第43話 銀行


アカデミー第一期生の卒業後から半年、二期生が入学してきた。

今季は一期生の数人が補佐として残ってくれた。

卒業生の半分は故郷に戻った。残りの半分は王宮や貴族の料理番、プリマ・グループに入った。


プリマ・グループからは10人が巣立っていき各地にプリマの支店が出来た。

プリマ・グループは直営店が12店舗と学校が一つの企業となった。


そんなある日。



―――― グラン・プリマにて ――――



「小春さん、相談があります」


珍しくメリアが相談してきた。


「どうしたの? メリアが相談なんて珍しいわね」


「はい、大きな声では話せないんですが小春さんの部屋でいいですか?」


メリアのただならぬ雰囲気に小春は心配になった。


「それで、相談って何?」


「もう、無理ぃ~!」


「え? ちょっと、どうしたの? 何があったの?」


「もう、無理なんです!」


《メリアがこんなに動揺するなんて只事じゃないわ》


「もうお金が大変なんです! 小春さん!」


「え? 赤字? そんなに?」


「違います! その逆です、入り切りません!」


《プリマ・グループ名物『お金が入らない現象』だ》


「今、どんな事になってるの?」


「ちょっと、付いてきてもらっていいですか?」


そう言って、事務室へ連れて行かれた



「ちょ! コレ! 嘘でしょ?」


ドアを開けると上から下まで部屋中に大金貨が入った箱が積み上げられていた。


「これだけじゃありませんよ!」


そう言ってゾーイの部屋へ向かった。


コンコン


「花」


ゾーイの声が中からした。


「桜」


メリアが答えた。


「始まり」


ゾーイが言った。


「噴水亭」


メリアが答えた。



ガチャっと鍵が開く音がしてゾーイが顔をのぞかせ廊下を見渡した。


「急いで入って下さい」


ゾーイは小声でそう言った。


「これって、合言葉?」


「そうですよ、まずゾーイさんの部屋を見て下さい」


「え? これも、そうなの?」


「はい、シェフには心配かけないよう黙っていたのですが、もう限界です」


「もしかして……」


「はい、シルの部屋も同じです」


「こんな状態なので、不安で不安で夜も眠れないんですよ」


《確かに、これじゃ眠れないよね》


「ごめんみんな、こんな事になってるなんて」


「これだけじゃないですから」


「え? どういう事?」


「1号店と2号店も同様です」


「え~~?」


「いつからなの? ってそれは問題じゃないか、どうしよう」


「また給料上げますか?」


「幾ら何でも、王宮の大臣より高給取りはまずいでしょ」


「ではどうします?」


「ん~、メリアのお父さんはどうしてたの?」


「流石にここまでは無いと思いますよ」


「ん~、銀行とかあると良いんだけどなぁ」


「ぎんこーとは?」


「おカネを預ける所で警備もしっかりしてて安全なの」


「なるほどー、一度陛下に相談されてみては?」


「そうだよね~、早急に手を打たないとマズイよね」


そう言って王宮に向かった、この頃になると王宮から小春専用の馬車が常駐するようになっていた。





―――― 王宮にて ――――


「おじいちゃ~ん 居るぅ~?」


「おぉ、小春よ、よく来たの~、さあさ近う寄れ」


「相談にきたんだけど」


「そうかそうか、おーい茶を持て」


王付きの執事がお茶を運んできた。



「今日はどうしたんじゃ?」


「おじいちゃんさぁ、銀行って聞いたことある?」


「ぎんこー? 知らんなぁ」


「おカネを沢山預けるところなんだけど知らない?」


「宝物庫のことか?」


「んーん、平民とかの為にあるんだけど、おカネを家に置いておくと心配でしょ? 泥棒とか入るし」


「うむ、それをぎんこーに預けるのじゃな」


「そうなんだけど、王国にないならどうしよう、おじいちゃん作ってよ、銀行」


小春はおねだり目線で王に甘えた。


「うむ、分かった、カワイイ孫娘の頼みじゃ、すぐに作ろう」


「おじいちゃんが犯人なのね!」


「何がじゃ?」


「おじいちゃんが『孫娘』とか言ってるから皆んな私のことを隠し子とか言ってるんだよ」


「そうかそうか、そりゃすまんかったのフォッフォッフォッ」


「フォッフォッフォッじゃないわよ、まったく」


「許せ許せ、フォッフォッフォッ」


「もう慣れたからいいよ」



「して、銀行の話しを詳しくしてくれんかの」


「そうだったわ、銀行はおカネを預ける所なんだけど、一つだけじゃ不便なの、例えば王都に一つと他の街に一つあるとしましょう、王都の銀行に小金貨百枚を預けたとします、これを残高が記してある紙に書いて偽造できないようするの、その紙があれば他の街でもおカネを引き出せる仕組みにするの。」


