第5話 市場
「おはようございま~す」
今日も元気に小春が『噴水亭』に出勤してきた。
「小春お姉ちゃん、おはよう!」
《んー、ミラちゃん今日も可愛いなぁ、マジ天使》
「おう、小春ちゃんおはよう」
「そうだ小春ちゃん、あんた身分証もってるかい? 最近、王都にチンピラが流れてきて憲兵たちも気が立ってるみたいでさ」
《身分証明なんてできるものないよ~、学生証くらい》
「コレじゃダメですよね?」
学生証を見せてみた。
「これは小春の国の身分証かい? 読めない字だな」
《こっちの人には読めない字に見えるんだ》
「ランチタイムおわったら一緒に商業ギルドに登録につれてってやるよ」
《ギルド! ザ・異世界だ!》
「はい、是非おねがいします。」
《身分証あると色々と安心だ》
「あ、そうだ、小春ちゃん買い出しに行ってもらえるかい? 市場でいろんな食材見てきたらメニューの幅がひろがるかもしれないからな。」
「いいんですか?」
「ああ、是非行ってきてくれ。」
《やった! 異世界の初市場だ!楽しみ~》
「え~っと、今日はハンバーグランチだったな、忙しくなりそうだ」
ハンバーグはこっちの世界でも大人気でランチなのに夕方まで客が並ぶほどだ。
「そうですね、今のうちに買い出しに行ってきますね、なるべく早く戻ります。」
「ああ頼むよ、ミラも一緒に連れてってくれ」
「はい、では行ってきます。」
ミラに手を引かれ『噴水亭』から歩いて5分ほどの小さな広場に出店が所狭しと並んでいた、区画ごとに雑貨や、服、野菜、果物、肉とならんでいる。
「うわぁ~、思ったよりお店、たくさんあるのね」
小春はテンションだだ上がり
「そうでしょ? でも雨の日はほとんど店は出てないの」
「私が来てから雨降ってないけど、よく降るの?」
「ん~、たまに降るよ」
《そりゃ、たまに降るでしょう》
「八百屋さん行きましょ」
《ふむふむ、葉野菜はあまり鮮度は良くない、人参以外の根菜は見当たらない、玉ねぎ、人参、じゃがいもは形は少し違うけどほぼ同じね》
「すみませ~ん、アニオラ(玉ねぎ)20個とキャルト(人参)5本、それとパタテ(じゃがいも)20個下さい。」
「あいよ、一人で持てるかい? 結構重いよ」
店主のおばちゃんはそう言って麻袋に詰めた。
「果物も見てくるので荷物預かっててもらっていいですか? すぐ戻ってきます」
「はいよ~」
「ミラちゃん、次、果物やさんに行こう」
「うん、じゃぁこっちだよ」
「おじちゃんこんにちは~」
《出た! 天使スマイル!》
「おうミラちゃんじゃないか、今日のランチはなんだい?」
「今日はね、『はんばーぐ』だよ」
「お! いいねぇ、おじちゃんも後で行くからね!」
「うん、待ってるね」
「で、今日は何にする?」
「えっと、アランチャ(オレンジ)5個とアプレ(リンゴ)5個、それとレモネ(レモン)3個下さい。」
「あいよ、しかしお嬢ちゃんが噴水亭に来てから王都じゃすごい評判だよ、『あんな美味いもん食べたこと無い』ってね。お貴族様の間でも噂になってるよ」
「お貴族様ですか・・・」
《なんか面倒くさそうだなぁ・・》
「はいよ、おまたせ。580
「はい、これ」
「まいどっ!」
テレス王国の通貨の単位はギル『G』と書く。日本円とほぼ同じで以下の通り。
銅貨 = 10G =10円
小銀貨= 100G =100円
大銀貨= 1000G =1000円
小金貨= 1万G =1万円
大金貨= 10万G =10万円
宝金貨= 1千万G =1千万円
「野菜取りにいこうかミラちゃん」
「うん、果物わたし持つね、重い野菜は小春お姉ちゃんお願い」
「まかせて!」
「ただいま戻りました~」
市場から顔が見えなくなるほどの野菜が詰まった大きな麻袋を抱えて小春とミラは帰ってきた。
「おー、ありがとな、重かっただろ」
「さて! 今日も張り切って行きましょう!」
そして開店
「いらっしゃいませ~」
「こっち注文頼む! ハンバーグランチ3つ、麦飯大盛りな」
「かしこまりました~」
「こっちは麦飯おかわり、大盛りで」
「はーい」
《今日もミラちゃんの破壊的天使スマイルで大繁盛です》
「コホン、店主は居るかな?」
高そうな服をきた男が下男らしきものを連れて入ってきた。
「お父さん、お客さんが呼んでるよ」
「誰だ? この忙しいときに」
「私は、カルミア男爵さまの料理番を仰せつかっているサルマンと申す、席へ案内せよ。」
《来た! お貴族さまだ! ん? お貴族様に仕える平民? 一応注意》
「生憎、ただいま満席でして、列に並んでいただけませんかねぇ?」
ダンが男に言った。
「無礼な、なぜ私が平民と並ばねばならんのだ」
「そう言われましても」
「そこが空いたではないか、座らせてもらうぞ」
そう言ってダンを押しのけて今空いた席に男爵の料理番が座った。
「ミラ、並んでるお客さんに一品サービスするからって謝って来てくれ」
「うん、わかった」
「店主、急いで持って参れ、私は忙しいのだ」
「ダンさん、私が対応しましょうか? 実家の店で酔っぱらいの対応とか慣れてますから」
「いや、小春は身分証がないから下手に揉めるとマズイだろ、ここは穏便に行こう」
「わかりました、ダンさんがそう言うなら」
《民主主義の日本では考えられないことだなぁ、異世界コワイ》
「おまたせしました、ハンバーグランチと麦ごはんです。どうぞごゆっくり」
ミラの笑顔に態度が若干和らいだ。
