第13話 錆びない鉄

小春が噴水亭で働き始めてもうすぐ一年、季節は春になろうとしていた。

噴水亭の厨房にはカルミア家の料理人だった人が二人働いていた。

男爵家の料理番を辞めて小春の料理を勉強したいと来たのである。それ以外にも数人、交代で何人か貴族の料理人が修行で来ていた。噴水亭は行列が絶えず、営業時間を長くしてほしいとの希望から、ランチが終わると夜営業まで閉めていたのを開け夜営業も少し伸ばした。


修行に来ている料理人はもちろんタダ働きなのだが、それでも王都の貴族の料理番は修行の順番待ちをするほどだった。



「なぁ小春」


「はい」


小春とダンは豆煎り茶を飲みながら開店前の一時を客席でくつろいでいた


「おまえさん、自分の店を持つ気はないか?」


「どうしたんですか? いきなり」


「お前も知っての通り、修行希望者が後をたたないんだ、最近じゃランチを食べに来て料理の盛り付けや味をノート書いていく奴が沢山いるんだ、勉強の為なんだろうが、行列ができてるのにそれをやられると他の客に申し訳ないんだ、『早く帰ろ』とも言えないしな」


《そう言えば、このところラッシュが落ち着いてきたのは、スタッフが慣れてきたからとばかり思ってたなぁ、そんな事になってたんだ》


「自分のお店は私の夢ですが、いいんですか?」


「お前はカネはメチャクチャ持ってるだろ、店の一つ二つはすぐ出来るだろう、それにお前のような料理人はこんな所でくすぶってちゃいけねえ。」


ダンは申し訳無さそうに話した。


「そうですかぁ、じゃぁ今月一杯で辞めさせて頂きますね」


「ほんとに申し訳ない」


「いえいえマスターが気にすることじゃないですよ」


「本当は『嬉しい悲鳴』ってやつで喜ばなくちゃいけないんだろうが、申し訳ない」


「大丈夫ですよ、私も念願の自分の城が持てて嬉しいですよ♪」



そうと決まると話は早い、ダンの知り合いの大工職人の『タタキ』という人物を紹介してくれた、一度挨拶に行ったが温和で気のいい男だった、さらにタタキから『ヒルダ』という女の設計士を紹介された。


場所は商人ギルトに斡旋してもらった、噴水亭から大通り2つほど離れた場所に火事で焼けた貴族の屋敷跡の土地を借りた、広さは噴水亭の4倍ほど、3階建てで1階と2階の一部が客席、3階が住居、厨房は貴族の屋敷にあるような大きな厨房の予定だ。


火事跡の家だったので一旦全部取り壊して基礎工事からやったほうがいいとヒルダの提案がありそれに従った。ヒルダもこれほど大きな料理屋の設計は初めてらしく、設計図を書いてるときは鼻息が荒かった。


《あとは厨房施設だ、冷凍室に冷蔵室、この辺りはステンレスで作りたいけどあるのかなぁ? ステンレスはなくても似たようなのがあるかも、あとでタタキさんにきいてみよう》



タタキの方は手先がとても器用で基礎工事に屋根の棟上げから内装工事、はたまた店内の家具調度品に至るまで一貫して作ってくれた。厨房は小春立ち会いのもと試行錯誤を繰り返しながら作り上げていった。


