第9話

「宮本。顔色悪いけど、何かあった?」

「寝れなかったんだよ……」

ほぼお前のせいでな……。

驚愕やら嬉しさやら。

様々な感情を抱えて総合文化部に入部した昨日だが。

ただでさえ、普段話さない人間との会話で疲れていたのに、家に帰ったら、

『後輩くんから……女の匂い……?』

などと朱音先輩に問い詰められたため、ろくに睡眠も取れていない。

『匂いを上書きしなきゃね☆』とか言いながらこっちに向かってきた時は、本気で恐怖を覚えた。

「……昨日、何かあったの?」

申し訳なさそうに、それでもって疑問も顔に出して、首を傾げる上茶谷。

「あぁ、いや、気にしなくていい。……夜までゲームしてた」

ある種、朱音先輩から逃げるという、鬼ごっこ的なゲームだったかもしれない。間違いなくホラゲー。

「そっか。夜更かしは健康に悪いよ」

「んな事分かってる。今日はしっかり寝るから安心しろ」

ニヤリと口角を上げて、サムズアップ。

上茶谷は小さく息を吐いて、デスクへと顔を戻した。また絵を描いているらしい。

表情は真剣そのもので、明らかにさっきとは雰囲気が違う。モードに入った、と言うやつかもしれない。

「……」

すぐ隣で髪を揺らしながら、彼女はペンを動かす。

ちなみに総合文化部の部室に置かれたデスクは、俺のを含めて6つ。

俺は上茶谷の隣であり、朱音先輩の正面のデスクを使っている。空いているところがここしか無かったため、渋々ここにしているが、朱音先輩の前とか嫌だ。何されるか分からない。