「ほう、どこでも必要な時にカネが引き出せるわけだな、おもしろい」


「他にもイロイロと出来るんだけど、まずはこの機能が欲しいの」


「なにを焦っておる?」


「あのね、おカネが溢れて困ってるの、本当に困ってるの」


「フォッフォッフォッ! それはまた豪気ごうきな悩みよの~ フォッフォッフォッ」


「笑い事じゃないんだよ!」


「分かった分かった、それで何が必要なんじゃ?」


「大型の金庫、すごい大きい金庫ね、謁見の間くらいの」


「ほう、それは大きいのぉ」


「あとは警備、これは最重要事項ね、信用できる人じゃないとダメよ」


「それは問題ないじゃろう」


「あとは、おカネを出し入れする人とか、書類書く人かな、本店と支店とおカネを輸送するときの頑丈な蒸気自動車が必要ね」


「ふむ、まずは王都に本店をこしらえよう、支店はその後じゃ」


「そうしてくれると助かるよおじいちゃん♪」


「フォッフォッフォッ、孫娘の頼みじゃ」


「それで、いつ出来る?」


「いつが良いのじゃ?」


「できるだけはやく欲しい」


「うむ、3日まて」


「そんなにはやくできるの?」


「儂を誰だと思うておる」


「私の頼れるおじいちゃんでしょ♪」


「フォ~フォッフォッフォッ」



小春は王宮を後にした



――― グラン・プリマにて ―――



「ただいま~ 話をつけてきたよ」


「どうなりました?」


メリアが心配そうに見た。


「3日で作ってくれるって」


「さすがは隠し……」


「はいはい、隠し子で結構ですよ」


「でも、良かったです、恐らく銀行利用者第一号ですね」


「そうなるんだろうね」


「二人にも伝えてきます」



「春」


「桜」


廊下の奥で合言葉が聞こえた。




三日後、街の中心の噴水亭の正面に大きな銀行が出来た、入り口には『テレス国銀行、王都本店』と書いてある、赤レンガ造りの渋い佇まいだ。


「こんにちは、陛下の紹介で参りました、小春と申します。」


厳つい門番が6人、入り口の左右に3人ずつ立って睨みを効かせている。


「どうぞ、お入りください。」


そう言って門番の一人が入り口の扉を叩くと、中に居た警備兵が入り口の鍵を開けた。

正面に窓口が4つ設けてあり、そのうちの一人に手続きを頼んだ。


手続きは身分証を差し出し口座の開設と利用法の説明を受けた。

小春は金貨が大量にあることを伝え、取りに来て欲しい旨を伝えると受付の女性は奥に入っていった。


「これはこれは、小春さま、陛下より伺っております、本日は入金のご依頼ですね」


初老の男性が出てきて頭取とうどりだと名乗った。見た目は穏やかそうに見えるが眼光が鋭い、嘘など一発で見破りそうな感じだ。


「はい、そうなんですが、何せ金貨沢山ありまして……」


小春は申し訳無さそうにそう言うと


「ほう、どのくらいでしょうか?」


「ざっと馬車の荷車に12台ほどです」


「またそのようなお戯れを」


頭取はニッコリ笑った。


「いえ、冗談じゃないんです」


「そうですか、では一度、下見に伺ってもよろしいでしょうか?」


頭取の目がキリッと締まった。


「はい、その方が良いかと思います。」


「おい、警備兵長を呼べ」



「およびでしょうか」


「兵長、すぐに精鋭を4人選抜して下さい、お客様宅へ向かいます」


「ハッ!」


そして、グラン・プリマに到着した。



頭取とうどりは小春の部屋をみて驚き、ゾーイの部屋を見て口が閉まらなくなり、シルフィの部屋をみると声が出なくなった。


「こ、これは流石にここにおいておくのは危険ですね」


「はい、そうなんです、 あとコレの他にも二店舗ありますがご覧になりますか?」


