第6話

「後輩くん。 下向デートなるものを体験してみない?」

「残念ですがお断りします。 俺、帰りに仙台駅近くの書店に用事あるんで」


放課後。


ザワザワとした喧騒に包まれる校舎からさっさと脱出した俺は、朱音先輩からも逃れるために、早足で校門を出たのだが……。


「つか、普通に校門前で待ち伏せするの怖いのでやめてくれません?」

「一緒に帰りたかったんだから、仕方ないじゃん」


むー、と唇を尖らせる朱音先輩。


仮にもこの学校一の美少女なだけあってか、一瞬見惚れそうになるが……


「早く家に帰って、君を色んな意味で慰めないとな……って」


そうだ。こういう人だこの人。


危ない忘れかけてた……やっぱり人は顔で判断しちゃいけませんね。


「いいです慰めとか……。 つか、普通に電車乗り遅れるので先行きますね」

「えぇ!? ちょ……まって〜!」


ダッシュして逃げてやろうかと思ったが、よく考えたら相手は運動神経もバツグン。

どの道追いつかれて、無駄に疲れるだけだな……と思い留まる。


「後輩くんさ……私とえっちなこととかしたくないの?」

「残念ですが、エロいことにしか興味が無いリア充男子達とは違うんです。朱音先輩はそういう人たちとやってればいいのでは?」

「もしかして、寝盗られ展開を望んでる?」

「どちらかと言えば寝盗られは苦手ですし、寝盗られも何も付き合ってないです」

「じゃあBSS?」

「俺はあなたが好きじゃありません」

「またまた〜」

「……」


仙台駅へと向かう電車に乗るため、学校からの最寄り駅へと歩みを進める。


この時間帯、大体の生徒は部活中、同好会に勤しんでおり、俺と同じく駅へ向かう生徒はポツポツとしかいない。


ぼっちからしたら、一人って感じがして最高の時間だったんだけどな……隣に歩くセクハラマシーンがいるからなぁ……。


「なんか、お腹すいた」

「先輩、さっきおなかいっぱいって言ってませんでした?」


俺がそう言うと、チッチッチ……と、指を振る朱音先輩。うざい。


「別腹が空いてるのだよ」

「なんすかそれ……パワーワードすぎるでしょ……」

「だから〜、別腹が空いてるの〜!」


要するに、甘いものが食べたい……ということだろうか。知らんけど。


「……仙台駅のたい焼き、買っていきます?」

「やだ……気配りのできる後輩くん……素敵!」

「書店のついでですよ。 なんの用もないのに、セクハラ先輩の為にたい焼き買いに行きません」

「それでもいいんだよ〜」


上機嫌に鼻歌を歌い出す朱音先輩。


……まぁ、楽しそうでなにより……なのか?


「後輩くんの分は、私が奢ってあげる」

「いえ。 俺が払います」

「えぇ? なんで?」

「だって、先輩に奢らせたら、間違いな、く『あの時の借りを返せ〜!』やらなんやら行ってくるでしょ」

「い……言わないよ……?」


ダラダラと汗を流す朱音先輩。

……図星ですわこれは。


「ねぇ後輩くん」

「今度はなんですか」


めんどくさい……と、そういう念を込めて放った俺の言葉を聞いてか聞かずか。


ニコニコと、こちらを覗き込んでくる朱音先輩。


「……もしかして私たち、下向デートしてるのでは?」

「違います。 俺が一方的に先輩の雑談に付き合わされてるだけです」

「男女が帰り道に、二人で楽しそうに話し合う……内容はこの後のデートの話……これを下向デートと言わずしてなんという?」

「ツッコミどころが多すぎて……」

「いいではないか〜」

「何も良くないです」


そうこうしている間に、最寄り駅へと到着。


スマホを改札にかざして、ホームへと進む。

電車が来るまでもう数分。


適当にベンチに腰掛けると、その隣に朱音先輩も座る。


「傍から見たら、カップルだね」

「そうですね……」


……実際、マジでそう見られてそうなんだよなぁ。


違うんです皆さん。俺はこの人に脅されてるんです!なんて、心の声が聞こえるはずもなく。


「……チッ」


違うんだそこのお兄さん!俺はあなたと同じなんだよ!!


