第36話

「ここはどこだ?」

 雅尚は頭を数回振って「ああ、そうか――なるほど」と呟いた。

「おい、どこにいる?」

 雅尚が何もない空間に向かって問いかけた後、しばらくしてから全く違う方角から声が聞こえてきた。

「二か月持たずか。思ったよりずっと早かったな。次に会うのは五十年後とか言ってなかったか?」

『そいつ』は笑ったように見えた。

「仕方ないだろ。殺されちまったんだから。俺の意思じゃどうにもならない」

 雅尚は肩をすくめた。

「で、これからどうなるんだ?お前の話じゃ、もう俺は生き返ることは無い。なのにまたお前とこうして会っている。理由は?」

「随分先を急ぐんだな――まあいい。どうせゆっくり話す時間はねえからな」

 今度は『そいつ』の方が、肩をすくめたように見えた。

「間もなくお前にはお迎えがやって来る。お前らの世界で言うあの世に逝くんだ。ほとんどの奴は、直接お迎えがやって来てあの世に逝くんだが、俺達に関わった奴らには、ある権利が与えられる」

 そこまで言い終えると『そいつ』はしばらく黙った。

 雅尚は屈託のない笑顔を浮かべて待っていた。


(まったく相変わらずだ。こいつには少々芝居がかったところがある――)


「それは――」

「それは?」

『そいつ』は、もう一拍置いてから言った。

「それは『生まれ変われる権利』だ。もちろん権利だから強制じゃねえ」

「――生まれ変わる?」

「そうだ。今度はお前の人生の続きじゃねえ。全くの別人として、ゼロからのスタートだ。もちろん記憶は無くなるがな」

 雅尚はしばらく考えてから口を開いた。

「それって何か意味あるのか?記憶が無いんじゃ生まれ変わったかどうかも分からないじゃないか。人生初めての奴と何ら変わらないだろ」

「記憶が無くなるっつうと語弊があるな。無くなるというより忘れちまう、つった方が分かりやすい。例えば、稀に前世の記憶が残ってたり、デジャヴっつうのか?そういうのがある奴がいるだろ。そういう奴はまず間違いなく俺達に関わった奴だ。忘れちまっただけで、ほとんどのことが一度経験しているわけだから、何をするにしても呑み込みが異常に早かったりする。もちろん個人差があるし、性別なんかも関係するが、小さなガキが大学に入ったり、スポーツの能力や才能がやけに高かったり、お前らの世界で言う『天才』っていう奴がいるだろ?あれも大概そうだ」

「なるほど――次の人生の幸せが約束されるっていうことか」

 雅尚が自嘲気味に笑うと『そいつ』もふっと笑ったように見えた。

「ところがそうとは限らねえんだな。スタートダッシュが成功しやすいっつうだけで、その後の人生をどう生きるかは、結局お前ら次第なんだよ。最初にやたらうまくいっちまったもんだから、調子に乗って努力を止めちまい、その後の人生ボロボロ、ていう奴も何人もいる。いや、むしろほとんどがそうなると言ってもいい。おもしれえよな、人間は。たかだか何十年かしか生きられねえのに、明日明後日のことが考えられねえ。他人を幸せにすりゃあ、自分も幸せになれるのにそれが分からねえ。自分のことしか考えねえから、結局不幸になる。お前だってそうだ。だから二度も殺される羽目になっちまった」

『そいつ』の話を聞きながら、雅尚は穏やかな笑みを浮かべていた。

「お前、やっぱりいい奴だよ。悪かったな、俺達の勝手なイメージで死神、なんて呼んで」

 雅尚には『そいつ』の表情が微笑んでいるように見えた。


(いや、顔は見えやしないんだが、どうしてかそう思ったんだ――)


         *


 そうこうしていると、雅尚の周囲がぼんやりと明るくなり始めた。

「そろそろだな。ちなみに生まれ変わりを希望する奴は――ちょうど半々だ。さあ、お前はどうする?」

 雅尚の周囲の明かりはどんどん強くなり、やがて周囲の闇をはっきりと照らし出すほどになった。

 初めて『そいつ』の姿をはっきりと認識することができた。

 雅尚は少しの間驚きの表情を浮かべた後、夏休み前日の子供のような笑顔で、はっきりと言った。

「お前に任せるよ」

「任せる?お前は――本当に変わった奴だな」

 笑みを浮かべる『そいつ』に、雅尚も満面の笑顔で返した。

「人間も大変なんだよ。特に男はな!」

 そう叫ぶと、雅尚は笑顔のまま光の中に吸い込まれていき、やがて見えなくなった。

 そして空間は、再び闇と静寂に包まれた。

「女は女で大変だろうけどな――まあ何にせよ、全く心折れずに戻ってきた奴は、初めてだったぜ」

『そいつ』はそう呟くと、自分の頭上に浮かんでいる黄金色の輪っかを、そっと撫でた……。

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