第49話 リーアンの歴史
「大変失礼致しました、
そう言って帝は小春の前に両膝を付いて頭を下げた。
「どうなさったのですか?」
小春は突然の出来事に驚き椅子から立ち上がった。
「頭を上げて下さい、私は一国の帝様に頭を下げられるような人間では御座いません。」
「いえ、御使いさまは先程『日本国』より参られたと申されました、私どものリーアンの歴史は日本国の加護を受けて繁栄してまいりました。」
「とりあえず頭を上げて下さい、これではお話しもできませんので」
「恐縮です」
帝は頭を下げたまま三歩後ずさりして椅子に座った。
「詳しいお話しを聞かせてもらっていいでしょうか?」
それから帝はリーアンの歴史を語りだした。
「これは、リーアンに伝わる話しで代々の帝のみに口伝にて伝えられきた話でございます。これからお話しする内容は他言無用でお願いいたします。」
「わかりました。」
小春は魔王を見た。
「うむ、承知した」
「リーアンは建国しておおよそ千年が経ちます。それより前は大小の領地を持つ領主が治めておりましたが、戦が耐えませんでした。
山は焼け、野原は荒廃しどこも貧しい生活をしており、国土は疲弊し民も荒んでおりました。
そうしたある日、突然、太陽が消え夜が訪れました。民や大名たちはこの天変地異に驚きました。言い伝えによるとこの『
民や大名たちは神に祈りました。地の神、海の神、山の神とあらゆる神に日夜通して祈り続けました。そして祈りを始めて丁度七日後、闇が晴れたのです。
その光景はまるで天から光の雫が落ちてきて次第に広がり光が大地に染み渡るようにとても幻想的だったと聞いております。
そして、光が最初に滴った山に、
それから、ニッポンの技術を色々と伝えられました。稲作や味噌、醤油などはこの時にもたらされたそうです。
しかしながら、ハルさまは半月ほどで逝去されました。リーアンの水が合わなかったのか、次第に体力が落ち、やせ細っていかれ、床の中で『ニッポンに帰りたい』と何度も申されていたそうです。
それから二百年ほどは戦もなく平和でございました。しかしある時にリーアン全土で疫病が流行りました。疫病の力は凄まじくリーアンの人口の三分の二が死んだそうです。赤ん坊と年寄りの殆どが死んでしまいました。
私達はハル様が顕現された山を《絶えることのない恵みの山》の意を込め『
そして、この不尽の山に再び、御使い様が現れました。二度目の御使い様は男の方でした。御使様は『ハルオ』と名乗られました。それから疫病に苦しむ民たちに
その神薬の効力は素晴らしいもので、その日のうちにリーアンすべてから疫病が消えたと伝えられております。その後もハルオ様は数々の技術を教えくださりました。農機具や船、家屋の建築方法、井戸、怪我の治療法、いろいろな料理や薬の作り方などは全てハルオさまから授かりました。
ハルオさまは自分は『ニッポンの
そしてハルオ様は享年八十五歳で天寿を全うされました。ハルオ様が亡くなられたその日は陽の光がハルオ様の亡骸に滴り落ち光の粒となって天に召されたそうです。
それ以来、リーアンには災厄に見舞われること無く民達も平和に暮らしております。」
帝が話し終えると小春はお茶を飲み、しばらく考えた。
「あの」
小春が口を開いた。
「私が生まれた場所の名前も『御殿場』といいます、『富士山』のすぐ近くです」
「あぁ、
そう言うと帝は再度小春に平伏した。
「シェフよ、どういう事だ? 説明してくれぬか」
魔王が小春に説明を求めた。
「ん~、多分だけど、リーアンに来た『ハル』さんと『ハルオ』さんは私のご先祖さまだと思うの、私の家では長子には『春』って文字を使うことになってるみたいで、おじいちゃんが『
「御使い様方もそうおっしゃていたそうです。『もしかしたら子孫が来るやも知れぬゆえ優しく接して欲しい』と」
「でも、お父さんもお祖父ちゃんもコッチの事何も言ってなかったし。大昔のことだから、私が絶対、子孫だって言い切れないんだけどね。私が来た場所はテレスな訳だし」
「しかし、我の魔国にも『渡り人』の伝承はあるぞ」
「渡り人?」
「うむ、時と場所を超えて来たものをそう呼んでおる」
「てか、私がその『渡り人』だって知ってたの?」
「うむ」
「いつから?」
「我がプリマで働き始めたときから知っておるぞ」
「もしかして、他の皆んなも知ってるの?」
「ああ、全員知っておる、と言うか街の者も皆知っておるぞ」
「え~!」
「考えて見よ、ステンレスや蒸気機関、銀行、どう考えても渡り人しか思いつかんだろ」
「言われてみればそうなのかも……」
「アガシのオヤジはすぐに気づいておったぞ」
「皆んな言ってくれればいいのに~」
「言った所で何も変わらぬだろう」
「まぁ、そうなんだけどさ」
「御使様、この後のご予定は如何なされていますか?」
「えっと、プリマの出店依頼の詳細を詰めに来たんですが」
「御使様、私どもに敬語はおやめ下さい!」
「それは勘弁して下さい、一国の
「何を申されますか、リーアンの民は私も含め皆、御使様の下僕、御使様こそ天上におわす神と同格で御座います。」
「え~! それは言い過ぎと言うか…… じゃ、こうしましょ、私がタメ口で話すなら帝さまもタメ口でお願いします。」
