第44話 味

小春がこの世界に来てから4年が過ぎた、プリマも国内に22店舗を構える規模になっていた。

蒸気機関の発明で王都と各都市を結ぶ鉄道も順調に工事が進んでいた。


そんなある日


「シェフ、最近の噂聞きました?」


ルディが珍しくグラン・プリマへ来ていた。


「噂って?」


「なんでも、プリマの偽物が出てるらしいですよ」


「偽物?」


「ええ、お客様から聞いた話なんですが、王都から離れた街に旅行で行った時、プリマに立ち寄ったらしいんですが、明らかにうちと味が違うらしんです。」


「う~む、一度調査に行く必要がありそうね、由々しき事態だね。」


「はい、よければ私もご同行させてもらってもよろしいですか?」


「そうね、お願いするわ」


《偽物かぁ、ちょっとムカつく》




出発の日


「それじゃ、皆んなヨロシクね、各店舗回るから一ヶ月くらいかかると思う」


「はい、分かりました、お店のことはお任せ下さい」


と、スタッフ一同。


「頼もしいわね」


そう言って小春とルディは店を出た。


最初に訪れた街はテレス王国で三番目に大きな都市『サルマ』


「ねぇ、サルマ支店って誰がやってるんだっけ?」


「確か、学校の卒業生の成績6位の人だったと思います」


「あ~、あの子か」


途中まで汽車で行きそれから長距離蒸気馬車に乗り換えサルマに着いた。


「まずはお店に行ってみましょ」


「そうですね」


「こんにちは~」


小春とルディはお店の扉を開いて声をかけた。


「はい、いらっしゃいませ」


明るい朗らかな声で女性スタッフが出迎えてくれた。


「料理長さん居ますか?」


「失礼ですがどちら様でしょうか?」


「あ、ごめんなさい、私、小春と言います」


「え? あの小春さまですか? 少々お待ち下さい」


脱兎のごとく厨房に走っていった。


《『あの』ってどの小春なのよ》



「あ、校長! いらっしゃいませ、どうされました?」


「うん、ちょっと用事があってね」


「ささ、どうぞこちらの席へ」


「ありがとう、あなたも座って、聞きたいことがあるの?」


「おーい、お茶もってきて」


料理長がスタッフに頼んだ。



「お話しとは何でしょうか?」


「ねぇ、サルマにプリマの偽物があるって聞いたんだけどホントなの?」


「え? ニセモノですか?」


「そうです、1号店の常連のお客様から聞いた話なんだけど、うちと同じ看板を出してるらしいんです。」


ルディが説明した。


「偽物ですかぁ? いや~、聞きませんねぇ、ここは私の地元なのでそんな店が出来たらすぐに耳に入ると思います。」


「そうなんだぁ、あとで街の飲食店の人や酒場の人に尋ねてみるわ」


「そうですね、私も知り合いに当たってみます」



「それはそうと、おなか空いたなぁ~、今日のランチは何?」


小春がお腹を擦りながらきいた。


「今日のランチはビーフシチューです、食べていかれますか?」


「うん、二人前お願いね」


「分かりました! 師匠に食べてもらえるなんて光栄です」


そう言って料理長は厨房に戻った。



「気さくな良い料理長さんですね」


ルディが微笑みながらそう言った


「そうだね、彼も一期生だったんだ」



しばらくしてランチが運ばれてきた。


「大変お待たせいたしました、本日のランチのビーフシチューです。」


そう言って、先程の女性スタッフが料理を運んでくれた。


「ありがとう、さ、頂きましょう」


「はい、頂きます。」



ひとくち食べた途端、小春とルディは顔を見合わせた



「コレだね」


「コレですね、ニセモノの正体」


小春はスプーンを置き料理長を呼んだ。



「はい、及びでしょうか? お口に合わなかったでしょうか?」


「いえ、味は悪くないです、でも、コレはプリマの料理ではありませんよね?」


料理長がドキっとした顔をして額に汗をかいた。


「はい、実は、ビーフシチューの売れ行きが良くて、仕込みが間に合わないんです、それで早く煮込める方法を考えて作りました。」


「それは、やってはいけないことです!お客様は王都と同じクオリティを求められます。それを期待して入ったお店が違うものを出しているとお客様はがっかりされますよ!」


ルディの口調が強くなっていた。


「プリマの看板があるからプリマの料理ではないの、プリマの料理が出るからプリマの看板を出してるの、勘違いしないでね。仕込みが間に合わないなら仕込みの量を増やして下さい。学校でも教えたはずですよ、量を増やしたときの仕込み方法を、もう一度復習して下さい」


小春は諭すように優しく言った。


「はい、申し訳ありません。」


「今から大切なことを言います、メモして下さい。」


「はい」


ゴソゴソと前掛けからメモを取り出した。


「『一人の声は千人の声』です、意味は分かりますか? これも学校で教えたはずです。一人のお客様が要望を出された時、千人のお客様が同じことを思っているということです。要望を出されたお客様は口うるさい客ではありません。自分たちが気づかなかった改善点を教えて頂いたのです。ここは絶対に勘違いしてはいけません。指摘を真摯に受け止め改善に勤しんで下さい。

つまり、今回はこのお店が王都で一人のお客様からニセモノと判断されました。原因は味が違うということです。つまりは来店頂いたお客様のうち千人は同じことを思っているということです。」


料理長はしゅんとしている、スタッフも心配そうに見守っている。


「私から課題を出します、サルマ支店は一週間閉店して下さい。その間に解決方法を考えクリアして下さい、次に私が訪れた時に同じ状態ならサルマ支店は取り壊します。」


「次はいつ来られるのでしょう?」


料理長のメモを持つ手が震えていた。


「それはわかりませんが、同じクオリティのものを出していれば問題ありませんよね? 期待してますよ」


「はい、わかりました」


料理長は力なく返事すると厨房に消えていった。スタッフ達も料理長に駆け寄り励ましている。


「悪い人じゃなさそうですね」


ルディが言った。


「そうね、スタッフにも好かれてみたいだもんね。店を思うがゆえに取った行動なんでしょうけどね。こういった勘違いも修正していかないとだね」


「はい、シェフと居ると全てが勉強になります」


「あ、そうだ、ついでだから言っとくね」


「?」


「グラン・プリマだけど、ルディが料理長やって」


「へ?」


「ルディなら任せられるわ」


「いやいや、私なんてまだまだです、そんなグラン・プリマなんて」


「ん~ん、大丈夫よ人柄、技術、すべて合格点よ、コースの組み立ても学校の講義で分かるでしょ?」


「まぁ一応は分かりますけど、相手はお貴族様ですよ、私みたいな平民の孤児上がりが任せられて良いんでしょうか?」


「身分は関係ないわよ、ルディも講義聞いてたでしょ?」


「はい、『貴族も平民も善人も悪人も』ってやつですよね」


「そうよ、作る方も同じ、人を幸せにする料理なら誰が作っても問題ないの」


「分かりました」


「一号店のスタッフは育ってるんでしょ?」


「はい、お陰様で、殆どのスタッフが独り立ちできるレベルです。」


「じゃぁ、決定ね、時期はこの視察が終わってからみんなに発表しましょう」



その後も20店舗全てを回ったが、どこの店も大なり小なり味が異なっていることに小春とルディは驚かされた。


「これは、ちょっとヤバイなぁ」


「そうですね、プリマの存続にかかるかもしれない問題ですね」


「帰ったら早急に対策を練らなきゃだ」


小春とルディは帰りの長距離蒸気馬車に揺られて帰った。


その後、ルディはグラン・プリマの料理長にゾーイは副料理長に就任した。





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