第45話 セントラル
ヒルダは図面とにらめっこしていた、額から汗が流れ両手は鉛筆で真っ黒に汚れていた。
「どう? ヒルダさん」
「今話しかけるんじゃないよ!」
ヒルダは相当気が立ってるようだ。
《今は集中してるみたい、落ち着くまで待ってよ》
「なぁ小春、この『べるとこんべあー』てのは必要かい?」
「あ、うん、できればお願いしたいなぁ~」
「う~ん」
ヒルダが悩んでいる。
「あの、無理なら大丈夫ですよ、
職人の扱いに慣れてきた小春は無理を言いつける時は挑発気味に言うことにしている。
「はぁ? 無理なわけないだろ! これくらい私の手にかかれば簡単さ」
ムキになるヒルダ
「ちょっと休憩だ」
そう言ってヒルダは小春を応接室へ案内した。
「おーい! お茶」
《日本で聞いたことのあるフレーズだ》
「しかし、高層建築の次はこれかい、この『セントラルキッチン』ってのかい? お前さんの考えることは桁外れだよ」
「でも、楽しんでるでしょ?」
小春が悪戯っぽく言うと
「まぁな」
ヒルダがニヤっとして答えた。
「ベルトコンベアーの動力は蒸気だろ? 配置が難しいんだよ」
「あ、動力なくても傾斜つけたらいいと思うけど」
「!」
ヒルダの手がピタッと止まった。
「高い所から始めてコロコロって滑って進む感じ」
「お前! 早く言えよ! そんな方法思いつかないだろ」
「だって、
「ま、薄々は気づいてたがな」
「どうだか、フフフッ」
二人は顔を見合って笑った。
「セントラルキッチンはいいとして、どうやって完成品を運ぶんだい? 冷凍しても溶けちまうだろ」
「その当たりは探り探りかなぁ、冷凍品の輸送は問題ないんだけど店舗側にストックするスペースを作らなきゃいけないでしょ? 店舗によっては厳しい所もあるの」
「だろうな、今回のは一筋縄じゃいかなそうだ」
「ヒルダさんも何か案が思いついたら教えてよ」
「あたしは設計バカだよ、そんな難しいことわかりゃしないよ」
「ちぇ、ケチ」
「まぁ、図面はキッチリ仕上げるからさ、安心しな」
「頼りにしてますよ『ヒルダ親方』さん」
「親方はやめろ~」
「で、図面ってどれくらいかかりそうですか? まだ、相当かかる?」
「ん~、そうだなぁ、今回は平屋だから図面自体は難しくないよ、だが、機械はどうすんだい? 前にあったろ? タタキの旦那んとこで彫刻作ったけど工房から出せない事件、ハッハッハッ」
「あー、その辺は大丈夫、この辺りを地面から天井まで開くようにしてるから」
そう言って図面を指した。
「あーこれかい、そう言う意味があったんだね」
「それでどれくらいで出来そう?」
「半月だ、半月で仕上げてみせるさ」
「時間は掛けていいから正確なのをお願いね」
「あったりまえだ、私が今まで手抜きしたことあるかい?」
「そうだね、信用してますよ」
「ああ、任せときな」
そう言ってヒルダの工房を後にした。
《さてと次はタタキさんとことアガシさんとこか》
小春はアガシの工房に寄ってアガシを連れてタタキのところへ行った。
「よ~、居るか?」
「なんだ、アガシのおっさんかよ」
「なんだとはなんだ、来てやったんだぞ感謝しろい」
「こんちはタタキさん」
「小春ちゃん、ここんとこ急に美人になったんじゃねぇか?」
「何バカなこと言ってるのよ、そりゃ私も二十歳ですから少しは大人の魅力が出ますよ」
小春は耳まで真っ赤に赤面した。
「小春ちゃん、あんた二十歳かい? その顔で二十歳かい」
「その顔ってどんな顔よ! 失礼ね」
「いや、俺ぁ、てっきり15~6だと思っとったぞ!」
「童顔ってよく言われる、いいでしょ女性の童顔って得でしょ。年取っても若く見られるんだから」
「ちげぇねぇ、ハッハッハッ」
アガシとタタキが笑った
「で、今日はあれだろ? 『せんとらるなんちゃら』だろ」
「そう、セントラルキッチンの話で来たの」
「で、ヒルダの姉ちゃんはどうなんだ?」
「あと半月で出来るって」
「ほ~、アイツ頑張ってるな」
「今日はね、アガシさんには機械の詳細とタタキさんには設置場所の相談に来たの」
「おう、分かった」
「機械の方はどう? 図面は来てるよね?」
「あぁ届いとる、技術的には問題ねぇ、と言いたいところだが受注したものが全部初めて作るもんだからな、コレばっかりは現場で組んでみないとなんとも言えねえな」
アガシが答えた。
「試作模型はできたの?」
「あぁ、今持ってこさせる、おい! アレもってこい」
アガシは弟子に持ってこさせた。
「へぇ~、よく出来てるねぇ、こんな細かいところまで」
「まぁな、これは模型だからノーラの魔法はまだ入ってねぇ、それもあってあとは現場で組みながらってとこだな」
