第4話
「……と。……もと。宮本!授業中だぞ!」
ダンっ!と、何かを叩いた音が、教室中に響く。
俺はその音に思わず飛び起き、寝ぼけた頭で前を見ると……
「おい宮本。私の授業中に寝るとは、いい度胸じゃないか。あぁ?」
こ……怖い怖い。
これこそ現代に生きる鬼……。そんなことを思いながら……
「いやぁ……そのですね、昨日あんまし寝れなくてですね……」
「誰が言い訳をしろと言った? さっさと板書しろ」
「は……はい……」
ビクつきながら、黒板の文字を書き写していく。
橘未来──うちのクラスの担任で、社会担当。そして何より、この学校で1番の鬼教師……。
その美貌が返って恐ろしく、一部の噂では元ヤンだったとか……。
だが、言い訳をさせて欲しい。
なんせ、昨日寝た時間はだいたい深夜の1時。
しかも朝に朱音先輩に叩き起されたことも相まって、全く眠れていなかったのだ。
挙句、俺を叩き起した後の朱音先輩の第一声が、
『後輩くん!一緒に登校しよう!!』
だったため、言われた瞬間朝ごはんも食べずに、昨日まとめていた荷物を持って逃げるように学校に来た。
そのせいでさらに疲労は上乗せ。
現在、4時間目の授業。
何とか睡魔と戦って、我慢していたのだが……。まぁ結果はご覧の通りである。
さて。クラスカースト最底辺の俺が叱られた今。
クラス内で起こることといえば、嘲笑の嵐だ。
実際、今もいわゆる陽キャ集団がこっちを見てヘラヘラ笑っている訳だし。
クラス中が俺を見て、せせら笑う。
……強いて言うなら一人を覗いて。
と、
「おいお前ら。人を笑っている暇があったら問題を解け。特に佐々木!お前さっき……」
橘先生は、そんなクラスの状態を一蹴り。
完全にとばっちりを食らってしまった佐々木くんに、ざまぁwwwと念を送りつつ、俺は黒板の文字をノートに移して……
「んで宮本!お前もボケーッとしてないで早く書け!」
……書いてるっての。
──────────────────
「昼休み、職員室に来い」
地獄の授業が終わり、一人で安堵していた俺にかけられた言葉は、死刑宣告だった。
またまた大袈裟な〜と、笑い飛ばせれば良かったのに……。
なんだよ……他の人が居眠りした時は職員室呼び出しなんてしてなかっただろうが……。
と、そこでふと。
「バレ……た?」
と、漏らす。
他でもない。年齢詐称の事。
俺がネカフェに入るところを見られていたのか……?いや、それとも朱音先輩が……?
なんというか、あの人だったらやりかねない気も……。
かといって、行かなければ本当に死刑になる気がしたので、俺は両頬を叩き……
─────────────────
「よく来たな。そこの椅子に腰掛けたまえ」
「あっ……はい……」
橘先生の指示に素直に従い、椅子に腰かける。
……生徒からして、職員室とは魔境のような物。気が気じゃいられない。
「まぁ……呼び出した理由は……他でもない」
「……」
ゴクリ……と、生唾を飲む。
そして俺は目を瞑り、肩を震わせ……
「朱音から、入部届けを渡されたんだが、これはお前が書いたもの……なんだよな?」
「……へ?」
予想外の言葉。
予想していないところからのパンチに、俺は素っ頓狂な声を上げる。
入部届け……だと?
