推し活代理戦争

名苗瑞輝

推し活代理戦争

 幻影魔法。

 それは名前の通り、実際には存在しないものがあたかもその場に存在するかのように見せかけるような魔法全般を指し示す。主に相手の不意を突く為に用いる魔法。それがこの世界での認識だった。

 あるとき、一人の魔術師が災害級の巨竜を打ち倒した。瞬く間にその魔術師は勇者として祭り上げられたのだが、その姿を公に晒すことはなかった。

 その代わり世間の矢面に立ったのは魔術師が作り上げた幻影。人の形をしたそれは、艶やかな桃色の髪を肩程まで伸ばし、大きく見開いた瑠璃色の目で人々を見据え、絹のようにきめ細やかな肌、ほどよく肉付いた女性的な体躯を少し露出した衣装で包み、薄ピンクの唇からは甘えるような猫なで声を漏らしていた。

 彼女は自信のことをこう呼んだ。

 幻影バーチャル勇者アイドル──。


 こうして世は幻影勇者ブームとなった。幻影魔法を使える者は自らの身を幻影で包み隠し、偽りの姿で偽りの名を名乗った。

 そうでない者は幻影勇者を推す事を始めた。幻影勇者を単に支持するに留まらず、幻影勇者に由来する装備品を身に包んだり、幻影勇者の冒険を見学したり、場合によってはともに冒険することもあった。

 特に同じパーティーとして冒険することに価値が見いだされているのだが、パーティーの規模にも限度がある。そこでスペシャル・パーティー・チャンス、略してスパチャを金銭により得る行為が横行していた。


 このような支持者たちは、どの幻影勇者を支持するかによって名前が付けられるようになった。

 例えばアンデッド退治を得意とする幻影勇者の支持者は信者、海上での活動を主とする幻影勇者の支持者は船員マリナーといったものだ。

 信者とはよく言ったもので、支持者たちは自らが推す幻影勇者の素晴らしさを広めようと布教活動も頻繁に行っていた。

 しかし、この現世に生きる人間には限りがある。もちろんすべての人間が幻影勇者に価値を見いだしているわけでもない。よって必然的にパイの奪い合いとなるこの布教活動は、時が経つにつれて過激化していったのである。

 やがて過激化した布教活動は、支持者同士による大規模な争いへと発展していく。

 後の世ではこれをこう呼んだ。推し活代理戦争と。


 この日も二つの勢力が争っていた。

 まるで天使のように高潔な少女の姿をした幻影勇者チェリーの支持者、チェリーの使徒チェリスト。対するは小悪魔系の黒装束が印象的な幻影勇者エビルを支持する|ライバー。

「チェリーの前ではすべての幻影勇者はごみだと言うことが何故解らん!」

「そうやって他の幻影勇者を見下すことしか出来ないのか!」

 ここに二人の支持者が弁を交えていた。

 他の幻影勇者をいやしめるチェリストの男に対し、ライバーの男は怒りを露わにする。しかしチェリストはライバーの発した言葉に対し冷静に言い返す。

「この戦いに身を投じる者が言うことか」

「だから世間にライバーの心のあり方を見せようとしている」

「無理だ、客観的に見れば判る」

「覚悟を言ったまでだ」

 こうして二人の口論は続いていく。

 やがて二人の側にはそれぞれが支持する幻影勇者の姿が現れる。しかしそれはではなく、幻影の幻影であった。

 二人は幻影の幻影の姿をもってして魅力を語り始めた。

「エビル様の悪魔的チャーミングさは伊達ではない」

「幻影勇者は支持者のエロい目線を飲み込めやしない。しかしチェリーは温かく、安心を与えてくれる」

「エロだろ、それも!」

「いや、チェリーは俺たちのママになってくれる可能性を秘めている」

「お母さん……? チェリーが……?」


 その言葉にライバーは動きを止めた。その視線の先はチェリーの幻影。

 やがてその目に涙を浮かべ、彼はぽつりと口にした。


「ま、ママ……」


 チェリストの男はライバー男に手を差し伸べる。男は差し伸べられた手を取り、二人は何も言わず握手した。

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推し活代理戦争 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

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