第7話 パーティー料理
小春が『噴水亭』で働くようになって半年が過ぎようとしていた。ルディの好意で寝床を借りていたが、今はマスターの家にお世話になっている。
街の人達とも仲良くなり、最近は『噴水亭の子』から『小春ちゃん』と名前で読んでもらえるようになった。マスターにルディを雇ってもらってから噴水亭も少し余裕が出てきた。そんなある日。
「小春ちゃん、ちょっといいか?」
開店前にダンが小春を呼んだ。
「何でしょうマスター」
「実は小春ちゃんに相談があるんだ」
「はぁ」
「近々、おれの幼馴染が結婚するんだよ、結婚に興味が無いとか言ってこの歳まで独身だったんだが十二も年下の女にのぼせちまってな、それで、俺んところに相談してきたのさ、あまりカネをかけずにパーティーをやってやりたいってな。」
《来た! パーティー料理だ! 腕が鳴る!》
「なるほど、テレス王国では一般的にはどんなパーティー料理なんですか?」
「そうだなぁ、多少の差はあるけど平民のパーティー料理といえば、酒にポルポ(子豚)の丸焼き、あとはパタテ(じゃがいも)を蒸したものに、野菜くらいだな、西の方じゃ魚料理が出るらしいがな。」
「ふむふむ、賓客はどれくらい集まるんですか?」
「あいつの場合は人付き合いが少ないからなぁ、両家の家族に親戚と友人が10人くらい、全部で20~30人くらいじゃねぇか」
「わかりました、予算はいかほどで作りましょう?」
「5万くらいで頼まれてくれるか?」
《5万円くらいかぁ、こちらの世界ではおカネかけないのかなぁ、5万円で30人分だから一人あたり1600円くらいの料理か、普通は原価率30%で行くところ、マスターの知り合いだから50%くらいで良いかなぁ、ホールスタッフも殆ど必要ないしね。》
「わかりました、大丈夫ですよ凄いの作りましょう!」
「おう、そりゃ楽しみだ!」
「で、パーティーは何日後なんですか?」
「丁度7日後だ、当日は店を貸し切りにするから」
「え? ここでやるんですか?」
「ああ、ココのほうがやりやすいだろ?」
「そうですけど先方はそれでイイと?」
「ああ、あいつも店を使わせてくれないかって言ってたからな」
《それは願ってもない! 使い慣れた厨房が一番だよ! それに一週間後ならじゅうぶんメニューも考えられるしね》
ルディはこまめにメモをとってる。
ルディには何でもメモにして後で見直すようだ。
――――数日後――――
「おーい、ダンいるか~」
「いらっしゃいませ~ マスターお客さんですよ~」
「明日はよろしくたのむな、無理言って申し訳ない。」
申し訳無さそうにダンの友人がやってきた。
「水くせえな、任せとけって、今や王都で名を知らないヤツは居ないくらいの『小春料理長』が担当するんだ。」
「ああ、妻も楽しみにしてるよ『噴水亭はいつも満員だからなかなか入れなくて』って言ってたからな」
「おーい! 小春ちょっといいか!」
「はーい、あ、こんにちは、明日はよろしくおねがいします。」
「こちらこそ宜しく頼むよ、無理言って申し訳ないね」
「いえいえ、マスターから『大切な親友の為に』って言われてますから」
小春はマスターにウィンクした。
「お前ってヤツは……」
幼馴染はダンを見つめ涙ぐんでダンの手を握った、ダンは右手で幼馴染の肩をポンポンと軽く叩いた。
《男の友情だ! いいなぁ》
―――― そして当日 ――――
「本日はお忙しい中……」
新郎の挨拶がはじまる、親戚、友人から祝いの言葉と花束が次々に贈られ新婦の両腕いっぱいの花束になった。ふたりとも感無量で涙ぐんでいた。
「小春ちゃん、そろそろ始めようか」
ダンも少し涙ぐんでいた小春に見えないように横を向いた。
《よし! 今日は全力だ!》
「はい!」
来賓客が着席し、テーブルにワインが運ばれた。まずはオードブルの前にアミューズ。アミューズとは居酒屋で言う『お通し』みたいなもの。
《今日は本格フルコースで行くよ!》