……つか、どっかで見覚えあると思ったら、あの人ネカフェの店員だわ。あの馴れ馴れしい……。


マジかよ。同じ学校かよ。しかも先輩かよ。

……極力、あの人を見かけたら避けた方がいいな。


と、その時、俺の思考を破るかの如く、大音量でアナウンスが鳴り響く。


「あ、後輩くん。 電車来るって」

「分かってますよ」


停車した電車の中に乗り込む。

スマホを弄る人、外を眺める人、居眠りしている人。


電車の中は、色んな人の行動や仕草が見られる場所で、俺は結構、この空間が好きだ。


「後輩くん、ここ座ろう」

「ですね」


空いている席に座り込む。


して、その数秒後、再びバカでかい音で車内アナウンスが鳴り響いた。


それと同時に、電車が走り出す。


「電車って、痴漢プレイの定番だよね」

「こっちが風景見て感慨にふけってる時に、なんてどぎついこと言ってるんですか」

「ほら。満員電車でさ」

「いや分かるけども……」


座っている正面の席には、ランドセルを背負った女子小学生が座っていることに気づいて、尚更俺は慌てる。


「……前の小学生に聞かれたらどうするんですか」

「いいじゃん。やっちゃいなよ」

「児ポです。児ポ児ポ」

「じゅぽじゅぽなんてえっち……」

「舐めとんのかこの人……」

「舐めて欲しいの?」

「なんでも下ネタに括り付けるな……」


若干呆れて、椅子に背中を預ける。


その時、突然車内に大きな泣き声が響いた。

それに思わずビクリとする。


「あー……赤ちゃんかな」

「っぽいですね。 ……お母さん焦って何すればいいのかわかんなくなってますね」


ベビーカーに乗っている赤ちゃんを、ワタワタしながら必死にあやそうとする母親。


その姿は、気持ちが空回りしているようで、なんとも見ていてむず痒いものだった。


会社員の男性だろうか。その泣き声にイライラしたのか、舌打ちを鳴らした。

その声に、更に慌てる母親。


「……これも経験……、なんですかねぇ」

「そうかもね……ちょっと行ってくる」

「は?どこに……」


一直線に向かったのは、赤ちゃんが乗るベビーカー。

最初は朱音先輩に不信感を抱いていた母親だが、少し会話をすると、その顔から焦りが抜け落ちたような表情へと変わる。


その後、朱音先輩は赤ちゃんを抱っこし、あやしはじめた。


……いい笑顔、するなぁ。


遠目から見ても、美人、としか言いようのないその笑顔。


赤ちゃんは、朱音の笑顔に癒されたのか、あっさりと泣き止む。


母親がお礼を繰り返し、朱音先輩は何事もなかったかのように俺の元へと戻ってきた。


「赤ちゃん、やっぱり可愛いな〜」

「……朱音先輩、随分慣れてましたね」

「まぁね〜。 私子供が好きで、学童ってやつでボランティアみたいなのしてたからさ」

「それって、学校に行ってる子供が行くとこですよね?」

「赤ちゃんOKの学童でさ。たまに預けていく人がいたから」

「なるほど」

「私達も、早くあんな赤ちゃんが欲しいね」

「達ってのがやけに引っかかりますし、さっきから言おうか迷ってましたが、朱音先輩が子供好きとか犯罪の匂いしかしません」

「失礼だなぁ……。 さすがに犯罪には手を染めません」


脅して人を家に留めさせるのって、犯罪じゃないの?と、思いつつ。


『次は、仙台。仙台。乗り換えの方は──』



「つきましたね。降りますか」

「そうだね。たい焼きへ、Go!」

「先に書店です」

「えー……。 でも、君とのデートならおっけー!」



楽しそうに、電車から降りる朱音先輩。


本当に、常に元気な人だな……。


そう思っていると、ふと、電車の窓ガラスに反射した自分の顔が目に入る。


「後輩くん〜!早く降りないと置いていくぞ〜!」

「……はいはい」


全く、気付かなかったが。


どうやら、彼女の明るさにあてられてか、笑顔の俺が、そこには映っていた。


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