第48話 リーアン



「着いた~!」


二人はリーアンの港町『水鏡すいきょう』に到着した。


「マー君、お腹すいたよ、ご飯食べに行こう!」


「我は少し休ませてもらう、どうも『船酔い』というものになったようだ」


「あら、魔王様が船酔いなんて、意外に繊細なのね」


そういって小春は魔王の背中をさすった。


「それやめろ、逆噴射する」


「マー君がマーライオン」


「まーらいおんが何かは知らぬが、からかっておるのだけは分かるぞ」


「じゃ、あそこで休もう、私飲み物買ってきてあげる」


「うむ、かたじけない」


二人は港の荷降ろししている作業場から離れ、路地の入口の木箱に座った。




「おまたせ、冷たいミカンジュースがあったから買ってきたよ」


「ミカンとな?」


「アランチャの仲間かな」


冷えたミカンジュースは日本のミカンより少し酸味が強かった。


「これは、良いな胃の中がスッキリする感じだ」


「私の故郷のミカンもこんな感じかなぁ」


「なぁ、小春シェフよ」


「ん? なぁに?」


「故郷には帰りたくないのか?」


「そうだねぇ、『帰りたくない』と言えば嘘になる、でもコッチで沢山色んな事に手を出しちゃったでしょ? それを投げ出すのも嫌かなぁ」


「そうか」


「どうしたの?」


「このリーアンは小春シェフの故郷と同じ食材が沢山あるように思えるからな、リーアン滞在が辛くなるやも知れぬと思っただけだ」


「なーんだ、そんなこと? 逆に嬉しいよ、だって他にも色んな料理のレパートリーが増えるんだよ、リーアンともっと交易できれば、リーアンの食材が王都でも手に入るかも知れないじゃない?」


