第17話 お貴族様ふたたび

それからしばらくして金庫も納品され、店も大繁盛していた。

1階60席、2階30席は常に満席だった。

ランチは日替わりランチのみのメニューで900G、

噴水亭より高くしたのは噴水亭の客を取ってしまわないように配慮したものだった、

そのため噴水亭より少し質のよい食材を使っていた。


売上もランチ営業だけで、

90席x900円x3回転=24万3千円

日曜日を店休日にしているので月の売上が

24万3千円x25日で600万円オーバー


今後、夜営業とパーティーが加わると、

年商は1億5千万円を軽く超えてくるだろう。


スタッフも今では、小春、ルディ、ノーラを除いて、

女性のホールスタッフが合計20名、

厨房スタッフが男性10名、女性2名、見習いが3名。


十分過ぎる布陣なのだ。


2号店を出してほしいとの依頼があるのだがまだ、そこまでスタッフも育っていないのが現状である。


そんななか、3人の男性がランチ終了間際に来店してきた。


そのうちの一人は高貴な風貌で後の二人は付き人のようだった。


「まだ良いかの?」


高貴な男が声をかけた。


「少々お待ち下さい、シェフに確認してまいります」


「シェフ、お貴族様らしき人が食事をしたいそうですが、いかがしましょう?」


女性のホールスタッフが小さな声で小春にたずねた。


「ご案内してください、私が対応します。」


《またお貴族様かぁ、気を使うんだよねぇ~》


「いらっしゃいませ、オーナーシェフの小春と申します、こちらの席へどうぞ」


そう言ってお貴族様が座る席の椅子を引いてあげた。


「日替わりランチでよろしいですか? 本日はバルボとビフリのハンバーグステーキをご用意しております。」


「ふむふむ、噂に聞いた料理じゃな、それを頼むとしよう」


白い髭を蓄えた初老のお貴族様、付き人はテーブルに座らずお貴族様の後ろに立って周りを警戒しているようだ。


「何処かで見たことあるような・・・」


修行料理人のひとりがつぶやいた。


「お貴族様なんて似たようなもんだろ」


「まぁそれもそうだな、俺達とは違う世界の人だ」


修行中の料理人がボソボソと話した。



「大変おまたせ致しました。本日のランチのハンバーグステーキでございます。お肉はバルボとビフリの肉を細かく叩きハーブと香辛料を練り込んでおります。こちらはセットのスープ、サラダ、フォカッチャパンでございます、ごゆっくりお召し上がり下さいませ」


「ふむふむ美味しそうな匂いが食欲をそそるのぉ」


そう言ってお貴族様は鼻髭の端をつまんだ。


「では、頂くとしよう」


ハンバーグをナイフで切ってひと口、



ファン・ファン・ファン・ファファ・ファ~~ン(ヴィヴァルディ四季:春)


「これは素晴らしい! ひと口入れると食欲をそそる肉の香りがし、噛めば噛むほど旨味に溢れた肉汁が口一杯に広がり幸福に満たしてくる! さらに、それを追いかけるように鼻腔をいくつものハーブの香りが虹のようにくすぐるではないか。ここでサラダというこの生の葉野菜を食べるとどうだ、野菜にまぶされた柑橘の酸味と野菜の苦味で一気に口の中が爽やかになるではないか、そしてこのフォカッチャというパン、硬すぎず柔らかすぎず、噛めば軽く歯を押し返す心地よい弾力! はぁ何という至福のひととき!」


食レポがすごい


「お前達も召し上がりなさい」


そう言って老人のお貴族様は付き人を促した。


「滅相もございません陛下!」



「!」



「ちょ!」


「私、今、陛下って聞こえたんだけど・・・」


「は、は、はい、私にもそう聞こえました」


ウンウンウンと一同激しく同意。


《ちょっと、ヤバくない? 陛下って王様だよね? ヤバいよね?》



ガラガラガチャ~~ン!


「陛下~~~! 陛下~~~! ハァハァハァ!」


「どうした騒がしいぞ、店に迷惑がかかるじゃろ」


身なりの良い貴族風の男がドアを勢いよく開けて駆け込んできた。


「失礼しました陛下、しかし、お一人では動かれませんようにあれほどお願いしたではありませんか!」


「そうか? お前達の歩くのが遅いのではないか? フォッフォッフォ」


「陛下、途中から駆け足だったじゃありませんか。」


「フォッフォッフォ、運動代わりじゃ、そう言わずにお前も座れ、ここの料理は食べたことがあるまい? 大変美味だぞ、民達がこのように美味い食事をしているのを知れて幸せじゃわい」