「ふんっクズ肉を焼いたのか、所詮は平民の食事、大したこと無いな」
ナイフとフォークでハンバーグを小さく切ってジロジロ眺め口に入れた。
《ファン、ファン、ファン、ファファファ~ン♪(ヴィヴァルディ、四季:春)が華やかに料理番の頭の中に聞こえる》
《なんだコレは! 口に入れた途端フルーツの甘みと爽やかなハーブの香りが広がる! 一口噛むと肉の程よい弾力が軽く歯を押し返す、まるで子どもたちが陽だまりで遊んでいるような楽しさだ! 肉は柔らかすぎず硬すぎず、どういうわけかクズ肉からも更に肉汁が出てくるではないか! そしてこの麦飯と言ったか? それ単体では何の味もないただ麦を炊いたもの。ハンバーグを口にいれ更に麦飯を頬張る、あぁ、なんと言うことだ、平民たちが更なる麦飯を注文するのも頷ける、そしてこの一緒に供されたスープ! 澄んでいるが決して味が薄いわけではない、ちゃんと肉の味と野菜の味が調和している! うっすらと顔を覗かせるハーブの香りが食欲を増す。素晴らしい! こんな素晴らしい料理は私には到底無理だ!》
「コホン、まぁまぁの味だな、所詮は平民料理、期待して来るほどでは無いな」
男はフンッと鼻を鳴らした。
「おい、そこの女給、麦飯のお替りを持て」
「お替りしてるじゃねぇか」
他のテーブルの客がニヤケながらボソリと言った、男爵の料理番は満足そうに食べ終えて
「まぁ男爵様にご報告するほどでは無かったな、ほら釣りは要らん。」
そう言って男爵の料理番は大銀貨を1枚置いていった。ちなみにランチは700G(700円)
「料理番のおじちゃん、お店出るとき少しニッコリしてたね」
「そうねミラちゃん、美味しいものってさ、皆んなを幸せに出来るよね」
「うん! ミラも小春お姉ちゃんみたいに美味しい料理作れるようにガンバル!」
「さて、ダンさんミラちゃん、後半戦も張り切って行きましょう!」
「おうよ!」
「はいな!」
ランチラッシュがようやく終わったのは午後3時ころ、今日はハンバーグが売り切れてしまったのでいつもより1時間早い終了。
「小春ちゃんよ、賄い食べたらギルド行こうか」
「はい! お願いします、なにか必要なものありますか?」
「ん~、登録料が大銀貨1枚だが俺が出しておくよ、これだけ世話になってんだ。」
「ありがとうございます。」
―――――商業ギルドにて―――――
「ほら、ここが商業ギルドだ」
看板には「《商業ギルド》テレス王都本部」とかいてある、想像してたよりずっと小さくて、大きさでいうとファーストフード店くらい。
「思ってたより小さいんですね」
「そうかい? 商業ギルドっつってもここで商売してる訳じゃないしな、書類くらいだからかもな」
「あ、言われてみるとそうかも」
《異世界アニメに出てくるような酒場とか併設されているのを想像してたよ、ちょっと残念》
「よう、この嬢ちゃんの身分証たのむ」
「はい、少々お待ち下さい。えっとお名前は?」
「小春です、日向小春といいます」
「お貴族様ですか?」
「いえ、どうしてですか?」
「家名がある方はお貴族様だけだと思っておりましたから」
「小春は遠い異国からテレスにやってきたんだが、いろいろと訳ありでな、なんとかうまいことできないかね」
「そうですねぇ~、生まれはどちらでしょう?」
「日本という国です、小さな島国です。」
「島国というと、リーアン帝国のご出身でしょうか?」
「いえ、リーアン帝国のことは知りません」
「そうですかぁ、出身地の記入欄はどうしましょう」
「なぁ、頼むよお嬢ちゃん、この子はうちで働いてる凄腕料理人なんだよ、うまいこと処理できねぇかなぁ?」
「ランチ一週間無料でどうだ?」
ダンが他のスタッフに聞こえないようにこっそり耳打ちした。
「コホン、そ、そういうことなら仕方ありませんね、私が責任を持って処理いたしましょう」
受付の娘は笑顔でウィンクした。
「こちらが身分証です、期限はありません、奴隷落ちした場合は抹消されます」
「ど、奴隷?」
「はい、身分証をもたずに衛兵に捕まった場合、身元引受人が現れない場合は奴隷となります」
《ルディは身分証もってるのかしら?》
「あと、身分証は必ずいつも携行してください、スラムの子たちでさえもちゃんと持ち歩いてます」
《あ、よかった、ルディも持ってるのね》
「ではこちらにサインをお願いします」
「はい」
「では500
「え?」
「嬢ちゃん、登録は1000Gじゃねぇのかい?」
「500Gです、それと2週間分です」
「?」
《どういうこと?》
「あぁ、わかった。ありがとな」
小春とダンはギルドをあとにした。
「あの、ダンさん?」
「あぁ、あの嬢ちゃん気を使ってくれたのさ」
「俺の店は現金あまり持ってないだろうから『ランチで良いですよ』ってことだよ」
「なるほどぉ」
《でもそれって、原価計算すると思いっきり損してますよ~~》
上機嫌なダンには敢えて言わなかった。
「身分証失くさないようにな」
「はい、本当にありがとうございました、一歩間違えば私、奴隷にされてたかもですね」
「運がよかったんだろうな、連れてきてくれたルディってのに感謝だな」
《ほんとにそうだよ、ルディと出会ってなかったら私、絶対に奴隷にされてたよ、今度、ちゃんとお礼に行かなきゃ。》
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