「そうだな」


「そうなると、和食の店も出せるしね」


「わしょくとはなんだ?」


「私の故郷の味なの、プリマの料理は『洋食』って呼ばれるんだけど『和食』は純粋な故郷の味かなぁ」


「ほう、それは楽しみだな」


「うん、期待しておいてね、どう? 気分良くなった?」


「ああ、行こうか」




二人はしばらく街を散策した。


「ねぇねぇ、あそこ入っていい?」


「ああ、構わぬ」


二人は青い暖簾のれんの店へ入っていった。



「やっぱり!」


「この土はなんだ? 酷い匂いだ ウ○コか?」


「これは味噌って言うの、昨日、味噌汁食べたでしょ? これで作るのよ」


「そういえば、こんな匂いだったな」


魔王が味噌に鼻を近づけて匂いを確かめた。



「すると、こっちの樽に入ってる黒いのが、しょーゆか?」


「さっすがマー君、鋭いね。 オジサン、味見していい?」


「おうよ、ちょっと待ってな」


店主はそう言って奥から冷えたキュウリを持ってきた。


「これに付けて食べてみな」


「キュウリに味噌! これぞジャスティス!」


ポリッと心地よい音と歯ごたえを感じ、味噌をつけたキュウリを食べた。


「どうだい? 美味いだろ?」


「オジサン、これ何年もの? 二年くらい?」


「これは一年モノだ、嬢ちゃん詳しいねぇ」


「シェフよ、我に分かるように説明してくれ」


「味噌とか醤油はね出来たてよりも熟成させた方が味に深みがでるの、それで一年や二年くらい熟成させて店頭に出すの」


「ほう、してこれが一年経ったものか」


「うん、でも私の故郷じゃこれくらいの味を出すには二年位かかるから、リーアンは発酵技術が私の国より発展しているのかも」


「嬢ちゃんのお国はどこだい? テレス王国、でも生まれは『日本』って言う遠くて小さな島国」


「ニッポンか、聞いたこと無いが、でもまぁ、同じ味があるってことは何か縁が会ったのかもな」


「そうだと嬉しいな」


そう言ってポリポリとキュウリを食べた。


「店主、この辺りでオススメの飯屋を教えてくれぬか?」


「飯屋か、何が食いたい? テレスの王都から来たなら魚料理は外せねぇな、それと鳥料理も美味いぞ」


「へぇ~、どんな鳥料理があるの?」


「鳩、鴨、キジ、軍鶏しゃも、まあ飛んでる鳥なら何でも美味いなハッハッハッ」


「どっちがいい? マー君」


「昨日、魚料理を食べたので今晩は鳥を食うのはどうだ?」


「うん、私も賛成!」


「そんならこの通りをまっすぐ歩いて横丁に入った所に『鳥源とりげん』って焼き鳥屋がある、俺の紹介って言えば良くしてくれるはずだ」


「ありがとうオジサン」


「世話になったな店主」


二人は店主に紹介された焼き鳥屋に向かった。





ガラガラガラ~


『鳥源』の引き戸を開け、店内に入ると鳥を焼いてる香ばしい香りと煙が広がっていた。


「へぃ! らっしゃい! 空いてる席に座りな」


威勢のいい店主がカウンターの中で忙しそうにしていた。


「雰囲気いいなぁ~ 私、向こうに居た頃は未成年だったから、こういう店興味あったんだ~」


「うむ、活気があって心地よい酒場だな」


「はいよ! オシボリ」


「女給、これは何だ?」


魔王がオシボリを手にとって尋ねた。


「あ、マー君知らないか、オシボリは手を拭くものなの、こういうお店は最初にオシボリが出てくるよ」


「ふむ、衛生的だな」


「料理何にする?」


迷っていると店主が話しかけてきた


「兄さんたち、リーアンは初めてかい?」


「うむ、さっき着いたばかりだ、味噌屋の店主の紹介でな」


「あいつの紹介かぃ、ならサービスしてやらねぇとな」


「飲み物は何がありますか?」


「冷えたエールに米酒べいしゅ、それと火酒ひざけ(焼酎)だな」


「私はお酒を頂きます、マー君は?」


「我は、火酒を試してみよう」


「いいねぇ、兄さんイケる口かい?」


「口が何処に行くのだ?」


「『お酒好きなんだね』って意味よ」


「ほう、そうだなイケる口だ」


「ワッハッハッ、料理はどうするね」


「ん~、おまかせで」


「あいよ」


ハツ、ボンジリ、手羽、鶏もも、豚バラ、ツクネ、ししとう、砂ずりなど串物が出た後、


唐揚げ、イカ下足、豚足を出してくれた。


鳥源は日本の焼き鳥屋そのもので、味も焼き加減も絶妙だった。


「嬢ちゃんたち腹の具合はどうだい? 鳥は一通り出したが締めに何か食べるかい?」


「何があるの?」


「まぁ、茶漬けに焼きおにぎり、シジミの味噌汁、あとはアラ出しの雑炊だな」


「私はお茶漬け食べたい」


「もう閉店するのか?」


魔王は満席の店内を見回した。


「締めってのは、何て説明しようかなぁ、鳥ばかり食べたでしょ、それで帰る前にお腹にたまるもの食べて行くと言うか、説明が難しいよ~」


「難しい事考えずに食べていきな、そしたら分かるってもんさ」


店主はそう言ってニッコリ笑った。


「うむ、それでは我は『ぞーすい』とやらを頂こう」


「あいよ!」




暫くして梅茶漬けと雑炊が運ばれてきた


「へぃおまち! 雑炊は熱いから気をつけなよ」


「わー、美味しそう~」


「うむ、香りが良いな」


「さ、頂きましょ」


ホフホフと二人は食べた。




「ごちそうさまでした~」


「世話になった」


「兄さん『締め』はどうだい?」


「うむ、落ち着くものだな」


「それよ! それを言いたかったの」


「ハッハッハッ、料理は口で食べるもんさ、口で説明したって分からせんよ」


「うむ、店主の言うとおりだな、ハッハッハッ」




「オジサンまた来るね~」


「まいどあり!」


心地よい見送りの声を後に二人は店を出た。




「ふぅ~ 美味しかった~」


「うむ、美味であった。シェフよ礼を言うぞ。」


「どうしたの? おカネの事なら経費で落とすから心配しないでね」


「いや、我を同行させてもらった事に礼を言いたい、我はシェフに出会わなければ、このような経験は出来なかった。人族との付き合い方もそなたから学んだ。シェフの周りには素晴らしい者ばかりだ。その者たちと触れ合う中『幸せ』というものを感じた。これも全て小春シェフのお陰だ、礼を言う。」