「いえ、十分で御座います、早速輸送車を手配しますが、銀行もまだ開店したばかりで準備できる輸送車が2台しか御座いませんので何度か往復させて頂きます。」


「はい、それが良いと思います、重いですので腰痛めないようにしてもらわないと」


頭取とうどりと小春は苦笑い


「それと、小春様、おカネを運ぶ際は立ち会いをお願いいたします。」


「あー、そうですよね、分かりました」




そうして、全ての金貨を運び終えた。


「こちらが通帳と控えになります、お確かめ下さいませ。」


「いちじゅうひゃくせん…… 大金貨5万7千862枚!」


《ちょっと、日本円にすると幾ら? 57億8千620万円! 約58億円!》


「これ、間違ってませんか?」


「はい、間違いがあってはいけないので5名で3回数えました。」


「そうですか……」


《なんか売上より遥かに多いような、帰ったらメリアに確認しなきゃ》


「分かりました、では、よろしくお願いいたします。」


そう言って小春はメリアのもとに向かった。



コンコンコン


「メリアちょっとイイ?」


「はい、何でしょう?」


「さっき、銀行におカネを運んだんだけど、売上だけじゃないよね? あの金額」


「はい、そうですね」


「店舗の売上以外は何があるの?」


「えっと、まずステンレスの使用許諾料、それから活版印刷の許諾料と王宮からの報奨金、あとは蒸気機関の発明に対しての報奨金ですね」


「ステンレスとか活版印刷とかおカネ払わなくていいのに」


「使用許諾料とか報奨金はシェフに直接お願いしますって言ったんですけどねぇ」


「ステンレスの使用許諾料ってのは誰が払ってるの? まさかアガシさん?」


「はい、毎月、月末にお弟子さん数人が運んでこられます。」


「なんで、そんな事になってんのかなぁ?」


「はい、何でもステンレスを使う際に他の鍛冶屋などがアガシさんに許可を貰いに来るそうなんですが、重さに対して金貨を置いていくとかで」


「なんでお金置いていくようになったんだろうね」


「最初はアガシさんが懇意にしていた鍛冶師がお礼に少しおカネを置いていったらしいのが始まりみたいですね、それがいつの間にか重さに対して、ってなったみたいです」


「で、メリアはそれを受け取っていた、と」


「最初はお断りしたんですよ『小春さんが知ったら怒ります』って何度も断ったんですが、『ステンレスは小春の発明だ、このカネは小春が受け取るものだ』って聞かなくて『小春に話して怒られるなら話さなきゃいいだろ』って玄関先に置いていかれて。」


「そっかぁ、アガシさんらしいと言えばらしいね」


「はい」


「わかった、今度アガシさんに会った時に言っとくね」


「はい、お願いします。」


「て事は、残りが全部、蒸気機関の報奨金って事?」


「はい、そうなります」


「あの爺さんめ~」


「あ! 大事なもの忘れてた! ちょっと取ってきます」


パタパタとメリアが事務室へ戻り書状をもって来た。


「これ、だいぶ前に王家の従者さんがおカネと一緒に持って来ていて小春さんに渡すの忘れてました。」


「なになに、『此度の蒸気機関の発明、大儀であった、このカネはその発明に対する報奨金じゃ、受け取りなさい、それから今後の発明などでカネが必要になるじゃろうから前もって渡しておく、遠慮なく使いなさい。』か、使っていいのかなぁ?」


「はぁ、陛下がそう仰ってますので、使わないのは不敬に当たるかと」


「そうよね、有意義に使わせてもらうわ」



銀行開店初日から大波乱であった。




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