第7話

「じゃ、早く買い物済ませちゃおうか」

「絶対たい焼き早く食べたいだけですよね?」


書店に到着するや否や、朱音先輩は嬉しそうにそう言う。この人、書店での買い物が本題であることを忘れてるんじゃないの?


「というか、目当てのさっさと買うだけなのであそこで待っててもらってもいいですよ」


書店の入口前を指さしてそう言うと、朱音先輩は不服そうに唇を尖らせた。


「なんでよ。デートって言ったじゃん」

「残念ながらそんなことは一言も言ってません」

「だとしても、女の子を1人で待たせるなんてサイテーだよ!」

「いや待たせるというか、俺の買い物に付き添うだけとか暇だろうし、先輩のことを思ってですね……」

「優しさは嬉しいけど、そういうのは不要!」


ズビシィ!と思いっきり指を突き立てる朱音先輩。

……このまま話していても、時間が無駄になるだけだろう。

「……分かりました。ついてきてもいいですけど、本当に何も無いですからね」

「ん! わかった!」


……何故そこで、顔を輝かせるのか。

















いつもこの書店に入ると、店の内装に驚かされる。

特に、ラノベや漫画のコーナーには随分と力が入っているようだった。


ラノベコーナーに入った瞬間、待っているのはドデカいポップと、平積みされた新刊。

作家のサインなどもあり、もはや一種の博物館のようですらある。貫禄、感じちゃう。


「うわー。坂倉先生のサインとかある。すげぇこれ」

壁に貼られたサインを一つ一つ上から眺めていくと、


「……あ、これ、朱音先輩のサインじゃないですか」

「え? お、ほんとだ」


一角に飾られた、アカネ先生の──朱音先輩のサイン。


「なんかこういうの見ると、朱音先輩ってラノベ作家だったよなって改めて思います」

「なにそれ。私、バリバリラノベ作家ですけど」

「だって昨日、文章一文も書いてませんよね?」

俺がそう問うと、何故か自慢げに胸を張る朱音先輩。


「私、締切破ったことないから」


その事に驚くと同時に、この人の胸のサイズにも驚かされる。いや、卑猥な意味ではなくてね? 素直に大きいなって……いやこれ満場一致で卑猥な意味だわ……。

「ラノベ作家のラノベ作品とかだと、よく締切が地獄みたいに書かれてますけど……」


編集者に追い詰められるのとかよくある。その編集者が美人だったり、あるいは編集者が主人公で、担当作家が美少女だったり……。


朱音先輩は人差し指を唇に当てて、しばし視線を眺め上にあげた後、


「うーん……私自身、筆が乗るとだいぶスラスラいけるから、あんまり締切意識したことはないかな」

「筆が乗る……、何文字くらいかけます?」

「一日で4万文字くらいかなぁ……」

「4万て……」


その数に、素直に驚愕せざるを得ない。


「俺、1000文字の読書感想文に一週間かかりますよ」


俺がそう言うと、「なんかそれとは違うんだよね〜……」と、朱音先輩は苦笑いを浮かべる。


「私の場合、頭の中でキャラクター達が会話してくれて、それを文字起こししているというか……。んで、その会話のスピードが他の人よりも早いんだと思う」


イマイチ、理解には苦しむ。


「あれですか。頭の中で、学校に襲撃してきたテロリストを俺が頭脳プレーで倒す的なのを、文字に起こしてるってことですか」

「あながち間違いじゃないかも……? ……というか、後輩くんもそういうことするんだ」

「……」


しない。断じてしない。

俺の場合、頭脳プレーとかじゃなくて、火の異能とか使って戦うのを想像しちゃうタイプ。燃え盛る教室に立つのは俺だけとか、授業中に考えるよね。そうだよね?