「ミラちゃんノーラ、アミューズおねがい」
《今日はノーラもお手伝い、無愛想だけど大丈夫かな?》
「ルディ、調理補助おねがいね、どんどん盛り付けていって構わないからね」
「はい」
ルディは小春が一皿完成させるのを注意深く見て手際よく、まるでコピーしたかのように完璧に盛り付けていった。
「えっとね、料理名は『赤茄子(トマト)のファルス』、中には春野菜をチーズとサワークリームで和えたものが詰めてあるの」
「あかなすのはるし 野菜とさわちーが入ってる」
ミラが目をパチクリさせながらボソボソ言ってる。
「難しかったら『赤茄子の冷たい料理です』でいいよ」
「うん分かった」
「ノーラもおねがいね」
「ん」
「おまたせしました、まずは一品目の赤茄子の料理です。」
一生懸命頑張るミラとは対象的に、
「またせた、赤茄子のファルス、中に野菜とチーズ入ってる、食べるといい」
必要最低限の言葉で無表情。
「小春、次の料理出して」
「え? もう? ペース早くない?」
「みんなアミューズ終わった」
ノーラが無表情で伝えてきた。
《そうか! コース料理食べたこと無いから一気に行っちゃうんだ。ペース配分間違えたなぁ》
「マスター! オードブル行きます! ルディもオッケー?」
「はいおっけです」
「あいよ!」
「どんどん盛り付けましょう!」
「小春料理長、盛り付けの確認お願いします。」
ルディはいつも真剣な表情で接してくる。
「うん、完璧よ、出しましょう。」
オードブルはテレス王国の特産、テレス鶏のテリーヌを二種類のハーブソース。盛り付けは簡単だ、予めカットして冷やしておいたテリーヌをお皿に並べてソースをかけるだけ。
「オードブル出ます」
よく通る声でルディはミラとノーラに伝えた。
「はーい」
「今度は、『テレス鶏のテリーヌ、二種類のハーブソース』ね、赤いのと緑のがハーブソース。テレス鶏を柔らかく煮て煮汁と一緒に冷やし固めたものです。」
「がんばる!」
ミラは小さくガッツポーズ
「おまたせしました、二品目は『とりてりすらのてりのー・・・』えっと鶏の緑と赤のソースです」
やっぱり無理だった。
「またせた、『てれすどりのてりーぬはーぶそーす』美味しいから食べるといい」
《ノーラもカワイイかも》
「なんだか魔法の呪文みたいな名前ねぇ」
来賓の奥方様がポツリとつぶやいた。
「ガッハッハッハッ、違いねぇ!」
酒が入って上機嫌な男衆は大笑い
「マスター、次はスープです。スープはお皿が下がってから始めますので器を温めておいて下さい」
「あいよ!」
「あ、僕がやります」
ルディはよく観察していて、今自分が何をすべきか把握している。
「お皿下げる」
ノーラが次の料理を促す。
「はい、次はスープです、熱いので気をつけて持っていってね」
「ん」
「熱いからって魔法で冷まさないでよ」
「それくらいわかる」
ノーラがムッとした。
「冗談よw」
「小春ちゃんスープ行くよ、ルディも一旦ホール手伝ってくれ」
「はい、わかりました。」
「はいスープね『青豆(そら豆)のクリームスープ』です、今度は簡単でしょミラちゃん、『熱いので気をつけて下さい』ってお客さんに言ってね」
「今度は大丈夫、この前のランチについてたスープだもん。」
「ルディもお願い」
「はい分かりました」
「ノーラも気をつけて運んでね」
「ん」
「おまたせしましたー、『青豆のクリームスープ』です、熱いので気をつけてお召し上がり下さい。」
《はいミラちゃん上手に出来ました》
「おまたせしました、『青豆のクリームスープです』こちらはテレス山の麓の村の日当たりの良い斜面で採れた新鮮な青豆を適温で茹で、慎重に細心の注意を払いながらに冷水につけます、これは青豆の美しい緑色を引き立てるために必要な手順で大変重要な作業となります。次に冷水から引き上げた青豆は豆の薄皮を手作業で丁寧に丁寧に取り除き、判りにくいですが、この部分から包丁を入れ、ゆっくり剥がします。この時に重要となるのが豆を持つ左手の角度です。この角度を保ったまま刃先を3mmほど垂直に入れます、上手く入ったら次は包丁を12度の角度にします、この時に注意しなければいけないのが348度ではなく12度という事です。これには理由がありまして・・・・」
