第37話 アカデミー

「はぁ……」


閉店後、小春はテーブルに頬杖付いてため息を漏らした。


「どうしたんです? ため息なんかついて」


ゾーイがナイフ・フォークを磨きながらたずねた。


「最近、研修希望者がめっちゃ増えてるのしってる?」


「あー、なんか国外からも来てるそうですね」


「そうなのよ、陛下がね、外交の一環に受け入れて欲しいって言ってきてね」


「さすがに陛下のお願いなら無下むげに出来ないですね」


「厨房も10人も20人も受け入れるほど広くないでしょ、どうしたもんだろね~」



通商会議から半年が過ぎた頃、各国から出店要請と調理研修の依頼が殺到していたのだった。


「あの、シェフ、いっそのこと料理教室とかどうです?」


「料理教室ね~ でも、やるなら本格的にやるべきよね」


「料理学校とかはどうでしょう?」


「ん~、やっぱそっち系だよね~」


小春はそう言ってしばらく考えた。



「ねぇゾーイ、学校の先生とか出来る?」


「え? 出来るわけないじゃないですか!」


「ゾーイなら出来そうなんだけどな~」


「私なんかよりシルかマー君、それこそルディさんが適任じゃないですか?」


「ルディねぇ、余裕あるかな? あとで打診してみよ」





――― プリマ2号店にて ―――


「マー君、今大丈夫?」


「どうした小春シェフ」


「マー君さ、人に物事教えるのって得意?」


「教えたことは無いが、何故だ」


「今度、料理学校をしようと思ってるの、そこでマー君講師とかできるのかなぁ? って思ったの」


「我は、教えるより作るほうが楽しいのでな」


「だよね~ マー君ってそうだもんね、ルディ殿に訊ねてみたらどうだ?」


「みんなルディ推しなんだね、1号店に行ってみるよ」




――― プリマ一号店にて ―――


「まいど~ 三河屋みかわやで~す♪」


小春がおどけて裏口から入ってきた。

三河屋のくだりはスルーされた。


「あ、お疲れ様です」


スタッフ達が挨拶する。


「料理長いる?」


「はい、呼んできますね」


「あ、お疲れさまです」


ルディが階段から降りてきた。


「ルディ、おつかれー、今時間大丈夫?」


「はい、大丈夫です、何かありました?」


「そうなの、座ろ」


「はい」


ルディがスタッフに茶を持ってくるよう指示した。


「あのさ、通商会議あったじゃん」


「ええ」


「あれ以来、国外から料理研修の依頼が殺到してるのよ」


「なるほど、以前からその話しはありましたよね」


「うん、そうなの、1号店のスタッフどう? ルディが少しの時間抜けても大丈夫そう?」


「そうですね、メニューによりますね、ビーフシチューみたいな調理済みで提供が簡単なランチの時は問題ありませんが、ハンバーグとか焼きの見極が必要なのはまだ少し不安がありますね」


「オープニングスタッフも?」


「いえ、初期のメンバーは大丈夫ですが、休みを回すとどうしても初期メンバーが居ない日が出ますね」


「なるほどー 一応、グラン・プリマは夕方からの営業だから、お昼間は私が講師をしようと思ってるんだけど、補佐が居ると楽だなぁって思ったの」


「なるほど、でも、補佐なら僕じゃなくても大丈夫じゃないですか? 補佐の仕事ってどんな事やるんですか?」


「そうね、基本的には材料の準備、発注、と調理補助かなぁ。それ以外の専門的なことは私がやるつもり」


「それくらいなら、中堅クラスで行けると思います。おそらくマー君とこも行けるはずです」


「そっか、わかった。決まったらまた連絡するね」


「あ、シェフ、それと別件でお客様から『3号店はまだ?』って声が沢山出てます」


「そうなのよね~、人が育たないと無理だもんね~ その辺も一緒に考えるよ」


「はい、お願いします」


「ごめんね~ 仕事中、おじゃましました~」


「お疲れさまです」


小春はプリマを後にした。



《講師は私と中堅スタッフで良いとして。

講義内容は、


調理実習

公衆衛生学

調理理論

栄養学

経営学


あと、読み書きそろばんは必須だなぁ。

こんなところかなぁ、デザートとかもやりたいなぁ、衛生学やるなら簡単な顕微鏡とかあるとわかりやすいんだけどなぁ》


色々と思案した。陛下から調理学校の学費に関しては国から補助を出すと言うことを聞いている。


《平民は補助を利用して安く、お貴族様と外国からの学生さんは通常の学費、プリマの新人スタッフは無料にしようかな》


学校は午前8時から、学校の周りの掃除に始まり教室、実習室の掃除をし午前9時から1時限目が始まる。1コマ90分で1~2時限目は座学、3~4時限目は実習、5時限目は自習というカリキュラムにした。

こうする事でお昼ご飯は実習で作ったものを食べれるのでちょうどいい。寮は学校の横に併設する予定だ。諸外国や国内でも遠方からの生徒が居るはずなので、大きめの寮を用意することにした。



