私の毎日を輝きに満たしたあなた

クララ

私の毎日を輝きに満たしたあなた

 聞いて欲しいことがあるというので、久々に後輩のマチ子と飲みに行った。待ち合わせ場所のバーに現れた彼女は以前よりも血色がよく、効果的なライトのせいなのか、瞳がキラキラと輝いて見えた。


「元気そうね。なんか潤いがあるというか」

「やだあ、先輩、わかります?」

「そりゃあ、まあ……」

「やっぱり愛ある生活って違いますよね」

「へ?」


 なんとも嬉しげにマチ子はカクテルを飲み干した。私は驚きを隠して微笑む。内心焦り気味だ。いつからなの? 聞いていない。そうかこれが今日の……と納得。ああ、マチ子にもついに新しい彼氏……。


 マチ子が二杯目をお代わりする。美味しそうに一口飲み、それを皮切りに怒涛の愛の物語がスタート。これでもかというほどに、彼女の溢れる愛のあれこれが飛び出した。ここしばらく、顔を合わせれば二人して愚痴ばかりだった。癒しが欲しい潤いが欲しいと手を握り合ったものだ。そんな彼女の吉報。うんうん、と聞いていた私だったけれど……。え?


 その相手は新しい彼氏ではなく、いや、心の彼氏なのか、う〜ん、何かとややこしいが、そう、推しだ。推し愛。推し……愛……。いいのか、マチ子よ、と一瞬憂いが脳裏を横切ったけれど、兎にも角にも健気なマチ子が喜ばしいことは間違いない。

 私は後輩の純愛をとことん後押しする決心をした。しかし熱いな。……重いのか、ううん、これが愛なんだ。ふーん、へえ、と相槌を打っていたら、ぎょっとするほどの行為も飛び出し。


「待って! それ大丈夫なの? 一歩間違っ」

「愛ですよ、愛。私の愛の大きさなんです」


 その後も弾丸のごとく打ち出され炸裂する推し愛、推し活。一通り聞き終えた時にはなんだか疲れていた。でもまあ、本人が幸せならそれでいい。何かと世知辛い世の中だ。なおかつ出世頭とも噂されるマチ子の仕事先はできる人材がしのぎを削る場所でもあり、疲れた心身に癒しは必須だろう。そんな中でこの輝きなのだ。推し活は大いに効果を発揮していると言える。


「で、先輩はどうなんです?」

「え? アタシ?」

「このあいだ言ってたじゃないですか。ついつい見ちゃうとか、グッズ買っちゃったとか」

「ああ、あれね」

「そう、それですよ」


 私の脳裏に浮かび上がる一つの影。思わず顔が緩む。マチ子に負けじとカクテルを飲み干した。新たにオーダーしつつ、マチ子に向き直ってニンマリと微笑む。


「なんかね、目で追っちゃうのよね。毎日見ないと落ち着かないというか」

「ですよねえ、わかります。二十四時間ガン見したい」

「……」


 酒に酔っているのか推しに酔っているのか、マチ子の瞳が一層の輝きをみせる。


「ふわっと柔らかブラウンで、胸元とかもね」

「え? 胸元……。毛深いんですね。って言うか、先輩、見。いやん、なかなか飛ばしてきますね」

「……」


 なにやらツッコミたがっている後輩を横目に私は思い巡らす。


「それでいて惚れ惚れするような筋肉」

「隠れ細マッチョですか?! やっぱり見たんですね、先輩!」

「……」


 そりゃあ見るでしょうと言えば、頬を赤らめるマチ子。やっぱり酔っているな。私はもじもじする彼女を半眼で見つめながら続ける。ここまでくれば私の想いだって止まらない。


「それでいてつぶらな瞳」

「実は可愛い系!」

「まあね。後ろ姿がいいのよ。お尻なんかこう」

「ストップ、ストップ! 先輩、声が大きいです。……先輩、結構マニアックだったんですね」

「……」


 微妙に何かが食い違っているような気もするが、まあ、いいだろう。私もわきおこる気持ちを語れて満足だ。

 

「でもわかります。あれもこれも見たくなりますよね」

「そうなの、それでついつい撮っちゃうのよね」

「……盗撮……」

「え?」

「いえ。本当、データは永遠に増えますね」

「それには同意」


 顔を見合わせてニッコリと微笑み合い、二人揃って目の前のグラスを飲み干しお代わりをオーダーする。こうして、互いの愛をさらに語りつつ、楽しい夜は更けていったのだ。


「ああ、可愛い! こっち、こっち向いて!」


 ダイニングルームの窓から見える裏庭に私の目は釘付けだ。ブラウンの毛はフサフサと。白いお尻がなんともキュート。黒曜石のようなあの瞳。黙って後ろ姿を見せていると思えば、次の瞬間には立ち上がりと見事なジャンプ。ああ、なんてしなやかな脚……。

 そう、脚! 引っ越した先は思ったよりも田舎で当初はため息の連続だったけれど、出会いがその鬱々とした日々を一変させた。私の毎日を鮮やかに塗り替えてくれた存在「うっさ」。

 

 ワイルドもワイルド、生粋の野生。出会って半年。ガラス一枚隔てて、私たちのもどかしい距離は縮まらない。その可愛さにどんなに悶えても届かない。それでも声がけせずにはいられない。熱い心の声を送り続けたいのだ。偶然にも視線が交錯すれば、その嬉しさたるや言葉には言い表せないほど。ああ、なんという癒し、潤い。それなのに、それなのに……気まぐれなのか、人知れず忙しいのか、姿が見えない日もあるわけで、「うっさ」によく似たブロンズの置物を買い求め、窓辺に飾って慰めにした。

 

 きっとこの先も関係は変わらない。言葉を交わすことも手を握ることも叶わないだろう。まさに高嶺の花。雲の上ならぬ、遠い芝上の存在。けれどいいのだ。いてくれるだけで、私の世界は途方もなく輝くのだから。

 さあ、白々と明けてきた空。これなら愛しのすべてを見逃すこともない。ちなみに、マチ子の中ではイケメン細マッチョ確定の「うっさ」だけれど、実は彼なのか彼女なのか定かではない。しかしそんなことは些細なこと。愛は性別など軽々と超えていくのだ。入待ちなのか、出待ちなのか。冷めた紅茶を片手に、今日も私は推し活に勤しむ。 

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