「なるほど、タタキさんはどう?」
「俺の方はヒルダが図面を持って来てからだな、だが現場の事務所や休憩所なんかは仕上がってるぜ」
「さすがタタキさん」
「小春、俺も褒めてくれてもいいだぞ」
「はいはい、アガシさんもすごいすごい」
年頃の女の子に褒められておっさんたちは喜んだ。
「じゃぁ、あとはヒルダさん待ちか」
「図面が出来たらヒルダが、こっちに持ってくるんだろ?」
「うん、その時私も同席するね」
「あぁ、そうしてくれ」
「そんじゃまたね~」
小春はヒラヒラと手を振って工房を後にした。
半月後、ヒルダの工房に4人とその弟子たちが集まった。
「ひゃ~~! こりゃすごいですね親方!」
タタキの弟子が
「師匠、これは何です?」
アガシの弟子も図面に見入っていた。
パンパンと小春が手を叩いて注目させた。
「今日はお集まり頂き有難うございます。図面が仕上がりましたので、大工職人さん、鍛冶職人さん、それか運搬作業の方それぞれ作業計画を話し合って下さい。不明点がありましたら逐次私に相談して下さい。なお現場監督は今回もヒルダさんにお願いします。」
「なぁ小春ちゃんよ、私も弟子を連れてきていいかい?」
「あ、勿論です」
「今回のは一人で監督するには大きすぎる、弟子の良いのを手伝わせるよ」
「うん、そうして下さい」
そう言ってヒルダが弟子を呼んだ。
建築計画書をヒルダが作成し、それに従って基礎工事や機械の搬入など、まるでゼネコンなみである。
計画が出来上がったのは明け方近くだった、職人というのは熱中すると寝食を忘れるのはどこの世界も同じだった。
「よっしゃ! 決まった! 出来たぞ小春ちゃん」
「ありがと~、皆さん本当に有難うございます。お疲れさまでした。帰ったらゆっくり休んで下さい」
「バカ言え、このまま仕事だ」
「え~? 寝ないの?」
「お前さんのお陰で猫の手も借りたいくらいなんだよ、なぁ?」
ヒルダ、アガシ、タタキ、その他関連工房の皆んなが、ウンウンと頷いた。
「な、なんかスンマセン」
「で、着工はいつにする?」
「場所はおじいちゃんに許可を貰ってあるから問題ないわ、一週間後の着工にしましょう? 材料運搬とかあるだろうし」
「おう! わかった、お前ら! 気合入れて行くぞ~!」
タタキが檄を飛ばした。
「おぉぉおおおお~~!」
職人達が呼応した。
そして一週間後、工事が始まった。
場所は王都から少し離れた王宮直轄領の平地で休耕地、工場の広さは東京ドーム一つ分。
蒸気荷馬車が続々とキャラバンを組んで、建築材を運んできている、その数、およそ200台。
何もない所で建設するため、タタキは簡易宿泊所を建築した、小春もプリマから料理人を二人、交代制で派遣した。
季節は春から夏へ、夏から秋を迎える頃完成した。
落成式は王都から離れている関係で建築関係者だけで行った。
小春がグラスを掲げ
「本日、ただいまを持ちまして完工です! お疲れさまでした~!」
「おつかれしたー!」
「では、現場監督のヒルダ姉さん、乾杯の音頭をお願いします。」
ヒルダがジョッキを両手に抱えて壇上に上がってきた。
「おぅ! みんなよくやった! 今日は飲み散らかしていいぞ! それじゃ行くぞ~ ! かんぱ~~い!」
ヒルダが職人を
「かんぱ~~い!」
職人たちも応える。
「ぷっは~! 久しぶりの酒はうめぇ~」
「あぁ、染み渡るな」
あちこちから、声が
「え? みんなお酒飲んでないの?」
「ったりめぇだ、ドワーフの仕事舐めんじゃねえぜ」
アガシがそう言った。
「でもドワーフさんて大酒飲みのイメージあるんだけど」
「普段は飲むさ、だが、こういった大きな仕事の時は別だ、酒のんで下手な仕事しようもんなら、仲間内から笑いもんにされちまわ、ガッハッハッ」
《そうなんだ、知らなかった、ラノベと違うんだ》
「タタキさん、ヒルダさん、お疲れさまでした」
「あぁ、今回は本当に疲れたな」
「あーそうだね、死んだ兄貴にも見せてやりたいよ」
ヒルダは完成した工場をみて言った。
「天国から見てますよきっと」
「ありがとな、見てくれてるかな」
そう言ってヒルダは空を見上げた。
それから翌日には建築用の機械や余った資材が撤去されセントラルキッチンの全貌が見えた。
建築費用総額、大金貨1万5千枚、日本円にして約15億円になった。
それから各店舗に急ごしらえの冷凍室を作り汽車で運搬することにした。これにより仕込みにムラが出ていた店も安定し王都と同じクオリティになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます