第34話 国賓

「小春よ~ おるか?」


「は~い」


トントントンと小春は階段を降りてきた。


「あ、陛下! どうしたですか? 突然」


「なぁに、帰り道に立ち寄っただけじゃ」


「さ、どうぞ、今お茶をお持ちしますね」


「うむ、頂こう」


「それで陛下、ただお茶を飲みに寄ったわけじゃありませんよね?」


「まぁまぁ、そう焦るな」


ズズズとお茶をすすり一息ついた。


「おい、アレを持て」


従者を呼んだ。


「コレを見てくれ」


「はぁ、これは?」


「今度、うちで各国の国王や大臣を招いて通商会議を開催する。その時の出席者じゃ」


「それを、どうして私に?」


「おぬしも鈍いのぉ、食事会は小春の店に頼もうという話しじゃよ」


「え? なぜうちに? 会議は宮廷で行うんですよね? じゃぁ宮廷で食事も済ませたほうが良くないですか? セキュリティとかあるでしょうし」


「うむ、それはもっともじゃがの、来賓が口を揃えて『小春の料理が食べたい』と申しておるのじゃよ。おぬしも宮廷の厨房よりココのほうがやりやすいじゃろうて」


《もう決定事項なのね》


「で、いつですか? 開催日」


「時期は2ヶ月後じゃ、まだまだ時間はあるじゃろう」


「わかりました、色々と私なりに考えてみます、あ、宮廷で何か食べ物とか出す予定ですか?」


「そうじゃな、軽い昼食は出すじゃろうな」


「わかりました、詳しいことはまた後日ということで」


「じゃ、たのんだぞ小春よ、フォッフォッフォッ」


「わかりました、またお待ちしております」





「ねぇゾーイ、シルフィ居る?」


「はい、聞き耳立ててました」


「じゃぁ、話しは分かるよね」


「はい」


「私、思ったんだけど、ゾーイとシルフィでオードブルを考えてくれる?」


「はぁ? 国賓に出す料理ですよ! 何言ってるんですか?」


「ダメ? ルディなら『国賓の料理ですか?是非作らせて下さい!』って言うけどなぁ」


「ルディさんは、意外にキモが座ってますからね~」


「うんうん、魔王の姪を娶るくらいだからすごいッス」


「そう言われるとそうかも ハハハッ」


「でも、そうッスね~ 正直、おそれ多いけど作ってみたいってのが正直な気持ちッスね」


「でしょでしょ? 頑張って考えて作りましょ?」


「うっす、がんばるッス」


「はい、がんばろうなシル」


《シル? シルフィの事かな?》




――――通商会議当日、グラン・プリマにて――――


今日はプリマ1号店からルディが、そして2号店から魔王がヘルプに来ている。

ルディはいつになく緊張の面持ち。魔王は相変わらずのマイペースだ。



来賓は

テレス王国からは国王、宰相、通商大臣の3名

キルシナ法王国からは猊下、宰相、経済大臣の3名

リーアン帝国からは帝、宰相、勘定大臣の3名

アルザン自治区からは、エルフ、ドワーフ、獣人族、それぞれの代表が3名

魔王国からはアラーナ魔王代行、宰相の2名と魔王が厨房に。


以上の15名


魔王は途中より会談に参加の予定



――――本日のスペシャルメニュー――――


アミューズ

 アルザン鶏とバルボのリエット、アプレオイルの香り

 パルプ(茄子)とシブレ(万能ねぎ)のジュレ

 オクト(タコ)のマリネ、エスプーマのソース

の三種盛り合わせ



オードブル

 ファール仔鹿の自家製生ハム

 マールン鴨のパイ包み



スープ

 ゴトー山羊のチーズを使ったクリームスープ



魚料理

 オランタ(鯛)のポアレ、サルサベルデソース、二種類のパラギ(アスパラ)のフリットと共に



肉料理

 ランド仔羊とテレス産アニオラ(玉ねぎ)のグリル、リーアンの大自然の塩で

 


デザート

 自家製プリン小春風

 三種類の木の実の濃厚アイスクリーム

 凍らせたベリーに花の蜜を添えて





――――――厨房にて――――――


「さ~て! みんな始まるよ~! 気を引き締めていこうね!」


小春の激が飛ぶ。


「はいシェフ!」


ホールのサービスは王宮からベテランの給仕係たちが来ている。


「料理の前に、挨拶してくるね」


「いってらっしゃい」


小春はそう言ってトントントンと階段を上がっていった。




「おう、来たか」


そういってテレス国王は小春に挨拶するよう促した。


「本日はご来店有難うございます、グラン・プリマの料理長をしております、コハル・ヒナタと申します、本日は当店始まって以来のスペシャルメニューをご用意いたしました。どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。一皿の量は少ないですが何皿も出ますのでご安心下さい」


