第10話

「ごめんなさい……」

「何に謝ってんだお前……」

「あの挿絵は、お小遣い稼ぎのためにやった!そういうのが好きなわけじゃない!」

「すまん。触手陵辱モノをあんなに精密に書いている時点で、結構マニアックなところまで行ってると思うんだ」

「違うから……」


 意気消沈。

 今の上茶谷には、その言葉が良く似合うと思う。


「私は……そういうのに興味はない。触手も、仕事だから書いた」

「え? 私、触手シーンは書かなくていいって言ったじゃん」

「朱音は黙って」

「えぇ〜」


 冷たく当たられたのが相当悲しかったのか、よよよ〜とへたり込む。なにこれ。娘が反抗期になった時のお母さん?


「……まぁ、触手は置いといて、お前ばかなめこ先生だったんだな」

「……はい」


 いい加減誤魔化すのは無理だと思ったのか、大きく息を吐いた上茶谷。

 こうなると、この部活の異質さはさらに極まる。


 学年一の美少女であり、超人気ラノベ作家、静華朱音。

 カースト底辺中の底辺、ハイブリット陰キャで、伝説の触手イラストの生みの親、大人気イラストレーターの上茶谷恵。

 顔ぶれだけ見ればもはやオールスターだ。


「俺てっきり、ばかなめこ先生はおっさんだと思ってた」

「……! 失礼な!」

「私も思ってたよ。だって触手イラスト描きたいってせがんで……」

「朱音! もうでてって!」

「なんでそんなに当たり強いの!?」


 だから、思春期の(以下略)。



「つか、二人はいつ頃顔を合わせたんですか?」


 さすがに、顔を合わせていて、触手イラストをせがむようなことは出来ないはずだ。普通の人間なら。


「うーん……。それこそ触手イラスト乗ってた巻が発売されたくらいの時かな?」


 「たぶん……」と頷く上茶谷。

 となると……


「考えうる最悪の時期に、おふたりは出会ったわけだ……」

「最悪? 私は嬉しかったけどな〜」

「私は、嬉しくない」

「なんでそんな酷いこと言うんだよ〜」


 と、朱音先輩が突然上茶谷に抱きついた。

 その豊満な胸にぼすっと顔を埋められる上茶谷。しかもがっちりホールドされているので、動くことは出来ない。


「……おっぱい魔人。しね」

「えぇ!?」


 うん、まぁ、ね。

 上茶谷さん、驚くほどありませんものね。それが。


 でも、貧乳はステータスだと思うぞ! 世の中には貧乳好きがいっぱいいるんだから!(精一杯のフォロー)。


「ねぇ後輩くん。私、おっぱい魔人らしいよ」

「それを報告してどうするんです?」

「……揉む?」

「なぜそうなる……」


 呆れていると、上茶谷が不機嫌そうに頬をふくらませていた。


「結局、宮本も胸が全てなんだ」

「んな事一言も言ってないだろうが」

「ちょっと嬉しそうな顔してたし」

「おい。それは間違いなく嘘だ。虚偽だ。でっち上げだ」

「後輩くん、やっぱり揉みたいのか〜」

「ほらこうなるから……」


 なんなんだこの2人は。この間に挟まるのはヤバい気がしてきたゾ☆


 教室に差し込む光が月の光になったことに気付いて、俺は時計を見る。

 下校時間も間近であることを確認して、デスクにおいてあった本とかを、さっさとバックに突っ込んだ。


「お。後輩くんそろそろ帰るか」

「はい。帰りたいと言うより、この状況からさっさと逃げ出したいです」

「卑怯」

「ほぼお前のせいだけどな!?」


 何を他人事のように言ってるのかしらこの子。

 とりあえず逃げたいことは確かなので、俺はバックを持って部室から出る。


 てっきり朱音先輩もついてくるもんだと思ったが、


「もうちょっとなめこちゃんと話してから帰るね〜」


 との事だった。楽でいい。


「じゃな。上茶谷」

「あ、うん。またあした。宮本」


 ひらひらと遠慮気味に手を振って、彼女は俺を見送ってくれた。



 蛍光灯が僅かに照らす廊下。

