これが俺の推し活だ!

@chauchau

たとえ負けても、俺の勝ち!!


 ヒーロー飽和社会。

 ワイドショーでなんとかっていう偉い学会の先生がこの言葉を使って以来、毎日のように耳にするようになった。


「がんばれぇぇ!!」


 世界に突如として開いた異界の扉。物語のなかでしか語られなかった異形の怪物が、人類に牙をむく。

 それに呼応するように、超能力を宿した人間が生まれるようになった。漫画のヒーローは、国家資格の立派な御勤め人となった。

 五年、十年、二十年……、五十年と経って超常現象は日常へと飲み込まれてしまう。誰もがパニックに陥った怪物の登場も、いまでは交通網が少し乱れるとボヤく程度の面倒へと成り下がっていった。


 命を懸けるヒーローの戦いが、見世物へと変わる。

 給料を求めて我先にと怪物を倒そうと同業者と争っている。


 そうなれば、ヒーローなんてのは人気商売だ。

 出動するだけで黄色い声援があがる。苦戦するフリをすれば子供達が必死になって応援を飛ばしてくれる。


 まあ。


「終わりましたよ? 撤収しないんですか?」


 底辺ヒーローには関係のない話だけどな。


「……勝利の余韻に浸りたくてね」


「あなたは何も活躍してないじゃないですか。いつも通り、誰よりも先にやってきて、誰よりも先にやられただけでしょ」


 二年前にデビューした後輩の視線が痛い。

 きっと彼の能力は視線を物理攻撃に替える力に違いない。


「こんなところで寝てたら警察に怒られますよ。もしかして、動きたくても動けないんですか?」


 二足歩行の鰐みたいな怪物の尾で弾かれ、建物に背中から激突しただけだ。動けなくなるほど柔じゃない。骨が数本逝っただけだ。


「俺のサインを欲しがるちびっこが来、」


「寝言は寝てから言ってください。仕方ないなぁ、事務所まで運んであげますよ」


 誰よりも早く駆けつけて、誰よりも早く負けて。

 後輩にため息をつかれながら背負われて撤収する。


 見られたくないと嘆く必要はない。誰も、俺のことなんて見ていないから。

 怪物にトドメを刺した若手ヒーローにみんなは釘付けだ。アイドル顔負けの甘いマスクをした青年が、ド派手に電気を操って怪物と戦った。それは、もう人気が出ること間違いなしだ。


「こんなこと言いたくないんですけどね」


「言いたくないことは、言わなくても」


「引退したほうが良いですよ」


「……、悪い冗談」


「至って真面目な提案です」


 二回続けて言葉尻を喰われた。

 最近の若者は我慢という言葉を知らないらしい。事務所の所長を見習うべきだ。彼女は立場に見合う我慢強さを持ち合わせている。


「所長が、今月で契約を切ろうって話してましたよ」


 これだから現場に来なくなった連中はいけない。

 いつだって分かり易い成果しか追い求めないんだ。所長も平社員のころは同じように現場を駆けずり回ったというのに。


「僕が子供の頃からずっとヒーローしている先輩がクビになる所なんか、僕としても見たくないんですよ。すっぱり自分から辞めたほうが良いですって」


 彼が入社して二年経った。

 青い背中だと思った。キラキラした瞳が、若いなと苦笑したのを覚えている。


 背負われて、

 諭されて、


「……嫌な役目をさせてしまったか」


「……、そういうのじゃ、……ないですけど」


 ヒーロー派遣会社に所属すれば、毎月決まった給料が手に入る。

 怪物を退治しなくても、月給は保証される。だが、支払われる月給は、怪物を退治した報酬が国から会社に払われることで賄われている。

 怪物を退治していない俺が金をもらえるのは、別の誰かが退治してくれているから。この一年で俺が退治した怪物の数は……、ゼロだ。


「お世話になりました」


「寂しくなります。あなたには……、入社した時から世話になったから……、辞めても元気でね」


「所長も、お元気で。最後までご迷惑をおかけしました」


 所長の手を握る。

 彼女が入社してきた日のことも覚えている。最初の挨拶で、噛んだんだ。周りが笑うから、小さい縮こまってしまっていた。大学の頃から付き合っていた彼氏と喧嘩するたびに愚痴だって聞いてやった。結婚式のスピーチは……、当時の所長がやったけどな。