会場からパチパチと拍手が出た。


「噂に聞いてるよ小春殿、楽しみにしておる」


キルシナ法王国の猊下が言った。


「リーアンの食材も使われていると聞きましたわ、楽しみです」


リーアン帝国のみかどは女性、つまり女帝である。


アルザン自治区の部族長たちも各々挨拶した。


「では、私は準備してまいります」


そういって小春は厨房に戻った。




「では皆さん始めます、まずはアミューズ、ルディおねがいね」


「はいシェフ」


「オードブルはシルフィとゾーイお願い、マー君はスープの容易ね」


「はいシェフ」


「うむ、任せておけ」


「やっぱりシェフと一緒に仕事すると気が引き締まると言うか、背筋がピンとします」


ルディが手を動かしながら小春に話しかけた。


「そう? 1号店の調理スタッフはルディの事をそう思ってるはずよ」


「そうだと、嬉しいんですが」


「はい、アミューズでます。サーブおねがい」


給仕達も緊張の面持ちだ。知らない見たこと無い料理が出るので無理もない


「料理が半分減ったら教えてね」


「わかりました」


全てのアミューズを出し終わった。


「次お願いします」


「やっぱり思ったとおりね、コース料理に慣れてないお客様はペースが早いから注意してね」


「はいシェフ」


「シルフィ、ゾーイ、オードブル行ける?」


「はい只今」


「出来次第、順次おねがい」


「はいシェフ」


「マー君、スープボールは温めてる?」


「うむ、問題ない」


「マー君はスープ出し終わったら会議に参加してね」


「どうしても参加しなきゃだめか?」


「当たり前でしょ、何言ってるの」


「む~、アラーナが居るから良いではないか、我は料理を作りたいのだ」


魔王はブツブツと文句を言っている。


「そろそろスープお願いします」


「はい分かりました」


「マー君スープ行くよ、熱々でお願いね」


「うむ、わかっておる」


「ホールの皆さん、スープは本当に熱いからじゅうぶん気をつけてね」


「分かりました」


「男爵家のパーティー思い出すわね」


「そうですね~、随分昔のように感じますね」


仕事しながら会話する余裕があるルディ


「そうだねぇ」


と小春。


「では、つまらん会議とやらに参加してくる」


「はい、いってらっしゃい、頑張ってねマー君」


魔王はコック服のまま参加した。礼服に着替えるよう言ったのだが、

『コック服こそ我の聖なる服、聖服だ』と闇の魔王がおかしなことを言っていた。


「もうすぐ魚料理、言ってくるとおもうから準備しておいてね」


「はいシェフ」


今日はヘルプの他に休みのスタッフが1号店、2号店、そしてグラン・プリマから見学にきている。来客よりスタッフの人数が多い。

味を盗もうと洗い場でソースパンを舐める者、一生懸命にノートに書く者、日が浅いスタッフは目まぐるしく出てくるコース料理に圧倒される者、いろいろな者たちがいた。


世界最高の国家元首が集まり目の前で食事をしているのだ。日本で言えばG8首脳サミットだ。一生に一度しかない機会である。


「進み具合はどう?」


給仕係の一人にたずねた


「そろそろ魚料理お願いします」


「はい分かりました」


「魚料理行くよ、ゾーイ、シルフィ、準備できてる?」


「はいシェフ」


「俺が魚盛り付けていくからシルはソースたのむ」


「任せるっすよ、シェフ、味のチェックお願いするッス」


「塩をひとつまみ入れて」


「はいシェフ」


「チェックを」


「ん、完璧、出しましょう」


「やった♪」


小春のオッケーがでて嬉しそうなゾーイとシルフィ


「慌てないでいいからね、丁寧におねがいね」


「はいシェフ」


「魚料理出ます」


「はい」


次々と料理が上がっていく、ホールも慣れてきたのだろスムーズに進んでいる。


「さて、肉料理は私が担当するね」


「はいシェフ、手が空いてる人は順次片付けおねがいします」


とルディ。


「へぇ~、さまになってるじゃない」


「からかわないでくださいよ、シェフ」


「ん~ん、頼もしくなったなぁって思ってたとこよ」


「有難うございます」


「えっと、誰か、お皿温めてくれるかな?」


はい、私が! 俺が! 私も!