《またルディの悪い癖が出てる~》
「おーい、ルディ~~!」
「はっ! 失礼しました、美味しい青豆のクリームスープです、お熱いのでお気をつけてお召し上がり下さい。」
《よし、次は目玉商品の魚料理! 皆んなびっくりするだろうなぁ》
「マスター、焼き始めましょう! 一つのフライパンで5つ行きましょう、私も焼きます、ルディも厨房に戻って」
「はい、わかりました」
「はいよ!」
「ノーラ、付け合せの盛りつけお願い、あ、その前にお皿温めて」
「あ、僕がやります」
「ん~ん、私やる」
「いえ、僕が」
「小春、私に頼んだ、私やる!」
ノーラとルディが皿で綱引きをしている、まるで子どもがオモチャを取り合いしてるようで微笑ましい。
ルディが皿を調理台に並べ、ノーラが風魔法と火魔法のコンビで皿を温める。
「マスター、お魚焼けたら保温でお願いします、私はソースを仕上げます」
先日ノーラの土魔法で作った窯に火魔法で適温状態のオーブンに焼いた魚を保温する。
「あいよ! 任せな」
「ミラちゃん、テーブルはどう?」
「ん~あと半分くらいかなぁ」
「分かった、ノーラ盛り付け終わったら教えて」
「ん、もう終わる」
「マスター、そろそろ行きましょうか? ミラちゃんそっちは?」
「大丈夫、行ける」
「ルディ、慎重にソースおねがい」
「はい、わかりました」
「さぁ、冷めないように一気に出すよ~! 料理名は『リーアン平目のムニエル、ブールブランソース』です、リーアン産平目に小麦粉つけてバターで焼いた料理ね」
つぎつぎと料理が出てくる、ミラはオーバーヒート直前だ。
「ルディ、厨房はいいから、しばらくホールを手伝って」
「はい、わかりました」
「りーあんひらめのぶりえるんむら」
相変わらずである。
「またせた、リーアンで捕れた平目を焼いてバターのソースをかけた、美味しいから食べるといい」
客が驚いて目を見開いている。
「リーアンの魚ですって・・」
「大丈夫なの? 腐ってないのかしら」
「お魚を出すなんて、このお店大丈夫なの?」
ヒソヒソと小さな声が聞こえる。
ルディの眉間に少し皺ができたのをノーラが見て
「問題ない、魚は新鮮、ノーラが保証する、食べるといい」
「あらそう、少しだけ食べてみようかしら」
「冷める前に食べるといい」
自分が作った冷蔵庫に絶対の自信をもっていた。
「これは!」
招待客の男の一人がガタンと立ち上がった。
「これはすごいぞ! 俺は先月までリーアンに行ってたんだ。そこで平目の料理を食べたんだが、こっちのほうが新鮮だ! リーアンより新鮮ってどういう事だ? まったく臭くない! これは美味い!」
ルディは小さく頷いていた。
「おおおお~~!」
店内がどよめき、次々と料理に手を付けた。
「私、初めて魚を食べたわ!」
新婦が瞳をキラキラさせて新婦を見ていた、新郎は厨房のダンを見て涙ぐんでいた、ダンは新郎に向かって自慢気に微笑み小さく頷いた。
「私、正しい、魚、新鮮、みんなも食べるといい」
ルディもまた小さく頷いた。
「私、客席に挨拶に行ってきますね」
「おう、頼んだよ」
「新郎新婦さま、本日はおめでとう御座います、このような祝いの席に当店をご利用いただき誠に有難うございます、さて、お料理はいかがでしょうか?このあとも料理は続きますが、しばしご歓談下さい。」
新郎が立ち上がり
「ダン、そして店の皆さん、本当にありがとう! こんなに素晴らしいい料理は見るのも食べるのも初めてだ、ここに居るみんなもきっとそうだと思う、そしてパーティーに来てくれた皆なさん、今日だけでなくこれからもダンの店を『噴水亭』をよろしく頼む。」
半泣きの新郎が挨拶すると、店内は拍手に包まれた。
