第15話 閑古鳥
小春の店『プリマ』開店前日。
「お庭の掃除も終わったし、客席も掃除した、食材の確認もオッケー、いよいよだね、皆んな!」
メンバーは小春、ルディ、ノーラ、それに臨時休業で手伝いに来てくれた噴水亭のダン、ミラ、修行中の料理人が3人。
「小春ちゃん、ここはシェフから挨拶を頼む」
ダンがそう言うと皆んなが頷いた。
「コホン、えーっと、わたくし日向小春はテレス王国へ来てルディに出会いました、右も左もわからず困っていたところを噴水亭の皆様に助けられ、沢山の人に励まされ、ここまで来れました、まずはお礼を言わせて下さい。
みんな本当にありがとう御座います。
そしてこの店『プリマ』を街の人を明るく出来るようなお店にしたいと思ってます、これからも皆さんのご協力をお願いします。」
パチパチパチ~~~
小春は密かに制服を用意していた。
「皆さん、2階の倉庫に『プリマ』の制服が届いてますので着替えてきて下さい、サイズは3種類あるので丁度いいのを着てね」
「おお~~」
一同感激
制服のデザインは日本にあった白いコックコートのデザインをベースに、
生地は丈夫で柔軟性があり燃えにくく吸水性がある、ズボンは日本で言うタキシードクロス。ズボンのポケットは、前に二つ後ろに二つそれぞれ金糸でパイピングされている。
みんな中学校の入学式のように楽しそうにお互いの服をチェックしあっていた。
「シェフは着替えないんですか?」
「そうね着替えてくるね」
そう言って二階に上がっていった、しばらくして小春が登場すると
「おぉぉぉ~~!」
と、歓声が上がった。
小春の服はさらに特別製、袖には赤とピンクとオレンジ色で細い三本線が入っており、左胸には『Chef Koharu』と刺繍があり、その横に桜の花びらが三つ、そして国際コンクールで貰った金のバッジ、少し照れくさそうにしている。
「みなさん、コック服が白いのには理由があります、白は汚れが目立ちます、それなのに白です、理由が分かる人いますか?」
「汚れたらすぐに洗濯し、常に清潔に保つようにだと思います」
「大正解! ルディは本当に凄いね!」
「伊達にシェフのお付きをしてませんから」
ルディはそう言ってみんなに自慢した。
「制服の予備はありますので、汚れたら必ず着替えて下さい。」
「はいシェフ!」
「では、そろそろ開店です、がんばろ~!」
「お~!」
開店後数時間。
「来ませんね、シェフ」
「そ、そうだね、ルディ」
「どうしてでしょうね、シェフ」
「どうしてだろうね、ルディ」
「何かあったんですかね、シェフ」
「こまったわね、ルディ」
開店してとうにランチラッシュの時間は過ぎてるのにまだ一人も客が来ていない。
《どうしてだろう? 私の料理は王都で噂になってると聞いたけど、自惚れすぎてたのかなぁ、資金は全然余裕あるけどスタッフに申し訳ないなぁ》
そうしてランチタイムが終わった、今日は様子を見るためにお昼営業だけにしていた。
「あのぉ、シェフ……」
「ん? どうしたの?」
「どうしてお客さん来ないんでしょう?」
女性のホールスタッフがたずねた。
「それだよね~、私も考えてたの・・ 噴水亭の人にも臨時休業してまで手伝いに来てもらったのに申し訳ありません」
「小春ちゃん気にしなさんな、最初はこんなもんだろう」
そういってダンは小春の肩をポンポンと叩いた。
《飲食店は最初の三ヶ月が大事、そこを乗り越えれば軌道に乗るはず、「客が来ねぇからって味を変えちゃだめだ」ってお父さんも言ってたっけなぁ》
―――――翌日―――――
「今日もお客さん来ませんね。」
「う、うん」
「小春ちゃん、気を落とすな、必ず繁盛するから」
ダンが励ます、噴水亭は3日間休業してプリマを手伝いに来てくれていた。
「有難うございます」
普通ならピークタイムのはず、来客が一人もない。