俺は目の前に置かれたノートパソコンを開いて、何となく検索エンジンを開いた。

動画でも見ようかと、適当にYouTubeを開く。

と、

「宮本。部活に関係ないものは見ちゃダメ」

「おぉう……。急に話しかけんな。びっくりするだろ」

俺の言葉をシカトして、いつの間にか顔を開けていた上茶谷は続ける。

「一応、検索復歴残るから。うちの部活の顧問、知ってるでしょ」

……エロいのとか調べたら、二度と子供が作れなくなりそうですね。

「……気をつけます」

「よろしい」

いくらなんでも、橘先生に怒られるのだけは勘弁だ。本当に怖いから。迫力、すごいから。

……とはいえだ。

「なぁ上茶谷」

「なに?」

「俺、何すりゃいいの?」

総合文化部。

一番明確な活動内容がないイメージがあるこの部で、することってなんだ。

俺に関しては半強制的に入部させられたし、尚更よく分からない。

上茶谷は少し悩んだような表情を浮かべた後に、

「絵とか……小説とか、あと習字とか……アフレコとか。結構自由度高いから、なんとも」

「え、なにアフレコって。する人いないだろ」

すると上茶谷は、掃除用具入れを何故か指さして……

「あれの中、見て」

何故に掃除用具入れを……? と思いつつ、目の前まで行って、ガパリと開く。

「……なぁ」

「うん」

「なんで掃除用具入れに、アフレコスペースがあんの?」

やけにデカイなとは思ってたんだよ。

中には、一人カラオケで使える部屋くらいのスペースがあった。

音響機材などが詰め込まれたその部屋。

横幅と言うよりは縦幅が長く、間違いなく掃除用具入れを貫通している。

掃除用具入れの扉が別の部屋への入口とか、なんかかっけぇな。

「うちの部活、声優志望いるから」

「へぇ……すげぇな」

「あと、そこのスペースで配信する人もいる」

「ほう、ライバーか?」

「うん。Vの方だけど」

「バーチャルなのかよ……この部マジでなんなの……」

ラノベ作家にイラストレーター、声優志望とバーチャルライバーって、カオスすぎるだろ。

「ちなみにあと一人は、ただのオタク。たまに漫画(笑)を書いて帰る」

「なんか漫画の後に不自然な笑いがあった気がするが……。つか、そいつほぼ幽霊部員だろ」

「まぁ、クリエイティブということで……」

遠くを見て、適当にそう言った上茶谷。クリエイティブなんて言葉で片付けていいのだろうか。

「……結局、俺は何をすればいいんだろうな」

「……それは、宮本次第」

そりゃそうなんだけどさ。

プログラマーとか動画編集とか出来れば、それをやったのだが、あいにくそんな知識は持っていない。

小説くらいなら書けるかなぁとか思ったけど、朱音先輩という化物がいるから、ぶっちゃけ書きたくないし。

「とりあえず、見つかるまで適当にお絵かきでもするか……」

「宮本、絵下手そうだね」

「馬鹿言え。小学一年の時にコンクールを受賞した俺の実力を舐めるな」

「当てにならない……」

とりあえず、上茶谷から液晶ではないペンタブを貸してもらって、パソコンに接続。

「ねぇ宮本。いきなりデジタルってのは……」

「黙れ。今本気でやってる」

言うと、上茶谷はため息をついて俺の作業風景を眺め始めた。ぶっちゃけ書きずらい。


しばらく書いて消してを繰り返して、だいたい10分くらいたった頃に……

「ようし。出来た」

描きあげたイラストを眺めて、俺は大満足。ふすーっと鼻息を荒くした。

上茶谷は、何やら戦慄したように画面を見ている。

「おい。なんだその反応は」

「いや……」



「まさか、ここまで下手くそだったとは、思わなかった」




「あ? んだてめ。やんのか」

「だって、こんなに下手な人見たことないし。これなに?」

「猫」

即答すると、何故か上茶谷は俺に背を向ける。

かと思えば、肩がプルプルと震えていて……

「ってお前馬鹿にしてんだろ!」

「だって……だって……」

こいつ目に涙なんか浮かべちゃってるんだけど。どんだけ笑ってんの。

「これ、猫じゃなくてただの化物でしょ……」

くくくく……と、もう一度笑いの波が押し寄せているようだった。

「うるせぇ……」

さすがにここまで笑われたら、怒りを通り越して恥ずかしくなってくる。

「でも、面白いのはこの絵じゃないから」

「なんだと?」

「宮本が、自分の絵の下手さを自覚してないことが1番面白い」

「くぅ……」

「完成した絵を見せた時の宮本のドヤ顔とあの絵。動画に取ってればよかった」

「そんなに傑作かよ!」

「うん。ニコ動だったら赤文字連発レベル」

「やっぱネット民なんですね……」

しかもニコ動かよ。赤文字連発とか、絶対動画と関係ないこと書かれてるだろ。

「ほんと、酷い絵だねこれ」

「そうかな? 私は可愛いと思うけどな」

「おぉ。そう思いますか朱音先輩……朱音先輩!?」

「やぁ」、と陽気に手を上げる朱音先輩。この人いつ入ってきた……?

画面に注目していた俺……もとい上茶谷は、その事に全く気づかなかった。上茶谷さん、驚きすぎて若干怯えてるじゃないの。

「朱音。ノックしてって何回言えば分かるの」

「だってノックしたら自然ななめこちゃんの事見れないじゃん」

「は? なめこ?」

何そのあだ名。いじめか?

あぁ、いじめか。昔、同じクラスだったキノコ頭の三人組は、それぞれエノキ、ナメコ、キクラゲって付けられてたし。キクラゲだけ異様すぎるだろ。

……うん、まぁ朱音先輩に限っていじめなんてことはないんだけど。

「あぁ、後輩くんは知らないか」

「何がです?」

俺と朱音先輩の会話を、何故かむっとして見守っていた上茶谷。

「いやぁ、このなめこってあだ名はさぁ……」

しかし、朱音先輩がそういった途端、突然顔を真っ赤に染めて朱音先輩の口を封じた。

「め!? まみむむも!? (え!?何するの!?)」

「朱音……それはダメ……!」

朱音先輩を押し倒して馬乗りになり、口を塞ぐ上茶谷。

女の子……いや朱音先輩に関しては年上だけど……、女子二人が絡む構図はどうも百合百合した雰囲気が漂っている。

百合の間に入る男は殺せ! ようし。喜んで死ぬか。そうしよう。

「っは! ちょっとなめこちゃん!? いきなり酷いよ!」

「朱音が変なこと言おうとしたから!」

「変なことなんて言わないよ〜!」

「絶対言う気だった!」

「ばかなめこ先生だって言おうとしただけ!」


ぽかーんと。

俺と、上茶谷は口を開ける。

俺に至ってはその状態がしばらく続いたのだが、上茶谷は直ぐに顔をボッと赤らめた。


「ち……ちがう。私は、違うから」

なんか否定している上茶谷。

……でも、そうなんだろうなぁ。

上茶谷、ばかなめこ先生なんだろうな……。

なんせ、昨日のイラストが決定打だ。

どっかで見たことあると思ったら、あればかなめこ先生のだわ。

「ほんとに……ちがう……」


……して。

なにゆえ、上茶谷がこんなに否定しているのか。顔全体が真っ赤になっているのか。

理由は、俺には簡単にわかる……否。

ラノベオタクであれば、誰だってわかる……。


「まさか……な」

「ちがう……」

「まさか、お前が……」

「ちがう……!」





「あの伝説の、触手イラストを描きあげた、女子高生触手モノ好きイラストレーターだったとは……」





上茶谷の絶叫が、学校中に響いた。



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