現在、現役バリバリの帰宅部……うんまぁ無所属の俺には関係の無い書類。
なぜ、そんなものを……そして、朱音……?朱音先輩の事か……?いや、それ以外いないか。
と、そんな様子の俺を見て、大きくため息を着く橘先生。
「……やっぱり、アイツが勝手に書いたんだな」
「な……なんの話しを……」
「見ればわかる」
そう言われて、差し出された入部届けを見る。
宮本真太は、『総合文化部』に入部します……。
デカデカと書かれたその文字に、俺は苦笑する他なかった。
「……なんすか、これ」
「私が聞きたい……。朝、朱音に渡されたものなのだが、一応本人確認を……と思ってみたら、これだ」
やれやれと頭を振る橘先生。
「お……俺は書いてないです。は……話はそんくらいですか?」
職員室の雰囲気に耐えきれず、さっさと出ていこうと、話を終わらせにかかった俺に対し、先生は、
「いや、実は私からお願いがあってだな」
と、俺を真っ直ぐに見つめる。
お願い……だと? と、内心困惑しかない俺をよそに、先生はその内容を語り出す。
「総合文化部……まぁ知っての通り、あの部活は結構、幽霊部員のようなものが多くてな。私が顧問をしていることもあり、人が入りずらいというのもあるかもだが……」
「あぁ……聞いたことあります。……あと、先生は関係ないと思いますよ。たぶん」
ぶっちゃけ、関係しかないと思うが、下手なことを言ってキレられても困るので、とりあえずそう言っておく。
その言葉に橘先生は、「そうか……そうだといいが……」と小さく漏らす。意外と生徒からの目線は気にしているのかもしれない。
と、再び神妙な顔に戻り、話を再開する。
「……ただ、そんな中で一人だけ、毎日来ているやつが居てな」
「ほう?それは一体……」
「上茶谷恵だ」
その名前を聞いた時、俺は思わず顔をしかめた。
上茶谷恵……それは、俺と同じクラスの女子。
俺と同じカーストに住む、クラス内での唯一の人間。
俺からしたらそんな存在。
「知っているとは思うが、彼女には……友達が少ない。過去に色々あったみたいでな」
「……で、俺には上茶谷さんのお友達ごっこをして欲しいと?」
顔色を変えずそう言うと、先生もどこか難しそうな顔をする。
「それは極論だ。彼女は現在、人と関わることを極端に避けている。それは社会に出たとき、彼女自信が困ることになるはずだ」
小さく、吐息を漏らす。
「だが、お前なら……宮本なら、あいつの心に寄り添えるかもしれないと思ってな」
「そんな都合のいいことはありません。寄り添えるはずがない」
第一に……と、俺は続ける。
「俺は彼女ときちんとした会話をしたことはありません。強いて言うなら体育の時、一緒に体操する程度です」
「……男女は別々でするものじゃないのか?」
「それぞれ1人ずつ余るんですよ……。体育の先生に迷惑かける訳にも行かないし。多分、あっちもそれを思って、俺と無言で体操してます」
「そ……そうか」
ほんとに、好きな人とペアになって〜!とか言うのは、ぼっちにとっては公開処刑の場である。
周りがペアを作っていく中、一人取り残される悲しさと、苦痛。
極めつけは、先生から向けられる善意だ。
「先生と体操しようか」なんて言われた日には、自分の人脈の無さに引きこもり生活待ったなし。
だからこそ、俺は上茶谷恵と、毎回のように体操をする。
どちらも無心。顔も見ない。ただ黙々と提示された体操をこなす。
終わったら無言で解散。周りがペア相手と話している中、作業が終わった俺と上茶谷恵は、床に1人で座りこんでるわけだ。
「……それって、気が合うってことじゃないのか?」
「……そうかもしれません」
「なら、なぜ仲良くなれない……?」
「あのですね先生」
少し多めに息を吸って、
「お言葉ですが、俺と上茶谷恵は、どちらもクラスカースト最底辺です。コミュ障と話しかけるなオーラを兼ね備えたハイブリット陰キャなんです」
「な……ハイブリット……? 何を言っている……?」
本気で困惑している先生だが、俺は気にせずベラベラと続けた。
「それ即ち……互いにコミュ障。コミュ障同士が話せると思いますか?」
「で……出来ない」
「そういうことです。仲良くなるなら彼女しかいないけど、絶対に仲良くなれないんですよ」
「めちゃくちゃな理論のはずなのに、意外と筋が通っている気が……。……まぁ、お前が言わんとしていることは分かった」
そう言って、机の上に置いていたペットボトルを手に取る。それをクシャッと潰して、ゴミ箱に投げ入れた。
わーお……ナイスコントロール。あと、その行動、俺を潰すとか言う暗示じゃないよね?
「……どうしても、出来ないか?」
そんな俺の心境は知らず、上目遣いでそういう橘先生に、俺は思わず溜息をつく。
「なんでそこまでして俺にこだわるんですか。別に、俺じゃなくたって……」
「さっきお前も言っていたじゃないか」
俺の目を真っ直ぐに見つめる橘先生。
「仲良くなるなら……お前しかいないんだ。上茶谷恵を変えることができるのは、お前しかいない」
ひたすらに誠実なその願い。
「だからどうか……お願いできないだろうか」
先生が……あの橘先生が。
頭を下げて、俺に懇願する。
ふと周りを見回すと、職員室中が、その異様な光景に思わず息を潜め、俺の答えを待っていた。
……こんな状況にされて、断ることが出来るやつを知りたい。そんなやつのメンタルが欲しい。
「……分かりました。上茶谷さんの件、できる限りやってみます」
そう言うと、橘先生はどこかニヤニヤとした顔でこちらに向き直る。
「そうか。ありがとう。本当に感謝するよ」
……まさかこの人。
「やっぱり、同調圧力には勝てないよな。宮本」
「……そりゃないっすよ。先生」
小声でそう言った、橘先生の戦略に、ただ苦笑いするしかなかった。
この人、強すぎる。
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