「わたし、ちょっと外を見てきます」
小春は通りへ出て噴水広場に向かった、そして小春は目の前のものに驚愕した。
「え? 聞いてないんですけど~!」
そこには『道路工事のため通行禁止』の立て札があった。
交通整理をしている衛兵に
「これって、いつからいつまでですか?」
小春は血相を変えて尋ねた。
「いやぁ、俺も聞いてないんだ、いつまでこんなところに立ってなきゃならんのか困ってるんだよ」
「そ、そんな~~」
小春は走ってプリマに戻った
「みんな聞いて!」
小春は息を切らしながら皆んなを集めた
「あのね、大通りへ向かった先で工事してたの! ハァハァ」
「いつ終わるんですか?」
ルディがたずねた。
「それが衛兵さんにも分からないらしいの」
「道路工事はいい加減だからなぁ、終わる予定でも平気で伸びたりするからなぁ、小春ちゃんどうするよ?」
ダンが言った。
「そうですね、ちょっと対策を考えます、今日は一旦みんな帰ってもらって結構ですので……」
ルディとノーラは住み込みなので残り、それ以外のスタッフは帰っていった。
「シェフ、どうしましょうか? 食材も沢山ありますし……」
「そうなのよ腐らせるわけには行かないしね」
「ノーラ、協力する」
ふたりとも真剣な面持ちで小春に言った
《考えろ~私、考えろ~》
頭をポリポリかきながらしばらく小春は考えて
「そうだ! ひらめいた!」
突然の大声にノーラとルディのクールな二人もびっくりした。
「えっとね、明日からお弁当を作る!」
「オベントウ?」
「そう、お弁当、箱に料理を詰めて市場や広場で販売するの!」
「それはいい考えですね!」
「ん、ノーラ、賛成」
「そうと決まればお弁当箱ね、今からタタキさんの所に行ってくるね」
コック服のまま店を出ていった
「シェフ、すごいよね、ノーラ」
「ん、知ってた」
―――タタキの工房にて―――
「こんにちは~、タタキさんいますか~ ハァハァ」
「おー、どうした小春ちゃん慌てて」
「よかった、タタキさんにお願いがあるの」
「なんだい?」
「カクカクシカジカでカクカクシカジカなの」
「いやぁ、そりゃ災難だったなぁ」
「で、そのオベントウバコってのはどのくらいの大きさのを何個作ればいいんだい?」
「このくらいの大きさでとりあえず50個ほどたのめる?」
「あぁ、50くらいなら明日の昼前には持っていけるぞ」
「ありがと~タタキさん」
「気にするな、世話になってる小春シェフの頼みだ」
「それでね、売れ行きをみてまた追加するかもしれないけど大丈夫かなぁ?」
「それは問題ねぇよ、数さえわかればきっちり収めてやるよ、取り急ぎ2~3個、後で見本を届けようか?」
「ありがとう、急なお願いでごめんね」
「気にするなって」
しばらくしてタタキが見本を持ってきた。
「このくらいの大きさでいいかい?」
「うん、大丈夫だけどもう少し薄い板で作れる?」
「あぁ問題ねぇよ」
「あと、お弁当箱は積み重ねられるように上下を平らに出来るかなぁ」
「あぁ大丈夫だ、じゃ俺は戻って作業に取り掛かるよ」
「お願いします」
「タタキさん、頼りになりますよね」
ルディはタタキの仕事の早さと丁寧さに関心していた。
「そうだよね、仕事も丁寧だし、あの風貌から想像つかないくらい手先が器用だもんね」
「ん、家具全部、タタキが作った」
「さて、私達はお弁当の試作に取り掛かりましょ」
「ん」
「はい、シェフ」
3人は弁当の試作に取りかかった、メニューはあっさり決まった。ランチメニューをそのまま箱に詰めることにした、汁が出そうなソースはやめて別のものに変更した。
翌日。
「おはようございま~す」
「おはよ~」
スタッフが出勤しはじめた。
「えっと、今日から暫くはお店は閉めます。」
スタッフがどよめく
「安心して下さい、お店は閉めますが料理は作ります、ルディ説明お願いできる?」
「はい、シェフ」