そんなことを考える俺を他所に、朱音先輩は近くに平積みされてあるライトノベルを一冊手に取った。


「どうかしました?」

「いや……、イラストが、さ」


その本を差し出すようにして、俺に渡してくる。

それを受け取って表紙絵を見た時、脳裏には一人のイラストレーターの名前が浮かんでいた。

「あぁ、ばかなめこ先生だ。朱音先輩の作品のイラスト描いてる人」

「そうそう。ばかなめこちゃん、頑張ってるなって」


微笑む朱音先輩からは、なんか母親っぽいオーラが……。


「なんか先輩って、母性ありますね」

「それは、人妻かどうかの話?」

「断じて違います」

「冗談だよ」


カラカラと笑う朱音先輩。

「まぁ、ばかなめこちゃんとはデビューがほぼ同じ時期でさ。なんか仲間意識、持ってるんだよね」


微笑して、本を改めて手に取る朱音先輩。どうやら購入を決めたようだ。


「じゃ、俺も目当てを集めていきますか……」

「早く早く。たい焼きたい焼き」

「……分かってますよ」


催促の声を受け流して、目当ての本がある場所へ行こうとしたのだが、そこでふと疑問が頭によぎる。


「……というか、マジでなんでついてきたんですか」


その答えは、意外とあっさりとしていた。


「え? そんなの決まってるでしょ?」

「はぁ?」


「君と、いられるからだよ」


数秒の思考停止の後、何とか絞り出したのは、

「……意味、分かりません」

という言葉だけ。

そんな俺を見て、ニヤニヤとした笑みを浮かべた朱音先輩を、とても殴りたくなったのはまた別の話。









◇  ◇  ◇










「う……うまか〜!」

「なんですかその言い方。方言キャラとか先輩には絶対に会いませんよ」


そうかなぁ、と笑いながらもう一口。

朱音先輩が食べているのは、他でもない、俺の金で買ったたい焼きだ。


なんか流れで奢らされたが、まぁこの笑顔が見返りならば許してやろう。俺、心の広さは東京ドーム半個分だから。微妙すぎるな。


「後輩くんもカスタードだよね?」

「はい」

「じゃあ、お揃いだ」


はにかむようにそう言う朱音先輩。

仮にも学校の美少女なんだから、そういう笑顔を見せるのは、本当にやめて欲しい。


たい焼きを食べ終わった頃には、すっかりと夕日が街を照らしている。

それと同時に、人も徐々に増えてきて……


「んにしても、人多いっすね……」


さすがは仙台駅と言ったところか。平日の5時頃でも、人で溢れかえっている。仙台でこれとか、東京じゃ歩けないんじゃないの。


前まではこの人混みを避けて、徒歩20分のネカフェまで言ってた訳だが……。


「まぁ、私の家近いし、後輩くんがあれなら早いとこ帰ろうか?」

「……ですね」


めっちゃ近いもんね。先輩のお家。

こういうとこでは、意外と泊まらせてもらってるのに感謝しつつ。


「でも、帰ったらデート終わっちゃうけど?」

「朱音先輩。お家デートというものもあるんですよ」

「凄いよ後輩くん。早く帰りたいという念と、帰ったら一人で本を読もうという考えが丸見えだよ」


だから、どんだけ俺顔に出るんだよ。マジで俳優なれるでしょ。そんな甘くないか。


「じゃあ、どっか行きたいとこあるんですか?」


俺が聞くと、朱音先輩は目を爛々と輝かせた。まずい。


「そうだなぁ……君と行きたい場所……、書店は……また行きたいし、あと古本屋巡り? お洋服屋さんにも行きたいなぁ。あとゲームセンター! あ、あと……」

「あと?」


「ネットカフェ、かな」


その表情には、どこか俺を弄るような、そんなのが込められているような気がした。

……これはまだまだ、許しを乞うには時間がかかりそうだ。


「ま、そのうち行けるといいですね」

「全部行こう! 約束ね!」

「いつ行くんですか……」

「明日? 明後日? 何時でもウェルカム!」

「何故にそんなハイテンション……?」


ニコニコと、いつも以上に、朱音先輩は楽しそうに笑う。

全く、何故そこまで、楽しそうに笑えるのか……。


笑顔は健康に良いってよく聞くし、長生きしそうだなぁなんて、本当に雑なことを考えつつ。

「じゃ、帰りにスーパー寄って帰りますか」

「なぜ!?」

「家に食料品が無さすぎるんですよ……って、冷蔵庫もないのか……先輩。家電量販店にも行きますよ」

「一応、簡易冷蔵庫なら私の部屋にあるよ」

「え? そんなのありましたっけ?」

「机の下に入ってる。ジュースとアイス入ってるよ」

「めちゃくちゃちっちゃい奴じゃねぇかよ……」


こんな、馬鹿みたいな、他愛のない話をしつつ、夕暮れの街の中を、俺と朱音先輩は歩く。


「ほんじゃ、デート再開だ! っていうか、一緒にスーパーとかもはや夫婦では?」

「ははは面白い冗談言うなこの人」


心の底から楽しいと、そう言える一日を過したのは、なかなか久しぶりだったかもしれない。




内容が濃すぎるだけな気もしますけどね!!

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