第8話 さらなる試練


定休日の日曜の昼前。


「おーい、旦那いるか~?」


ダンの知り合いの鍛冶屋のアガシが開店前に裏口からやってきた。


「おう、どうした?」


「ダンに折り入って頼みがあるんだ」


先日のパーティーで来店していた客の一人だ。


「カクカクシカジカで、カクカクシカジカなんだ」


「そうだなぁ、ん~、分かった請け合おう、予算はどうなんだ?」


「それがだな、予算に上限は無いって言ってるんだよ」


「どういうことだ?」


「なんでも、男爵家の料理番からの依頼らしいんだ」


「男爵家? なんだか面倒な予感がするな」


「カルミア男爵様の晩餐会を仕切ってほしいそうなんだ。」


「なんだって? カルミア男爵といえば、あの大金持ちんとこじゃねーか! こりゃ引き受けなきゃ大損だな!」


ダンの瞳が輝いてる……


「しかし、お前と男爵家と、どういう繋がりがあるんだ?」


「うちの店の常連客の料理番が『噴水亭に知り合いは居ないか?』っていきなり聞いてきたもんだから理由を聞いたら、カクカクシカジカでお嬢様の社交界デビューの晩餐会があるそうなんだ。で、お嬢様がご友人から聞いた『プリン』というのを食べたいと仰ってな、俺は『噴水亭に教わりにいったらどうか?』って言ったら『料理人がそんなこと出来るか~!』って怒りやがって現在に至るって感じさ」


「なるほどなぁ~」


「小春、ちょっとすまない」


ホールを掃除していた小春の所へダンがやって来た。


「また、パーティーの依頼で今度は出張だが構わないか?」


「はい、大丈夫ですよ。でも、そうですね、一度伺って厨房とか確認しておきたいですね。あとパーティーの趣旨ですね、どんなパーティーかで内容も変わりますし。」


「男爵家だから厨房は問題ないだろう、パーティーはご息女のデビュタントだそうだ、なんでもプリンを食べたいそうだ。」


「デビュタントって社交界デビューの事ですよね? ご息女様はおいくつの方でしょうか?」


「社交界デビューだから、15のはずだ。」


「そんな一生に一度の大切な行事を私が受けても大丈夫なんでしょうか?」


「いや、そこは問題ないだろう、向こうからの指名だからな」


「わかりました、最善を尽くします、日程はどうなってますか?」


「二ヶ月後だそうだ、だからそれまでに先方と打ち合わせを頼む」


「わかりました、まだまだ余裕がありますね。」


「あぁ、じゃぁ頼んだよ。」


そう言って鍛冶屋のところへ戻っていった。



「大丈夫だそうだ、うちの料理長にすべて任せろ。」


「ああ、じゃぁ、宜しく頼んだよ。」


そう言って鍛冶屋は帰っていった。



《予算無制限ってのが一番困る注文なんだよね~ それに、男爵様の料理番って以前来た偉そうにしてた人だよね》


「マスター、わたし少し部屋にこもってメニュー考えます」


「すまんな、小春にばかり押し付けて」


「いえいえ、こういうの好きですから」


「あとで豆煎り茶持っていくよ」


「有難うございまーす。」




――――小春の部屋にて――――


「無制限の予算ってどうしようかなぁ・・」


「とりあえず魚料理は入れるとして、そもそもコース形式なの? 立食形式なの? ダメだ、話を聞きに行ったほうが早い!」


小春は階段を降りて行き、ダンに鍛冶屋の住所を聞いた。途中ルディに出会いルディも一緒に連れて行くことにした。 鍛冶屋に男爵様の家を教えてもらい料理番に合うことが出来た。




―――― 男爵邸にて ――――


「こんんちは~、お忙しいところ恐れ入ります、料理長様いらっしゃいますか?」


ゴミを捨てているコック服を着た少年に尋ねた。


「はい、どのような御用でしょうか?」


「私、噴水亭から参りました小春と申します。ご息女さまのパーティーの件について参りました。」


「あ、噴水亭の、少々お待ち下さい。呼んできます」


礼儀正しい少年だった。料理長の教育がしっかりしている証拠だ。



「おまたせしました、こちらへどうぞ」


そう言って屋敷の玄関に案内された。フランスのベルサイユ宮殿ばりの豪華さに小春は度肝を抜かれていた。


「こちらです」


執事に案内された部屋には男爵らしき男性と先日の料理人、それにご息女の隣に母君らしき女性がいた。


「どうぞ、おかけ下さい」


小春とルディは場違いのような気がしながらソファーに腰掛けた。


「お茶をお願いしますね」


そう言って婦人が執事に申し付けた。


「あ、どうぞお構いなく」


小春はキョロキョロが止まらない。


「クスクスッ」


ご息女が口に手をやり小動物のような笑い方。


「こら、失礼だぞ」


男爵が娘を叱責した。


「大変、失礼しました、この子は友人が少なく世間知らずなところがあります」


婦人が頭を下げると娘もペコリと頭を下げた。


《お貴族様って平民に頭を下げるの?》



「初めてお目にかかる、私はカルミア家の当主であるザルム・フォン・カルミアだ」


「わたくしは妻のエリー・フォン・カルミアです、そして娘の」


「メリア・フォン・カルミアです、お見知りおきを」


貴族らしくしなやかでスマートな挨拶だ。



「あ、私は小春と申します、日向小春ですこっちが助手のルディです。」


「なるほど黒い瞳に黒い髪、確かに異国の風貌ですね。」


「はい、日本という遠い国から来ました。」


「ほう、聞いたこと無い国ですね、移住ですかな?」


「いえ、色々とありまして深くはちょっと・・」


「あなた、詮索するのは失礼ですよ」


「あぁ、そうだな失礼した。」


小春とルディの前にお茶が出された。




「本題に入ろう」


そう言って男爵が話し始めた。


「今年でメリアが15歳になる、社交界デビューだ。そこであなたに晩餐を仕切ってほしいと考えている。今や王都で食事の話題になると必ずそなたの名前が上がるほどだ。その名は宮廷にまで届いているらしい、娘の一生に一度の催しだ。思い出に残るようなパーティーにしてほしい。予算はいくらでも掛けていい。どうだ? できるだろうか?」