「さぁ、お肉料理の準備をしましょう。」
「あ、その前にお口直しでミニソルベ出しましょうか、忘れてた」
ノーラの氷魔法と風魔法を織り交ぜた冷気でフルーツの絞り汁に蜂蜜を加えたものを撹拌しながら少しづつ凍らせて作って容器に盛り付け保冷していたものを提供した。
「おまたせしました~、お口直しの氷菓子です、アランチャ、レモネ、アプレで作っております。」
《うん、ミラちゃん完璧だよ》
「またせた、美味しいから食べるといい」
自分が作ったのでノーラが少し自慢げである。
少しの歓談のあと肉料理を提供。
小春の仕事を完コピするルディ。
「ルディは本当にすごいね! 一回見ただけで分かるの?」
「色と音で判断してます、盛り付けは見れば分かるので」
「私もルディの才能ほしいなぁ」
小春は口を尖らせルディを見た。
「いえ、料理長はすごいです、本当にすごいです、本当ですよ! 料理長は皆んなが思ってるより凄いです!」
《みんなどう思ってるんだぁ?》
「ありがと」
《そんなに褒められたことないから少し照れちゃうな》
「メインの肉料理は、『ビフリ牛のフィレステーキ、ロッシーニ風』です。ビフリの一番柔らかい部位にポルポの薄切り肉を巻きグリルにしました。ソースは赤葡萄酒を煮詰めたものです。ミラちゃんノーラおねがいね」
ビフリ肉は日本で言うところの牛肉に近い、肉質は赤身が多いが旨味が強い、和牛のように霜降りではないが脂身が美味い。
「びふりをぐるりして・・・ えっと。」
《ミラちゃんマジ天使》
「そうだ! おまたせしました、ビフリの焼き肉です!」
《ミラちゃん、ちょっと違うよ~》
「またせた、今日の一番美味しい料理、食べるといい」
「ダン、本当にありがとう、みんな大満足してるよ、お嬢ちゃんたちもありがとな」
新郎が厨房に顔を出した。
「腹具合はどうだい? あと一品、食後の菓子があるぞ」
「あぁ、そろそろ腹いっぱいになってたところだが菓子程度なら問題ない。ありがとな」
新郎は腹を擦りながら席にもどった。
「じゃ、デザート出しましょうか? 急がなくていいからね」
「最後だ、もうひと踏ん張り行こう」
ダンが気合を入れた。
「ミラちゃんお願い、デザートはカスタードプリンよ、卵と乳を使った菓子ね」
「うん、分かった、小春お姉ちゃん、私もあとでプリン食べたい」
「そう言うと思って皆んなの分も作ってあるよ」
小春は右手の親指を立ててサムズアップ。
ルディは小さくガッツポーズ
「マスター、食後の飲み物は何出しましょうか?」
《料理のことで頭がいっぱいで忘れちゃってたなぁ》
「そうだなぁ、今あるもので行けば豆煎り茶が良いだろうな。」
豆煎り茶はコーヒーと烏龍茶をミックスさせたような味の茶でテレス王国では一般的に飲まれるお茶。
「わかりました、ミラちゃんお願いできる?」
「はーい」
食後のお茶を提供し、来賓客が三々五々帰っていった。最後に新郎新婦にひとしきり礼を言われてダンも嬉しそうだった。
「お疲れさまでした~!」
「いやぁ~、疲れたなぁ!」
「おつかれさま」
「小春おねえちゃん、お腹すいた」
ノーラが袖を引っ張る。
「そうだね、おなか空いたね、お昼から食べてないもんね。パーティーで残った材料を使いましょうか?」
「ん、問題ない」
「はい、ありがとうございます」
「プリンもお願いします。」
ミラは食事よりプリンが気になってしょうがない。
「小春ちゃんよ、売上というか利益はどうだった?」
「3万Gで原価率50%かけたので、1万5千Gくらいです。」
1万5千円の利益だ。
《正直、儲けはほとんどないなぁ、30人分で1万5千円だもんね、通常営業のほうが儲かってる》
「そうかい、赤字じゃなきゃ御の字だな」
「そうですね、今回は身内価格ですもんね」
残り物の料理を鍋から取り分け賄いを食べた、その日は、みんなぐっすり眠った。
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