コホンと咳払いして説明を始めた。
「店の前から続く道ですが、工事の終了の目処がわからないので、プリマでお弁当を作ることにしました、『お弁当』とは持ち運びできる料理の形式でこの箱に料理を詰めて提供します。
メニューは日替わりランチで用意している食材を使います、店内で調理後すぐに食べて頂くわけじゃないので、衛生面には充分に気をつけて下さい、手洗いはもちろんの事、使用する野菜や肉の状態を厳しく確認してください、わからない時は必ずシェフに相談してください。
それから出来上がったお弁当は順次、市場の屋台へ運びます、厨房スタッフと屋台スタッフに別れますが屋台の方はホールスタッフにお願いします、以上ですが不明点はありますか?」
あまりにも的確でスマートな説明に、小春もノーラもスタッフもびっくりして言葉をなくしていた。
「あの、料金はいくらでしょうか?」
「料金は500Gです」
「え? 安すぎませんか? 噴水亭のランチは700Gですよ」
「大丈夫です、お弁当は接客のサービスが出来ません、お水を運んだりお皿を下げたり、本来はスタッフが行うことをお客様がされます、その分の料金は頂けないのでこの値段にしました。」
小春が説明した。
ホールスタッフが自分たちがしている仕事におカネが払われている事に驚いた。
「私達が、お皿を下げたりしてるのにもおカネを貰ってるってことなのかしら?」
ホールスタッフの女の子がつぶやいた。
「そうです、しかし、正確には料理の代金に含まれていますのでお客様から直接頂くことはありません」
「よかった、そんな事になったら私、緊張しちゃってお皿出せなくなるところだったわ」
ハハハハッっと笑いが起こった。
「では、説明は以上です、さっきルディが言ったように衛生面には充分に注意してくださいね」
「はい、シェフ」
「では開始しましょう」
昼前になりお弁当を持ったスタッフと小春達は市場へ向かった。
「シェフ、屋台は用意されてるんですか?」
「ん~ん、用意してないよ。」
「え? じゃ、何処で?」
「あそこ」
そう言って小春は生ジュース屋台を指差した。
「あ、小春姉ちゃんにノーラ姉ちゃん!」
「今日はヨロシクね♪」
「うん、任せといて~」
「この子達は?」
「ノーラの下僕」
「下僕じゃないやい、友達だろ!」
「ここはノーラが面倒を見てやってるの、いい子たちだから仲良くしてあげてね。」
「わかりました」
「じゃぁ、始めましょうか!」
小春は口に両手をそえて
「おいしい料理はいかがですか~~! プリマ印のお弁当で~す!」
それを見てルディや子どもたちも真似をした。
大きな体の男が近づいてきて、
「なぁお嬢ちゃん、お弁当ってのは何だい?」
「このようなものです」
サンプルを作っておいたお弁当の中を見せた
「へぇ~うまそうだな、幾らだい?」
「500Gです」
「ほう、安いな、一つもらおうか」
「有難うございます!」
「おっちゃん、一緒にジュースどう? 美味しいしお弁当によく合うよ~」
「そうかい、じゃぁ一つもらおうか」
「まいど~」
ノーラが子どもたちにサムズアップ
ちらほらと興味を持った客が来はじめた。
「あら、小春ちゃんじゃないかい?」
服屋の女将が声をかけてきた。
「こんにちは~」
「改めて見ると我ながら傑作だねぇ~~」
小春たちのコック服を眺めながらそう言った。
「はぃ、従業員もとても喜んでますよ! 本当に有難うございます!」
「いや~、そりゃ良かったよ、ところで何してるんだい?」
「カクカクシカジカでカクカクシカジカなんですよ~」
「なるほど、そりゃ難儀な話だ、オバチャンもオベントウとやらを一つ、いや亭主のぶんも合わせて二つ頂こうかねぇ」
「有難うございます!」
弁当を渡すと服屋の女将は大きな声で
「お~~! ここがあの王都で有名な『シェフ小春』の料理が食べれる屋台かい!