「……、どうしても事務員としてでも残らない?」


「御気持ちだけいただいておきます」


 まとめる荷物だって少ないもんだ。

 俺は……、俺のヒーロー衣装は、シンプルだったからな。最近流行りの、機械仕掛けの補助アイテムなんて必要じゃない。……、使いこなせない。


 馴染みの連中に挨拶をして、会社を出る。

 勤労三十五年。本日をもって。

 勤め続けた会社を、退職した。


 ※※※


「ンでクビっすか! 世知辛いっすね!! まじハンパねえ!」


「事務員として残る道を断ったのはこちらですからね。退職金も準備してくれたんだ。むしろ感謝しかないですよ」


「ちょ、ちょちょ、タメ口でオッケっすよ! おれ、そういうのノリで行くタチなんで! まじハンパねえ!」


 一年もの間成果を上げていない無能社員に、三十五年勤労を続けたというだけで充分な退職金をくれた会社をどうして恨めようか。

 そもそも成果をあげていないのはこの一年だけの話じゃない。そもそもが、うだつの上がらないヒーローだった。


「五十超えてるおっさんがコンビニバイトとか来たときはまじハンパねえって思ったっすけど、まじハンパねえ!」


「筋肉は、まだ負けていないつもりですよ」


「ちょー! ありがてえっす!! 重ぇ荷物とかまじハンパねえっすからね! 段ボール三個運ぶとかまじハンパねえ! おっさん最高じゃん!! うぃぃぃ!!」


 最近の若者、でくくってはいけない程度にはバイト仲間の青年が個性的なことは理解している。

 タイミングとしておかしいとは思うが、差し出された拳を無視するわけにもいかず、こつんと合わせてはみる。

 深夜のコンビニで、店には俺と彼しかいなくて助かった。おそらくだが、彼は客の目があってもやる男だろう。


「てか、今の話で思い出したんすけど、おっさんはあれっしょ? テレフォンパンチしか出来ないあのまじハンパねえヒーローっしょ?」


 筋肉の増強。

 俺の能力は単純だ。それだけしかできない。


 空も飛べない。ビームも出せない。火も電気も水も操れない。

 ただ頑丈な身体で、強い筋肉で殴るしかできない。


 若い頃は充分だった。

 それで充分だと思っていた。


「ちょ、おれぇ! おっさんにまじハンパねえ言いたいことあるんすけど、良いっすか!!」


「はぁ? なんでしょう」


「まじハンパねえ感謝っすわァ!!」


 商品を陳列していた手がとまる。

 思わず見上げて先には、変顔をしている青年。それは、感謝を言うときの顔としては間違っているんじゃないのか?


「おれぇ、ヒーローとかまじハンパねえ好きでぇ! 知ってんすよぉ、おっさんってぇどこの現場でもだいたい一番目に来て負けてっしょ」


「そうだね」


「まじハンパねえ感謝しかねえっすわ!!」


「う、うん?」


 負けて感謝されるとはこれいかに。

 もしかして、好きなヒーローの前座として思われているのだろうか。いつだったか、人気急上昇中のヒーローに御ぜん立てご苦労さんと言われたことがあった。あの時は、まだ平社員時代で現場に顔を出していた所長がキレて暴れたせいで大事になった。


「だって、そうっしょ? おっさんがまじハンパねえ速さで来るから、街にも人にも被害出てねえってことっしょ? まじハンパねえっしょ!」


 ヒーローに求められるのは怪物を退治することだ。

 物語のように人助けがヒーローの役目じゃない。ヒーローとは超能力を用いて怪物を退治する仕事に従事する人間の総称だ。


 だから。

 怪物を退治しない俺は、ヒーローなんかじゃない。


「俺は……」


「まじハンパねえんすけどぉ! ぶっちゃけ俺も現場にいたときあったつーかぁ、まじハンパねえ怖かったんすけど、おっさんが来たときまじハンパねえ安心したっていうか、もう、テンションアゲアゲって感じっすわぁ!」


「人が安心してくれると嬉しかった……、ほっとしてくれると安心したんだ……、だから」


「まじハンパねえ推し活っすね!」


「推し活?」


 言葉は聞いたことがある。

 だが、あれは。


「それは、普通、一般の人がヒーローに対して行うことなんじゃないんですか?」


「ええ? まじハンパねえ関係ねぇっしょ」


 関係ないことはないはずだ。

 使わない言葉ではあるが、推しとは自分が好きな対象のことだろう。自分が好きな相手のために金や時間をつかったりする行動だったんじゃないのか。


「ヒーローがぁ、一般人のこと好きで守りたいってのもぉ、まじハンパねえ推し活っしょ!」


「……そう、なのか?」


「ぶっちゃけ知らねぇっすけどぉ、おれ的にはぁ、まじハンパねえ推し活に一票っすね! つか、おっさんはあれっしょ? バイトの契約がぁ、ヒーロー活動途中抜けありありなやつっしょ?」


「え、ええ、まあ」


 その代わりに時給は最低賃金で固定される。

 そもそもが会社に所属せず、個人でヒーローを行うものを援助するための制度だが、今日日使用しているものはほとんどいない。

 今回の採用に於いても、俺が余計なことを言いだしたせいで店長にはいらない苦労をかけてしまった。


「やっぱ推し活じゃぁん! まじハンパねえよ! 会社辞めてもヒーロー辞めれないとか! そういうやめられないとめられないが推し活っしょ!」


「推し活……」


「良いじゃん、良いじゃん、最高じゃん! まじハンパねえ最高じゃん!! 推しが居る生活とかテンションマックスまじビンビンじゃん!!」


 俺の推しは、一般人?

 ずっと行っていたことは、推し活?


 ヒーローとして、一般人に推されるんじゃなくて。

 ヒーローとして、一般人を推していく?


「ふ、ふふ……、な、なんだ、それは……」


「お? お? お? まじハンパねえ! おっさん、やっと笑うとか良いじゃん! アゲアゲっすかぁ?」


「はははっ! そうか、そうかもしれない! ああ、そうだとも推し活だ。俺のヒーロー活動は、推し活だ!!」


 拳を突き出す。

 ニカッと笑う青年が、拳を合わせてくれる。


「きっとすぐに負けるけど、俺は、勝てないかもしれないけど」


「まじハンパねえよ! 負けると分かって戦うとかクールすぎっしょ! てかぁ、見返りを求めないのが推し活っつーかぁ! 勝てる勝てないとか関係ないっしょ?」


 見返りは求めない、か。

 会社勤めでは絶対に口にしてはいけない言葉だ。


 生きている以上は、金が要る。

 誰だってまずは自分を守ることで精いっぱいなんだ。


 冴えないおっさんの一人暮らしだ。

 元々貯金はしてきた。退職金だってある。バイトも、掛け持ちしよう。もっと、もっと頑張るんだ。

 なに、しんどいだろうが関係ない。


 だって。


「すまないが、少し抜けさせてもらえるかい」


 轟音が鳴り響いた。

 どこかで、誰かが。困っている。

 違う。誰かじゃない。


 俺の推しが!


「推し活をしてくる!!」


「まじハンパねえ!!」


 推しの居る生活ほど、潤いのあるものはないんだから。


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