第31話 ルディと魔王

「マー君さま、いい加減に戻ってきて下さい!」


魔王国からアラーナが宰相を連れてきて魔王の帰還を説得していた。


「なにを申すか! これほど楽しい仕事はないぞ、魔王の仕事など、ここに比べればお遊びみたいなものだぞ!みじん切り一つとっても奥が深い、同じ大きさで揃え、断面はきっちり90度の立方体にするのだ、技がキマった時の快感はお前にはわからんだろうがな」


包丁の刃を水平に立て、研ぎ具合を眺めながら、みじん切りを力説している。


「はぁ~、マー君様がみじん切りと友達になられたのは私も嬉しいのですが、そろそろ国の方にもお帰り頂かないと……」


「アラーナ! 申したではないか『魔王はお前に任せた』と、魔王の命令がきけぬのか?」


魔王を辞めた魔王が魔王命令を出している。


「そうだ、宰相! お前に命ずる、これよりアラーナを『魔王』と呼ぶように厳命する!」


「マー君様、いくらんでも……」


「ん? お前は魔王の命令がきけぬというか? 我のことは『マー君』でいい、なんなら『マー』の呼び捨てでもいいぞ」


「マー君様、それも文章が矛盾しております」


宰相が額に汗をにじませていた。


「なぁアラーナ、いや『アラちゃん』、我が魔王城に居ない二ヶ月間だが、なにか問題はあったか? 我でないと対応できない事があったか?」


「いえ、それはありませんが……」


「なら、よいではないか、有事の際だけ連絡にくればよかろう」


「しかし魔王国の者には何と説明いたしましょう?」


「それを考えるのが宰相ではないか? そんな事ではサラダも作れんぞ」



それを聞いていたルディが横から入ってきて


「マー君、一度、魔王国に帰ったらどう?」


職場ではルディが料理長なので魔王の上司である。


「ルディ料理長! 我は何かミスを? もう、不要なのか?」


魔王のアセりようが尋常じゃない。


「そうじゃないけど、ほら、一回帰って元気な姿をみせて、国の皆んなに説明してそれから戻ってくればいいんじゃないの?」


「う~む、皆が納得してくれるかの~」


「納得してもらえなかったら、ここで働いてもらうわけにはいかないよ、魔王国と敵対したくないからね」


「我はまだ駆け出しゆえ、まだまだ勉強したい、働けなくなるのは困るな」


「ルディ殿の言われるとおりですよマー君様」


宰相が家出した子どもを説得するように話している。


「うむ、わかった、しかしランチタイムが終わってからだぞ、お客様に迷惑かけることは絶対にあってはならぬからな」


「ねぇ宰相、魔王様だいじょうぶかなぁ、思考が完全に料理人になってる」


アラーナは小声で心配そうに宰相に言った


「大丈夫です、国に帰ったら私が説得してみせます」


宰相は自信なさそうにそう言った。


「そういうわけで料理長、ランチが終わったら少し中抜けしてもいいだろうか? あ、賄いは頂いていく」


「大丈夫、気をつけて帰ってね」


「うむ」


そう言って、ランチ終了後、賄いを食べ魔王国に帰っていった。




「小春シェフにプリマを任されてもうすぐ一年かぁ、なんかあっという間だったなぁ、スタッフにも恵まれて順調で、嬉しいような何か怖いような気がするなぁ」


ルディは小春にプリマをまかされて必死にやってきた。プリマで何かあればグラン・プリマに迷惑がかかる。プリマだけは絶対に死守せねば。

その思いでここまで走ってきた。調理スタッフの技術も今では宮廷料理人よりスキルが高い。新しいメニューも何品か小春の許可を貰って追加できた。


「子ども、そろそろ作るかなぁ…… ノーラはどう思ってるんだろう…… しかし、まだだ、まだやることが、やりたいことが沢山ある」


そうつぶやいて、気合を入れ直した。


その日の夕方、魔王が帰ってきた。


「戻ったぞ」


「もう帰ってきたの? みんな納得してくれた?」


「うむ、納得させたぞ」


「どうやって?」


「はじめは皆んなゴネておったが、『全員、末代まで殺すぞ』と脅してやったら納得しおったわ、ハッハッハッ」


「それは脅迫だからね、説得じゃないからね」


「わかっておる、最初に一発カマしてやればおとなしくなる、それからしっかり話してやった、魔王国にも少しは頭のいいヤツがおってな『魔王代行はアラーナ様でいいですが、有事の際はどうなさるのですか?』とな、有事は我が出ると言えば納得したぞ」


「でも、それはそれで何か寂しくない? 『魔王は飾り物』って言われてるようでさ」


「確かに飾り物だからな、われが自覚しておるから問題ないぞ、ハッハッハッ」


「そう言うものなのかなぁ」


「それに引き換え、プリマはどうだ! ここで働きだして毎日が充実しておるぞ、家に帰っても『明日のランチのソースは何だったかな』とか『野菜は保冷庫にしまったか』など、常に料理のことを考えておる」


「そうなんだ、今思ったんだけど、マー君ってどこで寝泊まりしてるの? 毎回国に帰ってるの?」


「うむ、始めの頃はそうしておったが、結構大変でな、今は、教会の裏の小屋に住んでおる」


「教会? 大丈夫なの?」


「問題ない、シスターの許しも得ている」


「いや、そっちじゃなくて、ほら、闇の魔王と聖なる教会って、マー君の力が弱まったりとかしないの?」


「あぁ、それか、最初の頃は頭皮が痒くなってたがもう慣れたな」


「ん~、どうしようかなぁ」


「なにがだ?」


「マー君もココ長いでしょ、だから寮とかどうだろうって思ったんだけど、魔族でしょ」


「なに、気にするな、小屋でも不自由はしておらん」


「しかし、一応は国家元首だよ、格好つかないんじゃない? ほら、他国の来賓がマー君の家に『遊びに行きたい』とかなったら、小屋じゃまずいでしょ」


「その時は魔王城に案内すればよかろう」


「まぁ、それもそうだけどさぁ…… 今度、小春シェフにきいてみるよ」


「あぁ、助かる」



確かに、すでに魔王のプリマにおいてのポジションは外せないものとなっていた。

魔王をしたっている若い料理人も複数名いるのも確かだった。仕事終わりに魔王と皆んなで酒場に行くこともあるらしい。


「今度、いろいろとシェフに相談してみよう」


「それはそうと、シェフは2号店とか出さないのかなぁ、ココも常時満員で毎回、入りきれないお客様を返すのが忍びないんだよな。」


ランチに入れなかった客には翌日の優先券を配っているのだが、通常の客数プラス優先券客になるので、どんどん後ろに伸びって、優先券客だけでランチが終わることも多々ある。そのへんも含めて小春に相談をするのであった。




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