―――― タタキの工房にて ――――


「小春ちゃんよ~ 今度はどえらいもんの依頼だな」


タタキとヒルダが小春からの依頼を聞いていた。


「これ、図面結構大変だよ」


「そうだよね、調理棟と寮と2つだもんね」


「学校の上に寮じゃダメなのかい?」


ヒルダがジェスチャーで構造を説明している。


「それも考えたんだけど、生徒さんが増えたときのこと考えると、学校と寮は別々の方が都合がいいかなってね」


「なるほどね~、先のこと考えると別の方がいいかもなぁ」


ヒルダがささっと外観図のラフを描いた。


「王都で一番高い建物って何階建てなの?」


小春が二人にたずねた。


「王宮や見張りのやぐらを除けば、せいぜい3階建てってとこかな」


タタキがヒゲを触りながらそう言った。


「寮は何部屋くらいの予定?」


「ん~ どうだろう、一部屋に二人として最初は30人くらいかなぁ」


「そうなると、敷地面積にもよるけど、フロアあたり4~6部屋ってとこだろうね」


今度はヒルダは平面図をササッと描いた。


「30人なら3階~4階だろうけど、後々のことを考えると8階以上は欲しいかなぁ」


小春がそう言うと


「8階だって? そんな高いもん見たことも聞いたこともないぞ!」


タタキが目を見開いて驚いている。


「ヒルダよ、8階建てって作れるもんなのか?」


「ん~、出来るか出来ないかで言えば出来るね」


「柱が持たないぞ」


「鉄骨とかダメなの?」


「何だい? そのテッコツってのは」


二人は小春の提案に興味津津だ。


「えっとね、木造の柱だと強度が足りないでしょ? だから柱とかはりに鉄を使うの」


タタキとヒルダは顔を見合わせた。


「そのテッコツってのは小春の国じゃ一般的なのか?」


「そうだね、民家には使わないけど大きい建物は殆どが鉄骨だよ」


「面白そうじゃねぇか! しかし、こりゃ相当カネがかかるぞ」


「そのへんは大丈夫よ」


「グラン・プリマの10倍、いやもっと掛かるぞ」


「うん、大丈夫、いざとなったら陛下に出してもらうから」


「小春は恐ろしいよ」


ヒルダが笑った。


「鉄骨についてはアガシさんと相談をお願いね、結構な量になると思う」


「あぁ、そうだね、予め話を通しとかないとね」


「ヒルダよ、こりゃ一世一代のおお仕事になるぞ!」


「あぁ、任せときなって!」


二人は鼻息荒く腕まくりをした。


「じゃ、お願いできるかな?」


「図面ってどれくらいでできそう?」


「そうだね、1ヶ月くらいってとこかな」


「うん、わかった、じゃヨロシクね」



一週間後


―――― ヒルダの工房にて ――――



「すごいね! ヒルダさん、もうこんなに出来たんだ~」


「どうだい? おかしなところあるかい?」


「トイレは一階だけなの?」


「ダメかい?」


「全ての階に欲しい」


「分かった、あれだろ? 店と同じスイセンってのにするんだろ?」


「うん、あれが一番いいと思う、トイレには手洗い用のスペースもお願い、広くなくていいから」


「わかった、ほかには?」


「そうねぇこの図面、8階から上って増築できる?」


「上に増築かぃ? ん~ どうだいタタキ」


「下の強度があれば問題ないぞ、どれくらいまで高くする予定なんだ?」


「そうねぇ、最大でも10階くらいじゃないかなぁ、それ以上だと火事の時とか怖いしね、それに階段上がるの大変だよね」


「そうだな、作るヤツより住むヤツが一番大変だ」


ハッハッハッとヒルダとタタキが笑った


「あ、タタキさん、各部屋に本棚と勉強用の机と椅子を2つづつね」


「問題ねぇ」


「あとは~、外階段もお願いできる?」


「何に使うんだい?」


「さっき火事の話で思い出したの、私の国では高い建物には必ず外階段がついてたの、できればステンレスで」


「そのへんはアガシに頼めば問題ないだろ」


《アガシさん頑張ってね~ 頼りにしてますよ》



「寮はそれで良いとして、次は学校のほうだな」


「学校は実習室を1階フロアを全部使って欲しい、仕切り無しで作れる?」


「全く柱が無いのは難しいかもな」


「じゃ、可能な限り柱は無しで」


「あいよ、コッチのはりも鉄骨でいくとしよう」


ヒルダが鉛筆をペロッと舐めて書き留めた。


「排水だけど、どんな感じにするの?」


「ああ、床を二重にしようと思ってるんだ、溝を這わせてその上に床を乗せる仕組みだ」


「ん~、それだと詰まった時はどうしようもないよね?」


「そうか、そう言われればそうだな」


「床に溝を掘って蓋をするのが良いと思う、そしたら実習室の床を掃除した時そのまま流せるからね」


「そりゃ良い案だ」


そうやって、細かな所をすり合わせた。



そして1ヶ月後、図面が出来あがった。


「ヒルダさん、お疲れ様、あとはタタキさんの腕の見せ所よ」


「まかせとけ! こんな大仕事は一生に一度も無いぞ、弟子たちも奮起ふんきしとる」


「よかった~ 工期だけど、どのくらい掛かりそう?」


「それだがな、なんせこんな大きな建物は王都にも、いや世界を見ても無いからなぁ。正直どれくらいかかるか分からん」


「そっかぁ~ 1年くらいかかる?」


「さすがにそこまでは掛からんと思うがな、建てながら修正していくかもしれんからな」


「うん、わかった、1階部分が出来たら見に行くね」


「あぁ、期待してな」


タタキは親指を立てて小春に向けた。


建設場所はグラン・プリマから徒歩で3分ほどの場所に決まった。


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