こりゃ見逃すわけにはいかんねぇ! このすごい料理で500Gかい? こりゃすぐ売り切れちまうだろうから皆んなに教えてやらなきゃだ~~!」
服屋の女将は大声でその辺りじゅうに聞こえるように叫んで、小春にウィンクして足早に帰っていった。
小春達はペコリと頭をさげた。
女将の一声で用意していた20食はまたたく間に売り切れた。
ルディにプリマまで走ってもらい追加を持ってくるよう指示した。
「小春姉ちゃんって有名人なのか?」
「ん、とても有名人、大金持ち」
「ノーラ余計なことは言わないの」
「ん、事実」
そうこうしてるうちにルディが両手に弁当を持って帰ってきた。
「遅くなりました、とりあえず出来上がってた分の13個だけ持ってきました、残りは出来次第持ってきてもらいます。」
「ありがとー!」
「私は一旦、店に戻るね、ここお願いねルディ」
「はい、シェフ」
小春は店に戻った。
「おつかれ~ お弁当箱はあといくつある?」
「あと20個くらいです、今、タタキさんのところに明日の分を前倒しで頂きに走ってます」
《うちのスタッフは優秀だ》
「ありがとう、時間的にあと50個くらいで良いと思う」
「わかりました、調理は私が代わるから、屋台販売に興味がある人は交代で行ってきてみてね」
「分かりました、私行ってきます、よ~し!」
そう言ってコック服の袖をまくり修行中の女性調理スタッフが出ていった。
「あ、そのあと私も行かせて下さい!」
《ウンウン、何事も経験だよ♪》
「ん、もどった」
ノーラが帰ってきた。
「おかえりノーラ、屋台はどう?」
「ん、もうすぐ売り切れる、次、出す」
「オッケー、今日は今作ってる分でおしまいです」
「ん、分かった、小春これ飲むとイイ」
ノーラは生ジュースを差し出した。
「ありがと~~ って、これ飲みかけじゃない?」
「ん、ノーラと小春、間接キッス、小春のエッチ♡」
《え? あのノーラが? この子ってこんなノリだったっけ?》
スタッフがクスクスと笑っている。
弁当がすべて出来上がり、交代で修行中スタッフが持っていった。
小春も一緒に屋台へ向かった。
「オィオィ! 押すなって!」
「お前こそちゃんと並べよ!」
「なんだと?」
「喧嘩する人には売りませんよ」
ルディがクールに制する。
「ちょっとルディ、どうなってるのこの行列! 職人街まで並んでるよ」
「それが、どんどん増えていくですよ、『弁当の数はそんなに無い』って説明したんですがそれでもどんどん噂が広がったっぽくて」
「なるほど~」
「え~お並び中のみなさま~、本日のお弁当は残り23個で終了となりますので、お一人さま一つでお願いいたします。本日買えなかったお客様には後ほどスタッフが優先券をお配りしますので後日ご利用下さい。並ばなくて良いように優先的に販売させていただきます。」
弁当販売が終了した。
生ジュースもいつもの三倍売れたそうで大喜びしていた。
帰りにタタキの工房によって翌日から100個いけるよう頼んできた。
翌日から屋台を市場と広場に広げて弁当を販売した、商業ギルドからの要請で行列が長すぎて迷惑になっているそうだ。
当然、弁当の数も2倍になったのだが、タタキの工房が凄いことになっていた。工房に入り切らない弁当箱が表にも溢れていたのである。
店のスタッフに順次取りに行かせ一度
店の方も1日に200個が限界だった、噴水亭もそう長く閉めてるわけには行かずダンたちには帰ってもらったがミラはどうしても残ると言ってきかなかった。
ダンは噴水亭は人は足りてるから問題ないといってミラを預けていった。
プリマでもホールスタッフを新たに採用した、なんでも街の女性からプリマの制服が大人気で、制服目当ての女性が沢山押し寄せてきたのだった。
あと、ルディ目当ての女性も増えた。
弁当を販売し始めてから2週間ほどして商業ギルドから道路工事終了の知らせが来た。
小春はスタッフに休日をあげてなかったことを思い出し三日間の休暇を全員に出した。
休暇前に一度、給料を精算しスタッフには1万Gのボーナスもつけた。
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