それから、店を作るにあたってノーラとルディを呼び寄せ一緒に住むことになった。




「タタキさん、錆びない鉄って知ってます?」


「何だい? そりゃ」


「いえ、鉄の錆びないのはあるのかなぁ?って思ったんです」


「聞いたこと無いなぁ・・」


《だよねぇ、ステンレスは人工的に作ったんだもんね》


「鉄のことは詳しくないが、アルザン自治区のドワーフなら何か知ってるかもしれないな。」


《どぅわ~っふっ! 来たよ異世界では欠かせないキャラクター》


「ドワーフさんの知り合いとかいませんか?」


「知り合いの鍛冶職人にアガシってヤツがいるから紹介してやるよ、今度行ってみな」


「はい」




数日後


「ごめんくださ~い、タタキさんの紹介できました~」


「おぅ、どうした嬢ちゃん、ん? アンタ小春ちゃんだろ?」


王都では珍しいドワーフの職人だった。


「あ、ええ」


「有名人がうちに何の用だい?」


「あのー、タタキさんの紹介で来たんですが、お話しいいですか?」


「かまわねぇが、コイツを仕上げるまでちょっと待ってくれ」


トンテンカンと何かを作っていた。


「はい」


小春は興味深そうに鍛冶場をキョロキョロ見た。



「またせたな、で、話ってのはなんだい?」


「あの、錆びない鉄って聞いたことありますか?」


「錆びない鉄ねぇ・・・」


「錆びないかどうかは知らんがアルザンなら鉱石がいろいろ採れるからあそこで訊いてみるといいかもな」


「お知り合いとかいらっしゃいますか?」


「あぁ、丁度うちの若いのに石を掘りに行かせてある、そいつを訪ねりゃ大丈夫だろ」


「有難うございます、アルザン自治区までどれくらいかかりますか?」


「馬車で3日ってとこだな、今の季節なら雨も降らねぇからもう少し早くつくかもな」


「しかし、そんな鉄があったら世界が大変なことになりそうだな、ハッハッ」





小春は鍛冶屋を後にした。


《往復で1週間くらいかぁ、いや向こうで滞在するかもだから十日くらい見てたほうがいいよね、おカネも少し多めに持っていこう》


小春は修学旅行気分で荷物をトランクケースに詰めた。


《ノーラも連れて行ったほうがいいかなぁ? ノーラとルディも一緒に来てもらおう、『三人寄れば文殊の知恵』って言うしね》






―――――アルザン自治区へ―――――


「ルディ、馬車の待合所まで案内してもらっていい?」


「はい、わかりました」


「ノーラの荷物はそれだけ?」


「ん」


「大丈夫?」


「ん、問題ない」




道中、無事に三人は馬車に揺られながら無事アルザン自治区に到着した。


「ふぅ~、やっと着いたねぇ~」


「ん、疲れた」


「宿を先に決めましょう」


ルディはそう言ってホコリがついたズボンの尻をパンパンとはたいた。



「その前にお昼ご飯にしない?」


「そうですね、お腹すきましたね」


「ん」


三人は近くにあった宿屋に併設された料理屋に入った。




「いらっしゃ~い、開いてる席に座って頂戴~」


「注文は何にするかぃ?」


「オススメは何がありますか?」


「うちは何でもオススメだよ~」


テンプレの受け答え


「私達、テレスから来たんですが、郷土料理というか、ここでしか味わえないものってありますか?」


「ん? お嬢ちゃん料理人かい?」


「はい」


「あら? 黒髪に黒い目、テレスの女料理人、あんたシェフ・コハルじゃないかい?」


「あ、そうです、はい」


「いやぁ~ 光栄だなねぇ、有名人が食事に来てくれるなんて、しかしアンタほどの料理人の口に合う物を出す自信はないよ」


「いえ、土地のものが食べたいんです」


「そうかい?それなら、串焼きなんてどうだろうね、昼飯には物足りないかもしれないが、ここいらは鉱夫が多いからね、酒の肴に食べてくんだよ、ほら、ドワーフは大酒飲みだろ、串焼きは結構評判いいんだよ」


《なるほど、酒の肴は勉強したこと無いなぁ》


「じゃぁ、それをお願いします、ルディ達はどうする?」


「同じものをお願いします」


「ん」



テーブルに串焼きの盛り合わせが届いた、日本でBBQのときに作るような大きな串焼き料理だった。


「はい、おまち」


《ん~、ダイナミック!》


「これが一番人気のバルボ焼き、こっちがテレス鶏、これがゴトー山羊、そしてこれがマールン鴨、飲み物は何にするかい?」


《お酒以外もあるのかなぁ》


「僕は水を下さい」


「あ、じゃぁ私も水で」


「ん」



「どれも美味しそうねぇ、どれから行こうかなぁ」


「僕はこのバルボを」


「私もバルボが気になってたの」


「ん」


三人ともバルボに手を伸ばした


《豚? イノシシ? 丁度中間くらいかな》


「シェフ、美味いですねコレ」


「そうだね、ポルポとは少し違うけど野性味がいい感じでハーブを一緒に使うと美味しそうね」


「さすがシェフ、瞬時に考えつくなんてすごいです」


「ん、小春すごい」




「じゃぁ次はテレス鶏いってみましょ」


《ん? 王都で使った鶏より柔らかいな》


「あの、すみません」


「なんだい、口に合わなかったかい?」


「いえいえすごく美味しいです、このテレス鶏はすごく柔らかいですね」


「あぁ、それは若鶏さ、テレス鶏は繁殖力が強くてね、適度に間引きしないと増えすぎてエサ代が高く付くらしいよ、もともとはテレスが原産地らしいが、テレスじゃ育ちが悪いらしいね、わたしら地元の人間はテレス鶏じゃなくて『アルザン鶏』って呼んでるね」