と見習い組


「取り合いしてお皿割らないでよ~ フフッ」




「シェフ、そろそろメインディッシュおねがいします」


「はい分かりました、あと4分で出ます」


「わかりました」


「しかし小春シェフって全然変わらないですね?」


「なにが?」


「料理してるときとしてない時の差が無いと言うか」


「そう? これでも緊張してるのよ」


そう言ってウィンクした。


ルディが赤面した。


《ちがう! ルディ! いまのウィンクはそういうんじゃないから!》


「お肉料理盛り付けるからお皿並べて下さい」


「はいシェフ」


「盛り付けたい人、私の真似していってね、難しくないけど丁寧にね」


「お~~~! マジですか!」


「見習いさんはまだダメね」


「う……」


「しっかり勉強すればルディやマー君みたいになれるよ。ね? ルディ」


「はい、私もまったくの素人でしたから、皆んなもなれますよ」


「ねぇ皆んな知ってる? ルディが料理長になるまでにかかった時間」


「いや、聞いたことないです」


「一年くらいだっけ? ルディ」


「そうですね、10ヶ月くらいだと思います」


「ぉぉぉおお~! すごいですねルディ料理長」


「俺も頑張って半年で料理長になってやる」


「半年では任せられません、普通は10年くらいかかるのよ。と、無駄話はおしまい、仕上げます」


「はいシェフ!」


「メインあがります、おねがいしますね」


「はい」


「デザートの前に挨拶に伺います」


「わかりました」



「やっぱりシェフはすごいですね」


「ん? 何が?」


「いつもそうですが、今日のような国賓の料理を作っている時も、シェフがいると皆んなの緊張がほぐれるんです。私にはまだまだ」


「これは慣れだよ。ルディも初めて包丁持った時って怖かったでしょ? でも今は全然怖くないでしょ? それと同じよ」


「そんなもんでしょうかねぇ」


「そんなもんよ」



「肉料理食べ終わられました」


「はい、ありがとう、私、挨拶出てくるからお皿冷やしておいて」


「わかりました」





―――――客室にて―――――


小春が登場すると来賓の皆が立って拍手をした。

スタンディグオベイションに少し戸惑った。


「みなさま、お料理は如何だったでしょうか? お口に合いましたか?」


「素晴らしかったよ! 小春殿!」


「はい、とても美味しゅうございましたわ」


「我はシェフの料理が美味いのは充分知っておったがな」


魔王が誇らしげに言った


「いやぁ、アルザンの食材も料理の仕方によっちゃ、あんなに美味くなるんだなぁ」


「そうですね、わたくしもリーアンの魚が出てきたときには驚きましたわ」




「有難うございます。じつは、本日の料理は全て他国同士の食材を組み合わせ、調理してお皿に盛り付けておりましたが、お気づきになりましたか?」



「うむ、気づいておったよ、小春に頼んで正解じゃったわい フォッフォッフォッ」


「それぞれ手を取り一つの素晴らしいものへ、か…… テレス陛下は良き配下をお持ちで羨ましいですな」


法王国の猊下げいかが感慨深そうに何度も頷いていた。


「まったくその通りですわ」


「そうだ、小春殿、ウチの宮廷料理人をそなたに預けよう、一つ鍛えては貰えまいか?」


猊下がポンと手のひらを拳で叩いて言った


「なんと! それは素晴らしい事ですわ、是非、私の国からも派遣いたしますわ」


「小春よ、それはなかなか良い考えやもしれぬな」


《タヌキ爺いめぇ、最初からコレが狙いか~!》


「えっと、みなさま少し落ち着きましょう、グラン・プリマは正直、今は忙しすぎてそこまで手が回らないと思います、まだスタッフも未熟です」


「給仕なら王宮のをいくらでも使って良いぞ」


「わたくしも国から連れてまいりますわ」


「わたしも連れてくるぞ」


「だ~か~ら~ 皆んな、一回落ち着いて。今すぐにはご返事致しかねますので、一度考えさせて下さい。受け入れるにしても色々と準備など御座いますので」


「そ、それもそうであった、失礼した」


「わたくしとしたことが」


猊下と女帝がシュンとなった


「では、コース料理のデザートをお持ちします」




「ふぅ~ なんなのよ一体」


「小春シェフどうしました?」


「いや、なんでもないの、デザート出しましょ」


「はいシェフ」




―――――コース終了―――――



「みんなー おつかれさまー」


「お疲れさまでした~」


「お腹すいたわね」


「ですよね!」


「なに? その『待ってました』的なの」


「いえ、でもイイんですよね?」


「仕方ないわね、賄いにしますよ~ ディナーの残り食べていいわよ」


「ヒャッハー!」


パーティーの日の楽しみを知ってる古参スタッフが奇声を上げた。

パーティーの残りものとは、お客の食べ残しではなく、残った超高級食材を使って各々調理したものが食べられる日である。


「おい、お前たちも早くしないと無くなるぞ!」


古参スタッフはそう言って見学に来ていた者たちを中に入れた。


ディナーの残りはあっという間になくなった。


「ん? 私の分は?」


「!」


「冷蔵庫?」


一同、顔が青ざめた。


「いえ……」


「お腹すいた~~!」


「あの……その、もう無くなったと言うか……」


「え~~~! 酷い! 私だって楽しみにしてたんだよ~」


「申し訳ないです」


「俺が食べたからです」


新人スタッフが涙ぐんでいる


「先輩が食べろって言ったんでしょ?」


ビクッ!


「うっ!」


「食べ物の恨みは恐ろしいからねぇ~ 覚悟しておきなさいよ! なんてね、無くなるのは知ってたよ、だれか賄い作ってもらえないかな?」


「では私が作ります」


「ルディはいいの、誰か作ってくれる?」


「私が!」


「いえ、私が!」


「じゃ、二人でお願いね、食材は適当にお願いします」


「わかりました」



こうして、国際通商会議は幕を閉じた



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