男爵は時折娘を見ながら話をした。


「私どもは料理しかできません。パーティーの、その、司会と言いましょうか案内役は出来ませんがよろしいでしょうか?」


「あぁ、それは当家のものが行うので料理だけ用意してくれれば問題ない」


「パーティーですが、一般的には立食形式でしょうか? それとも席についての食事でしょうか?」


「そうだな、一般的には立食形式の軽い食事なのだが、今回は趣向を凝らして見ようと思う、先日うちの料理長の知人がそちらのパーティーに出席したそうで、そのときに提供された料理が次々に出てくる形式をお願いしたい。」


「かしこまりました、来賓は何名ほどでしょうか?」


「招待状は80名ほど送った。」


《ハ! ハチジュウメイ!》



「わかりました、王族の方とかはご出席なされますか?」


「お願いしたんだが断られたよ」


「失礼しました。あと、ご息女様からデザートで『プリンを』とお伺いしましたが」


そう言ってメリアの方へ顔を向けた。


「はい、友人から聞いた『プリン』と言うのがとてもこの世のものとは思えないほど美味しいとかで、是非食べてみたいです」


メリアが恥ずかしそうにボソリと言った。


「かしこまりました。ご息女様が主役ですものね、他に食べたい料理のリクエストや好き嫌いがあればお聞かせ願えますか?」


「はい、私は特に好き嫌いはございませんが、デザート? ですか? 異国の菓子を何種類も食べてみたいです。」


頬を少し赤らめてそう言った。


「メリア、お行儀悪いですよ。少しは遠慮なさい」


「いえ、奥様。一生に一度ですので是非」


制するように小春が言った。


「ごめんなさいね」


そう言いつつも嬉しそうな婦人だった。


「他にリクエストはございますか?」


「あぁ、そういえば、知り合いに聞いたんだが、魚料理を出したとか」


料理番が怪訝そうに尋ねた。



「はい、リーアンから取り寄せました。」


「リーアンから? それでは痛むではないか?」


男爵も驚きを隠せないようだ。


「ご安心下さい、鮮度を保ったまま運んでまいりますのでリーアンで食すより新鮮です。」


産地で食べるより鮮度が良いのには理由があった。

現地では魚はそのまま飲食店に運ばれるため生きていた魚も輸送中にストレスが掛かり味が落ちてしまう。

小春達は現地で捕れたての魚の中から鮮度が高いものを選別し、その場で活き締めにしたのち直ぐにノーラの魔法で瞬間凍結させていた。魚を調理する際の解凍はノーラの氷温冷蔵庫(-1℃から+2℃)でゆっくり時間をかけて解凍するため、ドリップ(解凍する際にでる汁)が出ないのだ。



「にわかには信じられんな」


料理番はフンっと鼻を鳴らし見下した態度だ。


「当日前に一度、すべての料理を作りますので試食して頂ければご安心頂けるかと思います」


「そうだな、そうしてもらえると有り難い」


男爵が胸をなでおろした。


「リクエストはご息女さまのデザート盛り合わせに魚料理、ほかにはございませんか?」


「うむ、大丈夫だ」


「では、厨房を拝見させて頂いてもよろしいですか? 当日に滞りなく進めたいと思いますので」


「そうだな、料理長、案内しなさい。」


「では、私達はこれで失礼するよ」


そう言って男爵様たちが席を立った。




――――厨房にて――――


「ここが厨房だ、です。」


《です? どうしたんだろう》


「火口は全部で12、オーブンは6、料理台はコレと同じ大きさのが厨房に4、ホールに4、保冷庫はこっちだ、です。」


《また、だ、です だ》


「うわぁ~ 大きな保冷庫ですね!」


ルディは驚きを隠せない


「冷凍庫はありますか?」


「冷凍? 凍らせるものは置いてないです」


《敬語になってきた》


「あの、敬語じゃなくても構いませんよ」


「旦那様に申し付けられてるんです、『今回、お前は料理長ではなく補佐だ』って」


「そうですか、私は気にならないんですけどね」


「言いつけは守る、です。」


《なんかちょっと可愛いな》


「わかりました、よろしくおねがいします。それと当日は私の助手もこのルディと、もしかしたらあと何名かお邪魔するかもしれませんが構いませんか?」


「できるだけ部下に小春料理長の料理を手伝わせてやりたいんですが・・」


「はい、私の助手は簡単なお手伝いだけして貰う予定です、洗い物とか」


「そいつは有り難い! です」


「えっと、火口の火力を見ていいですか? それとオーブンと保冷庫の温度調整も」


「はいどうぞ」


そうやって一つづつ丁寧に器具なども確認していった。


《さすが金持ち貴族の厨房だ、うちから簡易冷凍庫を持ってくれば完璧》


「本日は有難うございました、詳細が決まりましたら改めてお邪魔させていただきます」


小春は男爵家の人と料理長に頭を下げて挨拶した。


「こちらこそ宜しくたのみます」


小春とルディは屋敷を出た




「大変そうですね」


ルディは厨房設備に気圧されたんだろう。


「ん~そうでもないと思うよ、コース形式の八〇名なら私、経験あるから」


「さすがです! すごいです!」



男爵家を跡にして小春とルディは日本でのパーティーの話しをルディに聞かせながら噴水亭へ帰っていった。


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