「何よ突然改まっちゃって」


小春が照れている。


「私も同じ気持ちだよ、有難うね、マー君」


「うむ」


「明日はみかどさまに挨拶だね、今日は早めに寝ましょ」


「そうだな」


そう言って、二人は宿屋へ向かった。






―――― 翌朝、宿屋にて ――――



「おはよう御座います、昨晩はゆっくり休まれましたか?」


宿屋の女中がやって来た。


「おはよう御座います、お風呂のお陰で旅の疲れも癒やされました。」


リーアンでは入浴は一般的だった。


朝餉あさげはこちらにお持ちしますか? それとも別々に?」


「連れと一緒に食べたいので二人分こっちの部屋へお願いします。」


「わかりました、お連れ様にお声がけさせて頂きます。」


《久しぶりのお風呂気持ちよかったなぁ~、温泉じゃなかったけどリラックス出来た》


「シェフ、入るぞ」


スラ~っとふすまを開けて魔王が入ってきた


「ちょ、ハハハッ、マー君それ」


「なんだ?」


「浴衣がミニスカートみたいハッハッ」


「これより大きいものが無かっったのだ、笑うでない」


「フフフ、ごめんなさい、そんな事になってるとは知らなかったの」


小春は笑いながら魔王に座るように促した。


「小春シェフよ、風呂というのは素晴らしいな。寮にも風呂はつけられぬか?」


「そうだよね、私も昨日お風呂に浸かりながらそう思ってたの、帰ったらノーラに相談してみるね」


「うむ、強く所望するぞ」





「失礼いたします、朝餉あさげをお持ちいたしました。」


手際よく女中が料理を並べていった、ご飯に漬物、味噌汁、冷奴、焼き魚、海苔。


「ほう、これはまた興味深い料理だな、うまそうだ」


「美味しそうだね」


「ご飯とお味噌汁のお替りは御座いますので、お申し付け下さい、 ではごゆっくりどうぞ。」



「マー君、朝ごはん食べ終わったら、もう一回お風呂入ってきていい?」


「なんと! ずるいぞ! 我も入るぞ」


朝食後、二人は朝風呂に入ったあと綺麗な礼服に着替え、皇宮こうぐうへ向かった。



建物は、中国と日本の様式を織り交ぜたような木造建築で柱や梁は朱色に塗られ彫金細工が施されていた。


門の前にある詰め所で用向きを伝え皇宮内へ案内された。池には鯉が泳いでおり途中廊下からは枯山水かれさんすいが見えた、廊下は黒檀で仕上げられており室内は日本より一回り大きな畳が敷いてあった。



「こちらでお待ち下さい」


そう言って案内した宦官かんがんが下がった。



「お待たせいたしました、どうぞこちらへ。」


先程よりも綺麗な身なりの宦官がやってきた。




みかどさま、テレス王国よりお客様が参られました。」


「うむ、苦しゅうない近う寄れ。」


「はい」


「もう少し、近う寄って貰えるかの」


「分かりました」


慣れない正座に苦戦している魔王。


「長旅、大変でしたね、昨夜はゆっくり出来ましたかえ?」


妖艶ようえんな帝の声。


「はい、宿も食事も、リーアンの方々も大変親切で驚きました。」


「それはよかった、ささ茶室へ参りましょう。」


すだれの奥から帝が姿を現し茶室へと向かった。茶室は所謂いわゆる日本の茶室とは違い、池と庭が見える場所に建つ豪華な東屋あずまやだった。日本の金閣寺を少し質素にして小さくしたものと言えばわかりやすいだろうか。



「お庭、すごく綺麗ですね~」


「うむ、心が安らぐな」


ちんは自然を愛でるのが好きでな、国の庭師を集め五年掛けて作らせたものじゃ」


「へぇ~! 五年も!」


「ときに、そちらの殿方は魔国のあるじとお見受けするが」


「はい、私共の店で働いております魔王国の元首に御座います」


「うむ、先の通商会議で同じに席におったが」


「ホホホ、そうでありましたな、これは失礼を」


妖艶な中に子供っぽさがある笑い方だった。




「失礼致します」


宦官が茶を持ってきた。


「どうぞ、召し上がれ」


「いただきます。」


「この茶は変わった風味がするな」


「これは、どくだみ茶でしょうか?」


帝は目をパチクリさせておどろいた。


「これは驚きました、この茶はまだ、他国には出回ってないはず、どこでこれを?」


「私の故郷にも同じお茶がありましたので」


「なんと、それは興味深い、してお国はどちらですか?」


「『日本』と言います、とても遠くて小さな島国です、リーアンと文化がとても似ており驚きました。」


『日本』という言葉を聞いて帝が驚いた。


「お前達は下がりなさい、それから誰も茶室に近づけぬよう厳命します。」


「ははっ」


帝が宦官たちを下がらせ扉を閉めた。



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