魔女さんが改めてじじいのシートベルトがロックされている事を、自分の手と運転席についているランプで確認すると、空飛ぶ魔導バイク──商品名BH(ブルーム・ホーク)201GX──を起動させます。
ふわりと高く浮き上がったBHからは王都の街並みが一望できます。
「おお! 壮観じゃのう!」
「それでは出発します!」
魔女さんはじじいに声を掛けると、魔導バイクを発進させます。
静かに、滑らかに、その見事なまでの流れる様な加速に、じじいのテンションも上がりっ放しです。
不思議なのは、吹き曝しの運転席に居る魔女さんの、何処にも固定されていないトンガリ帽子がピタリと貼り付いたように飛んで行かない事と、風を受けてバタバタとはためくローブの裾が一向に捲れる気配がない事です。
BHで空の旅を楽しんだのも束の間、僅か十分ほどで目的地上空に到着しました。流石、障害物のない空中移動は速いです。
これまた静かに着地させると、魔女さんがベルトのロックを外してじじいが降りるのを手伝います。
じじいはこれまた気前良く、魔女さんにチップを弾んで清算を済ませました。
魔女さんは名刺をそっとじじいに手渡すと、
「それではまたのご指名お待ちしてます! お気を付けて!」
とてもいい笑顔で手を振りながら、颯爽と次の現場へと向かって行きました。
じじいもそれを笑顔で手を振って見送り、魔女タクの姿が見えなくなった所で振り返ります。そこには『冒険者組合ピース王国支部本店』と刻まれた石の看板が、入り口の門に掲げられていました。
「いらっしゃいませ! 御用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
解放的な吹き抜けの玄関ホールに踏み入ると、受付のお姉さんがじじいに声を掛けてきました。
「腕の立つ者を探しに来たのじゃが、良い人はおるかの?」
「ご依頼ですね! それでしたら正面左手の一番の受付へどうぞ! 先に冒険者の方を確認したい場合は、右手通路奥の五番の部屋へどうぞ!」
ハキハキと淀みなく喋る受付のお姉さん。実に手慣れた様子です。
「おお。そうですか。ありがとう。先に冒険者の方々に挨拶させて貰うとしようかの」
そう言って、依頼を探す冒険者達がたむろする五番の部屋へと向かうじじいを、お姉さんは温かい目で見送りました。この後、このじじいが巻き起こす事態など知る由もありませんでした。
ウィィ……ン。
と静かに開いた自動ドアを通り、五番部屋に入ったじじいの視界に飛び込んで来たのは、一見すると解放的なカフェの様な空間でした。
間隔の広く取られた四人掛けのテーブルが二十ほどはあるでしょうか。殆どが埋まっています。それぞれのテーブルの間に壁や仕切りなどはなく、部屋全体が見渡せる様になっています。
部屋の奥の方に小さなカウンターが一つあり、そこで組合の職員と思しき女性──受付のお姉さんと同じ服装。おそらく制服──が一人黙々と何か作業をしています。
それとは別に調理スペースなども見受けられ、各テーブルには注文したのであろう軽食や飲み物が置かれています。それらを摘みながら、テーブル毎に何やら画面を見ながら真剣な面持ちで話し合いをしている様子が見て取れます。
空間自体はとってもお洒落な雰囲気ですが、そこに居る人達が放つ空気は堅気のそれではありません。どう見ても荒事を生業としている人種の集まりでした。
そんな荒んだ空間に一切物怖じする事無く、じじいはスイスイと奥のカウンターへと向かって歩いて行きます。目端の利く者は、じじいの行動に注視していました。
「あー、お仕事中すみませんのう」
「……どうかしましたか?」
キリっとした目付きの知的な雰囲気を纏う女性が顔を上げ、少し面倒そうにじじいに応対します。
「ここに腕の立つ御仁達がおると聞いて来たのじゃが、どちらに御出でかな?」