「な! 何を申されますか! そのようなこと決して……」
「じゃ、帰ります、マー君、帰るよ」
そう言って小春はペロっと舌を出した。
「お! お待ちを! 御使様!」
「小春です」
「小春さま!」
「コ・ハ・ル!」
「こ、こは……る さま」
「マー君帰るよ~」
「ま、待って! こ、小春、お願い」
「おっけー、じゃお話しの続きしましょ」
「では、私のことも『
「わかったわ、
「わ、わかったわ」
小春はテレス王国国王、魔王国国王、リーアン帝国の帝この三カ国の国家元首とタメ口に話すようになった。
なっちゃったのだ。
「お茶も冷めてしまいましたね、夕餉の時間まで温泉でも如何かしら?」
「温泉あるの? 入りたい!」
「温泉とは何だ?」
「温泉ってのはね、自然に湧いた温かいお湯のお風呂よ、気持ちいいからマー君も行こ」
「うむ」
「
そう言って三人は温泉に向かった。
そこは皇宮から少し山手に上がった場所にある
露天風呂は石造りで、傍らには池があり鯉が泳いでいる。その奥には
「へぇ~、素敵ね、まるで日本みたいだよ。」
「そうなの? 私も日本に行ってみたいな」
帝は緊張がほぐれた顔で小春に話した
「あ、今の日本はこことは随分違うよ」
「どういう風に違うの?」
「人は空を飛んでるし、月にも行ってる」
「冗談言わないでよ、ハハハッ」
「ホントだって、他にも地面の下に列車が走ってるし、世界中のどんな場所にいる人とでもお話できるよ」
「どうやって?」
「夜空を見ると星があるでしょ? 人は星を作るようになったの」
「星を作る? にわかには信じられないなぁ」
「でも、本当だよ」
「服も着物は来てないね」
「何を着てるの?」
「洋服って言うんだけど着物よりもっと動きやすい服、現代の日本には洋服の方が生活しやすいの」
「へぇ~、ますます行ってみたくなっちゃった」
二人は小一時間ほど料理の話や恋の話、お菓子の話など仲良く話した。
「遅いぞ、二人とも、湯冷めしたではないか」
マー君がミニスカ浴衣で待っていた。
「ププッ、もっと大きな浴衣持ってこさせますね」
帝は侍女を呼び、浴衣を持ってこさせた。
「
「そうね」
三人は茶室で世間話をした。
しばらくして夕食の準備が整い三人は部屋に向かった。
献立は
先付け とこ
八寸 さわらの木の芽みそ
先吸 帆立しんじょ
向付
焼き物 さざえのつぼ焼き、軸三つ葉
煮物 鶏の
揚げ物 帆立すり身とふきのつと揚げ、ふきのとう、
蒸し物 白魚と炙り貝柱の飯蒸し金紙包み
酢の物 しゃこの
小鍋仕立て 白魚と菜の花の玉子とじ鍋、新玉葱、粉山椒
飯物
止椀 もずく汁、合わせ味噌仕立て、豆腐、焼き目
水菓子
「ふぅ~ お腹いっぱいだぁ、美味しかった~」
小春はお腹をさすりながら椅子の背もたれにもたれた。
「それは良かったわ、おそまつさま」
「うむ、たいへん趣向を凝らした料理であったな、シェフの料理とはまた違う素晴らしさがあった」
魔王は器を手にとり眺めた。
「だよね~、たまには和食もいいよね~」
「そうですね、私は小春のお店で食べた料理も好きですよ」
「また敬語になってる」
「小春の料理は、こう心が躍るの、『次は何が出てくるんだろう?』ってね」
「グラン・プリマはコース料理専門だけど、私はコース料理よりも、どちらかと言うと、大衆向けの料理が好きかなぁ。」
「そうなのか? グラン・プリマの料理は芸術だと思うが」
「コース料理ってさ、何ていうか作るの楽しいんだけど疲れちゃうんだよね、特別な料理って感じなのよ。今、プリマ一号店の二階は大衆向けコース料理を出してるでしょ?
街の人が家族の誕生日や記念日なんかの特別な日にご馳走を食べてもらうためにね。そういうのは好きなの。作ってて楽しいしお客様の笑顔が見えるからね。
でも、グラン・プリマってそうじゃないじゃない、お金持ちの為の料理って感じで、作ってて喜びよりも達成感が強いのよね。」
「そんな悩みがあったのだな、そう言えばアカデミーの生徒もコース料理の授業の要望が多いと言っていたな。」
「そうなのよね、二年生からはコース料理にしてるんだけど『もっと時間を増やして欲しい』ってね、でもこればっかりは基礎がしっかり出来てないとね~」
「もっともだな」
「小春ちゃん、お仕事大変そうね」
「苦じゃないのよ、ただ私に時間が足りないだけなの。アカデミーを誰かに任せられるとだいぶ私の時間がとれるんだけどね」
「マー君さん、がんばって小春ちゃんのフォローお願いします」
「うむ、言われなくてもそのつもりだ」
「そうだ、お店の出店の件だけど」
すっかり本題を忘れていた小春が言った。
「そうだったね、お話しが盛り上がっちゃって忘れるところだったわ」
「うむ、素晴らしい街に、素晴らしい料理、それに麗しき女帝だ、無理もない」
「あら、お上手ですこと、フフフッ」
帝は子どもっぽいがどこか妖艶な顔で笑った。
「お店は、都に一軒、あとは港に一軒お願いしますね、その後は様子を見ながらということでどうでしょ?」
「うん、分かった、問題ないわ」
その後、一週間ほど滞在して米や味噌、醤油などリーアンの特産物の継続的取引を約束して小春と魔王はテレスに戻った。
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