 その光景がどこかホラーじみていて、少し早歩きしてしまう。


 窓から見える校庭や球場からは、この時間になってもなお声が聞こえる。

 まぁうちの高校の野球部、甲子園出てた気がするし、それなりに練習もキツイのだろう。俺も栄冠ナインで甲子園出てるけど、あれとは比にならない(比べるものですらない)。


 チカチカっと、蛍光灯が点滅した。

 俺が階段を下りる音だけが響く。

 それがなんだか気持ちが良くて、少し足音を大きめにして歩いていく。


「お。宮本か。元気そうだな」


 突然、声が聞こえた。

 驚いて体をはねらせるが、そこに居たのは、鬼教師こと橘先生で、ちょいちょいと手招きされた。


 逆らったら死にそうなので、俺は平静を装いつつ近づく。


「どうだ部活は」

「カオスすぎて、振り回されてます」

「あぁ、あそこは問題児が多いからなぁ」


 ガハハ! と、大口を開けて笑う橘先生。怖いっす。

 ただ数秒後には、表情を元に戻す。


「でも、それがいいところでもある」


 しみじみと言った言葉は、どこか優しげな印象を与える声色を帯びていた。


「あそこにいるのは、天才でもあるんだ。それ故に、独特の感性を持っている」

「……そんなとこに俺が入っていいんですかね」

 

 橘先生は再び、ガハハ! と豪快に笑った。


「君も天才だからな! いいに決まってる!」

「はぁ? どこがですか?」

「さぁな」

「えぇ……」


 適当なことを言っているんじゃないかと、一瞬思った。

 だがその考えは、橘先生の真剣な、それでもってどこか爛々とした表情により、ひっこんでしまう。


「何の才能があるのかは分からない。だが、君が天才なのは確かだ。朱音と上茶谷を育てた敏腕プロデューサーの話だぞ? 信じていい」

「それ、自分で言うもんですか」

「普通言わないか」


 微笑して、先生は続ける。


「少年よ大志を抱け!」

「え、なぜクラーク?」

「君にこの言葉を送ろうと思ってね」


 何だこの人。真面目な先生かと思ったら、案外やばい人かもしれないぞ。


「宮本は、自分を過小評価し過ぎだよ。だから、大志を抱け!」

「そんなズバッ! と言われましても……。というか、そこは先生らしく、自作の名言を言うもんじゃないんですか?」

「そう出来ればいいんだけどな〜」


 そういった声には、羞恥とか、落胆とか、そういう感情はこもっていないように思える。


「私は、名言をいえない。だか、過去の偉人の名言を借りて、学ぶ。生きる。そして、与える」


 三本指を立てて、俺の顔の前にずいっと突き出す。


「君がどんな才能を開花させるのか、楽しみでならない。だから、その才能開花のために必要な肥料は私が与えよう」

「……」

「だから、咲かせる努力はしたまえ」


 この人は、あの部活が、俺にとっての肥料と言っているのだろうか。

 もし、そうなのだとすれば、橘先生は既に、俺の才能が何かを……って、これは考えすぎかもしれない。


「自分の才能が分からないんじゃ、努力も何もないですが」

「そこは早いとこ見つけてもらうしかないな」


 意地悪そうに、橘先生は口角を上げる。

 と、下校のチャイムが学校に鳴り響いた。


 橘先生はスピーカーを指さして、「この音、マジで驚くよな」と、一切ふざけた様子を感じぬ声で言ってきた。どう返せば正解なんだよこれ。


「ま、そういうことだ。とりあえず楽しんでみろよ」

「あぁ、はい」


 じゃあな〜と、職員室方向へ向かいながら、手を振る橘先生。

 既に背を向けているから、見えないことはわかってるが、思わず手を振り返してしまう。


 橘先生は、俺が思っていたよりも不思議な人で。

もしかすると、先生も「天才」なのかもしれないと。

そう思いつつ、俺は一人、帰路に着いた。










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