「はぁ、必要であれば王宮に呼び立てればよろしいではありませんか」


「何を言う、その場で食べるから美味いのじゃて、お前もまだまだじゃの」


「おい、小春と申したかな? コヤツにも同じものを頼む」


「かっかかしこまりました!」


敬礼でもしそうな勢いで小春が返事した。


「シェフ・・・」


ルディが心配そうに小春を見た。


「大丈夫、おちつけ私~~」


「ルディ、スープとフォカッチャお願いできる?」


「え?良いんですか?」


「お願いするわ、『王様御一行にスープ出した』って自慢できるわよ♪」


「あ!じゃ、俺皿を用意します!」


と、見習い君1号


「あ、俺、王様の皿洗いします」


と見習い君2号


「わ私、王様にお水だしちゃったたた」


と女性スタッフ1号


「私、ドア開けるわ」


女性スタッフ2号


「じゃぁ、じゃぁ、私は・・お礼言います」


と入ったばかりの新人さん


「それは皆んな言おうね」


ハハハハッ♪


皆んなの緊張が溶けた。


「シェフはさすがです、こんな時でも一言で皆んなの緊張が溶けました」


「たまたまよ、たまたま」


そう言って小春はニッコリ笑った。


「はい、ランチ上がりますお願いしますね」


「ん、わかった」


「え? ノーラ? ちょっと! ノーラ!」


ノーラが料理も持ってスタスタと陛下のテーブルへ向かった。


「や! ヤバイですよ! シェフ! ノーラのサービスはかなりヤバイかもです」


《まずい! 本当にマズイ!》


スタッフ全員がホラー映画を見るような体勢でノーラの行く先を見ていた。


ファンファンファンファファファ~~ン ヴィヴァルディ四季:春


「たいへんお待たせいたしました。本日の日替わりランチのハンバーグステーキでございます。

使用したお肉はバルボとビフリの肉を細かく叩き、香辛料と新鮮なハーブを練り込みました。付け合せにはパタテを新鮮な油をふんだんに使用し揚げたもの、こちらは石臼で小麦を細かく挽き、白い部分だけを選別し清めた水と卵と塩を加え丁寧に丹念に捏ね、制作しましたオーブンを、最適温度になるように調整し香ばしく焼き上げました。こちらの清らかな聖なる黄金色をしたスープは3日間掛けてビフリ肉、テレス鶏を煮込み、贅沢にもその上澄みだけを使用したプリマ特性コンソメスープでございます。こちらのサラダは制作しました保冷庫で、保存しておいた新鮮な葉野菜の柔らかい部分のみを使用し、丁寧に手作業で一枚一枚一口大にちぎり分け、アランチャとレモネなどの柑橘類をベースにドレッシング・ソース作り葉野菜に優しくまとわせたものになります。どうぞ、心ゆくまでご堪能下さいませ、本日はわたくし、ノーラが!、プリマのノーラが!お料理をサーブさせて頂きました。なにとぞよしなに・・」


一同唖然


「い、今のノーラだよね? そっくりさん?」


「いえ、本物のノーラです」


クールに答えるルディ


《はは~ん、『僕は知ってました』ってかぁ? 『ノーラの素顔知ってます』ってかぁ~?》


「ノーラさんって本当は凄いんですね」


スタッフ一同頷く。


「でも、最後の『なにとぞよしなに・・』には吹き出しそうになったけどね」


「ん、問題ない、陛下は私の虜」


「陛下じゃなくて、お付きの人が虜になっちゃうよ」


「ハハハハッ!」


そうやって緊張したり緊張ほぐれたりで陛下たちへのサービスは終わった。


帰り際に王が


「小春ともうしたか、世話になった、今度、王宮に遊びに来なさい。色々と話しを聞かせてくれないかね」


「はい、陛下のご要望とあらば」


「うむうむ」


ニコニコと陛下御一行は帰っていった。


「あれ? 代金は?」


スタッフの一人が言った。


「ガッハッハ! 王様が食い逃げとはまた面白い~~!」


「最高のオチだな! ハッハッハッ!」


一同、顔を見合わせて大笑いした。




「あの、シェフ」


テーブルを片付けていた女性フタッフが、


「ん? どうしたの?」


「こんな物がテーブルに置いてありました」


「見せて、なんだろうコレ」


小春は表裏眺めてみた。


「なにかのメダルのようね」


「こ、小春、そ、それ、ほ、宝金貨!」


あのクールなノーラが引きつりながら言った。


「ほーきんか? なにそれ? 美味しいの?」


「ほうきんか、大金貨のひゃひゃ百倍、コワイ」


ノーラがバグってる


「え? え? え~~! いちじゅうひゃくせんまんじゅうまんひゃくまんせんまん・・・」


《いっせんまんえん! ですって~~!》


「ちょっと貸して、今なら間に合うから返してくる」


小春は走って陛下の後を追った。




「お待ち下さ~~い!」


「陛下~~~!」


馬車に乗り込もうとしていた陛下を小春が大声で呼び止めた。


「おいおい、あれ小春ちゃんじゃねぇか?」


「あれマズイだろ!」


周りにいた者たちが小春と馬車に注目した。


「待て! 貴様! 王家の馬車と知っての狼藉か!」


護衛の近衛騎士が剣を構えて小春の前に立ちふさがった。


「よいよい」


小春は馬車に乗りかけていた陛下のまえにひざまづき息を切らしながら言った。


「陛下、お忘れ物をお持ちしました」


そう言って両手で宝金貨を陛下に差し出した。


「忘れ物はしておらぬぞ、それは世話になった代金じゃが」


王はニコニコしながらそう言った。


「しかしながら、このような大金は頂くわけにはまいりません!」


額に汗をびっしょりかいて頭を下げてそう言った。


「よいよい、わしの気まぐれじゃ、受け取るがよい」


「それは出来かねます、わたくしどもは適正な料金設定をしております、たとえ陛下にあらせられましても、このような大金を頂くわけには参りません」


「小春ともうしたかの?」


「はい、陛下」


「遠慮は過ぎると時として相手を不愉快にさせるものじゃ、覚えておきなさい、フォッフォッフォッ」


「う・・・・」


そう言いながら馬車に乗り込むと陛下御一行は去っていった。




「小春ちゃん、大丈夫かい?」


周りに居た者たちが駆け寄ってきた。


「下手すりゃ死罪だったぞ小春ちゃん」


汗をびっしょりかいた小春は無言でトボトボと店に帰っていった。


《遠慮は過ぎると不快かぁ~、難しいなぁ》






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