「……? それならそこらに居る連中に声を掛けて下さい。この部屋の野郎共は魔獣、害獣を専門に狩ってる奴らですから、まあまあ使えますよ」
入り口の受付とは違い、随分と態度の悪い職員です。応対する連中が連中なので、舐められないためには仕方がないのかも知れません。
「魔獣と害獣は何が違うんですかの?」
「それは──」
少しスイッチを切り替えた女職員が、真面目にじじいに説明をしようとしたところで、割って入る声がありました。
「おいおいおい! じいさんよぅ! そんな事も知らねぇでここに来たのか! ここはなあ! それはもう、凶悪、狂暴な魔獣共と日夜命懸けの戦いを繰り広げてる猛者ばかりよ! 魔獣と害獣の区別もつかねぇような
筋骨隆々、身の丈は二メートルにも及ぼうかというスキンヘッドの巨漢がじじいを見下ろしながら怒鳴り散らしていました。
「お主程度が命を懸けて倒せるなら、魔獣とやらも大した事はなさそうじゃの」
じじいは巨漢を一瞥するだけで興味を失くした様で、女職員に向き直ります。
「おい! じじい! 今何つった!」
ガシっと巨漢がじじいの肩を掴んだと思った瞬間、巨漢の腕が
その光景を見た冒険者達の反応は大きく二つ。
じじいが何をしたのか分からないという事に恐れを抱いた者。
もう一つは何をしたのか分からないが、御同輩に手を出されちゃ黙っていられねぇな! という彼我の実力差を計れないヤンチャな者たちです。
多くは後者でした。比率としては一対九といったところでしょう。
一斉に立ち上がった冒険者達は、既に臨戦態勢です。この辺りの切替の早さは流石と言って良いでしょう。武器を持ち出さないくらいの冷静さも持ち合わせています。
「わりぃがじいさん。マルトーさんをやられちゃこっちもタダで黙ってるわけには行かねぇんだわ。少々痛い目を見て貰うぜ!」
そう言って一人目がじじいに殴り掛かったのを契機に、他のいきり立った冒険者達も一斉にじじいへと襲い掛かりました。
女職員はそんな冒険者達を止める素振りもなく、興味無さそうにまた仕事に戻っていますし、残った一割も「あ~あ、止めときゃいいのに」といった面持ちで、成り行きを見守っていました。
襲い掛かった五十人近くの冒険者達が全てのされるまでに掛った時間は、十分にも満たないものでした。
静かになったのを見計らって、女職員が顔を上げ何事もなかったかの様に話始めます。
「魔獣というのはですね、転生者の魂が宿った人外の総称です。獣と名付けていますが、虫もいますし植物なんかもいます。人に害を及ぼすのが獣が一番多いので魔獣と呼んでいます」
「ほうほう。人間以外にも転生するのじゃな」
二人とも山と積み上げられた
「ええ。と言うより人間に転生した生まれつきの魔人はとても稀です。転生者の魂はこの星のありとあらゆる生命に宿ります。つまり、その殆どは植物か微生物、あるいは虫とかですね。そう言ったモノに転生する事になります。転生者に共通している点は二つ。一つは神から与えられた固有の能力、ギフトです。そしてもう一つが、生涯で一度だけ、人を食べる事で対象の記憶や経験、姿形の全てを獲得する事が出来ます。食べると言ってもアレですよ。肉から骨からむしゃむしゃ食べる訳じゃないですのでご心配なく。肉体の一部とその魂を食べるそうです。現存する魔人はこの人を食った『成り上がり』が多くを占めています。また『成り上がり』の魔人はその性質上、強いギフトを持っている事が多いですね。
それと、最近では私達の様な現地人を『
スラスラと女職員が魔獣から魔人についてまで解説してくれました。
その解説に何かどこかで聞いた気がするのうと、じじいは既視感を覚えていました。それもそのはず、実はケインが最初にその辺の話も全部していたのです。じじいが大半を聞き流していたせいで覚えていなかっただけでした。
「害獣は魔獣とは違い、文字通りの獣です。ただ、この