「なるほど~、ありがとうございました」


「はーい、ゆっくりお食べ~」


「僕もそれ思ってました、柔らかくて肉汁が多いですね、メモします」


《さすがルディー、連れてきて大正解だよ》


「アルザン鶏かあ、使いみち沢山だ」


「次、ゴトー山羊頂きます」


「私も」


「ん」



「コレは硬いですね」


「多分だけど崖に住んでる山羊じゃないかぁ、筋肉が発達するとどうしても肉質が固くなるんだよ」


「なるほど~メモメモ」


《これはあまり美味しくないというか使うのが難しそう、乳とか出るといいかも》


マールン鴨は王都で食べたのと同じだった。




「ごちそうさまでした~ ふぅ、お腹いっぱい」


小春はお腹を擦りながら女将にに礼を告げた。


「お粗末様でした、口に合ったかい?」


「はい、とても美味しかったです」


「そりゃ良かった、シェフ小春に太鼓判押された店ってことにさせてもらうよ」


「え? は、はぁ」


《それ、ちょっと困るなぁ》


「あ、そうだ、さっき鉱夫の人たちが沢山来るってお話しでしたけど、テレスの王都から来てる方いませんか?」


「あぁ、一人いるよ、『メシは王都のほうが美味い』って文句ばかり言うやつさ」


《なんかスンマセン》


「そいつに用かい?」


「ええ、まぁ」


「今晩も来るだろうから言伝ことづてきいとこうか?」


「おねがいします、えっとーここは宿も兼ねてますか?」


「あぁそうだよ、泊まってくかい?」


「そうさせて貰いましょうか? ふたりともいい?」


「はい、問題ありません」


「ん」


「部屋はどうする? 二部屋とるかい?」


ルディが耳まで赤くなった。



「私、ルディ一緒、構わない」


「ノーラが良いなら私も構わないわ」


「じゃぁ一部屋だね」


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


ルディが待ったをかけた。


「どうしたの?ルディ」


「僕は男ですが」


「知ってるよ、私達に何かするつもり?」


「そんな事は絶対ありません!」


「手出したら、ルディ、死ぬ、魔法で瞬間冷凍」


「手なんか出しませんよ~!」


《それはそれで、女に見られてないと言うか、なんか複雑というか》


「じゃぁ問題ないでしょ? 部屋代浮くし」


「分かりました」


オンナはコワイって顔のルディ



部屋でくつろいでいると女将がやってきた、一階に降りて行き、鍛冶屋のアガシに紹介されたと告げて話しを始めた。


「錆びない鉄? 聞いたこと無いなぁ、作り方によっちゃ多少は錆びにくく作ることはできるがそれでも鉄だ、錆びる」


「クロム鉄鉱石ってご存じないですか?」


「くろむ? 聞いたこと無いなぁ、そういや鉄鉱石に似た石なら見たことあるぞ」


「どんな石ですか?」


「鉄鉱石は表面にうっすらと赤い錆が浮いてるのが良質なんだが、場所によっちゃそれがない物があるんだ、重さもそう変わらない」


「なるほど~」


《私もクロム鉱石の原石なんて見たこと無いからなぁ》


「その石で何か作ったことありますか?」


「ないな、誰も見向きもしないというか掘りもしないな、しかしなんでそんなもんがいるんだい?」


「私が生まれた国には錆びない鉄があるんですが、とても遠くてそこまで行けないんです、テレス王国で料理屋をやっているんですけど、調理器具に錆びない鉄が使えると非常に嬉しいんです」


「そうかぁ、鉄は塩ですぐ錆びるからなぁ」


「そこで相談があるんですが…… よいしょっと」


ドチャ!


小春は大金貨が詰まった袋をテーブルに置いた。


「これで錆びない鉄を作ってもらえないでしょうか?」


袋の口をあけて中を覗き込む鉱夫


「ちょっと待て! 幾ら何でも!」


「足りませんか?」


「いや、そうじゃねぇ! お前さん、不用心すぎるぞ! 早くしまえ」


慌てて袋を突き返す鉱夫


「もう少し詳しく聞かせてくれ、師匠の頼みだから力になってやりてぇが、オレ一人で手に負えるもんじゃなさそうだ」


「では、手伝って貰える人も雇ってもらって結構です、お金が足りなければお渡しします」


「お渡ししますって、その袋にどれだけ入ってるんだ」


「今は、大金貨で100枚(1千万円)ありますが、足りなければ追加しますので」


「ひゃ、ひゃ、ひゃくまい~?」


鉱夫の大声に他の客が注目する。


《なんか札束で頬を叩いてる感じだなぁ・・自重自重》


「ちょっと、師匠と相談させてくれ」


「はい、分かりました」


「私も王都に戻ったらアガシのオヤジさんにお願いしておきますね」



三日ほど滞在して三人は帰路についた。





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