「ほほう。それは実に面白そうな相手じゃのう! 因みに、その超獣とやらが街を襲ったりした時は誰が相手をするのじゃ? 軍隊が総出で掛かるのかの?」
「軍隊では
と、これまた淀みなく答えます。
「サクヤ様とはそれ程の強さという事ですかのう?」
「多分おじいさんが期待している強さとは違うと思いますよ」
流石多くの冒険者を見て来ただけはあります。じじいの本質が脳筋馬鹿だと既に見抜いていました。ここに来たのも、依頼ではなく好敵手探しであろう事も含めて。
「と言いますと?」
「サクヤ様の強さはギフトに依るものです。普通の魔人であればギフトは奥の手ですから秘しておくのが常道ですが、真に強力なギフトを持つ魔人の方は敢えて自らのギフトを公にされています。この世界を支配する魔王の方々などがその代表例でしょう」
「なるほどのう。抑止力という訳じゃな」
「ええ。その通りです。中でもサクヤ様のギフトは強いというより、理不尽と言える物でして……、ギフト名は『私の世界にあなたは要らない』。
サクヤ様に悪意、害意、敵意を向けると死にます。防ぐ方法はありません。
サクヤ様に悪意、害意、敵意を向けられると死にます。防ぐ方法はありません。
効果を及ぼす範囲に制限はない様です。他の銀河か宇宙まで逃げれば可能性はあるかもしれませんが。
あと面白い事に、過去には不死身のギフトを持つ魔人でさえ死んだそうですよ」
「おお……それはまた……凄まじいのう……」
「最恐の魔王と、他国では恐れられるのも分かります」
「この国……いや。帝国では怖がられておらんと?」
「ええ。むしろとても可愛らしいお方で……。私もサクヤ様の公認ファンクラブの会員に入っているくらいです。ああ……っ! サクヤ様っ!」
「おお……そうなのじゃな……」
ついさっきまで知性の塊の様だった女職員は、サクヤの姿を脳内で再生して「ハアハア」と恍惚の笑みを浮かべていました。人の趣味は自由ですが、傍から見れば完全に危ない人です。
「まあ何じゃ……。そのサクヤ様というのは確かに儂が求める強者とは違う様じゃな。お嬢さんは見る目もある様じゃし、お薦めの相手を紹介して貰えんかのう?」
「ん~……そうですねぇ……」
女職員はじっとじじいを見た後、「う~ん」と頭を捻ります。
「一対一でという事でしたら、今組合に来ている方々では駄目でしょうね」
じじいの実力をかなり高めに評価しての判断でした。
「ですが……そうですね……。取り敢えず最上階目指して全員ブチのめして行けば多少は満足出来るのではないかと思いますよ」
サラリととんでもない提案をしてきます。
「そうか……。まあ偶にはそういうのも良いじゃろう」
「ではコチラを」
そう言って一枚のパスケースに入ったカードを手渡します。
「上階に上がるためのゲストパスです。最上階まで上がれる特別仕様ですよ。有効期限は今日までです。お帰りの際は職員の方にご返却くださいね」
「ふむ。有難くお借りするとしよう」
じじいはパスケースを首から下げ、邪魔にならない様に服の中に突っ込んでおきます。
「あ、そうだ! おじいさん。冒険者登録、いかがですか? 便利な機能や保険が完備されていますよ」
「ん? 不要じゃ!」
じじいは部屋を後にすると、意気揚々と二階へと上がって行きました。
「良かったんですか? 上に行かせて」
成り行きを見守っていただけの冒険者が女職員に声を掛けます。
「じゃあ、あなたがあのおじいさんの相手をしてくれますか?」
と問われると、「ははは。死んでも嫌です」と即答していました。
「でしょう?」
フフっと昏い笑みを浮かべ、
「偶には上の連中も私達の苦労を知ればいいんですよ。フフフフフ……」
本音がついつい漏れ出てしまっていました。
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